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2012年2月 6日 (月)

名曲探偵アマデウス 2011年12月14日 ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら

今回のクライアントは、探偵が一目惚れして半ば無理矢理に事務所に連れてきた、シングルマザーのキャビンアテンダント。息子と共に来訪。シングルマザーであるため、意識して厳しくしつけてきたが、息子のいたずらが止まらない、という相談。
それではこの曲を・・・ということで、確か探偵が奨めたのがR・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」というわけである

「事件(?)」の「謎(?)解き」と、それに並行して進められる楽曲分析の推移は省略する。

私は、本当は、この曲、まだ聴いたことがないのであれば、解説など何も読まずにまず聴く、ということを奨めたい。
冒頭の優しい序奏に続いてホルンで奏される処から、たちまち聴き入ってしまうはずだ。ホルンで奏されるのが「ティル・オイレンシュピーゲル(以下、ティルと略)のテーマなのだが、手許のスコアの解説によると、「ヴァーグナーの『指環』の、ジークフリートの動機とともに、ドイツで最も知られた、ホルンによるテーマ」だそうだ。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/R_strauss/till_opening.mp3

上掲の演奏は、曲の冒頭から12小節目まで。
ホルンによるテーマが「ティルの主題」というわけだ。とても捻(ひね)った節回しなのに、とても親しみやすく、また耳に残るテーマだ。
この「ティルの主題」が形を変えながら次々に登場しては、事件を引き起こして行くのだが、何も解説など見なくても、なにやら大騒ぎになったり、偉そぶったり、終り近くでは恐ろしげな曲調になったりするのが分かると思う。解説などは、後からみたらいい。

番組の中では、この、ティルが形を変えて繰り返し出てくる形式は「ロンド形式」だが、よく使われる「ソナタ形式」に対する、ティルまたはR・シュトラウス自身の反骨精神の現れだとか、譜面ヅラを見ると、どんな場面を描いているのか分かる、とかの説明があった。

譜面ヅラ云々は、手許にスコアがある場合には見るので、私にとっては分かりきったことだ。

しかし、「ロンド形式を採用したのは反骨精神」といった説明は、深読みし過ぎだ。

もともとティルが何度も出てくるには、ロンド形式が最もふさわしいのかも知れないし、何よりも、R・シュトラウスという人が、ソナタ形式などというものに関心がなかったのかも知れない。または、その形式に合う作曲技法については才能がなかったのかも知れない。
事実、交響曲というジャンルではソナタ形式を使うのが殆どだが、彼の「交響曲」=アルプス交響曲など は、ソナタ形式とは無縁と言って良い(これに関する私の関連ページはこちら)。

参考になったのは、この曲にはクラリネットでD管が使われていることに関してである。通常使われるクラリネットはB♭管なのだが、D管はそれより小型であり、コミカルな感じが出せるとのこと。実際に同じフシを両方の管で吹いて聞かせてくれて、違いが分かってナルホドと思った。
私から補足しておくと、この曲、B♭のクラリネットも使われている。キャラクターの違いを出すために、D管も使ったのだろう。
また、上掲の演奏例では、D管は一箇所しか出てこないし、ソフトシンセの制約から、D管の音は出していない。

さて、相談が一応「解決」したあと、勤務時間の関係でキャビンアテンダントは、息子を事務所に預けて退出する。
演奏例を挟んでエピソードでは、探偵が息子に「君のお父さんになってもいいかな」と聞いたのに対し、息子が「弟子になら、なってやってもいい。この仕事、面白そうだから」と答えてオチとなった。

番組内での演奏例はアツモン指揮によるもの。それなりに良かった。

しかし、この演奏を含めて色々な人の指揮による演奏を聴いてきたが、私はどうしてもこの曲を「名曲」とすることができない。
面白い曲であることは認める。しかし、後に何も残らない。これほど何も残らない曲というのも珍しいと考える。しかし、ドイツ人って、この曲が大好きみたいなのだ。私も嫌いではないが、鳴っていたら聞くという程度で、本当の処は、どうでもいい感じさえある。

だいたい、「子どものいたずら」から「ティル」を題材にするというベタな設定ではあるが、ティルの「いたずら」は、我々の感覚では「悪ふざけ」以外の何物でもない。いや、「いたずら」のレベルではない、犯罪的なものも含む。だから、最後は死刑になってしまうのだ(手許のスコアの解説によると、実在したティルは、安らかにベッドで死んだらしい。死刑のシーンを導入したのはR・シュトラウスのアイデアらしく、それがこの曲を劇的なものとした)

そんな、私に言わせるとしょうもない話を、豪華絢爛なオーケストレーションで面白く仕立てて聴かせるのだ。R・シュトラウスの曲って、そんな傾向が多いのではないか。
私に言わせるとこれは、「才能の浪費」に他ならない。

そんなわけで、とくにオススメという盤もないが、これまで聴いて来た中から、3枚ばかり挙げておく。
ドラティ、ショルティ、カラヤンによる演奏である。

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