震災の日に演奏したマーラー
本日2012年3月11日は東日本大震災満1周年にあたり、本日も含めて数日前から、テレビ番組の殆どが震災関連一色だ。
関心を持ち続けなければならないことは承知しているが、どうしてもそんな内容ばかりテレビで流され続けていると、陰鬱な気分になってしまう。だから、何か別の番組はないかと、あちこちチャンネルを変えながら流していたら、たまたま、震災当日に新日本フィルがハーディングの指揮でマーラーの5番を演奏していた、という話題に行き当たった。(NHK総合 3月10日23時~ )
ハーディングが新日本フィルの「ミュージック・パートナー」に就任する、その記念のコンサートということで、券は完売していたが、いざ準備にかかろうとしたとき、大震災発生。しかし、会場(すみだトリフォニーホール)の安全が確認されたので予定通り開催を決定。
決定はしたが、交通障碍のため、団員も観客も集まらない。それでも「1人であっても、わざわざ聴きに来て頂けるのであれば、開催する」としていた。最終的には数十人しか集まらなかったが、予定されていたマーラーの5番が演奏された。
葬送行進曲の様相を示す第1楽章を持つこの曲のままでいいか、という論議もあったらしいが、この曲だからこそ、却ってふさわしいとハーディングが考え、予定通り演奏された由だ。
余震の続く中、団員は恐怖と、何人かは親戚知人の安否が不明のままでいたことに不安も感じながら、渾身の演奏を披露。
第1楽章の冒頭を示す(これはDTM)。
http://homepage3.nifty.com/tkoikawa/music/mahler/mahlerSym5_1st.mp3
観客は定期会員の人も多く、交通手段がなくなっていたので徒歩で会場に向かった人もいた。
演奏会が終了したあと、観客の多くは帰宅が困難になり、ハーデング゛をはじめ団員たちと、会場で一夜を明かしたそうである。
あとからハーディングから、会員にはメッセージが届いたとのことで、彼にとっても忘れられない演奏会になり、マーラーの5番を振るたびに、この日のことを思い出すことになるだろうという主旨のことが書かれていた由だ。
その全文が、新日フィルのページに掲載されている。
観客がたまたま演奏会の模様を音声を録画していたことから実現した番組と見受けたが、音楽番組ではないためか、演奏の様子は各楽章とも途切れ途切れにしか聴かせてくれなかった。
しかし、断片的にしか聴けなかったのだが、凄まじい演奏だったことは分かった。こんな時でないと可能とならないような、超名演だったのではないだろうか。
また、ハーディング指揮マーラー室内管弦楽団の演奏会に行ったときの記事に書いたが、ハーディングって結構スゴイ指揮者なのかも知れない、とそのとき思ったのだが、その前にこんなことがあったということは全く知らなかった。
地震のあまりないイギリスの出身であるハーディングにとって、恐怖と驚き、そして不安は、日本人のそれを遙かに上回るものだったはずだ。
それを乗り越えてあのときに演奏会をやったということで、指揮者としても大きなものとなったのかも知れない。
新日フィルのページに載っているメッセージの内容から、彼が1人の人間としても素晴しい人であることが分かる。
マーラー室内管弦楽団の大阪公演のとき、いつまでもいつまでも拍手が鳴りやまなかったのは、こうした経緯を知っていたファンが大阪にも多数いた、ということであれば説明もつきそうだ。
ただ、残念なのは、観客の一人の証言によると、当日こうした演奏会に行ったということを口外するのが憚られる月日が続いたとのこと。居るんだよねぇ、こういう人。
当日の観客だった人たちが、ようやく発言する気になり、こうした番組か成立したのだろう。
だって、マーラーの5番って、確かに葬送行進曲で始まるが、哀しみだけでなく、怒りとか寂しさとか慰めとか、色々な要素が詰め込まれているのだ(マーラー全般に言えることでもあるが)。
楽しい音楽の演奏会ならともかく(私はそれでもいいと考えるが)、哀しみも怒りも詰め込まれた曲である。
そして、有名なアダージットの楽章(もちろん、これもDTM)
http://homepage3.nifty.com/tkoikawa/music/mahler/mahlerSym5_4thMvt.mp3
で慰められたあと、喜びが優勢となる最終楽章に至るのだ。
震災の本当の深刻さを観客も団員もハーディングも本当に知ることになるのは翌日以降ということになるが、当日、あんな状況であの曲を聴いた、演奏した、という経験は、震災被害の深刻さに向き合うとき、大きな支えになったのではないだろうか。
と、ここまで書いたが、この曲が、こうした時にも、むしろふさわしい曲だというのは、全く気付かなかった。
上記のDTMを引用した私のページに書いた通り、マーラーの中では少し落ちると私は思っていて、余り何度も聴いてはいないが、過去に1年で2回も名演に接したことがある(若杉弘がケルンを引き連れて凱旋公演した年、テンシュテットによるレコードが出た)。
今回も、断片的だがそんな経験ができた。どういうわけか、聴くときには名演にあたる確率が高いかも。
とは言え、私のリファレンスはバーンスタイン指揮ニューヨークフィルのもの。
ただ、今回放送された秘蔵?音源によるものがもし出たら、リファレンスとは異なった意味を持つ、特別なものとして手許に置くことになるだろう。
(追記)
番組内でも紹介してていたような気がするし、上掲のハーディングのメッセージにも書かれているのだが、当日会場に来れなかった人たちのため、チャリティコンサートとして、同じマーラーの5番を中心としたコンサートが催された。それが6月20日のこと。
上記に引用した、マーラー室内管弦楽団大阪公演の8日後のことだと気が付いた(気付くのが遅い・・・)。8日しか経っていない。
その、20日のコンーサトに行かれた方の、素晴しいレポートを見つけた。
nailsweetさんのLangsamer Satsというブログに書かれている。昨年の記事だが、紹介しておきたい。
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