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2012年2月 1日 (水)

N響アワーの終了 ってこれは暴挙だ 許せん!!!!! 続々

本件、1月30日の記事1月31日の記事にも書いたし、1月31日付けの記事で、「もうこれ以上は書きたくない」とまで言ったのだが、一晩寝て改めてPCに向かうと、まだまだ書きたいことが残っていることに気がついた。このため、気は進まないのだが追加する。

1月31日付の記事で、NHKから早々に回答が来たことと、その主旨を書いたが、NHKの言い分は、基本的に間違っている。丁寧な回答ではあるが、論旨が一貫していない。

まず、幅広い視聴者に向けてクラシック音楽の楽しみ方を伝えるため・・・ということだが、もしそうならば、新しく始めようとするその番組、別枠で増やせばいいだけのことだ。どうでもいいような番組、私に言わせるとEテレ内に限っても、まだまだ山とある。
伝統ある、従って固定客(?)のシッカリついている番組を止めて、それと置き換えるような方法を採るべきではない。伝統あり、固定ファンもついている、となればこれは一種の公共財だとも言える。NHKの私物でも何でもない。もともとNHKに受信料を払っているのは我々なのだ。絶対数は少なめかも知れないが、その分、こうしたニーズに応えてくれるためだと思えばこそ、受信料を払っているのだし、払ってもらっているのだ。

もう1点。
そもそも、新しく始めることになっている、そんな番組で、クラシックファンの底上げができるか、ということがある。
いや、そもそも「底上げ」なんてする必要があるのだろうか。

私が大フィルの「青少年のためのコンサート」を観に行ったり、また各地で行われる吹奏楽コンクールの類をテレビなどで時々観たりしている限り、少なくとも吹奏楽に親しむ若い人たちは、私がクラシック音楽を聴き始めた頃よりは、遙かに層が厚くなっているように見える。「題名のない音楽会」で時々やる、若い音楽家にスポットを当てた内容のときなども、層の厚さを感じて頼もしく思え、楽しませてもらっている。

そうした層・・・吹奏楽を自分でも楽しんでいる人たちが、管弦楽に親しむようになるのは、殆ど成り行きと言っていい。
自分で楽器をやるような人が、音楽に興味がないとは考えにくいし、その「音楽」の中から、クラシック音楽に親しむ人も出てくる。聴く時間が増えてきたとき、そのときガイドとなるべき番組は、現在だと「題名のない音楽会」と「N響アワー」だ。
私もこの2つによって育ってきた。N響アワーは、まだなく、当初は「題名のない音楽会」だけだった。「題名」は、黛敏郎時代は、現在のものよりもレベルが高い内容で、私の音楽体験の幅も奥行きも拡大してくれた。

かつては、もっとこうした番組があったが、現在はこの2つ。そして、この2つだけで十分だとも言える。しかし、もし1つだけしか残れないとしても、N響アワーは絶対に残る側であるべきだ。

N響アワーは、私が聴いても時々新しい発見をさせてくれる解説が付いている。ということは、初心者にとっては難しい・・・などと判断する向きがあるのかも知れない。しかし、それでいいのだ。なまじっか初心者に媚びるようにレベルを落としても、ロクなことはない。

そして、百歩譲って「底上げ」が必要だと考え、そのための番組がもし必要なのだとして、それは本流の音楽家または批評家がMCとしてガイドする形でなければならない。
石田某については、殆ど期待しないし見たくもない、と散々書いた。加羽沢美濃は、面白いセンスをしたピアニスト兼作曲家だと思うし何よりカワイイからいいのだが、しかし、クラシックの本流を行く人ではない。MCの2人とも、本流から外れている。そんな人たちに、「入門」番組をやらせるべきではない。

以上、どう見ても、今回のNHKの判断は奇妙奇天烈摩訶不思議なものとしか言いようがない。大いなる勘違いから、多くのファンを、また多くの大切なものを、伝統を、失なおうとしている。
社内でちゃんと論議されたのか。勿論されたと思うが、それでこんな企画が通るなんて、どうにかしている。

良く言うでしょ。伝統って、築き、守っていくのには大変な努力が必要だが、壊してしまうのは極めて簡単だ、と。

この、「N響アワー終了」に関する1月31日付の「続き」の記事で、「証拠として、この、「N響アワー終了」という話、どれほど多くの人にとって衝撃だったか、少し検索してみたら、すぐ分かる」と書いたが、ブログの記事として・・・ツイッターの類のように短いつぶやきではなく長めの記事の中で・・・私の記事の内容に共感頂いた方の中で「てんしな?日々」さん」のページを見つけた。他にも大勢おられるものと想像している。こうした声が澎湃(ほうはい)として起こるのは、NHKだって分かっていたと思うのだが・・・。

いや、ひょっとすると、分かっていなかったのかも知れない。
むしろ、分かっていなかった、というのが真実のような気がしないでもない。だとすると想像力の欠如に他ならない。

「教育テレビ」の内容が段々とプアになって行き、どうでもいいような番組ばかり増えていったあと、あげく「Eテレ」なんて、実にふざけたチャンネル名になり、遂にここまで来たか、と思うと情けない限りだ。

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