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2012年2月13日 (月)

名曲探偵アマデウス 2011年12月7日 牧神の午後への前奏曲

倒産した外資系証券会社の、元・証券マンがクライアント。
今後の生活をどうしようかと考えていたら、他界した父が残してくれていた宝箱があったのを思い出した。生前、「困ったことがあったら、これを開けるように」と言い残していた。また、生前に父が趣味で描いていた絵もあった。

しかし、宝箱を開けても中は空っぽで、楽譜が1つ入っているだけ。宝のありかを示す地図でもなさそうだ。絵にも、そんなことは描かれていない。宝箱に入っていた楽譜が、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」というわけである。

「謎(?)解き」と「解決(?)」に至るプロセスと、並行して語られる楽曲分析の推移は省略するが、主として次のようなことが説明されていた。

  • 冒頭の旋律に出てくるド♯からソに下がる音程は、中世から「悪魔の音程」と称されていたもので、音程が取りにくく、従って歌いづらい。
  • そしてその、最初のド♯の音はフルートで奏されるが、フルートとしては出しづらい音である。これは牧神がまどろんでいる様子を表しているように思える。
  • 半音が多用されていて曖昧な感じとなっていて、独自の世界に引き込む力がある。同じ旋律を6回繰り返すが、そのたびに和声が変り、リズムも変る。色彩感を伴い、「五感で感じる音楽」となっている。
  • 全110小節の中ほどの55小節目で初めて調性がハッキリする。これは、ニンフ(ギリシャ神話で、森や湖などに住む、少女神)たちにからかわれていた牧神が、やっとの思いでその1人を捕まえた喜びを表しているようだ。それは、「『音楽』を模索し続けた作曲家=ドビュッシー の音楽そのものである。

概要は以上でありフルートでは出しにくい音から始まる・・・という辺りは参考になったが、後は知っていることが殆どだった。ただ、全体としてはどうも深読みしすぎの解説だと思った。この曲の始まりは、こんな感じ。20小節分で、最初のテーマ提示である。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/debussy/a_lapres_midi_dun_faune_opening.mp3

この曲、私が聴き始めた頃、退屈で、眠たくて仕方がなかった。起承転結が全然見えないし、曖昧な感じの音が続くだけで、余り盛り上がりもない。名曲だと分かってきたのは、ドビュッシーのピアノ曲の面白さが何となく分かったような気になった後である。

番組内でも、この曲の分析というのは困ったのではないだろうか。この曲に振り付けを施したバレエのシーンに基づいた解説が中心となっていた。しかし、この方法、基本的に賛成できないし、従って、それに基づくと思われる解説は、上掲の全てに賛同できないことになる。

そもそも、この曲は、バレエ音楽として作曲されたものではない。バレエのシーンに準拠した説明は、邪道であるだけでなく、音楽的に誤りである。ニンフと牧神の戯れがテーマであることは間違いないのだろうが、音楽の移りゆきと合せてシーンを合せ、それを解説のベースとするのは本末転倒でもある。「分析」の名に値しない。

もっと、ドビュッシー特有の音階とか、和声感の不思議な魅力について語らねばならないはずだ。

手許のスコアによると、ドビュッシーのこの曲は、同時代の詩人であったマラルメの「牧神の午後」に触発されたもので、元々は「前奏曲」の後に2曲ばかり作曲して、「組曲」または「交響詩」として仕上げる予定だったのだが、「前奏曲」だけで十分に音楽として完結していると感じた作曲者が、続く曲を作る必要がないと判断したのだと推定されるそうだ。

マラルメとドビュッシーは交流もあり、完成した「前奏曲」を、ドビュッシー自身がピアノでマラルメに聴かせたことがあったらしい。しかし、マラルメは困惑するばかりで、すぐにはこの曲を認めようとしなかった由。
自分の詩が、こんなふうに音楽にされることに抵抗があったらしい。音楽を必ずしも想定していない詩というものは、それだけで読者のイマジネーションを引き起こさせたいはずだし、反面、音楽もそれだけでイマジネーションを喚起かるものだからである。

さて番組は、演奏例のあと、クライアントが忘れていった、ご父君の絵があり、誤ってその上にお茶をこぼしてしまい、助手が大慌て。
ところが、水に濡れたその絵から浮かび上がってきたのは・・・宝のありかを示しているらしい、地図! というオチがついて終った。

この曲、良さが分かり始めたのがだいぶ後になってから、ということもあり、つまり好きとか嫌いとか思ったこともなかったので、リファレンス盤というものは挙げることができない。
代わりに、ドビュッシーのピアノ曲の面白さを分からせてもらう手掛かりとなった、冨田勲のシンセによる盤と、ベロフによる「子どもの領分」、そしてアルゲリッチも師事したことのあるミケランジェリ盤を2枚挙げておく。何れも名盤。

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