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2012年2月20日 (月)

兵庫芸術文化センター管弦楽団 第49回定期 カムのシベリウス

オッコ・カムという指揮者は、「終った人」だと思っていた。

久しぶりにコンサートに行くことにして予約していたのは、しかもそれが兵庫芸術文化センター管弦楽団(以下PACと略す)の定期だったのは、3年前の2009年7月19日、リントゥ指揮PACでシベリウスの5番を聴き、中々良かったからである。
しかも今回は7番と2番ということなので、指揮者は率直に言って誰でも良かった。同じオケでシベリウスの実演を、また聴いてみたかったという要素の方が大きかった。
少しは期待もあったが、同時に、カムの指揮だと言うことで、むしろ不安の方が大きかった。冒頭に書いたように、「終った人」だと思っていたためである。

この人は1969年の「第1回カラヤン・コンクール」で独学で指揮を学んだという経歴ながら優勝してしまい、その勢いに乗って(優勝者のための特典だったらしい)、翌1970年、ベルリン・フィルでシベリウスの2番を振ってDGG(ドイツ・グラモフォン)からデビューした。
この録音(当時はLP)、私はCDになってから聴いたのだが、どうも今一だったのである。むしろ失望した、というのが近い。

「レコード芸術」などという雑誌を読んでいるわけではないので情報は限られるのだが、その後の活動も、少なくとも華々しい活動は、よく知らないでいた。
会場で貰ったパンフレットによると、フィンランドの幾つかのオケを中心として常任だか音楽監督だかを勤め、日本のオケにも客演したことがあるらしい。N響での客演が挙がっていないので、私が知らないはずだ。

私の情報源のメインはN響アワーに他ならなかったのだから!!!
誰だ、N響アワーを廃止するなんて決めたのは!!!
情報源の多くをN響アワーに頼っていたという人、私以外にも相当おられるはずだ。これは文化だ。
NHKたる者が、こうした文化破壊をやって平気でいる、という神経がもはや信じがたい。時たま良い番組があるし、何よりも現在であれば災害情報などは一番だから仕方ないが、そうでなければスグにでも受信契約を解除したい処だ。

・・・と、また怒りと哀しみが沸き起ってくるのだが、それはさておき・・・

N響にゲストとして招聘されないということ、それはN響の見識というものだと大きく評価してきた(今後はどうか知らないので、過去形)。話題になりそうであれば、あのド素人同然のF・Hなどという輩でも呼んでしまう「題名のない音楽会」との、大きな違いだ。

その意味でも、つまりN響に客演したことは挙げられていなかったので、パンフレットを見ても不安は解消されないでいた。

ところが、である。

プログラムの1曲目は「組曲 カレリア」で、これはまあこんなものだろうと思って聴いていたのだが、2曲目の「7番」で、「ああ、聴きに来て良かった」と思うに至ったのである。この曲って、こんなにいい曲だったのか・・・。

シベリウスの交響曲を集中して聴いた時期があったので、「全集」として、またはバラ売りで何種類か持っているし、当然「7番」も何種類か手許にあるが、カム指揮のものは、冒頭に書いたように「終った人」だと思っていたので対象外にしていたのだ。
手許にある演奏のどれよりも素晴しいというわけではない。しかし、良い曲だとは思いながら、私にはまだ何となく、曖昧模糊としてメリハリが少ない、という印象が残っていたこの曲、ひょっとしたらシベリウスの交響曲で一番の傑作かも知れない、と思わせてくれたのである。

曖昧模糊とした雰囲気は残るがメリハリもあり、起伏もあり、ああ、これこそがシベリウスの到達した境地なんだ、とも思わせてくれたのだ。ひょっとしたら、本来彼が描きたかったのはこちらの系統の曲なのであって、初期の「2番」あたりは愛国者的な作曲家として持ち上げられ、本人も結構その気になって熱情に燃えて書いてしまった、いわば気の至りの曲、というのが正しい見方なのかも知れない、とも感じた。

そんな気持になったあとに他ならぬ「2番」が演奏されたので、いつもとは違って、曲が始まってから、中々乗れなかった。

ようやく気を取り直して第3楽章から真剣に聴きだした。短めの第3楽章が、やがて第4楽章に繋がる、不思議だがダイナミックな推移部に入り、そして第4楽章の冒頭へ・・・。冒頭主題のテンポは・・・・。
これが、私の感じているテンポ感に殆どピッタリだったのである。

シベリウスの「2番」の第4楽章の第1主題。音階では「ド-レ-ミ-シ-ド-レ-ド」という、およそメロディーとも何ともつかないような音型である。シからミまで4度の範囲内でうごめくだけの音型。これが感動的に響くようにするには、後で何度も出てくるのを待つまでもなく、最初に出てくるときから存在感を持たせているべきだ、というのが私の感じなのだが、それがピッタリの入り方だったのである。
ここが巧く行ったら、あとはもう成功したと言っていいはずだ。
事実、この演奏もそうだった。

どっこい、オッコ・カムは「終っていた人」ではなかった。

若い時にデビューしているのでもっと年齢が進んでいるかと思っていたのだが・・・それも「終った人」だと思っていた原因の1つだが・・・1946年生れということだから65歳か66歳だ。指揮者としてはまだまだこれから。

会場でよくCDショップが出て、そのときの演奏者のCDを売っている。私は殆どそうしたコーナーに立ち寄ったことはないのだが、今回は立ち寄ってみた。
まあ、私は最近ネットで買うのが殆どなので、会場では手を出さずにきた。
で、改めて2番または7番の入ったものを探したのだが、新品はデビュー盤しか見あたらない(会場で売っていたのもそれだったのか??)。代わりに、私がよく聴くコリン・デイヴィス盤を挙げておく。

尚、定期でアンコールをやらないN響のような楽団もあるが、PACはアンコールをやる。フィンランドの指揮者だから「フィンランディア」をやらないと収まらないかも、と思っていたら、外れた。演奏したアンコールは、多分「悲しきワルツ」だったと思う。曲と曲名が一致しないので「多分」ということで。

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