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2012年9月26日 (水)

題名のない音楽会 2012年7月15日 生誕110周年 ディズニーの音楽愛

今年2012年は、ディズニー生誕110年にあたるとかで、2回に分けて特集する第1回目が今回の放送。

東京ディズニーシーの音楽を色々と手がけ、アレンジャーとしても活躍しているという指揮者のブラッド・ケリーをメインゲストに、ディズニー映画とその音楽について語って行く企画。

音楽は比較的新しいものと古いものを合せて3通り演奏したが、率直に言って新しいものはよく分からない。
それよりも、一番記憶に残ったのは、「ファンタジア」成立に関わるエピソードである。

あるとき、ストコフスキーがディズニーと会う機会があった。そのとき、ストコフスキーがディズニーに「デュカの『魔法使いの弟子』をアニメにしたら、面白い作品になるのでは?」と提案した。ディズニーがそれに乗り、「ファンタジア」が出来たというのである。このため、「ファンタジア」は、「魔法使いの弟子」から出来ていった、とも言っていた。

これで、ずっと感じていたことに、大いに納得したのである。
この作品だが、「魔法使いの弟子」の部分が余りにもよく出来ていて、その割りには他の曲の部分の出来が良くないと思ってきた。率直に言って、他の部分は無理矢理に映像と音楽を合わした観があるし、趣味が悪くグロテスクなのだ。「魔法使いの弟子」は良く出来ていて何度も見たくなるのだが、他の部分は、何度も見たいとは思わない。1回見たら十分だ。

「魔法使いの弟子」は、どこかにも書いたが、出来すきている余り、映像なしで音楽だけを聴いても、どうしても、ミッキーが魔法使いの衣装を着てチョロチョロしている姿が浮かんできて仕方がないのである。ディズニーランド/ディズニーシーだって、ミッキーと言えばその姿で登場することが多い。ミッキーの代表的な衣装といえば、魔法使いの弟子ふうなのだ。現に「ファンタジア」のパッケージも、LDの時代からDVDでもブルーレイでもこの姿の絵で変りなく続いている。

で、「ファンタジア」の公開が1940年で、デュカの「魔法使いの弟子」が作曲・初演されたのは1897年(ここに掲示の辞典による)。作曲されてから既に43年も経過しているとは言え、この曲が大いに親しまれるようになって行くキッカケとなったと言っていいと思うのだ。
CDとしての私のリファレンスは、何と言ってもデュトア盤。

ついでに言及しておくと、ディズニー初の長編アニメは「白雪姫」で、1937年公開だ。日本では1950年になってようやく公開され、それを見た手塚治虫が大いに感激して何度も繰り返し見にいったこと、そして「何でこんなものが作れる国と戦争したのだろう」と思い、やがて自分でもアニメ映画を作ろうと決心し、一連のアニメ作品を制作して行く原動力となった、というのは、手塚ファンであれば必ず知っている、重要なエピソードである。

私も、断片ではあるが音楽のメドレーの最中にこの「白雪姫」を見て、改めて「こんなものを作れる国と戦争しようなどと、よくも無謀なことを考えたものだ」と、改めて思った。

さて、あと一言だけ付け加えるが、メドレーの中に、「花のワルツ」が出てくるものがあった。これ、他の曲とメドレーにすると、他の曲が気の毒だと思った。チャイコフスキーのこの曲、余りにもレベルが違いすぎるのである。「格」が違うと言ってよい。
これは「ファンタジア」の中の曲の抜粋ということだったのだが、映像が上記のように無理矢理合せた観があり、見たあと一切記憶に残っていない。この箇所ひとつとつてみても、「魔法使いの弟子」と差がありすぎるのである。

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