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2013年10月

2013年10月30日 (水)

「くるみ割り人形」の組曲 完成しました・・・の続き

DTM(デスクトップ・ミュージック)という分野に入ったのは、もう時効だと思うのでここに書くのだが、仕事上、ミュージックシーケンサーに関係する商品開発に従事していたことがあり、その仕事を通じて、この分野を知ったことがキッカケだった。
開発中の機材で鳴らしてみるため、色々な曲を我流で編曲しては使用した。データを打ち込むことによって音楽を鳴らすということを繰り返すうちに、その面白しさにのめり込んで行った。

結局それは商品化に至らなかったのだが、時は離れ、パソコンを始めた直後、かつて取り組んでいた分野が、DTMと称してPCにおける趣味の一分野となっていることを知り、当時ヤマハから発売されていた「ハロー・ミュージック」を、ほぼ衝動買いした。
その付属テキストで、入力練習用として示されていたのが、「花のワルツ」だったのである。

処が、それは曲のホンの一部であり、到底満足の行くものではなかった。
それで、当時既に持っていたミニチュアスコアを参照し、この曲を入れるための教則本的なものも入手し、「花のワルツ」全曲入力に挑戦することとし、何とか完成に至った。

すると、更に意欲が湧き、この組曲全曲の入力、さらにベートーヴェンの3番の全曲・・・というように、次々にデータ入力を完成していくこととなった。

処が、「ハローミュージック」に付属していたソフトには、程なく限界を感じるようになっていった。当時としてはわく出来ていたのかも知れないが、音量の調整が難しく、音楽用語による指定もできない。記憶によると、コピペも自由には出来なかったはずだ。
そして、付属していた音源も、とくに弦の音には大いに不満だった。
音源もソフトもアップグレード版を購入したが、殆ど使うことなく、放置してしまった。

引越があり、そのゴタゴタの中で、入力してあったMIDIデータも、どこかに行ってしまった。

さらに何年か経ち、「題名のない音楽館」内に、説明用の譜例を掲載したいと思うようになり、写譜ペンとか音楽記号用のフォントとか試しているうちに、Finale Note Padというソフトに行き当たり、どうせならちゃんと音楽として鳴らしたいと思うようになりPrint Musicというソフトを導入。やがて、これにも総譜の段数の制限などがあり不満を持ち始めていたとき、Finaleによるデモ音をウェブで聴く機会があり、これの導入に踏み切ったのだ。

当初は主として「題名のない音楽館」内の記事用に作成していたのだが、やがてそれ自体が面白くなっていって、関連する記事を書く当てもないままにデータが増えていった。
このため、「題名のない音楽館」の別館として「題なし 音蔵館」をオープンするに至ったのである。

ところで、私の「題名のない音楽館」というのは、「題名のない音楽会」をもじったもので、著作権的にはちょっと弱いかも知れない。しかしあくまでも私はオマージュのつもりだし、「題名のない」自体に著作権はないと考えている。
さらに、そもそも、PCもインターネットもない時代から・・・具体的には黛敏郎が司会していた時代の最初からこれを見てきたし、ある年代以降は録画・保存していて、DVD化するにあたって殆ど全てを観直した。
そして、まだカセットテープというものが出回っていなかった時代、当時3号と言ったオープンリールテープの時代に、友人同士回覧して聞き合う「番組」として、私は「題名のないレコードコンサート」を番組名としていた。

そこでは、雑感も多かったが、自分なりに解釈し、考え、聴き込んでいった、「音楽に関する考え、楽しみ」なども多く採りあげた。

社会人となってからも、聴いてくれる相手はいなくなってしまったが、誰に聴かせる当てもないのに、カセットにこれを数回作成して残していた。
これはやがて、面白がって聴いてくれる相手に恵まれることとなり(嫁さんです)、作成していた甲斐があった・・・ということになる。

そして、クルマで聴くのもカセットではなくCDという時代となり、やがて殆ど聴くこともなくなった。

処が、カセットをCD化するにあたり、ずっと聴いていると、これはまさに、現在進行中の「題名のない音楽館」と全くコンセプトが同じだ、ということに改めて気付くこととなった。
そして、「題名のないレコードコンサート」の時代には曲の著作権も何もあったものではなかったし、そもそもカセットになってからは個人的に楽しむだけのものとなっていたのだが、ウェブに掲載するとなるとそうは行かない。そこで、DTMで説明するということになる。

つまり、ここに至って、「題名のない音楽館」というページと、そこに掲載する説明用のDTMということで、一旦別々の趣味であったものが統合・融合されたことになる。
これに気付いたときは、本当に嬉しかった。
そして、その分家または弟分として、この「ミニ音楽評」があるわけだ。

というわけで、今後もなるべく途切れないように記事を書いて行きたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

長くなったが、蛇足。
私の「題名のない音楽館」のリード文に「バッハから倉木麻衣まで」とあるが、これも「題名のない音楽会」へのオマージュの一つ。
黛敏郎時代の「題名のない音楽会」のコンセプトとして、「バッハから浪曲まで」ということが公言されていた。それへのオマージュとして、私は「題名のないレコードコンサート」のリードとして「バッハから歌謡曲まで」を称し、やがて「バッハから山口百惠まで」となり、マ倉木麻衣が出てくるにあたり「バッハから倉木麻衣まで」とした。

むしろこのコンセプト。今となっては現在の「題名のない音楽会」には欠けているものとなってはいまいか。

2013年10月27日 (日)

「くるみ割り人形」の組曲、完成しました

予てから取り組んでいたのですが、何とか完成に漕ぎ着けた・・・ということにします。
夜更けにこの記事を書いているので、もう寝ますので、詳しくは明日以降ということで。

たった今アップした曲のみ挙げておきます。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/tschaikowsky/nutcracker_flowerwalz.mp3

記事内容の間違いと、DTMの改良について

2013年10月25日付けの記事に間違いがありましたので訂正させて頂きます。

モーツァルトのピアノソナタK.331が、ソナチネアルバムにもソナタアルバムにも掲載されている由の記事を書いていましたが、ソナチネアルバムには掲載されていません。ソナタアルバムの方です。
どちらも1巻2巻ともに持っていますので、楽譜を引っ張り出して再確認した処、上記の通りでした。

上記の記事、根拠がなかったわけではなく、ウェブで調べたとある記事に、両アルバムの掲載曲リストがあり、双方にこのK.331が載っていたのです。いや、私が見間違えたのかも知れませんね。ズボラをしてそれを鵜呑みにしてしまい、現物をあたらなかったのが原因です。

DTMで制作した、この曲の第3楽章ですが、JIROさんのページに引用されているそれぞれの演奏スピードが結構速い(てゆーか、私のが遅すぎる?)ので、テンポの改訂することまし、併せて、入力したデータを全部見直しました。このため楽譜を引っ張り出すこととなり、序でに、両アルバムの掲載曲を確認することとなったわけです。

改訂版を掲載します。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/PianoSonataK331_3rdMvt.mp3

もう一つ理由があって、度々拝見しているJIROさんにブログでのリンク付けをお願いしていました処、先にJIROさんが対応下さったため、プロによる実演に比べて余りにも遅いテンポではまずいかも、と思ったためです。
私のこのページのサイドバーからもリンクを貼らせて頂きました。

こういうときにテンポをカウントするときに便利なのが電子メトロノーム。
今後このようにCDなどから参考としてテンポを取るときに・・・と思ってだいぶ前に手許に置いていたのだが、ようやく役に立つこととなった。私は何か他に役立つ可能性もあると思ってチューナーとの併用機にしたが、メトロノーム単機能でも役立つことだろう。

2013年10月25日 (金)

カセットやレコードを整理していて再発見(9) リリー・クラウスのモーツァルト

私がまだモーツァルトの凄さというのが分かっていなかった頃、その音楽はただ美しいだけの音楽だと思っていた。
そんなことを思っていた時期に、たまたまイングリッド・へブラーの演奏会に行く機会があり、彼女の演奏がまさに美しさにウェイトを置いた演奏だと感じ、我が意を得たりという思いをしたものだ。
丁度そんな頃、何の番組だったか、または単に伝聞だけだったのか、中村紘子が、「モーツァルトは、粒を揃えて、粗くならないよう、きれいに、優しく弾くようにしましょう」と言っていたという話を聞いた。

それでますます、モーツァルトは美しく優しいだけの音楽だと思い込んでしまっていた。

勿論、そうではない。モーツァルトには厳しさも激しさもあり、暗さもある。比較的最近、モーツァルトを集中して聴く機会があり、既に現在となっては、分かっているつもりだ。

しかし、もっと早くに、へプラーのような演奏でいいのかも・・・と思ったすぐあとに、レコートで掲題のリリー・クラウスの演奏に接し、それまでずっと思っていてへブラーの演奏や中村紘子のコメントで「それでいいのだ」としていたモーツァルト観が根底からひっくり返されたのだった。
リリー・クラウスによるK.310の演奏だった。この曲だけカセットに録ってあったが、レコードは処分したきりだったことに気づき、ベスト盤と言えるこのCDを手許に置くことにしたのである。

全体として、美しさよりも激しさ・厳しさが前面に出た演奏だ。ウィキで見ると、シュナーベルに師事したことがある由で、まさにナットクナットク、という処。

とくにこの中のK.545。
これは、「ソナチネ集」にも「ソナタ集」にも掲載されていて、ピアノを少しでも勉強したことのある人にはご承知の曲。そのため、優しい曲というイメージも強いはずだ。
しかし、リリー・クラウスが演奏すると、すごく良く書けている曲だということを再認識させられる。何の屈託もないように始められる第2楽章で、途中、突然影が差し、暗く暗くなっていく箇所など、同じ後期の、交響曲にも共通しているようだ。

K.331。これはご存知ない方は少ないだろう。第3楽章はとくに。念のため私がDTMで制作したものを・・・。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/PianoSonataK331_3rdMvt.mp3

尚、私がよく拝見するブログの一つであるJIROさんのページに、色々な演奏者によるこの第3楽章の演奏が集められているので、関心ある方は是非。
JIROさんのが紹介されている演奏を聴くと、リリー・クラウスの演奏は所々で音が飛んでいたりして、古さも感じるし、衰えも感じる。でも、それ以上のものもあると思えるのだ。

2013年10月24日 (木)

カセットやレコードを整理していて再発見(8) 浅田美代子

「浅田美代子って、ヘタだねえ。よくあれでプロだ歌手だと言ってテレビに出てるよな」
「いや、ヘタには違いないけど、可愛いから許せる。テレビなんだから」
などと、知人と議論したことがある。「ヘタでも可愛ければいい」という私の考え方は、現在も変わっていない。テレビなんだから。

もちろん、芸術音楽となると全く話は違ってくる。

けれど、そんなにヘタだっただろうか。巧いとは言えないかも知れないが、いい「味」を出していたのではないか。
私も、それほど浅田美代子を聴いていたわけではない。しかし、「じゃあまたね」は好きで、カセットに録ってあった。カセットをCD化して行くにあたり、やはり手許に置いておきたいと思い、ベストアルバムを購入したわけである。
そうそう。カセットには録ってなかったが、シングル盤では「虹の架け橋」を持っていたことがある。

もちろん、殆どの人が耳にしたことがあるに違いない「赤い風船」も収録されている。そして、私が強く押す・・・というか、殆ど、この曲が欲しくて買った・・・「じゃあまたね」も。

「じゃあまたね」の節回しと歌詞を聞いて「吉田拓郎の世界だ!」と感じた人もおられるのではないか。
大正解だ。その後2人は結婚するが(離婚もするが)、私などは、この曲がきっかけで交際につながったのではないか、と勝手に想像している。
ちなみに、吉田拓郎が浅田美代子に楽曲を提供したのは、この1曲だけ。また、浅田美代子が結婚したのは、現在まで吉田拓郎をおいて他にはいない。

それにしても、そんなにヘタだヘタだと言うほどヘタだっただろうか。確かに、自分でも歌手としての限界を感じたのかも知れないし、だからこそ女優業に絞った活動を行うようになって行ったのかも知れない。私が見る限り、それなりに良い歳の取り方をしていると見受けるし、天然キャラもあって、今でも、トシなりの可愛さがある。

浅田美代子って決してそんなにヘタではなかったのかも・・・と思うに至ったのは、色々な場面でAKBの歌を耳にするようになり、その余りの下手さに辟易しているからかも知れない。少々ヘタでも、もっとヘタな人たちよりは、相対的には巧いということになるからだ。

2013年10月23日 (水)

カセットやレコードを整理していて再発見(7) 太田裕美

この人と言えば何と言っても「木綿のハンカチーフ」ですよね。

ありがちな内容の歌詞で、どちらかと言うとクサい内容でもあるのだが、古今共通のテーマだとも言えるだろう。「東へ・・・」は明らかに東京のこと。
しばらく付き合っていた人に、2ヵ月ほどの東京出張を終えて大阪空港まで迎えに来てもらった日もあった。
その当時は、まだこの曲は出ていなかった。

処が、今度は東京に転勤ということになり、その頃付き合っていた人にそのことを告げる日がやってきたとき、まさにこの曲の世界を思い浮かべることとなった。結果的に振ったことになるのだが、後で、仲介の労をとってくれていた人に「何で、ついて来いと言わなかった!」と、こっぴどく罵倒されたものである。
けどね。そんなことを言わずとも、「私、ついて行きたい」と言うほどの人でないと私にとっては物足りなかったとも言えるし、「ついて来てほしい」と言いたくなるほど好きではなかったとも言える。

と言った、近いような近くないような経験。或いはまさに太田裕美が示したのと殆ど同じ経験。そうした経験は、結構多くの人が体験しているのではないだろうか。
だからこそ、後世に残る曲となっていったのではないか。

処で、私の本来のお目当て・・・CDを買う動機となった曲・・・は「恋愛遊戯」。この曲だけをカセットに録音してて、整理するにあたってCDで持って置くことにしたのである。
しかし、何と言うことか、別の形ではあるが、既に同趣旨のCDを持っていた。
また、やってしまった!
とは言え、そのCDよりも上掲のCDの方が内容は充実しているようだから、良しとしておこう。そっちのCDは入手しにくいようだし。

このCDはジャケ写真もいいし・・・。
って、これ、篠山紀信だそうだ。サスガですね。
太田裕美ってこんなキャラではないと勝手に信じているのだが、何とも色っぽい表情を引き出すものだ。

2013年10月22日 (火)

カセットやレコードを整理していて再発見(6) あべ静江

デビュー曲の「コーヒーショップで」の新鮮な節回しが気に入り、妙な言い方だが素人くさい歌唱も気に入り、続く何曲かも追いかけていたことがある。
私は小柳ルミ子のコンサートもアグネス・チャンのコンサートも聴きに行ったことがあるのだが、一番接近し握手までしたのは、あべ静江だけだ。

今でも、こんなことをやるのだろうか。当時、自宅に近い処にスーパーが新しくオープンしたのだったか、単なる集客イベントだったのか、屋上でライブがあり、新発売となったLPレコードのお披露目があり、買うと握手してくれるということだったので、その列に並んだというわけだ。
テレビで見ていた印象よりも小柄で、小顔で、手も小さく、とても愛らしい人だった。
どういう機会だったか、ポスターも手にすることがあり、社員寮にいたとき部屋に貼っていたこともある。
自宅にはしょっちゅう帰っていたが、そこに貼らなかったのは、既に日野てる子のポスターがあったからだ。私が日野てる子のファンだったことは親も友人たちも公認していた。今でもそれは続いていて、「日野てる子って知ってますか」という記事を書いたほどである。また、その記事にもあるが、彼女が亡くなったあとも新たにCDを買ったりしているほどだ。

けど、あべ静江については、少なくとも親には秘密。

こんな経験があるので、AKBの握手会に並ぶ人たちの気持ちは大いに分かるつもりだ。

しかし、しかしですよ。
必ずしもあべ静江って、歌がうまいという印象を持つことはなかったのだが、それでもAKBよりは遙かにマシだ。
批判する以上は、テレビで聞こえてくる音だけによるのではなく、ちゃんとした装置で聴こうと思い、AKBのCDも2枚ばかり買って聴いた。その上での結論である。

明らかにAKBはヘタだ。
これ、どう聴いても学芸会レベルだ。
少なくとも、3枚目のCDに手を伸ばすことはないだろう。

AKBのコアなファンって、結局音楽というものを全く分かってないのではないか?
ヘタだということを、少なくとも分かった上で押しているのか?

あべ静江については、上記デビュー曲の「コーヒーショップで」の加えて、「みずいろの手紙」と「秋日和」が印象に残った。とくに「秋日和」は好きな曲でもあった。それで、カセットにダビングしてあったのだ。
これらが収録されているアルバムが入手できるので、再び手許に置くことにしたのである。

後で気がついたのだが、今回ではなくかなり前に、別の形で既に手許に置いていたのだ。
時々こういうことがあるのは、トシのせいか?
両方並べて上に掲げた。

処で、「コーヒーショップで」「みずいろの手紙」「秋日和」のあと、余り印象に残る曲が出ず、歌手としての活動もフェィドアウトして行ったように見受けた。
で、調べて見ると、何とこの3曲、3曲とも阿久悠作詞、三木たかし作曲による作品だったのである。しかも、この3作品のみなのだ。むべなるかな、だ。
こういうとき、自分の鑑賞眼の確かさを覚え、1人でニヤニヤしたくなるのだ。

阿久悠については、私のホームページ内の「題名のない音楽館」の中に、「阿久悠論」という記事を載せている。私が深くレスペクトする作詞家である。
その記事でも採りあげているが、彼の作詞した曲集とというものもある。

阿久悠の世界に比べて、秋元康の世界の小さなこと、小さなこと。折角「川の流れのように」といった名曲を持っているのに、もう少し後世に残る詞を書いたらいいのに・・・。余程金儲けが好きなんだろうねえ。

ついでに驚いたのだが、この記事を書くにあたって調べていたら、あべ静江って、私の嫁さんと同じ歳なんですよ。しかも、星座も同じ。

どうでもいいことだが、ちなみに、私も同じ星座。
星占いなんてものを信じているわけでは決してないけど、こんな例があると、何かあるのかな、と思ってしまうのである。

尚、現在でも地元(三重県松阪)を中心に、個人事務所を東京に持ち、活動を続けているようだ。公式ホームページを見たけど(興味ある人は調べてください)、写真も載せているけど、トシとったなあ。。。

 

2013年10月21日 (月)

カセットやレコードを整理していて再発見(5)フラッシュダンス

この曲を最初に聴いたのは、テレビだったような気がする。

堀ちえみ。今ではすっかり、貫禄のある大阪のオバチャンになってしまったが、まだアイドルだった当時、TBS系で1983年下期に放送された「スチュワーテ゜ス物語」で主演を務めた。その番組で使われた曲としてである。

しかし、程なくそれがオリジナルな歌唱ではないことを知る。
ドラマでは日本語で歌われていたが、元は英語で、しかも歌唱力が全く違う。

レコードとして私は両方持っていたが、整理するにあたって英語版だけで十分だと判断し、それをCDで入手した。
レコードではシングルで持っていたが、サントラとしてアルバムで買うことになった。

この中の最初の曲「ウォット・ア・フィーリング」がお目当ての曲だ。試聴されたら「ああ・・・」とすぐおわかりになるだろう。アイリーン・キャラが歌っている。
これは巧い。

サントラだが、元になった映画も、レンタルビデオで後日見る機会があった。
まあしかし、ストーリーが単純すぎて面白いとは思わなかった。だからLDで買うには至らず、DVDで買う予定もない。
ただ、ブレイクダンスのテクニックは現在見ても相当なものであると思える。関心ある方はどうぞ。

ついでに、冒頭のドラマからは、「ドジでのろまなカメ」というのが流行語大賞の候補とされたこともあり、一世を風靡した。

また、ドラマの原作は深田祐介著「スチュワーデス物語」である。但し、原作にはないようなエピソードが多く、別の作品と考えた方がいい。
新品は入手しにくいかも知れない。

これもまたついでになるが、冒頭の「スチュワーデス物語」が最初に始まったとき、私はもっと前に、もっともっとカッコよくスチュワーデスを扱ったドラマとして「アテンション・プリーズ」をよく見ていた。紀比呂子主演。だから、どうしても比べざるを得ず、「スチュワーデス物語」を作品としては余り評価できなかった。

驚いたことに、これ、DVDで見ることができるんですね、懐かしいなあ。

2013年10月20日 (日)

カセットやレコードを整理していて再発見(4)Barry White

随分前のこととなるが、「ウィークエンダー」という番組があった。今でこそ泉ピン子なんて随分偉そうにしているが、下っ端のレギュラーとして、しょーもない話題を面白おかしく採りあげて話題にするしょーもない番組で、下ネタに堕することも多く、「不健全番組」としてやり玉に挙がることも多かった。

私もたまに見ることはあったが、番組自体さほど面白いと思ったことはなかったのだが、テーマ音楽と合間合間に入る音楽は妙に耳に残っていた。

別個に、「愛のテーマ」という曲を知る機会があり、これも妙に耳に残っていた。

あるとき、この二つを結びつけることとなったのだが、それはBarry White のこのアルバムを知ったことによる。ラプソディ・イン・ホワイトというアルバム。
そして、この中にありアルバムタイトルともなった「ラプソディ・イン・ホワイト」こそが、ウィークエンダーのテーマ音楽だったのである。
そして、この中に「愛のテーマ」も入っているのだ。

この「愛のテーマ」は繰り替えしよく聴いた。カセットにも入れていた。カセットの整理にあたって再びアルバムが欲しくなり、アマゾンに行きついたのである。
しかし、・・・・安い!!!

この曲、今でも飛行機のフライトシーンなどでよく使われているので、聴いて頂くと、「ああ、あれか」とすぐ分かって頂けるに違いない。私も、飛行機のテイクオフの際の音とこの曲を使ってミキシングした作品を作ったりしたものだ。

しかし、この頃のこうした音楽。
何と言う充実した響きだろうか。
もうこんな音楽、出てこないのだろうか。

ついでに、ウィークエンダーでよま使われて、これも耳に残る曲があった。クインシージョーンズによるものだと記憶しているのたが、オムニバスで入手できる。「鬼警部アイアンサイド」のテーマ曲だ。

2013年10月19日 (土)

カセットやレコードを整理していて再発見(3) 増田けい子 すずめ

いやー、人生って分からないものですねー。
2013年6月13日付けの記事で、それまで長く休載していたことについいて、決して持病の悪化等によるものではない、と書きました。
ところが、そう書いた次の日から、急激に体調に不調を覚え、また入院か・・・と思うと、どんどん気分が落ち込み、何もやる気がしなくなり、それがまた体調の悪化を招き・・・と悪循環を始め、堪りかねて、予約日より早く病院に駆け込む事態となりました。

処が、検査だとか言って色々と病院内を歩き回っているうちに、なぜか元気になって行き、結果、先生からは持病の悪化ではないと言われ、よく分からないままに帰宅。「よく分からない」というのは、現に体調が最悪となり、食欲も全くないという状態だったに、いくら質問しても「持病の悪化ではない」の1点ばりだったこと。

とまれ、少しずつ元気を取り戻していって今に至るということになりました。

それでも中々色々とやる気になれず、細々とDTM制作などを行っていたのですが、長く続けていてずっと懸案VTRのDVD化を進めることにして、ようやく昨日、レーベルプリントも済ませた処です。

そこでようやく記事を書く気になり、前回まで続けていた標題の記事の続きから取りかかることとしました。

まず、増田けい子の「すずめ」
ご存知ピンク・レディーの1人。ソロ活動に入った直後にリリースされた曲だ。シングル盤で持っていて手放したきりだったが、ベストアルバムで買えることが分かったので早速手許に置くことにした。

増田けい子と書いたが、上記のアルバム表記では恵子となっている。芸名としての表記は色々と使い分けているらしいので、関心のある人はウィキなどで調べるのもいいだろう。

これ、上記のリンクからアマゾンで試聴できるので一聴をお薦めするのだが、結構いい曲だと思う。そして、ピンク・レディーというユニットが、今にしてみると歌唱力について結構いい線を行っていた2人によるユニットだったのかということを再認識させられた。

そして、この記事を書く段になって改めて思ったのは「これ、中島みゆきの世界に似ているなあ」という点だ。
調べたら、本当に中島みゆきの作詞作曲によるものだった。

正直言って、ベストアルバムで買ったのだが、この「すずめ」1曲しか聴いていない。
けど、この1曲だけを聴くのでもいいと思う。この曲が入っているだけで、このアルバムを買う価値は大いにある。

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