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2012年3月24日 (土)

N響アワー 最後の2回 最終回スペシャル 見ないで批評

N響アワーは、廃止という暴挙にすっかり見る気を失ってしまい(2月28日付けの記事)、その後、予定通り(?)見てないし録画もしていない。

しかし、一応放送データは残すことにしようと思い、プリントしてみて、どうしてもまた書きたくなった。
最近のNHKって、どうしてこんなにツッコミを入れさせる(いや、イライラさせる、と言うべきか)ことを続けるのだろうか。

最終回スペシャルと銘打った1回目(2012年3月18日放送)と2回目(3月25日放送)についてである。

まず、双方とも、「最終回スペシャル」なのに、放送時間は57分だと言うことだ。何だこの扱いは。
30年以上続いた番組の最後に、通常と同じ時間し割り当てないというわけだ。いや、本当はこの番組、1時間枠だったのに、ある日突然3分削ってしまったのだから、もともと「通常」ではない状態で続いていたのだが・・・。
ドラマの類で顕著だが、普通、最初の回と最終回は、時間枠を拡大して放送するものだ。民放の色々なドラマの類がそうだと言うだけでなく、現にNHKだって、大河ドラマでやっているではないか。

ましてや、30年以上続いた番組だ。殆どの固定ファンを斬捨ててまで廃止しようと言うのに、その「死」を、何とも思っていないとしか考えられず、その神経に、またまたイライラするのだ。

そして、その1回目。
過去の名演集として、ホルスト・シュタインによる「マイスタージンガー前奏曲」、マタチッチによるブル8(「から」と書いてある),サヴァリッシユによるフラ4(第4楽章)が採り上げられたそうだ。

これ、廃止を通告してからずっと、リクエストを募集する旨を併せて通告していたが、その結果がこれだって?!
この中で最終回として追憶するのにふさわしいのは、私に言わせればシュタインの「マイスタージンガー」だけ。あとの二人の演奏は、それなりの価値は認めるが、過去に放送された中でのベストの演奏だとは全く考えない。

もっと、よりふさわしい名演があったはずだ。戦後すぐの演奏とか、近くには大震災直後とか、歴史的に意味のあった演奏があったはずだ。または、そうした重たいものでなくても、デュトアとアシュケナージの、音楽監督就任公演やプレヴィンの首席客演指揮者就任だとか、歴代の首席指揮者とかでも良かった。

百歩譲ってマタチッチとサヴァリッシユの二人を採り上げるのだとしても、それなら双方とも全曲演奏とすべきものである。ましてやブル8を「第4楽章から」はないだろう。

時間をちゃんと計ったことはないが、そもそも57分という時間として3分削ったのは大きな禍根を残していたし、最終回スペシャルとするのだから、時間枠を拡大して全曲演奏を何曲か振り返る・・・という形にするのが普通だ。

これでは、「死」を先刻されても、往生できない。

(この稿続く)

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