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2012年11月

2012年11月25日 (日)

東日本大震災のためのチャリティーコンサート

2012年1月29日にBSPで放送されたもので、公演は2011年5月30日、ベルリンフィル室内ホール。

今年2012年も終りに近づきつつあるこんな時期に、番組を見聞きしながらメモを取っていた放送の中から、どうしても破棄するに忍びない内容のものを選んで「落ち穂拾い」をしよう・・・と決めたのは、ひとえに、このチャリティーコンサートについて書きたかったためである。

素晴しいコンサートだった。
樫本大進が呼びかけて実現したそうで、ピアノがアルゲリッチとゴラン、チェロが趙とマイスキー、ビオラがグロス、ヴァイオリンが樫本の他にブラウンシュタイン。彼らがそれぞれ組み合わさってピアノ曲と室内楽を演奏。
私はアルゲリッチとマイスキーそして勿論樫本の3人しか、正直言ってよく知らない。でも、顔を見れば何となく分かる。ベルリンフィルのコンサート録画などで見たことがあるメンバーだ。
普段から多忙に違いない彼らが、大震災支援のためのチャリティーコンサートに参集したという意義は量り知れないものであり、歴史に残るコンサートになったと考える。

何よりも、アルゲリッチとマイスキーが参加したというだけで、このコンサートの価値が大いに高まったと言えるたせろう。

曲目は「赤とんぼ」(歌詞の英訳読み上げ付き)、モーツァルトの「四手のためのピアノソナタK.381」、シューベルトの「ノットゥルノ D.897」、ショスタコーヴィチの「ピアノ三重奏曲第2番」、ドヴォルザークの「2つのヴァイオリンとヴィオラのための弦楽三重奏曲」、そしてシューマンの「ピアノ五重奏曲」であった。

ピアノ曲とヴァイオリン曲を除き、室内楽というジャンルは、私にとって余り親しいジャンルではない。余りよく聴くジャンルではない。シューベルトの曲とドヴォルザークの曲は初めて聴いたはずだ。

そんな、余り聴き込んでいない分野ではあるが、このコンサートのベストを敢えて挙げると、ショスタコーヴィチとシューマンに軍配が挙がるだろう。

シューマンについては文句の付けようがない。何しろ、アルゲリッチのピアノ、樫本とブラウンシュタインのVn、グロスのVa、マイスキーのVcだ。
昔ならいざ知らず、レコード会社というのがパワーを失ってきた現在、レコード会社が企画しても、これだけのメンバーを集めることはできないだろう。
シューマンの音楽に共通な、「音の分厚さ」が目立ちもするが、メロディーの美しさが勝っていて、聴きながら何度も「ああ、何ていい曲なんだ」と思ったものだ。ただ、これはこの5人によって演奏されたからかも知れない。

一方、ショスタコーヴィチについては些か違和感を覚えた。こうした場で採り上げたことに関する点と、演奏の点、両方である。

まず、ショスタコーヴィチのこの作品であるが、私はショスタコーヴィチ版「偉大な芸術家の思い出」だと解していて、実際、友人の死に際して作曲されたという点てせ、明確に共通するものか゜ある。
しかし、悲しみの表現としてきつ過ぎるものを持っている点で、この場でどうだったかと思ったのだ。第1楽章と第3楽章はとくに、尋常ではない悲しみだと思う。(この曲に関する記事を「題名のない音楽館」内に「ショスタコーヴィチ作曲 ピアノ三重奏曲」としてアップしているのでご参照)

にも関わらず、今回の演奏には物足りないものを感じた。悲しみの度合いが少ない。だから結果オーライなのかも知れないが、、上記の記事で紹介したアルゲリッチ、クレーメル、マイスキーによる演奏に聴くことができる凄みには到底及ばない。

それにしても、アルゲリッチという人の親日家ぶりはスゴイ。そう思ったのは、既に宮崎(別府)で彼女の名前を冠した音楽祭を実施し続けているし、今回のコンサートの他、震災支援のためのチャリティーとしてCDも出したというのを知ったからである。
正確に言うと、もともとショパンとシューマンの生誕200年と、アルゲリッチ来日40周年、そして来年の70歳を記念して発売を予定したいたものを、震災を受けて急遽チャリティーCDとしたものだとのことだ。
私は食指が動きながら経済的に余裕がなく購入に至っていないが、是非とも手に取って欲しい。

そうかあ、もう40年になるのか・・・。
日本に初めてデビューしたときのテレビ放送(白黒)の頃のことを思うと、これほど彼女が日本人にとって近しい存在になるとは夢にも思わなかった。本当に嬉しいことだ。
最初にテレビで見たときの思い出を含め、「題名のない音楽館」内に、「アルゲリッチのショパン(3)」という記事を挙げてあるのでご参考まで。

そして、震災のためとは言え、樫本大進が呼びかけて実現したということから、幅広い人脈を持っていると推察される彼のことを、大いに誇りにしたいと思う。

2012年11月24日 (土)

題名のない音楽会 2012年11月11日 未来の大器リターンズ

以前「未来の大器」シリーズに出演した二人の女性ヴァイオリニストを迎え、その後の演奏歴・受賞歴を紹介すると共に、改めて現在の演奏を聴かせるという企画。

出演者は小林美樹と篠原悠那。
番組ホームページに、前回いつ出演したのか、というデータが載っていない・・・番組内では紹介されていたが、録画にあたり直すほどのことでもないと考える・・・のだが、何となく記憶に残っている。

小林悠那がブラームスのV協から第3楽章、小林美樹がブルッフのV協1番から第3楽章。何れもオケは沼尻竜典指揮の東京交響楽団。

ブラームスよりブルッフの方が面白かった。
と言うより、演奏自体、小林美樹の方が、「巨(おお)きな音楽を演(や)る」という感じ。

経歴と現状を番組ホームページのデータで確認すると、篠原悠那が日本音楽コンクールでの入賞をはじめ主として、桐朋学園で学ぶなど主として国内で活動しているのに対し、小林美樹はウィーンで学んでいるなど、国内よりも海外でのキャリアが多い印象だ。

私はブラームスのV協って、未だによく分からないでいるのに対し、ブルッフは好きな方だ。だから曲の好み、またはより親しんでいるか否かによって評価が変ったのかと思ってもいたが、そうではないようだ。小林美樹は、現にCDデビューも果たしている由だ。私の耳に改めて自信持った次第。

このCD、東京シティフィルだが、曲目がショスタコーヴィチだ。いきなりこの曲でデビューってスゴイ。この曲、ある意味でヴァイオリニストが「ホンモノ」かどうかを見分けやすい曲でもあると思っている。
この曲については「題名のない音楽館」内の、「ショスタコーヴィチ論」内の「ヴァイオリン協奏曲第1番」に書いている。

ブラームスのV協、私はカラヤンの指揮でムターが演奏した盤しか持っていないのだが、余り他の演奏で聴き比べる気になれなかったせいもある。反面、この1枚がベストと感じていることもある。まだムターが10代後半の年齢のときの演奏で、発売当時話題となった名盤。
ブルッフは、チョンの演奏が素晴しい。

2012年11月23日 (金)

題名のない音楽会 2012年11月18日 ベートーヴェン 第5交響曲

「名曲百選」シリーズの一環として、ベートーヴェンの第5交響曲、通称「運命」を採り上げた。

日本では「ジャジャジャジャーン」として有名だが、他の国ではどいう音として覚えられているのか、また「運命」という題名がどうなっているかを、出演した兵庫芸術文化センター管弦楽団(以下、PACと表記)のメンバーに聞く、というコーナーがあった。

率直に言って、聞こえかたも「運命」の題名に込められたとされる思いも、聞いたメンバーの中では、余り日本と差異のないものだった。

中でユニークだったし興味深かったのは、アメリカ人の団員が、この曲をディズニーの「ファンタジア」で知って親しんだということ。蝶が、嵐に翻弄されながら、最後には安全な処に辿り着くという映像が付けられた部分だそうだ。
私はこの「ファンタジア」について、「魔法使いの弟子」の箇所を除くと殆ど価値のないものと考えていて、通して見たのは1回か2回に過ぎないが、そう言えばそんな部分があったような記憶がある。
アメリカ人らしいなと思うと同時に、「ファンタジア」によってこの曲がイメージ付けられて育ったとすると、解釈や演奏にどんな影響があるのかなとも思いを馳せた。
ここに挙げたのはブルーレイ盤。

久しぶりにこの曲を聴いた。
第1楽章を全部やったので、それだけで終るのかと思ったら、第3楽章の終りの部分から第4楽章に推移して行く箇所、そして第4楽章・・・全部か一部か、ボーっと聴いていたのでよく分からなかったが・・・も演奏したのは良かった。

演奏も良かったと言える。
PACって、こうして改めて聴くと結構レベルが高いのだと分かる。
佐渡の指揮だったが、「運命の苛酷さに耐え、遂には勝利の栄光に辿り着く」みたいな、今となっては比較的ストレートで分かりやすいとも言える、こうした曲の方が、ショスタコーヴィチのように、ひねくれた曲想・隠されたメッセージ・苦難の作曲経緯と演奏史・・・などに包まれ、それらを知らないと深い演奏ができないと言ったものよりも彼には合うのかも知れない。

ここに挙げたのは、ベルリン・フィルを振ることになったときの演奏の映像のBD盤。これには収録されていないが当時放送されたリハーサルや本番の映像により、ショスタコーヴィチにはそうしたものが求められる・・・とくにベルリン・フィルみたいな超一流オケに対しては・・・ということを、見ている私などは痛感させられたものだ。

私は、この曲をはじめベートーヴェンの曲が、「逆境から栄光へ」みたいな側面だけではないということを、強調しておきたい。トスカニーニの指揮による演奏を聴くと、とくにそう感じるはずだ。
昔、最初にこの演奏を聴いたときには、「何とセカセカした演奏だろう」と感じたのだが、聴き慣れてくると、この演奏はこの演奏で、第5交響曲の側面を的確に備えた演奏だと分かってくる。

トスカニーニの演奏の凄さを感じてから書いた記事を、「題名のない音楽館」内の「トスカニーニを聴こう ! 」に掲載しているのでお立ち寄りを・・・。

最後にもう1点指摘しておく。
折角第1楽章だけでなく第3楽章や第4楽章も演奏したのだから、全曲の殆どが「ダダダダーン」のリズムできているということの説明が欲しかった。
「題名のない音楽会」が、余りにもツッコミが少ないと思う点でもある。こうしたことは、「N響アワー」が廃止され「名曲探偵アマデウス」がなくなってしまっている現在、やはり「題名のない音楽会」で担って欲しいものだ。

2012年11月15日 (木)

DTMにも適した周辺道具

11月12日13日の記事でDTMのためキーボードを導入した旨を紹介した。

言わば、その記事の続きとして、このための周辺機器または道具として最近導入したものを3点、ご紹介する。

まず、サイドテーブル。私が購入したものと同一のもものは見あたらなかったが、こんな感じのもの。
私の場合、ベツッドサイドで使うのではなく、デスクの拡張としてキーボードや楽譜を置いて使うためだが、将来的にベッドサイドで使うこともあり得る。
キャスター付きで上下可動のタイプがお薦めだ。

そして、卓上用の譜面立て。ピアノ用の楽譜の場合、あった方が便利だろう。上記のサイドテーブルに載るようであれば、載せて使うこともできる。

そして、これは以前から持っていて今回買い増ししたのだが、本用の重しというか文鎮というか・・・まあ、作っている(販売だけかも知れないが)のがソロバンメーカーだから、文鎮という位置づけか。
喫茶店なんかで本を読むとき重宝していたが、スコアの押さえとしても使えることに気付き、買い増ししたのである。
本や楽譜を、開いたまま置けるというのがポイントだ。2つ使えば一層便利だ。
意外と知られていないような気がするので紹介するものだ。この写真だけでは分かりづらいかも知れないが、拡大してご覧になると、一目瞭然で使い方も、便利そうであることもお分かり頂けると思う。

3点と書いたが、もう1点追加する。
小型のスコアなどで、複雑な譜面となると、そして臨時記号が多く付けられたりすると、裸眼では判読し難いことがある。印刷のツブレも多い。これらを何とか判読したいと思って手許に置くこととした。
私の持っているものと同一のものは見あたらなかったが、類似の規格のものを挙げておく。何と言っても、LEDランプが付いているのがお薦めのポイントだ。

今回紹介したものは、私の場合DTM制作の作業用として導入したものが殆どだが、通常使用としても用途が広がると思う。

2012年11月13日 (火)

DTM入力用キーボードを導入 続き

(前稿からの続き)

入力用キーボードとして結局、既に持っていたヤマハ機を放置して・・・正確に言うと、比較的最近導入を試みた、別の会社の25鍵機があったのだが、それも放置して・・・コルグ製品の37鍵機にした。

これ、色々と調べたら、ミニキーボードでこの製品のような機種って、現状はこれしかないようなのだ。

標準鍵盤であれば選択肢は広がるようだが、音楽専用にPCを使っているわけではない身としては、サイズの点で難しいということになる。本当は標準鍵盤の方が、和音なども含めて「手が覚える」という感じになるので、一層勉強にもなるのだが。

で、コルグ機だが、37鍵だともともと所有していたヤマハ機と同じで、余りメリットを感じないでもなかったので、本当は49鍵機が欲しい処だった。実際、使ってみて、25鍵機ほどではないが、オクターブシフトが必要とするケースが結構多い。オクターブシフトは、使っているうちに、自分が入力しつつある音がどの高さなのか、分からなくなってしまうことがある。

さて、導入にあたって、専用のドライバは必要なく、自動的にPCが認識する、という触れ込みだったのだが、認識したりしなかったり、という現象が起きたのである。
専用のドライバがやはり必要なのか・・・と思って、コルグのページからドライバをダウンロードして使っても同じだ。
この現象とそれに対する対応策、取説にも書いてないし、コルグのページのFAQにも載っていない。

こうなるとコルグの相談センターに聞くしかないと思い、メールで問い合せを送ったら、2日ほど間をあけて返ってきた回答には「この現象は聞いたことがない。以下のことを試してみて欲しい」という内容。

その回答で解決することは結局なくて、自分で再度色々と試みた処、確実と思われる結論に達した。次の点だ。

  • 専用のドライバが必要ないのは間違いない。
  • だから、トランスポーズ他の色々な機能を使いたいのであれば専用ドライバもあった方がいいが、基本機能だけで使うのであれば、専用ドライバをインストールする必要はない。インストール済みだったとしても、アンインストールして構わない。
  • finaleで使うとき、finaleを立ち上げる前にコルグ機を接続しておくと認識される。
  • finaleを使用中に、途中からキーボードを使いたいときに接続すると、認識されない。
  • 要は、途中から接続したデバイスを認識しない。
  • しかし、当該のソフトを使用中であっても、途中から接続したデバイスを認識しないのは、仕様としておかしい。
  • 試しに別室のPCにつないでみたら、finaleを使用中であっても(finaleは1ライセンスで2台のPCにインストールすることが許容されているので、違法ではない。念のため)途中から接続しても認識した。従ってコルグ機が問題なのではなく、PCのせいだということになる。
  • 以前購入していた別の会社の25鍵でも、全く同じ現象が確認できた。

こんなわけで、「途中から接続すると認識しないことがある。こんなときは、使用するソフトを一旦終了し、接続してから再度ソフトを起動してください」と言ったFAQが必要だと確信した。
コルグには、この提案と、49鍵機の商品化を望むことを、回答へのお礼として送った。本当かどうか知らないが、製品開発部門に伝えてくれたそうだ。

これ、以前紹介した、N響アワー廃止に対するメールに対する、NHKからの回答と随分違うのを感じた。やはり、メーカーと、「国営」放送では随分姿勢が違うんだなあ。通り一遍の回答で、伝統と文化を破壊する愚挙に出たNHK。私は絶対に許さない。

閑話休題。コルグとの一連のやりとりで、実はこれまでコルグ製品は使ったことがなかったのだが、一遍にファンになってしまった。

さて、上記で「途中からコルグ機を接続」と書いたが、場所をとる話とは別に、finaleを使うときも、キーボードだけでは作業ができないこと、マウスならではの「出番」(同じメロディーをコピペするとか、移調操作だけで和音を構成するとか。他にも、キーボード入力では異名同音処理されてしまい、楽譜と見比べるときに、一瞥して分かりづらいので楽譜通りに修正するなど)があることによる。
むしろ、キーボードを導入しても、マウスとは併用するのが効率的だろう。

47鍵機の発売が待たれるが、可能性としては低いとみて、61鍵機を買おうかなあ、と悩み中。

2012年11月12日 (月)

DTM入力用にキーボードを導入

私のサイトの一つに、「題なし 音蔵館」というのがあり、気の趣くままに作成したDTM音源を掲載しているのだが、この音源、finaleを使い、マウス入力だけで、これまでは作成してきた。

マウス入力でも、慣れてくると結構早いスピードで入力することができる。それに、もともと音楽評論の「譜例」とともに、または「譜例」とは別に、説明用・・・こんな音楽だということを思い出して頂くための・・・として作成することが主眼だったこともあり、短めに切って作成してきたものだから、マウス入力で十分だとも思っていたのである。

処が、次の2点の理由から、どうしても入力用キーボードが欲しくなった。

  1. まず、移調楽器の設定で、どうしてもうまく行かない調があること。finaleには移調楽器を設定する機能が備わっている。主要な移調楽器については、デフォルトで用意されている。処が、E調とかB調(B♭ではない)といった、♯の多い調の楽器・・・とくにそれが変ニ長調など♭の多い曲で使うとき・・・で、どうしても巧く行かない(音が合わない)ことが多かった。これが気になり出したこと。だから、トランスポーズ機能を必須と考えた。
  2. そして、ピアノ曲だと入力する行数も少ないし、キーボードを使うのがむしろ合理的かも、と考えたこと。

①について、実は私のDTM歴はMACを始めて自宅用のパソコンとして導入した頃に遡る。この辺りのことは、「私とMAC」という記事に書いた。そのときには、DTM用としてすぐにヤマハのMIDI入力キーボードを導入したものである。CBX-K1という機種だった。

これを、これまでに捨てていなかったとしたら、何とか再活用したいと思った。
で、残っていたのだが、当時はMIDI端子だけでUSBなんてものはなかったので、MIDI出力をUSBに変える変換コードを導入。これで一応つながり、動作もした。

あと、電源は電池駆動が基本で、電池代をかけるのがイヤならACアダプタという仕様。ところがこのACアダプタが見あたらない。で、念のためと思ってウェブで探したら、ちゃんと売っていたのだ。これは驚いた。ネットで、こんなものも買えるのだ。
CBX-K1は生産を終了しているので、それ用のACアダプタを「こんなもの」と表現したわけだ。

処が、満を持して入力を始めたとき、移調楽器がうまく入力できない。
やっているうちに、とんでもない勘違いをしていたことに気がついた。

MACでDTMを始めたとき、ハロー・ミュージックというヤマハのセットだったのだが、付属のシークェンサ・ソフト=楽譜入力ソフトには、楽器ごとに異なる調を設定する機能がなかったのだった。移調楽器を段ごと(個々の楽器ごと)に設定する機能がなかった。だから、移調楽器をハ調で読み替えながら、入力用キーボード側でトランスポーズ機能によって調性を決めて入力する、という手順を使ったのである。

最近DTMを再開し、たまたまfinaleに辿り着いたのだが、これの下位版のPrintMusicを使い始めたとき、段ごとに移調楽器の設定ができることに驚き、感激した。そのことは、リファレンス本に私が自分で書き込んだ゛落書きにハッキリ書いていた。

結局、finaleであれ、PrintMusicであれ、入力用画面の段ごとに(楽器ごとに)移調設定ができてしまうので、入力用キーボード側で設定する必要はないほわけだ。入力用キーボード側で移調設定すると、入力画面側と二重に移調してしまうことになり、音が合わないというわけだ。

だから、トランスポーズ機能は不要だということになる。私のような使い方であれば。

②だが、こんな曲を入力するには、とくに効率的だと考えた。三連符が延々と続くのと、分散和音が多いので、独学だがピアノを少し叩いた経験もある私としては、勉強にもなるわけだ。例示したのは、シューベルトの、即興曲第2番である。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/schubert/impromptus_No2.mp3

やってみて、別の効用もあることを知った。
和音入力が容易だということである。構成音を同時に押せばいい。これぎかりは、マウス入力だとまず不可能だ。

そして、入力用キーボードだが、ヤマハのCBX-K1を折角使えるようにしたのだが、奥行きもあり、コードがゴチャゴチャしてすぐにイヤになった。

迷った末、コルグのmicroKEYの37鍵版を導入した。

これが大正解。奥行きが小さく、PC用のキーボードと並べて置いても場所を取らない。
キーボードはミニ鍵盤だが、白鍵と黒鍵の横幅比率に秘密があるらしく、和音なども結構押しやすい。同じ仕様で61鍵モデルもあるので、好みと用途に応じて選んだらいいだろう。(実は私も61鍵モデルが欲しくなり始めていて困っている。尚、コルグのこのシリーズには、49鍵モデルはない)

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