名曲探偵アマデウス 2012年3月7日 熱情ソナタ
「名曲探偵セレクション」として放送されたもので、2010年の初回放送時、録画していた。
当時は、この番組について逐一ブログに書いてはいなかったし、セレクションとして今回放送された時も、以前録画済みだからということでメモも取っていなかったので記事化するのは、いったん断念していた。
しかし、2012年3月24日、小林愛実のピアノリサイタルを聴きに行き、彼女の演奏が素晴しく、またそのことによって曲の凄さを再認識することにもなったので(3月27日付の記事)、改めて録画によって番組を見直し、メモを取ってこの記事にすることとしたのである。
クライアントは脱サラして花火職人になった人。ウィーンの花火大会に招待された。その大会では、ベートーヴェンの曲をイメージした作品であることが必須条件となっている。彼に与えられた課題曲は「熱情ソナタ」。全く曲を知らないので、探偵にガイドされながら、PCの花火シミュレーションソフトでチョイチョイと作って見せるが・・・。
事件?の謎?解決に至るプロセスと、並行して進められた、曲の解説・分析の推移については省略する。
主として次のような点が説明された。
- 第1楽章。第1主題、第2主題、第3主題 何れもヘ短調の主和音をバラけて分散和音にしたもの。これにより、曲全体に統一感をもたらす。
- 限られたシンプルな材料を分裂させたり結合させたりして大きく発展させて行く。この手法を「動機労作」と言う。「動機労作」の、傑作中の傑作。
- 第1楽章では、交響曲第5番でお馴染みの「運命の動機」も登場。交響曲がいきなり ff で出るのに対し、 pp で、このソナタでは「異物」として挿入されたもの。不穏な空気が漂い、緊張を高め、遂に爆発する。
- 当時最新だった、エラール社のピアノで作曲された。高音の方に半オクターブ分(鍵盤7鍵分)加わったことにより、響板(きょうばん)が大きくなり、結果、音量も増大。pp から ff まで幅広い音量を出すことができるようになり、(千住明 曰く)オーケストラ的な発想ができる楽器となった。
- 結果、激しい、感情をぶつけるようなソナタが誕生した。
- 第2楽章の最後にの2音にはフェルマータがついている。この和音は「属九の和音」で、当時許容されるギリギリの不協和音。聴衆にショックを与え、緊張感を一気に高め、アタッカ(楽章の間を、続けて=休みなしで演奏すること)で、第3楽章に突入。
- 「属九」の和音の響きが残ったまま、疾風怒濤のような楽章となる。
- 自筆譜が残っているが、水に濡れた跡がある。一旦完成したあと、改訂するため持ち歩いていたのだが、雨に遭って濡れた、というのが定説。
- 書き直した部分はインクの色も違うので、どう改訂したかが推察できる。野本先生曰く、第3楽章の終り17小節分(出版された版)は、元々24小節あった。小節を減らし、エラールのピアノで可能となった最高音(真ん中のドの3オクターブ上のド)まで使うように改めた。原案では2オクターブ低い音までしか出していなかった。
- この部分の改訂によって、この曲が真に名曲となった。
- こうしたエピソードからも、この曲に対するベートーヴェンの思い入れの強さを感じさせる。この曲のあと、4年もの間、ベートーヴェンはピアノソナタを書かなかった。
- 動機労作による作曲は頂点を極めたと彼も思い、別の方法によって頂点を目指す、という新しい道を自ら開拓して行くこととなる。
番組内で、古楽器の研究者でもあるというピアニストの小倉貴久子が、ベートーヴェンが使ったものと同時期のピアノ(但し、メーカー不詳)を使ってそれ以前のものとどのように音域が広がったのかを説明したり、野本先生が、曲の最終部の、改訂前の版(音域狭い)と出版された版(音域広い)を弾き比べしてみせてくれた。
いい演奏を聴いた余韻の中で改めて見て、解説も聴いて、なるほどこれはやはりスゴイ曲なのだと再認識させられた。
結局、クライアントの花火職人は、脱サラした当時の思いを振り返り、シミュレーションソフトでチョイチョイという作り方はやめ、ちゃんと真剣に作品づくりをすると誓って事務所をあとにする。
後日、ウィーンの大会で入賞したとの知らせが入る。
さて、例によって私のコメントを付けておく。
この曲、私はバックハウスの全集で聴いたし、後にはグルダの全集でも聴いたし、若い頃のアシュケナージも聴いた。ブレンデルはナマ演奏で聴いた。その他、色々なピアニストで聴いたと思うが、結局はアシュケナージに落ち着いたのだが、いつしか余り聴くことはなくなった。飽きてきたこともあるし、中々その後「これ」という演奏にめぐり逢わなかったせいでもある。
基本的にこの曲、若い、パワー溢れるピアニストによる演奏が適しているのではないか。この番組で演奏した清水和音は実につまらなかった。彼も若い頃はもっと違う演奏をしていたと記憶するのだが、最近は本当につまらない演奏となってしまった。それもあって、最初に放送したときに、録画はしたのに記事にしなかったのである。
処がつい先日、小林愛実の演奏に接し、やはりこのソナタは、こうでないといけない、と確信したのである。
DTMで巧く再現し切れないが、上記の解説にあった、第1楽章冒頭の部分。「運命の動機」がからみ合って遂に爆発する、というあたり。
http://tkdainashi.music.coocan.jp/beethoven/appassionata_1stOpening.mp3
そして、第2楽章は、このように静かに始まるが・・・
http://tkdainashi.music.coocan.jp/beethoven/appassionata_2ndOpening.mp3
終り4小節からアタッカで第3楽章に突入する部分。
http://tkdainashi.music.coocan.jp/beethoven/appassionata_2ndend_to3rdOpening.mp3
そして、終結部の、プレストに入ってから最後まで。
http://tkdainashi.music.coocan.jp/beethoven/appassionata_3rd_lastCoda.mp3
何れも、若いパワーでガーッと弾く方が適していると思うのである。
で、小林愛実というわけだ。CDを入手して聴き直したが、やはりこうでなきゃ、という演奏が繰り広げられる。力を入れて演奏する部分だけではない。第2楽章冒頭のような、静かな部分に心を込めた感じも素晴しい。当面、私のリファレンスとなりそうだ。
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