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2012年4月 9日 (月)

題名のない音楽会 2011年9月18日 調性の話とフランクの交響曲

日付は間違いではありません。2011年放送分の落ち穂拾いです。

この日の放送は、名曲百選のシリーズの一環としてフランク作曲「交響曲ニ短調」を採り上げ、作曲家の吉松隆をゲストに迎え、「調性の話と、『転調のオタク』としてのフランク」を語ってもらうという企画だった。

吉松隆は、西村朗とともに、私が「クラシック音楽の解説をさせても一流」と認める作曲家である。もしNHKがN響アワーの廃止などという暴挙・愚挙に踏み切ることがなく、西村が多忙や体調を理由に退くことがあったら、吉松隆があとを継いでもいいと思っていた。
作品は、僅かしか聴いていないが、西村より遙かに分かりやすい作風と見ている。
この2人は、共著もあるし、単独でもそれぞれ何冊かの解説本を出していて、私も何冊か読んでいる。

中でもピカイチだったのは、2010年11月10日付けの「ミニ書評」でも採り上げたが、「運命はなぜハ短調で扉を叩くのか」であった。調性の問題に、初めてナットクできる答えを示してくれた気がしたのである。
この本の初版から1年近く経って、ようやく「題名のない音楽会」も気がついたのか、というのが、今回見始めたときに抱いた感想である。

しかし、結論を先に言うが、これは2つのテーマを無理矢理1回の放送でやろうとしてどっちつかずになってしまった、「欲張り過ぎによる失敗」だったと言える。

それぞれの企画自体は、中々良かったりである。
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は本来ト長調(♯が1つ)の曲だが、ヘ長調(♭が1つ)で鳴らしてみせて何が違うのかを考えさせ、「弦楽器は♯系の曲の方が鳴りやすい。なぜなら・・・」という処から、楽器それぞれに鳴りやすい調性があって・・・と話を持っていった。

その話はもっと広がるはずのもので、それこそ上記の本に書かれた知見や、その後さらに加わったかも知れない情報を吉松に披瀝してもらうだけで、1回分の番組が成立したはず。

処がフランクの交響曲ニ短調の解説に突如入り、「第1楽章がニ短調という悪魔的な調で始まり、第3楽章(終楽章)は、ニ長調という神的な音で始まる」などと言う話なってしまった。話の内容が、突如薄っぺらなものとなってしまったと言っていい。
長調と短調の対比は、そう単純なものではない。また、「悪魔的」とか「神的」と感じるのは個人の勝手だが、そんな決めつけ言葉ではなく、違う説明の仕方があるはずだ。

ただ、吉松が「この曲は転調がやたらに多い。フランクは『転調オタク』」と言ったのには、ナットクできるものがあった。この曲をそんなふうに聴いたことはなかったからである。鍵盤楽器奏者にありがちな作風だそうだ。フランクは、作曲家として認められるよりも、教会のオルガン奏者としての方が、早くから名が知られていたわけだし。

また佐渡曰く、「楽器の音色で色彩的に作曲するのではなく、転調によって色彩感覚を出した作曲家」。これもナルホドということだ。

だから、この辺りの話をもっと膨らませたら、この曲の分析・解説だけで十分1回分の放送として成り立つわけで、調性の話と同じ回にすることはなく、それぞれもっと詳しいことが紹介できたはず。

惜しい。

さて、実際に私も改めてスコアを眺め、DTM化してみた。
曲の冒頭、序奏から第1主題の提示までが、こんな感じ。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/franck/franck_symphonie_1stOpening.mp3

どうだろうか。「悪魔的」などと言うより、私はもっと不気味で恐ろしげな感じを受ける。昔、この曲を聴き始めた頃、この部分がイヤで、すぐに親しむことはできなかった。
あとで知ったし読んだのだが・・・小林秀雄が友人の文学者の話として書いていたのだが・・・この曲を聴いているうちに気分が悪くなり、吐いてしまったそうだ。確か、この本にあったと記憶する(間違いの節はご容赦!)

今回の放送にある後知恵になるが、転調が激しいことにより、どうにも落ち着かなくなったのではないだろうか。半音ずつ音が変化し、緊張が高まって行き、それでも中々「爆発」しない。

しかし、それに慣れてくると、そうした緊張感こそ、この曲の価値を高めているとも思えるようになる。上掲のmp3ファイルの後半、第1主題が力強く出ることにより、何とか「爆発らしき」処に行くのだが、ずぐにまた冒頭のような感じになってしまうのだ。

そして、どんより曇った感じの音楽が続く中、ようやく一筋の光が差し、大きく晴れ渡った感じの部分がやってくる。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/franck/franck_symphonie_1stMvt_bars_from125.mp3

付言すると、このテーマを「信仰の動機」と名付けて解説する人もいるのだが、私はそうした説明の仕方には与(くみ)しない。

しかしそれも、上掲のファイルの通り、すぐに力をなくし、またまた沈潜していくことになる。

番組内での演奏は、各楽章の抜粋で、一番長く演奏したのは第3楽章だった。
しかし、演奏の出来は良くない。少しテンポが早めで、音そのものにも重量感がない。私は、こんなフランクには価値を認めない。
兵庫芸術文化センター管弦楽団(以下、PAC)を佐渡が振った演奏で、まあPACの音というのはこの程度というのも知っているが、佐渡自身、こうした重量感の認められる曲には、まだ余り適していないのかも、と思った。

そして、私なら第2楽章をもっと聴かせる。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/franck/franck_symphonie_2ndMvtOpening.mp3

弦のピツィカートとハープのサウンドを背景に奏でられる、イングリッシュホルンの何とも鄙(ひな)びたメロディー。同じ楽器を使っていることもあり、また♭の数がどちらも5個ということもあるせいか、どうしても、ドヴォルザークの「新世界から」の第2楽章と共通する雰囲気を感じる。
(「新世界から」の第2楽章は変ニ長調。フランクのこの部分は変ロ短調。何れも♭5個の調性)

で、私のオススメはミュンシュの指揮。併せて、一頃名盤ないし定番とされていたことのある、カラヤン指揮パリ管弦楽団のものも挙げておく。ただ、私もカラヤンで長いこと聴いてきたのだが、いま1つ緊張感に欠けると思うようになり、ミュンシュ盤に落ち着いたのだ。

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