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2012年1月

2012年1月31日 (火)

N響アワーの終了 って これは暴挙だ!!!! 続き

2012年1月30日付けの記事にも書いたが、本件に関し、NHKに問い合わせともクレームともつかないメールを送った。
すると、思いがけず早々に回答が寄せられた。
本当は全文を引用し読者諸兄の意見も頂きたい処だが、コメントを「受付ない」の設定にしているし、勝手に全文引用するのは問題があるかも知れないので簡単に要旨だけ私なりの解釈も含めて書く。

要は、ニーズが多様化している現在、より幅広い視聴者に、クラシック音楽の色々な楽しさを伝えるようにするのが公共放送の急務。このため、新しく「きらら♪クラシック」という番組に改編し、「ピアノ曲、バレエ、合唱など幅広いジャンルを放送する番組とすることとした。他にBSプレミアムやFM放送でN響の定期演奏会などを引き続き放送するので、併せて聴いて欲しい。

他のチャンネルやFMでやってることくらい、知っているっちゅうの。
管弦楽曲に偏らず他のジャンルが加わるというのは、正しい対応だろう。
しかし、なぜそれならば司会陣を交代させねばならないのか。司会陣はそのままで、番組名だけ変えて、それも「N響アワー」と限りなく近い名前に変えて、コンテンツの幅だけ広げる、という方法で十分だったはずだ。

回答メール、一から書いたのではないと想像する。私と同じような主旨の問い合わせが来るのを予想して、定型文を用意していたのではないだろうか。キレイにできているし、一瞥しただけでは反論しにくい回答に仕上がっているが、ただそれだけだ。

私の「題名のない音楽館」内の「音楽番組評」に3本ほど書いた記事を見て頂けるとお分かり頂けると思うが、私は永年にわたる「M響アワー」と「題名のない音楽会」のウォッチャーだ。それを自負している。

「題名のない音楽会」は、黛敏郎が他界したあと番組のコンセプトを妙な方向に切り替えた時期があったが、佐渡裕を司会に迎えてからは、一応モトのコンセプトに近い番組になった。黛敏郎の時代のように、音楽の聴き方、色々な音楽に関する知見など、色々なことを学ぶ・・・とは中々行かなくったのも現実だが、まあ、一応楽しめる番組に生れ変った。

「N響アワー」は、司会者の変遷により、とくに池辺晉一郎時代のアシスタントのレベルによって番組の価値自体が大きく変動したと考えているが、アシスタントに岩槻アナがついてようやく復活し、西村-岩槻時代にピークを迎えた。

色々と変遷はあったが、まあ、現状の形が、2つの番組の望ましい形に一番近いだろう。
そして、色々な変遷とともに2つの番組は、両方視なかったり、片方だけ視たりした時期もあったが、私のクラシック音楽の体験や知識などの半分以上(算出の根拠はないけど、実感として)は占めているはずだ。
私はこの2つの番組を通じて、クラシック音楽の聴き方を深めてきたのである。

言っちゃあ悪いが、石田なにがしがどれだけのものかは、N響アワーにゲストしてい来たときの話のレベルで、底が知れているのである。音楽と離れてしまって独自の世界観による観念的な解釈をたれる、なんて、金輪際聞きたくない。また、そんな聴き方を視聴者に示すんじゃない。示してもらっても、恐らく多くの曲については、私の方が深く聴いているだろう。それは、この番組を支えてきた、多くのファンの中でも、同じような思いでいる人が多いはずだ。
証拠として、この、「N響アワー終了」という話、どれほど多くの人にとって衝撃だったか、少し検索してみたら、すぐ分かる。勿論、終了賛成派もいる。しかし、圧倒的に惜しむ声、NHKは何を考えているのか、これでNHKを視る理由はなくなった、といった意見の方が多い。

加羽沢美濃がもう1人の司会者ということで、一応音楽の専門家(作曲家兼ピアニスト)が入ってはいるのだが、どちらが主導権を握るのか。1回だけは視てみようと思うが、結果はかなり見えているように思うのだ。

それにしても、上記の「音楽番組評」に、N響アワーへの追悼文にような、嘆きのような記事を書かねばならないことになろうとは。
記事を書く書かないを含め、新番組の内容によって決めるつもりである。

そして、この話、NHKからの回答も、内容には不満だが一応届いたし、関連した記事を書くだけでイライラして怒りが募ってくるので、基本的にはもうこれっきりにするつもりだ。
おかげで、書きたいと思っていた記事が今日は書けなくなってしまった。

2012年1月30日 (月)

N響アワーの終了 ってこれは暴挙だ 許せん!!!!!

別のネタで書くつもりだったが、とんでもない話を聞いてしまったので、しばらくこのネタで。
ネタとして、メモを取りながら聴いていた音楽番組の評論がかなり溜まってしまっていて、最近はそれを集中的に片付けつつ、新しい日付のものも・・・と進めてきていた。

だから本日は、昨日2012年1月29日のN響アワーについて書き、メモが溜まっている日のものを書き・・・と考えていた。
ところが、番組の終りの部分で、N響アワーが3月で終了、と突然宣言するではないか。

寂しさがやがて怒りに変り、NHKのページに問い合わせともクレームともつかないものをメールしたが、そのあとでウェブをあたっていたら、同じように思った人たちが結構いること、そしてアトガマが「らららクラシック」というものになり、石田衣良がMC・・・との情報もあって、益々怒りに拍車がかかってしまった。MCの二人目が加羽沢美濃だと分かっても怒りを収めるには至っていない。

石田衣良。作家としてはそれなりの位置を占めているのだろう(読もうと思ったて手にとったことはあるが、どうも読む気になれなかったので、結局読んでいない)し、クラシック音楽にも詳しい・・・確かN響アワーにゲスト出演したこともあるはずだ。

しかし、音楽の専門家・・・指揮者、ピアニスト、そして作曲家・・・が語る音楽の解説と、少し詳しい、ということになっている作家では、番組自体の価値が天と地ほどの開きがある。少し詳しいということになっている作家の語る音楽なんて、私にとっては何の価値もない。参考になることが殆どなく、視ていてイライラするのは分かっている。聴くジャンルの違いはあるだろうが、かなりの部分で、私の方が深く聴いているという自信がある。
現に、ゲストでN響アワーに出てくる中で、作家をはじめ文系の人の話で参考になったり興味をひかれたりした例は、これまで全くない。それは石田衣良だけの話ではない。

それは、大体において、音楽そのものに接し、そこで何が起こっているのか、どんなことが語られているのか、どんな響きでそれが行われているのか、ということを語るのが作曲家や演奏家のアプローチなのに対し、主観的な自分の世界観でしか音楽を捉えていないのに、それを他の人に押しつけるような説明しかできない、作家などのアプローチの違いである。
全く異なるアプローチである。多くのクラシックファンにとって参考になるのは、前者でしかない。

後者・・・それは私のこのページも含んでしまうかも知れないが・・・など多くの人にとってはどうでもいいことである。前者が「事実」に近いことを説明してくれるのに対し、後者は、その人の主観でしかないからである。そんなことは、作家なら作家として作品の上で語ればいいのであって、NHKが伝統の番組を潰してまで持ってくるようなものではない。または、私のように・・・というのはオコガマシイのは承知で・・・自分のウェフサイト等で発信していればいい。

そもそも、何で変えんといかんのか、全く分からないのである。
視聴率の問題がもしあったとして、こんな改悪で視聴率が戻るなんてことは、まずないだろう。変に視聴者層を広げようと妙な試みをすればするほど、本来の視聴者が離れて行くだけのことである。

こうした番組の視聴率って、しかし、そんなことを余り気にせずに運営できるのが公共放送たる所以じゃないか。

テレビ朝日系には、N響アワーよりも長く続けている「題名のない音楽会」があるじゃないか。あれも、途中変な寄り道をしてコンセプトを崩してしまった時期があった。しかし今ではかなりマトモになっている。それを、出光という単独企業が提供し続けているのだ。

もうこうなっては、NHKを視る意味が殆どなくなってしまう。既に、ニュースと朝ドラと大河と、このN響アワーくらいしか視ていないのだ。
大河なんてもうどうでもいいし(あれは「篤姫」で、一度終った。「これ以上のものは、もうできない」と思ったから。そして「江」で完全に終った。大コケで上野樹里が自爆させられた)、ニュースなんて他のチャンネルでいいし、朝ドラも、「おひさま」で終ったかも知れない。

これじゃ、契約解除も考えんといかん。暴挙だ。許せん。

2012年1月29日 (日)

題名のない音楽会 2012年1月29日 プルチネルラ

「名曲百選」のシリーズの一環として、「故(ふる)きをたずねて新しきを知る」として、ストラヴィンスキーの「プルチネルラ」が採り上げられた。

この曲の原曲は、ベルゴレージ(1710~1736)という18世紀の作曲家の手になるものと言われてきたが、現在では偽作と判明している。

手許の辞典によると、前古典派時代の作曲家で、数多くの作曲をして、オペラ・ブッファの確立にも決定的役割を果たしたが、26歳で早世したためもあり、死後に多くの偽作が出回った由。
ストラヴィンスキーはロシアバレエ団の委嘱によって「プルチネルラ」を作曲したが、双方とも「18世紀の作品で、ネタとしてふさわしい曲を見つけた」と信じて(ベルゴレージの作品と思い込んで)作曲した。
結果として、ストラヴィンスキーとして「新・古典主義」と称される作品としては最初のものとなった。

8曲から成る組曲の幾つかを聴かせつつ、「新・古典主義」の成立経緯や時代背景などが説明された。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、余りにも楽曲の規模が大きくなりすぎ、結果としてオーケストラが巨大化し、行き着く処まで行ってしまったことへの反動。そして、第1次大戦によって、演奏のために集めることのできるオケの人員が確保しづらくなり、また財政的に困難ともなって、規模の小さい、簡素なオーケストレーションによる楽曲を志向するようになったこと・・・などが説明された。

また、佐渡によると、ストラヴィンスキーは楽器と楽器のコンビネーションや掛け合いの妙を創る天才で、小さな編成のこうした曲にこそ、そうしたストラヴィンスキーの特徴がよく現れているとのこと。そして、そこで見えた特徴のまま、規模を拡大したのが「春の祭典」などの曲だ、と見たらよいとのことだった。

この曲は、上記「春の祭典」など初期の3大バレエの余白に入っていることが多いため、何度かは聴いたことがある。
しかし、何度か聴いても、また、今回のように解説つきで聴いても、率直に言って私は全然面白いと思ったことがない。
第1曲の「シンフォニア」と称する楽章だけは何とか退屈しないで聴けるが、他はかなり退屈だ。

このような小規模の曲にこそ、ストラヴィンスキーの特徴が云々という佐渡の解説を聞けば「そうなのかなあ」と思わないでもないが、だからと言って、「名曲百選」に入れるほどの名曲かどうか。「名曲百選」に含めるべき曲は、まだまだ他に多数あるはずだ。いきなり「プルチネルラ」というのは、唐突だし、早すぎるし、マニアックすぎると考える。

もっと言えば、私はこの曲は「名曲」などではなく、3大バレエで確固たる地位を築き、しかも「春の祭典」でオーケストレーションを革新したストラヴィンスキーの曲でなければ、余り演奏されることはない・・・というレベルの曲だとさえ思っている。

従って私のリファレンス盤というものもないが、かつて名盤とされたことのある、アンセルメによるものを挙げておく。「兵士の物語」が一緒に入っていて、むしろ、この方が面白いかも知れない。ただ、新品は入手困難かも知れない。

2012年1月28日 (土)

名曲探偵アマデウス 2011年9月17日 ショパン 前奏曲

探偵の、学生時代の先輩で、当時何かあったらしいことをほのめかす女流ミステリー作家がクライアント。新しいミステリー小説のネタをくれるようにせがんで来た。

ネタとなりそうな「謎?」と、それに関するネタの提案プロセスは省略する。

探偵が選んだ曲は、ショパンの前奏曲集。
24の小品から成る曲集で、ショパンがサンドと逃避行の最中に作曲された。

幾つかのサワリを仲道郁代が弾きながら説明していたことを、書き留めておきたい。

  • 第1曲 これは助手の発言だが「きれいな曲。何か楽しいことが始まりそう」
  • しかし第2曲では、短調なのに調性のぼやけた曲となる。仲道曰く「不気味な不安感をさそう曲。現代音楽にまで通じるような左手の伴奏。ショパンを、センチメンタルな、ピアノの詩人・・・というイメージで捉えていると、外れる」
  • 第4曲  仲道曰く、「これが、この曲集の中で一番好きな曲。エスプレッシーボ(感情を込めて)の表記。左手の、半音ずつ変って行く和音は、微妙な心の揺れを表しているみたい」
  • 第15曲「雨だれ」 中間部の、変ニ長調(フラット5つ)から嬰ハ短調(シャープ4つ)で、仲道曰く「ここでガラッと『色』が変る感じ。圧迫感または恐怖感を覚える」。野本先生曰く「中間部の、短調の部分の方が長い。また、全曲の中で、ここで初めてff が出てくる。
    仲道曰く「ラ♭=ソ♯ の音の連続は、ショパンの心の中の音だと思う。この音が終りの方で一瞬途切れる。ここは、いつもどう弾くか迷っている。未だに答えは出せていない。答えは言葉では表せない。音でしか語れない。ピアノの音の中に真実を見つけようとした人がショパン」
  • なぜ「前奏曲集」なのか。仲道曰く、「音楽の『かけら』のようなものの集まり。それが24曲集まることによって、ショパンの内的宇宙を構成した」
    探偵曰く「『俳句集』のようなもの。余分なものを一切含まない」
  • 第24曲 最も低い「レ」の音で終る。探偵曰く「なぜそうしのかも謎」

まあ私としては殆ど周知のことであるが、仲道が「雨だれ」の中間部について、「恐怖」といった表現をしたのはサスガと思った。
私も実は、母に勧められてショパンを聴き始めた頃、どうと言うことのない綺麗な音楽・・・とだけ思っていたのだが、この「雨だれ」の曲の全体を通じて執拗に鳴り続ける「ラ♭=ソ♯」の音、そして中間部の、それが強調され高まって行くプロセスに、寂しさや恐ろしさを感じるようになってから、漸く、ショパンって、結構凄いのかも知れないと思うようになった

私にとっての「ショパン『開眼』は、まさにこの曲の、とくに中間部によって為されたのだ。「雨だれ」という愛称はショパンが付けたものではないらしいし、また、ショパンとサンドとの関係が作曲当時、どんな具合だったかは定かでない。
しかし、「サンドが外出してしまい、独り残されたショパンが、降り始めた雨のポタポタと落ちる音を聴きながら、このままサンドが帰って来ないのではないか、また、サンドとの関係はいつまでも続けられるのだろうかという不安を抱き始め、やがてそれが大きな感情のうねりになって行き・・・というエピソードは、どう聴いても感じざるを得ない。それがこの曲だ。

だから、サンドとショパンの関係がどうであったかということと関係なくとも、何か押さえがたい不安に駆られ、やがてそれが何かを失ってしまうような恐怖に変って行く・・・というのが演奏する際のコンセプトであるべきだと思う。
こう思うようになってから、演奏によっては、この曲で中間部に差し掛かるあたりから、涙を禁じ得なくなることもある。

仲道による演奏例は、1番と4番と15番だったが、ここでは仲道が一番すきと言っていたことに敬意を表し、4番。そして15番をDTMで鳴らしてみたので、ご参考まで。

まず4番。これは短いので全曲。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/chopin/prelude4.mp3

そして15番「雨だれ」。これは中間部の始めまで。同じ音が執拗につきまとう感じ、そのことにより不安な気持が高まって行くのを少しでも再現できたかどうか。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/chopin/prelude15_opening.mp3

この番組内での発言を待つまでもなく、私のリファレンス盤は、仲道郁代による演奏である。上記の「演奏によっては涙を禁じ得なく・・・という『雨だれ』の演奏は、これによって聴くことができる。

2012年1月27日 (金)

名曲探偵アマデウス 2012年1月25日 ツィゴイネルワイゼン

ネット通販会社の、アラフォー独身女性社長がクライアント。最近取引先の男性が好きになった。しかし、どうしても告白できない。
乗っていたタクシーのドライバにそんな話をしていたら、丁度かかっていた曲を示し、「この曲を聴いてみたらいい」と奨められた・・・という相談。

その曲がツィゴイネルワイゼンというわけである。
相談の「謎(?)」と、それを解き明かして行くプロセスは省略する。

この曲、冒頭から「ツカミ」がいい。これについて、「5123の魔術」と言うものがあるそうで(本当かなぁ)、ソドレミで始まる曲のことだが、「ソ」がハ短調の属音だから、主音である「ド」に行くとスンナリ行くし、続けて音階的に「レ」「ミ」と続くことで、シッカリした形になるのだそうだ。

ここで、同じソドレミで始まる音楽の例として、ベートーヴェンの「悲愴シナタ」の第3楽章を例に挙げて聴かせてくれたのはナルホドと思ったが、続けて「北の宿」を挙げたのは愉快だった。こんな方法、私は大好きだ。

また、管弦楽で高い音で始まり、続けてヴァイオリンが低い音で始めるのは、落差による効果を狙っていること、主題そのものがロマの音楽の音階を使っていて、ちょっとした引っかかりを感じさせ、「哀愁に満ちた」と表現されたりすることに繋がっている、といったことが説明された。ロマの音階は、通常の西洋音楽の「和声的短音階」の「ファ」の音を半音上げる音階。これも、実際に双方の音階を鳴らして聞かせてくれた。

さて、この曲は大きく3部構成となっていて、第1部の遅いテンポの部分を「ラッシュー」、第3部の速い部分を「フリッシュ」と称し、ロマの音楽である「チャールダッシュ」の形式を使っていること、全体を愛の曲とすると、第1部では嘆き、第2部では愛の深まり、第3部は愛の爆発・・・ということが描かれていると言っていた。
アホな。そこまで意味づけせずとも楽しめるのが、この曲ではないだろうか。

第3部について、サラサーテは手が小さかったので、それを逆手にとって、ヴァイオリンのハイポジションを多用いたこと、それによって指を動かす範囲を少なくすると共に、低めの音の弦で高い音を鳴らすことによる独特の効果を上げた、ということ。そして、左手で指を押さえる間に左手でピチィカートを弾く、という奏法が、超絶テクニックとして作曲当時に大評判を取ったこと、などの話があり、興味深かった。

ハイポジションによって指の動く範囲が・・・というのは、例えばある弦の長さの半分の処で押さえると、1オクターブ高い音が出る。半分の長さとなった弦の上で音階などをやろうとすると、指の動きが半分で済む、といったほどの意味だ。

相談が解決しクライアントが帰ったあと、助手が片付けをしていると、所長の、タクシードライバーとしての名刺が見つかった。ここの探偵に相談に来るよう、仕組んでいたらしい・・・というのがエピソード。

さて、上記に、余り深読みせずとも・・・と書いたが、反面私はこの曲に艶(つや)っぽいものを感じざるを得ない。それは殆どエロティックと言ってもいいほどである。
それもあって、私は、この曲、女性ヴァイオリニストが弾くべき曲だと思っている。
番組内での演奏は、円城寺指揮の新日フィル、独奏は加藤知子。初めて聴くヴァイオリニストだったが、中々良かった。

私のリファレンスはムターによるもの。「スペイン交響曲」とのカップリング。
しかし、女性が弾くのを・・・と書いたが、ハイフェッツの演奏は手許に置いておいて損はないだろう。やりたい放題という趣きのハイフェッツの演奏は、この曲が名人芸を見せて聴かせる曲だった、ということを改めて思い起こさせる。今では多くのヴァイオリニストが普通に弾くけど。

さて、番組の内容について、「深読みせんでも・・・」の他に2点ばかりイチャモンを付けておく。

まず、ジプシーのことを「ロマ」と呼ぶのは、やめてもらいたい。「ジプシー」が差別用語だなんて、いつ、誰が決めたのか。そもそも、今回の曲の名前「ツィゴイネルワイゼン」はドイツ語の名前であり、Zigeunerweisen と書き、「ジプシーの歌」の意味である。「ジプシー」と言えば通じるのに、「ロマ」だと、何だか馬とロバの交配種である「ラマ」みたいで仕方がない。この曲だけでなく、「ジプシーの」という意味を曲名に持つ曲は沢山ある。用語を勝手に自主(?)規制することにより、何だか分からない用語が残ってしまい、従来の文化との断絶が生じてしまう。「ロマの音楽」だなんて言うくらいなら、ドイツ語の題名だって変えんといかん。

もう1つ。
そんなわけで、ここからは「ジプシー」と書くが、ジプシー音楽のチャールダッシユの形式。私が学校で教わったときは、遅い部分を「ラッサン」、速い部分を「フリスカ」と習った。この辺りの用語は、どのように整理されているのだろうか。
そして、贅沢な望みかとは思うが、リストの「ハンガリー舞曲集」など、この形式の代表的な曲についても言及して欲しかった。

2012年1月26日 (木)

名曲探偵アマデウス 2011年12月21日 さすらい人幻想曲

「ひとり息子が、家を出たきり帰ってこない。最近よく聴いていた曲に何かヒントがあるのではないか」と言う母親がクライアント。「何か、ダンダダ、ダンダタ、というリズムの曲です」ということから、その曲がシューベルトの「さすらい人幻想曲」ではないか、ということで「謎?」の解明が始まる。

曲の分析と並行して進められる謎解き(?)の推移は省略する。
曲の分析のみ、主要な点を以下に書く。

第1楽章 相談にもあった、「ダンダダ」という行進曲風のリズムが支配的で、それが表情を変えながら進む。途中でイ短調から変ホ長調という、当時は余り使われない調に転調し、光がパッと差してくるような雰囲気になる。これは遠隔転調と称するもので、演奏を担当した小山実稚恵によると、旅の途中での驚きを表しているような感じがする由。
ここで、遠隔転調がない場合と、遠隔転調がある場合を試しに弾いてくれたのは面白かった。

楽章の切れ目は、通常「終止線」(左が細く、右が太いタテ線=曲の終りを示す線。楽章の終りの部分に使う)ではなく、「複縦線」(右も左も細い二重のタテ線=音楽の途中、調が変るなどの切れ目で使う)が使われている。続けて演奏せよ、と言うこと。
(私がよく分からなかったのは、楽章の間を休むことなく続けて演奏するときには、atacca=アタッカ という指示が書いてあるのが通常なのだが・・・という点。本当はこの曲、『幻想曲』というくらいだから、『楽章』と呼ぶべきではない、ということか?この点の説明はなかった)

第2楽章 以前にシューベルトが作曲した、歌曲「さすらい人」のメロディーが使われている(このため、この曲全体を「さすらい人幻想曲と称する)。歌曲の内容は、決別の歌。ここで、モトの歌曲を少しだけ聴かせてくれた。

最終楽章(第4楽章)の終りから9小節目に至り、曲中唯一のfffが登場し、曲のアタマと同じフレーズが、主調であるハ長調で戻ってくる。さすらったあと、ここに再び戻る、ということか。

曲全体を通じて、心情を表すものとなっていて、後のシューマンやリストの曲の作り方につながって行くものである。

といった内容だったが、私に言わせれば、この曲に限らず、シューベルトという作曲家の作風全体が、シューマンやリストに繋がって行くと言うべきだ。ベートーヴェンの後半生の作風とシューベルトを合せて「初期ロマン派」と称する見方もあり、シューマンやリストなど「中期ロマン派」につながって行くことになる。
もっと言うと、以前作った歌曲を、後にもっと規模の大きい曲にも使うという・・・そこでは、歌曲で歌われていた歌詞の世界が、どうしても背後に見え隠れする。または、大きな規模の曲で表現している世界と、歌曲の歌詞の世界が二重写しとなる・・・作り方は、後期ロマン派であるマーラーにさえ繋がるものだ。

私は、多くの人がそうだと思うのだが、シューベルトというと歌曲、ということで、名盤と称されてきた幾つかの歌曲集をしばらくの間、何度か聴いていたことがある。
しかし、どうしても分からなかった。

しかし、ピアノ曲にこそ彼の真髄が込められているのではないか、と思うようになって、ようやくシューベルトという作曲家に少し近づけた気がしたものである。それは、何人かのピアニストで何度も聴いてきたはずの「即興曲」を、内田光子のピアノで聴いてからだ。

この中の作品90の第4番など、子どものピアノ教室発表会などでもよく採り上げられるほどで、演奏テクニックはさほど高くなくても弾けるはずだ。それもあって私は余り重要視していなかったのだが、内田光子にかかると、寂しさと恐怖を覚え、深淵なる世界に引き込まれる感じがしたのである。また、作品90の第1番。この、何と言うことのない曲だが、進むにつれて途轍もない寂しさに被われる・・・という思いを初めて味わった。

「さすらい人幻想曲」の話に戻るが、私はこの曲、まだ十分には分かっていない。
しかし、第2楽章の、「さすらい人」の歌曲による楽章だけでも聴く価値があると考えている。モトの歌曲よりも、ずっと素晴しい。ずっと凄い。
カチッとした演奏ということではポリーニなんだろうが、今回の出演に敬意を表し、小山実稚恵も挙げておく。
本当は内田光子の盤があればよいのだが(出ているはずなのだが)見つからない・・・。

2012年1月25日 (水)

名曲探偵アマデウス 2011年11月30日 動物の謝肉祭

ある学園の理事長がクライアント。
創立30周年を記念する行事に、亡母が託した音楽を鳴らしたいと思っていたが、それをかけて見ると、生徒も職員も続々倒れてしまった。もうこんな曲をかけたくないが、せめて母の思いを探って欲しい、という依頼。

その曲は、サン・サーンスの「動物の謝肉祭」。
母である前・理事長は、伸び伸びと楽しく学ばせる校風を自慢していたが、クライアントである現・理事長は進学率の向上にヤッキになってガリ勉させる校風に変えた。こうした教育方針の違いがもたらした「事件」らしい。
解決に至るプロセスと楽曲分析が並行して進むが、その辺りの推移は省略する。

まず、この曲、一見楽しく美しいが、作曲者が「毒」をこめて当時の音楽の状況をからかって見せている、といったことや、組曲最初の「序奏とライオンの行進」では「空虚五度(3度の音を欠く5度。調性が分からず、不安定)」を使い、当時の音楽界が薄っぺらであることを批判している、と言ったことが説明される。

「亀」では、当時のパリで人気絶頂だったオッフェンバックをからかい、「象」では、作曲者にとって大先輩にあたり、革新的な作風を評価もしていたベルリオーズをパロディにし、「ピアニスト」ではサン・サーンス自身「初心者のように不器用に弾くこと」と譜面で指示していて、当時、テクニックばかり叩き込むピアノ教育を批判し・・・など、ピックアップした曲ごとに何を彼がからかい、批判しているかを述べて行く。
批判の対象は「化石」によって作曲者自身にも向けられ、「やがて自分の曲も、古くなり、忘れられてしまうだろう」と言っているように聞こえる、とされる。ただ反面、「古くなっても、化石のように永遠に残る」という主張とも取れる・・・とも。

千住明がゲストコメンテーターとして登場し、「象」の譜面ヅラがキレイで、譜面ヅラがきれいな曲は、曲自体もキレイなことが多い、などと作曲家らしいコメントをしていた。

ただ、「白鳥」について、チェロの中音域を使っているのだが、それはチェロにとっては大変に弾きづらい音域だとのことで、「死にそうになりながら、足をもがいて、懸命に生きている白鳥を表す」とコメントしたのには、呆れた。
私は全く賛同できない。千住という人、しばしばピント外れな、深読みしすぎたコメントを発するのだ。

「白鳥」が、死にそうな白鳥を表しているって、この曲をバレエ化した「瀕死の白鳥」に影響されているのではないか? そもそも私は、この曲をバレエ化したこと自体、全く価値を認めない立場だ。バレエのために作られた音楽って、数え切れないほど存在するのに、なぜバレエのための曲ではないものに要らん振り付けをして遊ぶ必要があるのか。
この「白鳥」なんて、
「チェロの中音域を使って独特の美しさを醸し出している。『動物の謝肉祭』の中で最も美しい曲だが、なぜこうした曲を入れたのかは、謎である」てな程度の説明でいいじゃないか。

そもそも、「動物の謝肉祭」という組曲自体、余り詳細な分析や解釈をするのは避けるべきではないだろうか。「亀」を聴かせる前に、原曲である、オッフェンバックの「天国と地獄」序曲を聴かせる、といったことはあって然るべきだろうが・・・。その程度には知らないと十分に楽しめないだろうから。
しかし、元々は、そうしたことは十分よく知った人たちのためだけに作曲された曲であるはずなのだ。だからこそ、生前、サン・サーンスはこの曲の出版を認めなかったのであるはずだ。

気心の知れた、ホンの仲間ウチだけの小さな演奏会で、演奏され、「亀」とか「象」とかの曲になったとき、みんな腹を抱えて笑い転げたのではないだろうか。

だから楽曲分析をある程度やるのはいいが・・・基の曲を知っておく、といった程度に・・・余り深入りすべきではないと思うのである。
それとは別に、明かな引用によってモトの曲が分かるものに挟まって、ショパンを表しているとされる「水族館」は、明確なモトの曲は分からないのだが、いかにもショパン的なサウンドで、ショパンだと分かる。こうした、作曲技法の妙については、是非とも触れるべきだったと思う。

私にとってのリファレンス盤というのはとくにないが、ラベック姉妹が2代のピアノを弾くという贅沢な盤は、聴いておいていいだろう。
ただ、新品の入手は困難かも知れないので、アルゲリッチ、マイスキー、クレーメルの3人が揃った、もっと贅沢な盤、さらにもう1枚、「交響曲第3番」との組み合わせでおトクな、デュトア盤を併せて挙げておく。

2012年1月24日 (火)

N響アワー 2012年1月22日 トゥランガリラ交響曲

メシアン作曲の「トゥランガリラ交響曲」をプレヴィンの指揮で。全部で10楽章あるが、この日は時間の関係で第1楽章、第2楽章、第5楽章、第7楽章、第8楽章、第10楽章が放送された。

西村が、「彫像の主題」「花の主題」「愛の主題」とされているものをピアノを鳴らしながら説明していたのは、サスガと思った。何でも、14歳の頃(と言ったと思う)、作曲を志し始めていたが、この曲を聴いて嬉しくなった由だ。曲そのものもさることながら、何でもアリなんだ・・・と思ったのだとか。そのまま作曲の道に進んでいったのもスゴイ。
また、オンド・マルトノは女性的なものを表し、ピアノは男性的なものを表している、という解釈も、そうかも知れないと思った。

しかし、この曲には「究極の愛」が描かれている、というあたりは、よくわからなかった。確かにこの曲、しばしばそうした言葉で説明されるし楽章によっては「愛の・・・」などと言う名前が付いてはいる。
けど、そうした言葉によって深く沈潜した聴き方を試みたのは若い頃のある時期だけであり、最近ではもっと気軽に聴くのが殆どだ。

とにかく、聴いて面白いし楽しいのがこの曲だと考えている。総譜は手許にないが、1度店頭で覗いたことがあり、余りの複雑さに驚いたのだったが、そこから鳴るサウンドは、純然たる現代音楽なのだが、かなり聴きやすい音楽なのである。

実はこの演奏、既に2011年12月11日(日)の、「特選オーケストラ・ライブ」で、BSプレミアムで放送されていて、全曲聴いていたし、録画・保存も済んでいる。

ビアノの児玉桃は、N響アワーによると、世界的に活躍する「メシアン演奏家」だそうだ。そして、オンド・マルトノは原田節。原田はオンド・マルトノと言えば日本で゛殆どこの人しかいない(と思う)ので、この曲の演奏だと殆ど出ていて、よく見かける。ピアノの児玉は、初めて見たし初めて聴いたが、良かったと思う。
よく分からないのは、ピアノが、ピアノ協奏曲のように、指揮者の横で演奏していたことだ。この曲、いつもこうした配置で演奏しているのかどうか、よく分からない。確かに、通常の、「オーケストラにビアノパートがある」という曲に比べると見た目でかなり難しそうだったし、殆どソロ・ピアノ並の扱いなのかも知れないから、指揮者の横というのが通常なのかも。

テンポは、やや遅めだったように感じた。
それを強く感じたのは、第5楽章「星の血の喜び」である。
この楽章、曲の中ほどのクライマックスを築く楽章で、ただ喧噪の極みという演奏が多かった記憶があるのだが、プレヴィンによる今回のテンポで、カッチリと構成された曲だと思えたのである。
それにしても、「星の血の喜び」って何? ミスタイプではないですよ。

さて、プレヴィンはこの曲、ロンドン交響楽団時代に録音していて名盤とされているらしく、N響の首席客演に就任してから、いつかぜひN響でやりたい、と言っていたそうである。そして、それは成功裡に終ったと言える。

さて、オンド・マルトノだが、グリサンドや音の揺れなどの表現に優れた、電子楽器で、シンセサイザーの元祖みたいな楽器である。グリサンドや音の揺れによる表現が、艶っぽさを感じさせるものもあり、メシアンがこの曲の主旨に合うと思って採り入れたのだろう。
しかし、私の想像だが、この楽器に出会ったことによって、メシアンはこの曲の作曲を決めた、または全体の構想を固めたのではないだろうか。

チャイコフスキーが「くるみ割り人形」の作曲に悩んでいたとき、当時出たばかりのチェレスタに出会い、全体構想をようやく纏めた、という話が伝えられている。そしてそれは、「金平糖の踊り」として具体的に結実した。メシアンにも、似たような経験がオンド・マルトノとの出会いとしてあったのではないだろうか。

それにしても、電子楽器の分野の技術開発が進み、この曲が存在しなかったら、単に「元祖」として記憶されるだけで、とうの昔に忘れ去られても仕方なかったはずだ。この曲によって生き残ったのだ。
けど、開発当時の部品なんて殆ど現在は入手できないだろうし、メンテナンスは大変なことだろう。

似たような電子楽器の元祖みたいな楽器で、忘れられかけていたものに「テルミン」がある。
最近割と知られるようになってきていて、恐らくクラシックファンを除くと、テルミンの方が知名度は高いだろう。
しかし、寡聞にして、これをカッチリした曲の中で使った、という例を知らない。だからこそ、殆ど忘れられていたのではないか。
何のきっかけだったか、あるとき突然脚光を浴びることとなり、その後はマスメディアの力もあってだろう、よく知られるようになったわけだ。

2012年1月23日 (月)

名曲探偵アマデウス 2012年1月18日 モーツァルト41番

将棋の現役8段がクライアント。ライバルとの一戦の途中、抜け出して来たと言う。どうしても負けられない一戦なのに、絶体絶命のピンチに陥った。かつてはいつも負かしてして来た相手なのに、どうも最近相手が強くなってしまい、そのきっかけが、彼が「KV511」と書かれたCDを聴くようになってからだとのこと。その曲に、ライバルが強くなった秘密が隠されているのではないか、それを知れば自分もまた彼に勝てるのではないか、という相談。
「KV.511」とは、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」だというわけで、曲の「謎解き?」にからませた、楽曲分析に入る。

「謎解き?」の過程は省略し、番組内で、この曲に関して言われていたことを何点か挙げておく。

第1楽章 冒頭のテーマ。力強く始まるが、優しいメロディーが続き、それが交互に出る。様々な旋律や音型が短い間に次々と登場し、輪郭をクッキリさせる。
曲の冒頭から23小節目までは、こんな感じである。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/mozart_sym41_1stMvt_opening.mp3

第2楽章 優しく始まり、そのまま続くと思っていると、突然19小節目から雰囲気が一変する。ハ長調からハ短調に転調するのである。
これは当時の作曲としては異例なことで、聴衆に媚びることのない曲を作り、新たな道を拓こうとしたものと考えられる。
この、突然に影がさす部分の挿入は、モーツァルトの天才のなせるワザで、自然とスムーズに書いたのだろうと従来言われていたが、自筆譜の発見により、必ずしもそうではないことが分かってきた、とのことで、自筆譜の写しを見せてくれた。この部分、実は何度も書き直した跡があるのだ。
千住明は、ここについて、「自分は、サッサと書き飛ばすような作曲家ではない、との自己主張を感じる」と言っていた。サッサと書き飛ばして売れっ子作曲家になるのは簡単だが、もう自分はその道は追わない、というわけである。これ、番組内では示されていなかったが、ロッシーニあたりのことを言っているのかも知れない。そして、モーツァルト自身、かつては売れっ子作曲家だったし、千住が言及したことの当否はともかく、芸術的に深みを増してくると、聴衆がついて行けなくなることがあるのは事実だろう。

第2楽章の冒頭から、ハ短調に転調し、27小節目まで。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/mozart_sym41_2ndMvt_opening.mp3

第3楽章。この楽章は「メヌエット」となっているが、ただのメヌエットではない。踊ることのできるメヌエット(もともと、踊りのための曲であるメヌエットが、色々な経過を経て交響曲の中の1つの楽章となっていった)ではなく、モーツァルトが初めて挑んだ、「踊ることのできないメヌエット」である。そもそも初めの2小節の間は、リズムが刻まれていないので拍子が分からず、また、半音ずつ下がって行く音型のため、調性も曖昧。
札響?の誰だったか、コメントしていたのは、「もう、これは交響曲の一部なのだと分かってもらいたい、と思ったのではないか、と言うことだった。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/mozart_sym41_3rdMvt_opening.mp3

そして第4楽章。
冒頭に登場する「ドーレーファーミー」という音型は「ジュピター音型」と名付けられているそうで、これが色々と変化したり別の要素が加わったりして、音楽に力を与えている、といったことが述べられていた。
冒頭から35小節目までは、こんな音楽だ。「ジュピター音型が2回繰り返され、別の、「ドッドドーシラソファミレド」と聞こえる音型が続く。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/mozart_sym41_4thMvt_opening.mp3

そして、これはこの楽章の間ずっと、そして最終部でも、大きな役割を果たすのである。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/mozart_sym41_4thMvt_coda_bars399to_end.mp3

色々な旋律や音型が次々に出てくるのに、最後には大きく纏まって行く。番組内では、5つの音型の要素があり、最後に進むうちに、それが一体となって行く・・・と説明していた。私には「5つ」と数える必要などないと思える(上掲の部分では、もはや5つの音型は出ない)。
解説書によっては、フーガ風の・・・とか、フガート形式・・・と解説しているが、聴いて受ける印象は、その方が近いだろう。

フーガ風の曲を交響曲に採り入れるのは、やがてベートーヴェンに繋がって行ったのだろうと思う。
そして、第3楽章の「メヌエット」が、ここで初めて踊りの要素を排除したものとされているのだが、これもやがてベートーヴェンによって、メヌエットという楽章の代わりに「スケルツォ」を置くという方法が採られ、純粋に集中して聴くための音楽としての「交響曲」が成立するわけだ。

番組内の演奏例は、第4楽章だった。
これは見識だ。

私がこの曲の価値が分かったように思ったのは、まだ10年ほど前のことに過ぎない。それも、第4楽章の凄さに気付いてからである。モーツァルトが何となく分かりかけていた中でも、後の方になる。

価値が分からなかった理由の1つとして、初めに挙げた、第1楽章のアタマからして、ティンパニーが常に鳴っている感じで、耳障りで仕方なかった。どうしても、ベートーヴェン以降の、曲を盛り上げて行く箇所に限定的に使う、というのを聴き慣れてしまったので、アクセントを付けるために数多くティンパニーが叩く、というモーツァルトのこの書法は、馴染めなかったのだ。いや、今でもまだ馴染めないでいる。

しかし、そんな不満を吹き飛ばすほどの価値があると気付いたのは、第4楽章の凄さに気がついてからだ。
番組内で、R・シュトラウスがこの曲、とくに第4楽章を激賞していた、という話をしていたが、サスガと言うべきか。R・シュトラウスのややこしい、何段もある総譜に比べて、モーツァルトのこの曲、10段余りに過ぎない簡素なオーケストレーションである。そうした簡素なオーケストレーションでありながら、ときには複雑な響きを醸し出すワザは・・・やはり別格の天才としか言いようがない。

さて、第4楽章の「ジュピター」主題だが、番組内では触れられなかったが、実は第3楽章の中間部(トリオ)で、その前触れが登場するのである。その箇所を。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mozalt/mozart_sym41_3rdMvt_bars68to75.mp3

第4楽章の価値が分かった気になってきて、今回また改めて何度か聴き、DTM化してみると、ひょっとしてこの曲、私の造語である「終楽章交響曲」の先駆けでもあるのでは?とも思うようになった。終楽章に最も重点が置かれた交響曲、というほどの意味なのだが、ベートーヴェンが始めたのは確かだが、モーツァルトのこの曲も、それ、またはそれの先駆けではないか。
実際、演奏時間の長い、短いはあるし、そもそも拍子が違う(第1楽章は4分の4拍子、第4楽章は2分の2拍子。同じテンポでやっても、第4楽章の方が2倍速い)のだから比較するのに少し無理はあるが、楽章内の小節の数は、第4楽章の方が多いのである。

さて、「第4楽章の価値が」云々と書いたが、それに気付かされたのが、クレンペラーの演奏だった。
あと、標準的な処として、ベームあたり。
クレンペラーがとくに顕著だが、ゆったり目のテンポで進んで行く。しかし、ゆったり目のテンポであればこそ、とくに第4楽章の「構造」が聴き取りやすい。だからこそ私は、クレンペラーによって、この楽章の価値も分かった気になり、ひいてはこの曲も分かった気にようやくなったのだ。

カラヤンは、モーツァルトが得意だとされているが、私は奨めない。彼のモーツァルトは、「影」がなさすぎる。私は決してカラヤンを軽視するものではないが、それでも時々、「この人、音楽が分かってないんじゃないか」と思うことがある。モーツァルトはその例だと思っている。

そして、絶対にやめておくべきなのは、アーノンクールの演奏。全く私は評価しない。バッハの演奏などをファミリーでやっていた頃は良かったが、モーツァルトとなるとカラキシ駄目。ベームが生前、自分が生きている間は、絶対にステージに立たせない、と言っていたとのエピソードがある。
この分野だから、人間関係や派閥なども理由の1つかも知れないが、音楽的に認めないという要素が大きかったのだろう。
私が思い、感じるのは、アーノンクールは、モーツァルトの曲に含まれる喜怒哀楽を強調し過ぎなのだ。そんなことをしなくても、聴衆はモーツァルトの曲に十分喜怒哀楽、とくに、曲の途中でサッと影がさす部分の恐ろしさや寂しさなど、ちゃんと感じるはずなのだ。その要素を強調しすぎると、殆ど戯画的ないしパロディックなものとなってしまう。アーノンクールのモーツァルトを初めて聴いたとき、「これ、冗談だろ?」とまず思い、すぐにハラが立ってきた。なぜウィーンフィルの常連になってしまったのか、よく分からない。ウィーンの聴衆のレベル、そんなに落ちたのか??

少し関連した話に脱線するが、モーツァルトの曲は明るい、とか、胎教にいい、などと無責任に言い募る、知ったカブリの人たちがいる。こうした人たち、ちゃんとモーツァルトの曲を聴いたことがあるのだろうかと思う。少しでも感性というものがあるのなら、聴けば聴くほど、殆どのモーツァルトの曲にある「影」に気づき、寂しさを共感し、やがてそれが恐ろしくなってくるはずだ。

モーツァルトの曲に存在する、突然の転調は、同じ頃に排出した二人の巨匠とも異なるものである。同じように、途中で短調に転調する音楽でも、ハイドンだと何か「いかめしく、威張ったフリをして見せている」ように聞こえるし、ベートーヴェンだと、暗さと同時に「不屈の精神」みたいなのを感じる。しかし、モーツァルトだと何か深い処に突き落とされるような感じさえするのだ。こんな音楽、恐ろしくて胎教なんかに使えるかっ、ちゅうの。

しかし、私も、この曲の第2楽章の「影」には殆ど気付かないでいた。ただヒタスラ明るい、ガッチリした曲、という印象が強かった。
第2楽章の「影」に改めて気付いたのは、今回のこの番組のオカゲと言っていい。

さて、「謎解き?」の途中経過を書くのは省略したが、結論またはオチとしては、クライアントの服の帯に、桂馬が1つ挟まっていた、というものである。自分の持ち駒を、1つ見失っていたわけである。そして、その桂馬が1つあれば、絶体絶命の場面だが、即詰めの手順があるのだ。
クライアントが相談の際に並べていた、抜けてきた、という対局の盤面で、桂馬を1つ打つことによって大逆転となるのを、順に動かして見せていた。これは探偵が動かしていて、探偵も一応のレベルまで指せる、ということにようだった。

私はここでの探偵には遙かに及ばない程度しか分からないので、パッと見ても分からなかったが、多分正しいのだろう。プロの人にでも確認してもらったのだろうか。だとすると、結構丁寧に演出している、ということになる。

最後のオチ。面白かったので書いておく。
探偵とアシスタントが将棋を指している。遂に探偵が彼女に将棋の手引きをするように・・・? と思いきや、二人が遊んでいたのは、「崩し将棋」だった・・・。

2012年1月20日 (金)

Lacoocanに申し込みました

ココログでは、一度に1MBを超える音楽ファイルをアップすることができない。「一度に1MBを超える」ことがないようにファイルの容量を調整すればいいわけだが、中々そう巧くは行かない。

以前にも書いたし私のホームページの、マーラーなどの演奏例の補足として書いた「演奏例に関する補足」でも触れているが、finaleに付属しているフトシンセは「SmartMusicSoftSynth」と「Garritan Instruments」の2種類がある。「Garritan Instruments」の方が圧倒的にクォリティが高いので、できるだけそれを使いたい・・・手許のPCで動けば、という前提はあるのだが。
その上でスコアから演奏例を作って行くと、mp3に圧縮しても、1ファイルあたり1MBを切るようにするのは、まず無理な場合が殆どだ。圧縮率を高くして音質が落ちるのはイヤだし。

そんな問題を解決する方法は、自分のホームページ用にアップしてあるものを利用することだと気づき、知っている人はとっくにご承知のこととは思ったが、2012年1月17日付の記事に書いた。

それでも、私のホームページ用のサーバにも既に大した容量は残っていない。
このため、遂に別のサーバを用意することにした。
検討の末、ニフティが提供している、掲題のサービスを申し込んだ。

これは月100円からのプランが用意されていて、その中でホームページを作るのも比較的簡単。
とは言っても、私は今さら別のURLで別のホームページを作る気はないので、サーバとしての利用が専らになる予定だ。

早速2012年1月18日付の記事に掲載した、「四季」の「春」のアタマを、Lacoocan上に置いたファイルへのリンク貼りで試みた。
私としては結果は上々だと思っていて、こうなると、音楽の説明で「この部分」と言うのを文字だけでは説明し切れないので、できるだけ演奏例を添えたくなってきた。

年末年始の他にチョコチョコ記事書きを飛ばした結果、私が主として視聴している音楽番組について、折角メモを取りながら聴いていたのに、このページにまだ書いていないものが溜まってしまった。
N響アワーだけは何とか片付いたし「題名のない音楽会」はさほど手間はかからないと思っている(それだけ、書くべきことが少ない)が、「アマデウス」だけは、どうしても演奏例とともに記事にした方が良いと思う回が幾つかある。貴重な、音楽のアナリーゼ(楽曲分析)をメインとした番組だからだ。

中々メモの山に追いつけずにいて、このため結果として書評のページの更新もスッカリ飛んでしまっているが、演奏例作りと、このページの記事書きを何とかバランスを取りながら進めて行きたいと考えている。

2012年1月19日 (木)

題名のない音楽会 2012年1月15日 牛牛

「進化し続ける14歳のピアニスト 牛牛(にゅうにゅう)」という特集。

演奏したのは「ラ・カンパネラ」、ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第1番から第3楽章と第4楽章、そして中国人作曲家の呂文成による「平湖秋月」。

牛牛の演奏、率直に言って、どこがいいのか、私は分からない。題名のない音楽会には2年半前に登場していたと言うので、ちょうどその頃だと思うが、日本各地で演奏していてモテ囃(はや)されていた記憶がある。

だいたい、14歳=若いのにスゴイ、または前回来日当時だと12歳ほどだろうか、12歳=幼いのにスゴイ、幼かったり若かったりするだけで、スゴイ=天才・・・と称しすぎではないだろうか。
この程度の「天才」なんて、クラシック音楽の分野では、ザラに居るのだ。問題は、1つには、それが歳をとるにつれてどのように伸びて行くか、または深まって行くかということである。

それと、中国人のピアニストに対して、日本の聴衆の多くは(多いとして)、甘すぎないか。ユンディ・リなど一度も良いと思ったことがないし、ラン・ランはテクニックはスゴイと認めるが余りにも浅いし。
かなりマシだと思ったのは、ユジャ・ワンだけだ。

ユジャ・ワンについては2009年4月1日付けの記事で私は初めて書き、次いでデビューCDのレポートを書くなどし、その後も何本かの記事を書いた。
それでも、デュトアとN響とのコンビで聴いたときの曲である「パガニーニ・ラプソディ」のCDを聴くと、「あれ??」と思う程度の出来でしかなかった(2011年5月13日付けの記事)。このCDが発売されたとき、このブログの右欄に、「常時推薦盤」として追加したいと期待したのだったが、結局そこに追加できなかったのである。

牛牛の演奏だが、「カンパネラ」は下手ではないがさほど巧くもない。そりゃ、一部にどういうわけか熱狂的な支持者がいるらしい、フジ子・ヘミングよりは巧いでしょう。だけど、それは牛牛に対して失礼と言うものだ。

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番だが、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲は2曲とも、彼の他の作品ジャンルに比べて屈託なく明るめの印象があるので若手にも適しているかも知れない。だけど第1番はちょっと変則的な編成であり、「ピアノ協奏曲を聴いた」という満足感は得られない。私はむしろ第2番の方が好きだ。
私の「題名のない音楽館」内の「ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第1番」と「同 第2番」の記事に詳しく書いた。
それらの記事にも2~3枚の推薦盤を挙げたが、その中から1種類だけ、ブロンフマン盤を再掲する。第1番も第2番もこの中に収録されている。

さて、この日もう1曲演奏されたのは上記の通り「平湖秋月」という曲。日本語の意味として「穏やかな湖面に映る秋の月」と併せて紹介されていた。この曲、キレイだとは思うが、いまイチよく分からない。というか、私は、中国的なセンスがよく分からない・・・だからこの曲も分からないのだと思う。

こうした番組が「新しい才能」にスポットライトを当てるのことには反対ではないが、中々「これ」と思う才能に巡り合わないのも事実だ。

2012年1月18日 (水)

名曲探偵アマデウス 2012年1月4日 ヴィバルディ 四季

「春子」と「秋子」という姉妹がクライアント。喫茶店のオーナーである父親が、引退してあとは任せると言ったが、姉妹で目指したい方向が違う、という相談。
田畑智子が一人二役でタイミングをずらして登場し、姉妹の役を演じたのは面白かったが、曲に関連させた「謎解き(?)」の部分は省略する。

要は、「四季」がなぜ親しみやすく覚えやすいのか、ヴィバルディの作曲技法と時代背景、そして後世の音楽史にどのような影響を与えたか、という話である。
次のような点が紹介された。

  • 各曲、各楽章の随所にソネットが添えられていて、描写的な表現もあり、分かりやすいこと
  • 「リトルネッロ」と称する、同じフレーズを繰り返し登場させるのも、曲を覚えやすくしていること
  • 各曲は3楽章構成で、「急」「緩(かん)」「急」の順になっていて、モーツァルトなじ古典派の協奏曲に大きな影響を与えたこと
  • ヴィバルディの時代、ヴァイオリンの名器が続々と造られた時期でもあり、この曲をはじめヴィバルディのヴァイオリン協奏曲によって、ヴァイオリンという楽器の地位が確立したこと
  • ヴァイオリンでないと演奏しにくい、音の跳躍が随所にあること。ヴァイオリンだと弓をうまく使って4本の弦の上を跳(は)ねるように動かせば、跳躍した音と音でも比較的弾きやすくなることがあるからである

この他、ヴィバルディが表題を付けたのはこの「四季」だけである、みたいなことも言っていたが、これは少し勇み足だったと思う。

私も、多くの方と同様?「四季」の他にはちゃんと聴いたことがないので、念のため手許のスコアと辞典によると、「四季」を含むヴァイオリン協奏曲集である「和声と創意の試み」の中で、春夏秋冬に続く曲には「海の嵐」という曲があるし、同じ曲集の中では他に「喜び」とか「狩り」というのもあるらしい。

なぜこの4曲を纏めて「四季」としたのかは謎としか言いようがないのだが、第一、「春」「夏」「秋」「冬」という標題も、添えられたソネットも、本当にヴィバルディが書いたものかどうかさえ分かっていないのだ。

さて、今回は「四季」の中でも「春」と「夏」にしか言及しなかったのは残念・・・と思っていたら、最後の方でまたまた田畑智子が「秋子」として登場し、関連する相談を持ちかけてくる、というシーンがあった。
続きの「事件ファイル」が別途作られていたのかも知れない。

田畑智子というのは、不思議な存在感を持った女優であり、続きがあるとすれば楽しみだ。

上記で「春」と「夏」にしか触れなかったのは残念・・・と書いたのは、私は、この曲集の中では「秋」と「冬」の方が好きだからだ。
とくに、今回採り上げた中で、「夏」は一番つまらないと思っている。

で、「春」だが、改めて自分でDTM化してみると、実に良い。冒頭のフシ(全楽器での演奏。リトルネッロ)と、その後でヴァイオリンのソロで「鳥たちの鳴く声」と譜面にも記載されている箇所、そしてもう一度全楽器によるフシ(リトルネッロ)が出てくる処までの、31小節分を入力した。

http://tkdainashi.music.coocan.jp/mp3files/vivaldi_spring_opening.mp3

鳥の声は、ヴァイオリンだけで演奏される。そのヴァイオリンは、独奏者に加えて第1ヴァイオリンのパートから1名と、第2ヴァイオリンのパートから1名がソロとして加わり、都合3台による掛け合いとなっている。
マーラーを初めとしてヤヤコシいスコアを見慣れ、また入力もしてきた身にとっては、簡素極まりないスコアだし編成なのだが、ヴァイオリンソロ3挺(ちょう)だけで、こんなに美しい音楽となるのか、と、改めて再認識した。

ただ、楽譜通りに演奏するとは限らないのが、この時代の音楽だ。それはDTM化するに際しても同じことが言える。中々思うように演奏するように整えてゆくのは大変だった。それでもヴァイオリン3挺の掛け合いは、結構うまくできたと思う。

また、即興で音を埋めて行くことが多いのも、この時代の音楽を演奏するときには、つきものだ。これはDTMでは如何ともし難い。
番組内でも、即興部分を少しいじっていたようである。
しかし、即興部分も含めて、余り好きな演奏ではなかった。

私のリファレンスは、パイヤール指揮のパイヤール室内管弦楽団のもの。
そして、「四季」と言えばイ・ムジチ合奏団の演奏は持っておきたい。
イ・ムジチは何度も録音しているので時代によって内容も異なるが、総じて、ベタッという感じの音だと考えている。上掲した、DTMによる音に近いかも知れない。
それに対し、パイヤールのは、溌剌とした演奏。私はこの方が聴きやすい。

2012年1月17日 (火)

1MBを超える音楽ファイルをココログにアップする

1月16日付けの記事で、初めて、1MBを超えるmp3ファイルをココログにアップする方法を試した。

意外とこの方法、あちこち調べても見つからず、結局自分でやってみて、ようやく分かったのである。

参考のために、簡単にその方法を書いておきたい。
私のばあい、自分のホームページに載せているファイルを使うことにしたので、その方法ということになる。

  • アップしたい音楽ファイルのURLを、サーバー上のファイル名や、自分のPC上でのファイル名から割り出す
  • その音楽ファイルのURLを、「テキスト」や「メモ帳」などにコピペしておく
  • ココログの記事内の、音楽ファイルを挿入したい箇所に、そのURLをコピペする。ファイルのアップロードではなく、テキストにリンクを貼るのでもなく、単にURLをコピペするのがポイント。
  • 「確認」のページで見てみると、URLをコピペした箇所にmp3プレーヤーが現れ、演奏できるようになっているはずである。

分かってしまえば、なぁんだ、という程の手順だ。
私が唯一懸念したのは、リンクを貼ることによって、ファィルを引っ張ってくる速度が落ち、結果的に動作が重たくなってしまうのではないか、ということだった。

しかし、どういうわけか、却って自分のホームページ上で動かすよりも、軽快に動く。これは驚いた。
私のパソコンでは、自分のページ内のmp3ファイルを動かすのが相当重いし遅いのだ。
嫁さんのも含めて、何人かの親戚・知人のPC(Macを含む)で確認してもらったら、ホームページ上でも決して重たくないので、私のPCが僅かばかり古くなっていることによるのかと思っているのだが、別の原因があるのかも知れない。
今後のテーマとして考えて行くつもりである。

折角なので、ここに、マーラーの7番の第5楽章冒頭の部分を下記に引用しておきたい。
マーラーには珍しく、バカバカしいほどのドンチャン騒ぎの楽章だと思っていて、掲題の方法が分かったことに対する、私の個人的な喜びを表すつもりで・・・。私の「音楽館」の、「マーラー 交響曲第7番」で使っているものと同じものである。
これも、私のPCで、ココログ上では、拍子抜けするほど軽く動いた。

http://homepage3.nifty.com/tkoikawa/music/mahler/mahlerSym7_5th.mp3

2012年1月16日 (月)

N響アワー 2012年1月15日 マーラー8番

出た~ という感じである。
N響アワーで1年かけて「マーラーシリーズ」をやっていたとき、8番については、過去、N響でも2回しかしていなかったということで、2回目の、若杉弘指揮のものを放送していた。

しかし、コンサートでは、「マーラーシリーズ」は、まだ続いていたのである。マーラーの生涯は1860年~1911年だから、2010年度のN響アワーの「マーラーシリーズ」が生誕150年だったのに対し、2011年は没後100年ということになり、2年続けて、マーラーのアニバーサルイヤーということになったわけだ。

そこで、N響における「真打ち」登場!とも言える、デュトア指揮による好演が昨年2011年の12月に行われ、その模様がN響アワーで放送されたというわけである。

番組内で採り上げられたのは、第1部全部と、第2部の途中から抜粋。
時間的に第2部だけを全てやってもいいかと思っていたが、第1部と第2部の対比で、天上からの救済が第1部、地上から天に向かって救済を求めて上がって行くのが第2部・・・と西村は捉えている節があり、その解釈であれば、セレクトした演奏範囲がこのようになるのはうなずける。

ディトアもインタビューで、東日本大震災への哀悼の意を伝えるとともに、こうした困難に直面している今だからこそ、この曲に込められた「救い」というメッセージを伝えたい、そうしたことを伝えるのに最もふさわしい曲だ、と言っていた。

この曲は初演の時だったかに、1000人ほどの演奏者を要したことから「一千人の交響曲」という愛称があるのだが、今回の演奏、実際には490人でやった由であった。それでも、NHKホールのステージを拡張し、バンダは客席内に配置するなど、異常な規模の演奏会だったことを伺わせる画面だった。

N響として3回目の演奏ということで、聴衆のインタビューの中には、山口県から聴きにきた、という人もいたりした。
私も首都圏に住んでいたら、絶対に聴きに行ったと思う。やることを知ったのが遅かったこともあるが、もし早めに知っていたとしても、奈良からわざわざ聴きに出て行ったかと問われたら、そんな元気はない、と答えるだろう。

演奏も期待に違わず素晴しかったが、演奏すること自体が「事件」である。そして、番組内でも言っていたし私も自分のページで言及しているが、これは「体験」である。

さて、そのページにも載せているが、この曲の凄さは、多くの演奏家を要する、規模の大きさと大音響だけではない。
今回の放送でも、ちゃんとカットされずにいた、次のような部分。曲の中ではこうした簡素なオーケストレーションの部分が随所にある。それがフル編成による大音響との対比で見事な効果を上げるのだ。
番組内では、その「大小の音響の対比」については言及していなかったのが残念な処。

http://homepage3.nifty.com/tkoikawa/music/mahler/mahlerSym8_RN106_108.mp3

さて、上記のファイルは1MBを超えているので、ココログのファイル転送機能の制約を超えている。上記の8番の記事に伴ってホームページのサーバーにアップされているmp3ファイルにリンクさせる方法で引用した。同じファイルが上記の8番の記事に挿入されているが、テストの意味も込めて、ブログ内に再掲した。

2012年1月15日 (日)

名曲探偵アマデウス 2012年1月11日 英雄ポロネーズ

引退していた、ボクシングの世界元チャンピオンが、復帰戦に向けて・・・という相談で、採り上げられたのがショパンの「英雄ポロネーズ」。
トライアントの相談と「謎解き(?)」の推移について、今回の記事では省略する。

今さらショパンの、この規模の曲(僅か、181小節)で、何を語るのかと思ったが、結構気が付かないでいたことについて興味深く見せてくれたので、それについて書いておくこととする。

まず、曲の冒頭、16小節の序奏のあと、17小節目でようやく主題が出てくるのだが、変イ長調の主題が出てくる前の序奏は変ホ長調で、変イ長調の「属調」にあたる。属調は主調である変イ長調に向かって主調に落ち着こうとする(解決する)性質があり、主題の登場を期待させて行く力がある。
序奏から主題が出てくる処までの音は、こんな様子である。

「PolonaiseHeroique_opening.mp3」をダウンロード

「ポロネーズ」なのだが、典型的なポロネーズのリズムが出てくるのは、僅かに7小節だけで、これは57小節目から始まる。
その7小節から続いて、また主題が出てくる処までは、こんな感じ。左手のパートに聞こえるのが典型的なポロネーズ。

「PolonaiseHeroique_bars57_66.mp3」をダウンロード

故国ポーランドへの思いを残したまま、ポーランドを出てから遂に戻ることができなかったショパンの、故国の民族舞踊のリズムの1つがポロネーズである。7歳のときに初めて作曲したのもポロネーズで、仲道郁代が一部だけ弾いて聴かせてくれた。

このポロネーズのリズムだが、仲道曰く、1拍目を僅かに重めに、そして長目に弾かないと本来のポロネーズにはならない由。従って上掲の音は、本来のポロネーズではないことになる。
そして、ポロネーズのリズムは、明確に聴き取れる上掲の箇所の他、右手のメロディーや変形した形で、曲のあちこちに出てきている由。
ポーランドのピアニストでミハウ・ソブコヴィアクという人が登場し、そもそも、曲の全体が、主題も含めて、ポロネーズのリズムを感じさせるものであって、ポーランド人にとってはごく自然に感じることができるのだが、他の国に人には分かりにくいだろう、とのことだった。

そして、中間部(トリオ)の左手に現れる、何か人を鼓舞するような部分について。
実はこの箇所、私は弾けないが、譜面づらを見る限りは、さほど難しい箇所ではないと思っていた。
しかし、今回の番組で、実はピアニスト泣かせの部分である、ことを知った。

ここは、左手のオクターブで、16分音符4つを34小節、合計102回叩くようになっている(正確には、全てが16分音符4つではない。しかし簡便のため全て16分音符とすると、4×102回=408回叩くことになる)。
仲道曰く、ここを弾くと腕がツッてくるそうで、間に何度かアルペジォの箇所があるので、そこでできるだけ腕を伸ばしてほぐすのだそうだ。
彼女はルビンシュタインを一番尊敬しているのだが、ルビンシュタインがこの曲を弾いているとき、この箇所のアルペジォを弾いている時に思い切り腕を振り上げていたが、それは、腕をほぐすようにしていたのではないか、とのこと。それが聴衆から見ると実にカッコイイと見えたのではないか、とのことだった。

その部分の音はこんな感じ。この箇所では、左手は同じことの繰り返しである。しかし、ここでは鳴らしていないが、途中から少しだけ音が変る。上から演奏している左手を見ると、引用した部分ではせわしなく左手が左周りに回転しているように見え、音が変る部分では同様にせわしなく右周りに回転しているように見える・・・との説明もあり、改めて確認すると、ナルホド、これは大変だ、と感じ入った。

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さて、曲の終り近く、16分音符の連続の中に、強い拍ではない箇所の16分音符にアクセントの指定がある。これは全て「ハ」の音で、ヘ短調の属和音を示す音。で、そのままヘ短調に進んで落ち着く(解決する)のか、と思わせておいて、しかし、結局は曲の主調である変イ長調に落ち着く、その妙味または作曲技法の巧さについても説明された。
この箇所である。「ハ」音のアクセントがうまく再現できていないが、実際の演奏でも、それほど目立つように弾かれているわけではないのでご容赦を。

「PolonaiseHeroique_bars143_156.mp3」をダウンロード

以上の音源はfinaleによるものである。内蔵されている楽器の中で、スタインウェイのピアノと示されている音を使用した。

さて、番組中の解説の殆どと、最後の演奏例を仲道郁代がやったので嬉しい回だった。英雄ポロネーズが収録されたCDを、仲道郁代のものと、彼女が尊敬しているというルビンシュタインのものを挙げておく。

2012年1月14日 (土)

題名のない音楽会 2012年1月8日 ジョン・ウィリアムズ特集

題名のない音楽会は、この1月8日放送分で新年の幕開けとなった。ジョン・ウィレアムズ特集ということで、新年にふさわしく、また最も「題名のない音楽会」らしい内容でもある、と思った。

作曲家・編曲家の渡辺俊幸をゲストに呼び、彼が選んだベスト10を紹介しつつ、音楽を聴いて行くという趣向である。
そもそも渡辺は、ジョンウィリアムズの音楽に触発されて、本格的にオーケストレーションを学んだ由である。
ベスト10の中で、4位から上のランクのものだけ曲の殆ど全体を鳴らし、5位以下は一部だけ(多分、ナマ演奏ではない形で)鳴らすようにしていた。

順位は次の通りであった。

  • 10位は「未知との遭遇」
  • 9位は「屋根の上のバイオリン弾き」
  • 8位「ジュラシック・パーク」
  • 7位「レイダーズ」
  • 6位「スーパーマン」
  • 5位「ハリー・ポッターと賢者の石」
  • 4位「ET」。3位「ジョーズ」
  • 2位「シンドラーのリスト」
  • 首位は「スター・ウォーズ」

まあ順当な処だろう。

渡辺が紹介したエピソードなどを幾つか書き留めておきたい。

ETは音楽が余りにも素晴しかったので、スピルバーグは、出来てきた音楽を映像に合わせて編集するのではなく、音楽に合わせて映像を編集した。ルーカスが「スター・ウォーズ」の制作を始めるとき、「誰か、いい作曲家はいないか」とスコピルバーグに相談した処、スピルバーグがジョン・ウィリアムズを紹介した。ルーカスは当初クラシック音楽を使う予定でいたが、ジョン・ウィリアムズの曲が気に入ったので、ジョン・ウィリアムズとコンビを組むことにした。

「ジョーズ」の音楽の、恐怖を煽って行く部分の音は、ドヴォルザークの9番の第1楽章や「春の祭典」の原始的な生命力みたいなものを感じさせる・・・は佐渡の発言。

「スター・ウォーズ」と「ET」の音楽は良く似ていて、ド、ソ、ド という音階を中心に作られている。それでいて、1つかふつの音を変えるだけで全く異なる雰囲気の音楽とすることに成功している。これはスピルハバーグの「ド ソ ド 旋法」とでも称すべきものである。ひょっとすると、「2001年宇宙の旅」で使われた、R・シュトラウスの「ツァラトゥスラ」の、ド ソ ドという音型の影響もあるのではないか・・・これは渡辺の発言。

何れの発言も当を得たもので、また私の知らないことも出てきていて、久しぶりに、この番組で得ることが多かった回だと思う。

さて、ルーカスがジョン・ウィリアムズの起用を決めるより前、当初はクラシック音楽を使う予定だった、という話が出てきた。それがどんな音楽だったかということは紹介されなかったが、私はすぐにホルストの「惑星」ではないかと想像した。7曲から成るあの曲、どの曲も使えそうだ。

戦いの場面では「戦争の神 火星」、ロマンチックなシーンでは「金星」、神秘的なシーンでは「海王星」など。
ベタな想像ではあるが、幾つか記憶に残るシーンと、「惑星」の曲をそれぞれ当てはめて想像するのも楽しそうである。

私は、「スター・ウォーズ」のヒットは、本家?である「惑星」がよく聴かれるようになっていったキッカケの1つではないかと考えている(私の「題名のない音楽館」内の「惑星」の項をご参照)。何しろ、描く世界、音楽の雰囲気など、結構似ているのである。
だから、「ルーカスは当初、『惑星』を使おうと思っていた」という説も、当たらずといえども遠からず、ということではないか、と勝手にほくそ笑んでいるのである。

2012年1月13日 (金)

N響アワー 2011年10月2日 ドボ9

「永遠の名曲たち」のシリーズとして、ドボルザークの交響曲第9番を、ブロムシュテットの指揮で放送した。

西村によると、小学校のとき最初に見たスコアがこの曲だったそうで、余程勉強しないと、こんな曲は書けないナと思って勉強した。しかし、どんなに勉強しても書けない、ということが、つい最近分かった、とのこと。
サスガ作曲家になる人は違ったものだと思った。
私がスコア(ポケットスコア)を手にした最初は、中学に入ったあと、「音楽研究部」なるクラブに入ってからである。自分で購入するようになってからも、レコードを買うことだけで手一杯(小遣いが少なかったから)なので毎年少しずつしか買うことはできず、チャイコフスキーなど、メロディーの豊かな曲のスコアを先行させていた。ドボルザークのこの曲は、だいぶ後になってからだ。

そうは言っても、聴き始めたのはもっと前で、自分の小遣いで買った2枚目のレコードが、この曲だった。
当時、モノラルで出ていた、ライナー指揮 シカゴ交響楽団の演奏だった。その後CD化され、なぜかステレオになっている。

有名な第2楽章について、西村は、イングリッシュホルンとオーボエとを使い分けていることに注目するように、と説明した。彼によると、イングリッシュホルンは母の子守歌、オーボエは子どもたちの声を思わせる、と言う。
また、第4楽章について、「簡潔にして絶妙な書法」と評していた。

ブロムシュテットはこの曲について、「美しいメロディーが沢山出てくるが、それを踏み荒らすことのないように演奏すべき」と言っていた。

演奏は、それなりの好演。
と言うか、この曲を退屈に演奏する、というのは却って難しいのではないかとも思う。数少ない例が、晩年の朝比奈隆の演奏を聴きに行ったときだった。あれほど退屈なのを聴いたことがない。朝比奈隆という指揮者の・・・晩年の・・・演奏に、決定的に失望した契機となった演奏会だった。
(晩年の朝比奈隆の演奏については、私の該当ページをご参照)
それは、私だけでなく、心ある人は同じような思いでいたことで、没後、上記のページでも紹介しているが、こんな本が出た。

さて、私はこの曲、早い時期から聴いてはいるが、第1楽章と第2楽章の出来栄えに比べると、どうも第3楽章以降が相当に、レベルとして落ちると思っていて、今でもその考えは変らない。それもあって、リファレンスとしている演奏というものも、とくにない。
とくにないが、上掲のライナーの他、何枚かは手許に置いて聴いていた。何れも、最近は殆ど聴かなくなったが、最もよく聴いたのはケルテス盤。そして、私はそう何度も聴いたわけではないが、発売当時は結構評判になった、NYフィル時代のバーンスタインの演奏を挙げておく。

2012年1月12日 (木)

N響アワー 2011年10月9日 アンスネスによるラフマニノフ3番

アンスネスをソリストに呼んで、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番が、ブロムシュテットの指揮で演奏された。

今回は、良い意味で裏切られたと思う。
実に良かったのである。

このピアノ協奏曲、私のリファレンスはアルゲリッチによるもので、未だにこの演奏を越えるものを聴いたことがないからだ。

何れもFMで聴いたりN響アワーなどで見たりした範囲ではあるが、2点ばかり例を挙げると、まずラン・ランの演奏。
テンポは良いのだが余りにも軽いものだった。彼の、演奏しているときの表情がいつも楽しそうなので、それがアダとなっている可能性はあるが、それを差し置いても、深みに欠ける演奏だったと言ってよい。
小山実稚恵の演奏は、第2楽章から第3楽章に進む部分でテンポが遅くなってしまったし、他の箇所でも、ややこしそうな部分ではテンポが落ちるように聞こえた。リストが得意な彼女も、ラフマニノフは難しいのか。

事実、この曲のスコアを入手して眺めていると、何と言うピアノパートだろう ! 私はピアノを正式に教わったことはないが、途轍もなく難しそうだということは分かる。

で、これまで、アルゲリッチを超える演奏には出会わなかったし、指揮がブロムシュテットということで余り期待せずに聴き始めたのだが、これが予想外に良かったのである。「名演」と言ってよいだろうし、ひょっとすると、シーズンの最後に毎年N響アワーで特集するのだが、「ベストソリスト」となるかも知れない、とまで思った。
事実、ラフマニノフの2番を弾いた年に、ベストソリスト賞を取ったそうだ。

演奏前に彼がこの曲を、「恐怖感と底知れぬ暗さのある曲」と評していたのも実に適切だと思ったし、西村も、「その説明で尽くされているが・・・」としながらも、自ら第1楽章冒頭と第3楽章の主題を自分で弾いて見せ!! 「明」と「暗」の対比を説明していた。
・・・って感嘆符を2個も付けて感心したのだが、上掲のスコアを眺めたら、彼が弾いた箇所は、曲中、決して難しい箇所ではないことが分かった。とくに第1楽章冒頭は、両手とも単音で、オクターブでユニゾンを取る箇所だ。

で、演奏だが、アンスネスが自ら説明した内容に違(たが)いのない内容だった。アルゲリッチを超えるとまでは思わないが、名演。
西村が最後に、「左手の親指による表現が良かった」と言っていたのは参考になった。

2012年1月11日 (水)

N響アワー 2011年10月16日熊川哲也 創作のヒミツ

この日の放送は、バレエダンサーの熊川哲也をゲストに迎え、彼のバレエの創作と音楽の関わりについて話を聞きながら進めて行くという趣向。

率直に言って、予告の段階から、どうせこれはロクなものにならないだろうと予想し、余り見る気がしなかった。
番組が始まってみると、熊川という人がクラシック音楽をよく聴き、それなりに勉強はしている人だと分かり、少しだけ期待を持つようになりつつ聴き進めたのだが・・・。

まずは「白鳥の湖」から「情景」とワルツをスヴェトラーノフの指揮で。
これは余りにも遅い演奏で、スヴェトラーノフがこの曲を踊るための音楽とは捉えないで演奏しているのか? と思わせるものだった。
熊川も、「これでは踊れない」と言っていて、いい指摘をする、と一旦は感心した。

続いて、熊川が「パッヘルベルのカノン」をバレエにしたことがある、と話し、バロック音楽というつながりから、バッハ作曲 ウェーベルン編曲の「リチェルカータ。
この曲はバッハの「音楽の捧げ物」を原曲とするものだが、何度か聴いているが、一度も「よい」と思ったことがない。原曲の持つ力というか、活き活きした感じを完全に削(そ)いでしまっていて、バッハの魅力を再発見するようなではないと思うからだ。

ここまではまだしも、熊川が、ベートーヴェンの「第九」全曲に振り付けを付けたという話になり、ああ、やっぱり・・・と嘆息をつくハメになった。

こういうことをするからバレエから振り付け師となった人はイヤなんだ。

何で彼らは何の見境もなく、バレエなどに合いそうもない曲に踊りを付けたがるのか。合うわけがないのである。「第九」は合唱こそ付いているが、どこまでも抽象的な音楽である。また、音楽の力のスゴい曲でもある。そんな音楽が鳴っている処で踊りなど踊られたら、気が散って仕方がないとうものだ。
事実、振り付けたという一部を音楽とともにチラと流したが、とても評価できるものではない。

こういうことをするだろう、と予想していたから、ロクなことにならないだろうと予想し、気が進まなかったのである。

そして、そのつながりから・・・として、第九の第4楽章の後半を、東日本大震災のチャリティコンサートで演奏した、メータによる指揮のものを流した。
で、これが「こんな演奏だったのか」と感じたのである。あのときは、名演だと思った演奏なのだが・・・。

あのときは日本中が異常な雰囲気に呑まれ、私も全てが虚しくなって中々何も聴く気が起こらなかったときに聴いたから「名演」と思ってしまったのかも知れない。いざ平常心に近くなってみると、演奏そのものは大したものではなかったのかも知れない。

というわけで、殆ど収穫はなかった、というのが今回の放送だった。

2012年1月10日 (火)

N響アワー 2012年1月8日 シベリウスV協 フィンランディア

「永遠の名曲たち」のシリーズの一環として、シベリウスのV協が取り上げられた。
ヴァイオリンは竹澤恭子。指揮はブロムシュテット。

ヴァイオリンはともかく、指揮者の名前を見て、なるべく先入観なしに聴こうと努めたが、結果はやはり・・・。
私はブロムシュテットという指揮者は2流だと、既に断じているし、今回も、やはりその域を出ない演奏だった。

全体として遅めのテンポだったのは、少し違和感があったがマア良しとしよう。問題なのは、シベリウスのこの曲に期待したい「熱気」のようなものが全く感じられない演奏だったのである。そのくせ西村は絶賛していて、作曲当時のシベリウスの音楽のエッセンスが詰め込まれた曲、といった解説をしていた。

であれば、こんな演奏はないだろうと思い、作曲年を調べると、

  • このV協の作曲年は1903年で初演が1904年。初演の不評もあって1904年に改訂。改訂初演は1905年。
  • 交響曲第1番の作曲は1899年で、初演も1899年。
  • 交響曲第2番の作曲は1902年で、初演も1902年。
  • 交響曲第3番の作曲は1904年~1907年で、初演は1907年

だから、交響曲第2番と第3番の間の時期にV協が書かれて初演されたことになる。
交響曲第3番はともかくとして、第1番も第2番も、シベリウスの初期作品の、地の底から湧きあがるような、熱い熱いエネルギーを感じさせる曲であり、その作風はV協も共通するはずだ。それが全く感じられない演奏というのは、もはやシベリウスの演奏とは認めたくない。

現に、番組内では、「熱さ」を祖国愛の発露とみなすという話の流れで、2曲目として「フィンランディア」を取り上げたのである。
そして、これが中々良かったのだ。

これはムストネン指揮による、2009年5月9日に行われたもので、N響アワーでは2009年6月7日に放送された内容である。このときに書いたはずのブログが見当たらないので(だから、リンクは付けないが)記憶をたよりに書くが、同じ日に演奏された、「ベートーヴェンのV協のピアノ版」というのが中々面白かった、という主旨の方を重点に置いた記事で、「フィンランディア」についてはとくに言及しなかったはずだ。

しかし、今回改めて聴いてみると、年末のカウントダウンコンサートにおける金聖響の駄演がまだ耳に残っていることもあり、「凄い」とつぶやかざるを得ない演奏だったのである。そう。シベリウスは、こうでなくちゃ。

というわけで、番組のタイトルであるV協は失敗だったと考えるが、良いフィンランディアが聴けたという点では収穫があった回だった。

尚、V協を始める前に、日本音楽コンクール2011年Vn部門の優勝者であると云う、藤江扶紀なるヴァイオリニストを呼び、チャイコフスキー、メンデルスゾーン、ベートーヴェン、パガニーニ(1番)とシベリウスのヴァイオリン協奏曲のアタマをピアノ伴奏で鳴らし、西村がそれぞれの作曲家の作品の特徴を説明して見せたのは中々面白かった。このコンクールの優勝者というのがどれだけのレパートリーを持っているものなのか知らないが、何れの曲も、冒頭だけとは云え、それなりに弾いて見せる、ということが、私にとっては驚きだったし、未来の才能を見た思いがした。

また、メロディーの作り方について西村が、シベリウスは「ヴァイオリン的な作曲家」だと称したのも、参考となった。
シベリウスは本来ヴァイオリニスト志望だったが、極度の「上がり症」だったので諦めて、作曲家になったのだそうだ。
上がり症だということで演奏家の道を断念する人は結構存在するのかと思うが、その結果として作曲家になり、世界的な名声を勝ち取ってしまう、その才能はやはり物すごいものだ。

シベリウスのV協、私のリファレンスはチョン・キョンファの演奏である。視聴できるようだから視聴をお勧めするが、この演奏、何かの機会に最初の部分を聴いてぶっ飛んだのであった。第1楽章の熱気もさることながら、第3楽章のワクワク感はどうだ。
こうしたこと、今回のN響アワーでは、全てが欠けていたのである。
チャイコフスキーのV協とのカップリングであり、チャイコフスキーも中々良い。

2012年1月 9日 (月)

N響アワー 2011年10月23日 アシュケナージによるショスタコーヴィチ

この日は、「音に込められた真意 ショスタコーヴィチの『革命』」ということで、ショスタコーヴィチの交響曲第5番を、アシュケナージの指揮によって採り上げた。
全曲やったが、第3楽章の前に解説が入り、西村曰く、「第4楽章にショスタコーヴィチの真意が表われている。冒頭の重たいテンポのメロディーは、『喜べ、喜べ』と後ろから急(せ)き立てられているように聞こえ、またこれは『カルメン』のハバネラでコーラスが『ご用心、ご用心』と歌っている部分と同じ」と説明していた。なるほど、カルメンねえ。
そう言われたら、そう聞こえる。

ところで、ゲストとしてNHKの元・モスクワ駐在の小林なる人が出てきていて、アシュケナージがチャイコフスキーコンクールで優勝したときの組織委員としてショスタコーヴィチがいたことなどを話してくれたのだが、曲の内容について西村よりも出しゃばった解説をするような場面があり、実にイヤだと思った。
なまじ聴きかじっている人をゲストに呼ぶと、どうも、こうしたことが起こることが多いようだ。解説委員をやったことがあるかどうか聞き漏らしたが、NHKの解説委員・・・ニュースの内容を教えてやる、という語調の、エラそうな、それでいて何の結論も方向性も示さない・・・然とした感じで、私の嫌いなタイプの人だ。

そんな、曲の内容に関することは西村に任せて、もっと、モスクワ在住のときに出くわしたかも知れない、「とっておきのエピソード」みたいな内容を披露してくれる方が良い。そんな話が聞きたいからゲストに呼んだのではないのか。
こう感じたのは私だけではないと思う。

これは西村が紹介したはずだが、ロストロポービィチはショスタコーヴィチを「先生」と呼び、プロコフィエフは「友人」と呼んだそうである。ロストロポーヴィチにとってはショスタコーヴィチの方を、より尊敬していたということになる。興味深いし、これを知ると、私が何度か推薦盤として採り上げている、ロストロポーヴィチによる演奏も、聴き方が少し変るというものだ。

さて、演奏だが、アシュケナージのショスタコーヴィチは少し厳しさに欠けると思っていて、CDは持っているが、今では殆ど聴かない。
それでも、今回改めて番組で採り上げた演奏を聴くと、普通に聴くには十分な出来だったと考える。
いや、佐渡裕がベルリン・フィルを振ったときの演奏と比べると、オケの違いを越えた、内容も深みもある、遙かに優れた演奏だったと思う。
佐渡も、まだまだこれからだ。

最後に一言。

ショスタコーヴィチの5番が、表面的な賛歌ではなく、音の中に「真意」をひそませたもの・・・という解説をしていたのに・・・それは、ソ連崩壊によって、ますます強まっている解釈だが・・・「革命」という呼称は、やめてもらいたい。いや、やめるべきだ。

この曲が「革命」と呼ばれていた理由については、推論を交えた説明を私の「題名のない音楽館」内の「ショスタコーヴィチ論 交響曲第5番」に書いた。

また、そこには書いていないが、そもそも、私がこの曲を聴き始めた頃、「革命」などという名前は付いていなかった。買い求めたレコードにも、レコード雑誌にも、そんな名前を付けたものは見たことがない。
「革命」という名前を見かけるようになったのは、学園紛争のまっただ中の大学に入ってから、左翼系の団体が配っていた、この曲の演奏会の案内パンフレットが初めてである。

しかし、私はどうも「革命」という呼称に違和感を持っていた。後出し智恵だと思うかも知らないが、事実である。
違和感の正体が何であるか、その後ずっと聴き進み、上掲のロストロポーヴィチの演奏と「ショスタコーヴィチの証言」という本に出会って、ようやく理解できたわけである。

2012年1月 8日 (日)

N響アワー 2011年11月日 オペラ序曲集

「永遠の名曲たち」のシリーズの一環として放送されたこの日、採り上げられたのは、「セビリアの理髪師」序曲、グリンカの「ルスランとリュドミーラ」序曲、「こうもり」序曲、「椿姫」第1幕への前奏曲、そして「マイスタージンガー」第1幕への前奏曲。

西村が随所随所でピアノを使って(なぜか単音で・・・いつもちゃんとフルオケの響きを写すのに)解説し、ヨハン・シュトラウスほどの才能が自分にあったら・・・とか、ヴェルディみたいにも成りたかった・・・とかボヤイて見せるのが愉快だった。
序曲や前奏曲というのは、オペラの中の旋律を使っていることが多い、という説明も良かった。

さて、注文を付けるとすれば、せっかく「オペラの中の云々」と言っているのだから、全部でなくていいから、何曲か、「どの部分で使われている旋律か」という説明が欲しかった。

「こうもり」序曲の中の「嘆き節」みたいな箇所は、「あなたがいなくなって寂しい・・・」と大げさに歌ってみせたあと、実際に夫が外出すると「しめしめ、これで自由にアバンチュール」が楽しめる」という歌に繋がって行く箇所だ。

「椿姫」の前奏曲の中、タンゴにも編曲されたりしている有名なメロディーは、前半部のクライマックスでヒロインが「あなたと離れたくない」と涙ながらに訴える箇所で、最初にオペラの全曲を聴いたとき、私は衝撃を受けた。

「マイスタージンガー」前奏曲は、色々な要素がゴチャゴチャ詰め込まれているが、中間あたりで、マイスタージンガーの主題が、ベックメッサーを茶化して変形されて出てくる箇所だ。

上記の何れかでいいから、何点かでいいので解説してくれていたら、さらに良かった。

さて、今回は「オペラ序曲集」ということだったが、それにしては前奏曲が含まれていたし、「序曲」で統一して他の曲も入れるべきだったのではないかとも思う。
序曲にしても前奏曲にしても、あと何回か「永遠の名曲たち」で追加しても良いだろう。

私は、ロッシーニだけで1回組んでもいいと考える。
ロッシーニのオペラって、私は浅学にしてどれもオペラとしては聴いたことがない。
それでも、序曲だけは比較的聴く方である。
リファレンスはトスカニーニ盤。これ、スゴイです。

2012年1月 7日 (土)

大フィル 青少年のためのコンサート2011 続々

(2012年1月5日及び1月6日付の記事の続き)

大フィルのこと。上記の記事、とくに6日付けの記事で思いのたけを書いて、もう書き尽くしたかとも思ったのだが、まだ書き足りなかったこと、そして色々と書いているうちに気がついたことが出てきた。
そこで、この両者を交え、2点だけここで挙げておきたい。

まず、「文化は行政が育てるものではない」という発言のこと。

これは論旨のすり替えに他ならない。
よちよち歩きに近いもの、または生れたぎかりのものを生長させて行くまたは伸ばしてゆくことを「育てる」と言う。
既に根付いて育っているものを、「育てる」とは言わない。
あの文化音痴がやろうとしていることは、オーケストラという文化ないしは多くの人の共通財を「破壊」しようとしていることに他ならない。

また、「行政が育てる」というのを、「行政が介入する」と誤解されやすい処で使い、「それはそうかも・・・」と思わせようとしているようにも私には見える。であれば、それは更に始末が悪い。
確かに「行政が介入」すると、ロクなことにはならない。

旧ソ連が、作曲家の自由な意志による創作活動に「介入」することによって、どれだけ多くの人が命を奪われ、または奪われなくても恐怖に怯えながら活動を続けることを強いられたか・・・多くの人がスグに思い出すのはショスタコーヴィチの例だ。
まあ、彼の場合は、シタタカに、当局に迎合しているかのように見せたり、或いは実際にも妥協せざるを得ないとハラを決めたことによって、却って我々にとって聴きやすく、それでいて内容の深さで例のない曲を残してくれるという結果になったのも確かだが・・・。
(私の「題名のない音楽館」内の「ショスタコーヴィチ論」に縷々書いた。また、「偽書」だとされたが、下記の本が有名。そうした曲の1つである「第5交響曲」は次の二種類の演奏がオススメ。)

しかし、必要なのは「育てる」ことではなく、ましてや「介入」でもなく、補助金を継続することなのである。継続を打ち切ることによって、根付いた文化を破壊するなどということは、知事の権限でも市長の権限でもない。権限だと思い込んでいるのであれば、とんでもない思い上がりだ。

さて、オーケストラの財政というものがいかに厳しいものか、ということを書いてきたのだが、そのために音楽監督や事務方はカネ集めが仕事の大きな部分を占めることになったりする。

朝比奈隆の時代、大フィルの設立当初から、朝比奈隆がどれだけ自分で走り回ってカネ集めをしたか、ということは割と知られていることだ。
彼は音楽を専門に勉強したことはなく、京大の法学部に進学し、最初は阪急電車に就職し、駅で切符切りをしていた、という異色の経歴を持つ。
これが、後になって大いに役立つのである。

京大の法学部というと在阪の大会社に就職先を選ぶ人も多い。その人たちが「エライさん」になって行くにつれ。同級生や同窓生のよしみで朝比奈が協賛の依頼に行くと、企業側は応ずるほかない、ということになった。それがその企業にずっと受け継がれて行った。
かくて協賛した会社は「協賛会員」としてコンサートのパンフレットの末尾に社名を連ねて行く。
住友系を中心に(阪急も住友系だ)そうした社名が並ぶと、そこに載るのがステータスのようになり、他の系列や系列と関係ない会社にも広がりを見せて行く。

私が勤めていた、大阪に本社のある会社は、私が勤めていた殆どの期間、そこに社名を載せていなかった。「こういうことにはカネをかけないのか。かけられないのか」と寂しい思いをしたものである。
しかし、「卒業」してから行ったコンサートで配られたパンフレットを見ると、ちゃんと載っていたのである。こんな嬉しいことはなかった。
ああ、ようやく、ここに社名を連ねるようになったか、大きな会社になったなあ、と。また、ようやく、社内のエライサンにも、こうした文化を理解する人が存在するようになったのかなあ、と。

もし、府の支援取りやめに続いて市の支援も取りやめとなると、そのアナを企業からの寄付だけで賄うのは極めて困難になる。
オケとしては何としてでも続けて行くだろうが、待遇の低さに不満を持ってガマンできなくなり、実力も備えた団員は、国内でも東京にあるオケ、さらには海外のオケへの移籍にチャレンジして行くかも知れない。

オケのサウンドは、団員の持っている楽器の値段でかなりの部分が決まると思っている。
優秀な団員が出て行くこととなると、彼が持っている高価な楽器も流出することとなる。
そうすると、サウンドのレベルはどんどん落ちて行くことになりかねない。すると、そんなオケを聴き続けるのはイヤだというファンも出てきて、集客力が落ちる。
やがて(または、市の支援がなくなった段階ですぐに始まるだろうが)、企業からの寄付も集まらなくなって行く。

企業だって経済状況が深刻化している中、「メセナ」という名目だけでこうした支援を続けるのは至難の業だ。所詮「メセナ」なんて、そんなものだ。

さて、各地のオケの抱える問題は、かなり共通している処があると思っている。
そうしたオケの経済状況を、綿密な取材をもとに楽しい物語に纏めた小説を最近読んだ。
よく取材しているなあ、と感心し読み終えたら、巻末に、「取材協力」として大フィルの名前が挙がっていた。

本来は「書評」の方に書くべき処だが、ついでにここで紹介しておく。

2012年1月 6日 (金)

大フィル 青少年のためのコンサート 2011 続き

(前稿からの続き)

HDが満杯になってきたので、録画してあった番組をBDディスクに保存すべきかどうか考えながら編集していたとき、放送直後は判断しなかった掲題の番組。
改めて聴いてみて「保存」と即決したが、それは、演奏の素晴らしさと、大植と大フィルによるこのサウンドが、放送ではもうあと何度聴けるだろうか、という思いによることでもあった。

大阪府知事のときに文化関係の予算を削り、大フィルへの助成金もカットした、その本人が、こともあろうに今度は大阪市長の立場で、またそれをやろうと言うのだからイヤハヤである。

あの人の政治手法はかなり乱暴な処があって危なっかしいが、ここで私の立場を明らかにしておくと、彼が目指している「府と市の重複行政の解消」そして「大阪『都』構想」には、基本的に賛成である。私は大阪市民でも大阪市民でもないが、生まれは大阪市だったし、大阪に本社のある会社に勤めていたし、少なくとも官公労と癒着しきって何も進めることができず、あげくの果て選挙では共産党の指示まで受けた前の市長よりは、遙かにマシだ。
サントリーの社長がよく言っていた「やってみなはれ」という処である。

しかし、しかしである。

そんなことを言い出すだろうなあ、と思っていたことを、早々に聞くこととなったとは。

大阪には幾つかオーケストラがあるが、最も歴史があり、演奏の質も高いのが大フィルである。
他のオーケストラやそのサポーターには悪いが、大フィルだけは潰してはならない。

JIROさんも指摘されているが、大フィルは大阪府民や大阪市民だけのものではないのである。
これもJIROさんが書いておられるが、団員の年収は500万円ほどに過ぎない。それも、演奏会の収入だけでは賄うことができず、市や府の助成金があってのこと。

私の個人的な思い入れもある。

幼い頃ヴァイオリンを習っていたことがある。先生は現在の大フィル、当時の関西交響楽団(関響)の団員のご夫妻だった。
習い始めた頃よりもっと幼い頃、父母につれていってもらったコンサートは関響のものだったはずだ。
中学・高校と進むにつれて、小遣いを貯めて行ったオーケストラは、海外勢の一部を除いては、大フィルのもの。
やがて「音楽研究部」なるものを創ったとき、「オーケストラの練習風景」なるものを見学する、という企画があり、許可してくれて見せてもらったのも大フィル。
また、歳の離れた妹がピアノを習い始めたときについた先生も、大フィルの団員だった。ピアノは専門外だったが、「音楽」についていいことを沢山教えて下さった。

奈良に住むようになってからも、中々海外勢のは高くて聴く機会が少ない中、最も通ったのは大フィル。

確かに晩年の朝比奈隆の演奏は評価できないことが多く、私の「題名のない音楽館」内に「朝比奈隆 引き際を失った大家」を書いてこき下ろしたが(その記事のために、上記の、ヴァイオリンの先生から、ある時キツイお叱りを頂いたりしたが)、それなりに聴きに行く頻度が高かったし、晩年はブルックナーの演奏で定評があり、それなりにレコードやCDも聴いていたからこそ、そして大フィルを大切に思うからこそ苦言を書かざるを得なかった、という面がある。

朝比奈隆の晩年の頃の演奏会に行ったこともあるし、大植英次になってからも何度か行っているし、他の在阪のオケも何度か聴いているし、それはナマだけではなく放送されたものも含むのだが、現在の大フィルはマチガイなく、在阪だけでなく全国的に見ても世界水準だと思う。
そして、在阪では、ここだけである。

文化全般に対して冷たいと思えるのは「ワッハ上方」への助成金を廃止したことでも伺い知れるが、オーケストラに対してはそれ以上に、自分としてはウトい分野のことは不要なもの、というのが見え隠れする。
オーケストラは行政が育てるものではない・・・だって !?
これこそ驚いてクチもきけないという話だ。

ウィーンフィルだって・・・・正確にはウィーン国立管弦楽団としての活動の方だが・・・行政の支援で成り立っているのだし(だから団員は公務員だそうだ)、ドイツなど、「国立」や「州立」なんて幾らでもある。
もちろん演奏会の収入だけでやってゆくのに越したことはないが、団員だってカスミを食べて生活できるわけがない。
CDが売れるならCDを制作するだろうし、色々な関連グッズなどを企画・制作するなど、殆どの処が既にやっているだろう。

しかし、少なくともCDやDVDを制作し商売になるオーケストラなど、世界中でもホンの一握りなのではないか。

オーケストラというものがどんな苦しい財政状況にあるものなのか、ということは、私も長い間知らないでいた。
処が、私が習った先生が日本フィルに移籍され(それもあって、また私が受験勉強に入ったこともあってレッスンは中断した)、その後程なくして、その日フィルに対する文化放送の支援打ち切りと、次に起こった「新日本フィル」との分裂騒動、そしてその背景を徐々に知るようになると、いかにオーケストラの台所事情というのが大変なものなのか、そして団員の生活が大変なものなのかを知るに及び、ようやく何となくその一端を伺い知ることができるようになったのだ。

一見華やかな世界だし、ポップス系とか、テレビによく出ていた、当時だとジャズ系のミュージシャンなどはいかにも儲かっていそうだったし、オーケストラの団員だって、そんな豊かな生活ができているのだろうと、何の考えもなく思い込んでいた。
習いに行っていた先生方も、それなりの生活はされていたと記憶するし。

しかし、後になって、「それなりの生活」は、音楽家としての活動の成果によるものとは言い切れない、ということが分かってきた。活動の「結果」ではなく、「それなりの生活」のための基盤が前提として存在し、そうした支えを持つ方々が、音楽家として生活する、という順序だったのではないか。

日フィルと新日フィルの分裂騒動も、もとはと言えば、少しでも生活を楽にできるようにしてもらいたい、という欲求と、当時まだ盛んだった左翼的な思想・・・但しここでは共産党を中心とした勢力・・・による組合活動を嫌った産経新聞が、組合を切るために打った芝居だった・・・現に、オーケストラそのものを疎んじていたわけではないのは、新日フィルという楽団を即刻編成したことでも分かる。

さて、いささか脱線気味になってきた処でもう1点。

この知事→市長の私設応援団長を自称するミュージシャンが、この知事→市長に対して、「大阪にはコンサートホールがない。他は削減していいから、コンサートホールは何とか作って欲しい。大阪ほどの規模のマチで、コンサートホールを持っていない、というのは恥ずべきことだ」と言っているのだ。
これ、何を言っているのだろう、と前から思っている。

無智にもホドがある。

いや、単なるミュージシャンの戯言で済むのであれば放っておくだけのことだ。しかし、彼は政治がらみのものを含めた幾つかのトークショーのMCをやっていて、殊に保守系の政治家や論客に対して侮れない影響力があるのだ。ましてや、事情をよく知らない普通の人たちへの影響は量り知れない。

ザ・シンフォニーホールやいずみホール、NHK大阪ホール、大阪城ホール、またコンサート専用ではないが「京セラドーム大阪」など、思いつくだけでもすぐに五指にのぼる。
ザ・シンフォニーホールなんて、サントリーホールの原形になった、日本で゛初めての、「残響」に配慮した設計のホールなのだし。

いや、ポップスやロックのための専用のホールという意味だとしても・・・!?
ハコものをなるべく止めて、いかに、現存するハコにお客を沢山呼び込んでゆくか、ということを考えるべき時なのに。

「見識を疑う」なんてレベルでさえない。
モノを知らなさすぎる。

2012年1月 5日 (木)

大フィル 青少年のためのコンサート2011

BDのハードディスクが一杯になったのでディスクに吐き出すか消去するかを考えながら編集・整理していたが、ちょっと迷っていたのが掲題のコンサートの番組だった。
全曲ではないが、抜粋で、2011年11月23日(水)にNHK総合テレビで放送していたものである。公演は2011年9月1日(木) 於NHK大阪ホール。
指揮はもちろん大植英次。そしてヴァイオリンのソロが、現役医大生でもある石上真由子。

放送されたのは「フィンランディア」、グランドキャニオンから「山道を行く」、ラヴェルの「ツィガーヌ」、ドヴォルザークの「謝肉祭」である。
公演では、この他に「ダフニスとクロエ 第2組曲」とベートーヴェンの6番から第2楽章が演奏されたらしい。

で、この録画なのだが、1曲目の「フィンランディア」の初めの処だけ聴いて、即、ディスクに保存すると決めた。
名演だったのだ。

この番組、実は、放送されたあとで、すぐに1度聴いていた。
1度聴いてすぐに判断がつかなかったのは、大植英次と大フィルの組み合わせならもっと大規模な曲の放送を録っておきたかったし、この「青少年のための・・・」は大植英次が会場の聴衆とやりとりしたり、司会として入った山本美希アナの声が演奏にカブったりする編集で放送されていたからである。
「青少年の・・・」というタイトルだが別に聴衆の年齢は問わないので、一昨年だったか、一度聴きに行ったことがあるので、そのときの様子は十分に想像できるのだ。
とは言え、聴衆は「青少年」が殆どというのも事実で、幾つかの学校の吹奏楽部の人たちを招待している他、一般の聴衆も学生で1000円、一般が3000円と格安である。

ところが、年末年始カウントダウンという番組で、金聖響の指揮による東フィルの演奏で、「フィンランディア」をやったのが余りにもつまらなかったのが、まだ耳に残っていたので、それとの対比もあり、また大阪府に続いて大阪市までもが、大フィルへの助成金を打ち切る可能性が出てきているという背景もあり、「これは残しておくべき」と判断したのである。

震災復興ないし応援という意味で、なぜか「フィンランディア」を音楽番組で聴く機会が多い2011年だったのだが、どれ1つ曲の持つ力を引き出すことのできた演奏はなかった。
極めつきが金聖響の演奏、というわけである。

で、改めて大植-大フィルの組み合わせから出てくる音の素晴らしさを再認識したのである。
冒頭、地を這うような処から次第に大きなエネギーを溜めて行き、遂に爆発し、やがて、遠くに希望の光を夢見て・・・という感じこそが、この曲のコンセプトであり、価値なのではないか。ロシアの圧政下にあったフィンランドの、苦しみと将来への希望を託した曲なのだから。
だからこそ、シベリウスが国民的作曲家となり、この曲が「第2の国歌」となったのだから。

そんなコンセプトを忘れ去ったような演奏の、何と多かったことか。
大植-大フィルの演奏は、その点で、十二分に満足できるものだった。

そして、ヴァイオリンの石上真由子の「ツィガーヌ」。
カワイイし、演奏は面白かったし、医学生・・・「天は二物を与えず」というコトワザは絶対ウソだと思う例の典型だ。
もっと違う曲で、機会があったら聴いてみたい。さしずめ、プロコフィエフなんか、ふさわしいのではないだろうか。

さて、問題は、市からの助成金がカットされたら、このオケはどうなるのだろうか、という点である。
オケとして存続することはできても、サウンドが維持できるかどうか、一流の演奏家が客演できるだろうか。

直接関わっているわけでもないのに心配しても仕方のないことだが、私個人にとっても、阪神間や奈良辺りまでに住んでいるクラシックファンにとっても、気が気でないのだ。

(この稿続く)

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