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2013年11月 6日 (水)

最近の音楽番組について(3) 題名のない音楽会

「題名のない音楽会」は、黛敏郎が司会であった頃から、ほぼリアルタイムで視聴し、多くを得てきた番組である。番組オープニングの際に、各楽器が順次入場しながら「聖者の行進」を演奏していた時代、と言えばおわかりになるだろうか。
そもそも、テレビ東京系列で放送が始まり、確かその頃だったか、何年も続いたあとで一旦番組が終了したことも覚えている。その後ほどなくして再開したのとテレビ朝日系列に移行したのと、何れが速かったか。

黛敏郎の没後、「新・題名のない音楽会」なる、どうしようもない番組がとって代わり、やがて羽田健太郎が司会となって「題名のない音楽会21」に。
そして、羽田健太郎が急逝したあと、元の番組名に戻って佐渡裕が司会になった。

当初は大いに期待し、それを喜ぶ記事も書いた。(「題なし復活万歳!N響アワー立て直し万歳!」ご参照)

我が家にビデオが導入されて以降、N響アワーは殆ど毎回録画保存し、黛敏郎時代の「題名のない音楽会」も、殆ど毎回録画保存してきた。後者については、彼の余りの右翼的主張がイヤで消去した回があり、また双方とも、ビデオの保管場所がまずく、半数以上にカビが生えてしまって廃棄を余儀なくされたりしたが、それでもかなりの回数が手許に残り、それらを、このほど全てDVD化する作業を終了した。

その後「新・題名のない音楽会」は一切録画せず、「題名のない音楽会21」は、興味の沸く回のみ何回か残した。
N響アワーも「題名」もいつの日だったか、媒体がDVDに変わった。

そして、佐渡裕司会による「題名のない音楽会」が始まったのである。
佐渡裕司会となって以降、全ての回を録画保存している。
いや、「していた」とすべきか。

何となく番組の内容に浅いものを感じ始めてはいたが、余りにひどくて見る気にも録画する気にもならなかった回があり、現在までたった1回だが、録画保存しなかった回がある。

ジミー・ペイジを採りあげた回だ。

未だに分からない。これ、何のためにやったのか。
佐渡裕が好きで・・・というなら分からないではない(それでも、自ずからこの番組で採りあげるジャンルには制限があって然るべきだとは思うけど)。それが、別に佐渡が好きだというのではなかったのである。

そういう内容の番組は、あっていいと思う。
しかし、それをこの番組でやって欲しくない。
いや、やるべきではない。

そして、メモを取りながら視聴するということを続けてきいていのだが、そんな回をキッカケに、またブログの記事のためだったとは言え、メモが溜まり過ぎてしまったこともあって、内容の「ふり返り」を極力省略して、簡単に、点数と1行程度の評で済ませる回があっていいな、と考えるようになったのだ。

さしずめ、上記の、ジミー・ペイジの回は0点である。批評に値しない。

(この稿続く)

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