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2011年12月

2011年12月30日 (金)

N響アワー 2011年9月25日 辻井伸行のチャイコP協

辻井伸行がN響と初共演ということで、チャイコフスキーのピアノ協奏曲で登場。

彼の演奏については、他の処でも採り上げたので多くは書かない。
確かに悪い演奏ではないが、まだまだ厳しさが足りない。凄味がない。

聴衆の多くは、まだまだ彼が盲目である、ということによって甘めの聴き方をしているのではないだろうか。

私がむしろこの回で感心したのは、アンコールとして演奏された、同じチャイコフスキーの「四季」からの「トロイカ」だった。
これは良かった。ピアノ協奏曲のアンコールとしての曲が演奏された例を余り知らないのだが、同じチャイコフスキーで統一すると言う意味でも、中々良い選曲だとも思った。

何よりも、辻井伸行の優しい表情の弾き方が、この曲に合っていると言えるだろう。

2011年12月29日 (木)

N響アワー 2011年9月18日 尾高尚忠 交響曲第1番

「尾高尚忠が残したもの」と題し、ゲストにご子息の尾高忠明氏を迎え、ご父君のフルート協奏曲と交響曲第1番を演奏した。

何れも私は初めて聴く曲だったが、優れた作品だと思った。
とくに交響曲第1番は、1楽章だけの曲と思われていたが、最近第2楽章と思われる部分のスケッチが見つかったということで、第1楽章と第2楽章を通して演奏した。
また、忠明氏が、ご父君の交響曲第1番の自筆譜を持参し披露してくれたのは興味の沸くことであった。

忠明氏も言っていたが、今ならコンピュータで書く処だろうが、まさにされをそのまま手書きでやった、みたいなキレイな譜面だった。
今ならコンピュータで・・・と言うのは、finaleなのだろうか、sibeliusなのだろうか。

フルート協奏曲は、西村曰く、20世紀のフルート協奏曲として代表的な曲と言ってよいだろうとのこと。

さて、交響曲第1番だが、第1楽章の激しい処はプロコフィエフの初期のような激しい響きで、途中ヴァイオリンのソロで奏でられるメロディーは「トリスタン」を思い出させるような処があったりして、本当の意味でのオリジナリティはどうかと言うと、率直に言って私には分からなかった。

忠明氏によると、「第1番」としていた以上、続きの番号の交響曲を書く気はあったと推察されるし、ひょっとすると、それこそ9番まで書くつもりがあったのではないか、ということだった。

また、忠明氏によると、日本人の指揮者にとって一番大切なのは日本人の作曲家の手になる作品であり、それがあって初めて世界に打って出ることができる。だからこそ、西村さんも、これからも沢山の人に聴いてもらえるよえな作品を書いてくれ、とのことだった。

確かに、日本人の指揮者が海外で演奏するとき、武満が殆どであり、黛でさえその機会は決して多くないように見受ける。国内の演奏の場合も然りだ。外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」なども、決して多い方ではないかも知れない。

また、山田耕筰の手になる「交響曲」など、その存在は知っているがちゃんと演奏した例を、少なくとも私は知らない。
確かに今にして思えば、彼らの作曲技法たるや拙(つたな)いレベルだったのかも知れない。それは明治になってから急に本格的に西洋音楽を受容し始めたのだから仕方がないことである。

今回演奏された尾高尚忠の作品、決して聴きにくいものではなく、何回か聴いていたら親しいものとなって行くかも知れない。
こうした、比較的聴きやすいが演奏機会の殆どなんなった日本人作曲家の曲、これからも紹介する時間をもっととって欲しいものだと思った。

2011年12月27日 (火)

題名のない音楽会 2011年12月17日 25日 ベト9

2回にわたってベートヘヴェン「第九」について。
17日は「みんなで歌おう ! 第九」と称し、歌い方の指導をピアノ伴奏で。25日は全楽章の概説と、第4楽章の市中からの演奏。25日は「名曲百選」シリーズの一環としての扱いでもあった。

さて、2回にわたって色々とメモしながら聴いていたが、見返していて、とくにこの場で書くこともなさそうである。第4楽章が「親しみやすいメロディーだが幾つもの『サプライズ』が用意されている、とか、後世に大きな影響を与えた、とか、そんなことを今さら説明せんといかん人に向けて放送しているのだろうか。

「第九」に関する説明をこうした音楽番組の幾つかで行うとき、それぞれの番組の構成力や企画力が問われることになる。かなりましだったのは、名曲探偵アマデウスでやったときだ(2011年11月10日付の記事)。

そのときに触れなかったのでここに書くが、最近、この歌詞の日本語訳字幕が、どうもこれまで慣れ親しんできたものと異なるように思う。もちろん複数の日本語訳は存在していいし、ドイツ語のよる原詩の意味を日本語に完璧に翻訳するのは困難だろう。
であれば、誰の翻訳によるものなのか、番組ホームページなどで示して然るべきだと思う。

今回の訳詞は上記の「アマデウス」のと同じであるような気がするのだが、一部盛り上がる1箇所だけ、ドイツ語原詩と日本語訳を併記した字幕にしたのは良かった。・・・しかし、なぜ全曲、そうした扱いをしなかったのか。

そして、またしても・・・・最近多く見られることなので指摘するのも些(いささ)かウンザリするのだが、やはり繰り返し指摘しておかねばならない。

Daine Zauber binden wieder (ダイネ ツァウバー ビンデン ヴィーダー)のDaine を、またしても「あなたの」と訳していたのである。Daineであれば、「汝の」とか「お前の」でないと意味が異なってしまう。「Daine 汝の  Zauber 魔法が  binden 結ぶ  wieder 再び→汝の魔法が再び結ぶ」といった意味になる。

もう1点気になったのは、「天使ケルビム」という訳詞が出て、そんな天使の名、原詩にあったっけ? と思ったのだが、これはあるようだ。
ただ、何の天使なのかはよく分からない。ウェブで調べるた限りは、「神を称(たた)えることに関する天使」だとか、「神の栄光を視覚的に思い出させるための天使」・・・って、いったい何のこと?? これ以上は、調べる気にならない。

使われた日本語訳が最近のものであっても構わないが、Deinの扱いのような、基本的なことはシッカリ押さえたものを使って欲しい。それと、日本語にするのがいくら難しいとは言え、モトがシラーによる「詩」なのだから、少しでも日本語の「詩」に近いイメージの訳とすべきである。この点については全くダメな訳だった。

演奏例は、上記の記事にも書いた、やたら合唱の人数を多くしたものではなく、少なめの人数によるもので、これはマア良かったと言っていい。予算の問題もあるのだろうが、却ってそれが奏功した。
演奏内容は、さほど面白くはなく、ひどくつまらないというわけでもない、平凡なものだった。

佐渡本人も番組内で言っていたが、日本で年末にやたらこの曲をやるものだから、第九を振った回数の多い指揮者は、世界的に見て、日本のオケの指揮者に集中するそうで、彼自身、その一人だと言う。

けど、それは振りすぎだろう。
多忙の余り音楽性がスリ切れてしまって行くことにならないでもらたいたものだ。

というわけで、上記の記事にも書いたし色々な処で挙げているが、やはり、私のリファレンスとしても、フルドヴェングラーの指揮による演奏ということになる。

2011年12月24日 (土)

N響アワー 2011年11月13日 ドイツレクイエム

ブラームスの「ドイツレクイエム」の抜粋。採り上げたのは第1部と、第5部から第7部まで。

指揮がプレヴィンということで、異色の取り合わせだと思ったが、彼はドイツ生れであり、この曲が大好きだということだった。
何となく彼をアメリカ人だと思い込んでいた自分に気が付いた。ジャズやミュージカル畑で活躍していたシメージが強いためである。

プレヴィンは、第1部のオーケストレーションでヴアイオリンが使われておらず暗い響きを出すが、その美しさを「例えようもない」としていた。
また、ソブラノの中島彰子は「死者を共に悼むというよりは、生きている人たちに希望を、天から与える曲」だとして、黒い服でなく赤い服を敢えて選んでステージに立つ、といったことを言っていた。

私はこの分野には比較的疎いので、こうした解説と併せて聴かされると、中々良い曲だと思ったし、演奏も良かったと思う。

また、曲の途中の解説で、西村が「この曲のあと大きな交響曲を次々に書いて行くことになるが、その中核となる立ち位置を確定することとなる曲として位置づけることができるということを言った。
また、プレヴィンは、「ブラームスの意図は、『大丈夫、みな救われるのだ』ということにあると考える」と述べていた。

続いて曲を聴きながら思ったのは、西村の言の通りなら、なぜブラームスはこの曲で達成したような作風のまま交響曲に取り組まなかったのか、ということである。第2番はまだしも、他の3曲は・・・とくに第1番は・・・余りにも力みすぎている、といつも思っているからだ。

改めて手許の辞典にあたると、「ドイツレクイエム」の作曲は1857年から1868年。第5部を除く初演が1868年。全曲初演は1869年。
交響曲第1番の作曲は、中断を挟みながら、トータルでは1855年から1876年(21年!)で、初演が1876年である。
交響曲第1番の構想の一部が流用されたと言われるピアノ協奏曲第1番は、1854年から1858年で、初演が1859年である。

ベートーヴェンに匹敵する交響曲を書きたいとの思いが強い余り、いかに長い年月を要したことか。私は、この年月を「浪費した」とは思わないが、もっと早く最初の交響曲を世に問うていたら、どれだけ気が楽たせったろうに、と同情を禁じ得ないし、そうしたらどれだけあと多くの交響曲を我々に残してくれただろうか、との思いに囚われるのである。

尚、番組内では触れていなかったと思うが、この曲、師であり友人だったシューマン(1810年~1856年)の死を悼んで作曲を始めたとのことである。そうすると、このレクイエムの持つ優しい表情は、実はクララに対する呼びかけでもあったのでは・・・と私には思えるのだ。

そしてあと一言。
プレヴィンの言っていた「大丈夫、みな救われる」というメッセージが込められている、というのは少し疑問がある。
そうしたメッセージは、後にマーラーが交響曲第2番(全曲初演1895年)で扱ったテーマだが、ブラームスの活躍していた当時、キリスト教としては間違った考え方とされていたのではないか、と思う。「大丈夫、みな救われる」というメッセージは、日本人に自然信仰(及び、それと結びつく神道)や鎌倉仏教の底流があるから我々には殆ど自然に受けとることができるが、ブラームスの頃のドイツでねえ・・・。親日家であるプレヴィンには、日本人の持つ信仰なり考え方が大きな影響を与えるに至っているのでは?とも思った。

さて、初めに「この分野には疎い」と書いたことに表れているように、私はこの曲の盤を持っていない。
プレヴィン盤が見あたらないので、手許に置くとすれば、カラヤンあたりか。

2011年12月23日 (金)

N響アワー 2011年12月11日 ベートーヴェンV協

N響アワーでは、番組の終りに次回の内容を予告することになっているのだが、その曲目や演奏者などによって、楽しみに次回の放送を待つときと、反対に、どうも気が進まないときがある。

今回は、気が進まない方だった。
ベートーヴェンのV協なのだが、この曲、ベートーヴェンとしては退屈極まりない曲だと思っていて、メンデルスゾーンとブラームスのと合せて「3大ヴァイオリン協奏曲」とか、さらにチャイコフスキーと合せて「4大ヴァイオリン協奏曲」と称されることも殆ど理解できない。むしろベートーヴェンを除いて、他の3曲で「3大ヴァイオリン協奏曲」とする方が妥当だとさえ思っている。

従って、今回の放送はかなり気が進まない回だった。気が進まないと言っても、ある時期からN響アワーは毎回録画・保存するようにしているので、編集がてら聴くということになる。

ところが、聴いているうちに、これは「収穫」かも知れないと思うようになっていった。
ヴァイオリンはセルゲイ・ツィマーマン。ペーター・ツィマーマンの息子。そして指揮はメーメ・ヤルヴィ。日フィルの首席指揮者ということだから日フィルの演奏会に通っている人は承知の人だろうが、私にとっては比較的古い時代の録音があるということだけで知っているというのに等しい。パーヴォ・ヤルヴィのご父君で、パーヴォ・ヤルヴィはN響に度々客演しているから、彼の方をむしろ親しく感じる。

事実、ネーメ・ヤルヴィのN響との顔合わせは、今回が初めてだそうだ。

「収穫かも」と思ったのは、聴いているうちに、「やはりこの曲、いい曲だったのか」と少しは思えるような気がし始めたからである。
これは西村が「規模の大きさと深さにおいて、ヴァイオリン協奏曲の概念を変えた曲」と解説したり、ヴァイオリニストと指揮者の顔合わせと練習風景の中で、ヤルヴィが「この曲は流れるように弾くべき」と言い、ツィマーマンがそれに同意していたことにも影響されて聴いたからかも知れない。

その上で、いい演奏だと思いながら聴いているうち、ひょっとするともう1点、ヴァイオリンを「歌う楽器」として大きく採り上げた、最初期の作品なのかも・・・ と考えるに至ったのである。
もちろんモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の中にもそうした曲はあるだろうが、規模の大きさが違う。

また私は、協奏曲と同じ演奏形態によるベートーヴェンの作品として、2曲の「ロマンス」に、先に(かなり幼少のときから、母の影響で)親しんでいた。2曲の「ロマンス」で十分な長さなのに、ヴァイオリン協奏曲だとどうも冗長に過ぎると思っていた。また、ベートーヴェンの歌ごころというものが、どうしても限界があるのも確かなのではないか。あくまでも彼は楽器的な作曲家だ。

さて私のリファレンスはシェリングの独奏によるもの。ただ、ひょっとしてこうした演奏を聴いていたから、中々良さが分からなかったのかも知れない。上に挙げた「ロマンス」も含まれているが、ここに挙げた盤では「2番」しか入っていないようなので、2曲とも含まれるパールマン盤を併せて挙げておく。まあパールマン盤の方が一般的なセレクトかも知れない。・・・だけど余りにもベートーヴェンとしては明るすぎないか?

さて、「歴史的名盤」に属するが、基本的に聴いておくべき演奏と思うので挙げておくと、ハイフェッツ盤がある。レコードの頃に比べて、随分音質が改善されていて、ブラームスのも併せて入っているのも良い。
ただ、「ロマンス」は入っていない。小曲を集めた「ヴィルティオーゾ・ヴァイオリン」と称する盤に2曲とも入っているので併せて。

この記事に挙げるに及び、私も試聴した。ロマンスは勿論だが、他の曲の凄さはどうだろう。とくに「ツィゴイネルワイゼン」にはブッ飛んだ。改めて自分でも欲しくなった。

2011年12月22日 (木)

N響アワー 2011年12月18日 ばらの騎士 他

R・シュトラウスの作品集ということで、「ばらの騎士」組曲と、「カプリチョ」から最後の場(演奏会形式)が採り上げられた。

「サロメ」及び「エレクトラ」で、革新的・前衛的な題材と音響によって音楽史を先に進めたR・シュトラウスだったが、モーツァルトの時代の古典的なオペラの世界を再現したいということで取り組んだのが「ばらの騎士」である、といった解説をしていた。
舞台設定もストーリーも、当然「受け」を狙ったものとなったが、これも当然ながらR・シュトラウスの巧みなオーケストレーションの結果、新しい装いをまとったものとなった。

さらに、初演されたのが1911年で、モーツァルト(1756年~1791年)の没後120年という節目の年であったこと、マーラー(1860年1911年)の没年であったこと、マーラーに師事していたシェーンベルクが既に活躍し始めていたことなどが紹介された。R・シュトラウスはシェーンベルクの音楽を認めようとはしなかったそうで、改めてモーツァルトの時代に思いを馳せて作曲したと考えてよい、といった説明が為された。

また、無声映画の時代に作られたという、「ばらの騎士」の舞台の映画に、この曲の抜粋を付けて見せるというものを見せてくれたのは珍しい試みだった。

指揮はプレヴィン。
この人の指揮は当たり外れがない。安心して聴ける。
2曲とも名演と言えると思う。

「思う」と書いたのは、かつて別の処にも書いたが、私は未だにR・シュトラウスがよく分からない。「アルプス交響曲」はあることをきっかけに少しは分かった気になれたのだが、素晴しいオーケストレーションに対し、曲の内容が余りに空疎だと思えてならないのだ。

「ばらの騎士」組曲のワルツも、美しいとは思うが陶酔を呼ぶものではないし、エキサイティングでもないし、浮き浮きした感じもない。
私はこのワルツ、聴いたあと、いつも、何もやる気がしなくなる、という倦怠感に近い複雑な気分になる。決して悪い気分ではないのだが、何度も聴きたくなることはない。

そんなわけだからリファレンス盤を挙げるのも気が引けるし適切かどうか少しばかり自信もないが、ドラティ盤が割と良いと思っている。

ただ、ドラティ盤は今回演奏された組曲と少しばかり異なる選曲による抜粋のようなので、ついでに見つけたプレヴィン指揮ウィーン・フィル !のものを併せて挙げておく。

2011年12月12日 (月)

題名のない音楽会 2011年12月11日 カルミナ・ブラーナ

「名曲百選」のシリーズの一環として掲題の曲が採り上げられた。

番組内では説明がなかったが、作曲者のオルフが後に「世俗の讃歌3部作」として纏めた3つの作品の第1作にあたる。1935年~1936年作曲。1937年初演。
ちなみに第2作は「劇的演技 カトゥーリ・カルミナ」と称され、1930年作曲、1943年改訂。1943年初演。
第3作は「劇的コンチェルト アフロディーデの勝利」と称し、1950年~1951年作曲。1953年初演。

こうしてみると、第2作とされている作品が、実は最初に作曲された作品ということになる。
3作通しての初演は1953年だそうだ。

当初は別々の構想に発していたかも知れない作品を、大きなテーマの基に1つの括(くく)りで纏めたという例は、ベルリオーズの幻想交響曲と、声楽入りの管弦楽作品「レリオ」との関係を思い出させる。
これらは「ある芸術家の生涯のエピソード」として括(くく)られ、第1作が「幻想交響曲」で第2作が「レリオ」、作品番号も前者がOp14、後者がOp14 bis となっている。
まあベルリオーズの場合は並行して作曲されたようだから少し違うのかも知れないが、こうした方法が参考になったのかと推測したりするのも面白いかも。

今回の題名のない音楽会で、オルフのカルミーナ・ブラーナを名曲百選としてセレクトした見識は評価するし、どうしても抜粋になってしまうのは仕方ないものとして理解する。
しかし、納得ではないのは、オケがフルオケでなく、シエナ・ウィンドオーケストラだったこと。総譜は持っていないが、確かフル・オーケストラで作曲されているはずだ。他の番組で演奏していたのを見た記憶によっても、そのはずだ。
念のため作品名辞典を調べるとフルオーケストラであることが確認できた。

合唱は大規模な編成を呼んできていた。折角そこまで整えているのに、なぜオケをフルオーケストラで揃えないのか。

佐渡の解説は「大いなる生命の讃歌」といったことを越えるものではなく、話していた内容は省略する。
しかし、この記事を書くために、この作品と、第2作と第3作の作曲年などを調べていて私なりに気付いたことがある。

第1作は、第2次世界大戦(1939年、ドイツがポーランドに侵攻して勃発したとされる)に向かいつつある不安な日常の中で作曲・初演され、第2作はどうやらドイツを始めとする枢軸国側の配色が強まりつつあった時期に、以前作ったものを改訂し初演され、さらに第3作は冷戦時代に突入し「第3次世界大戦」への恐怖が人々の気分を被っていた時期に作られている。

第1作である「カルミナ・ブラーナ」しか私は聴いたことがないし、それもCMやバラエティ番組の合いの手としての使われ方で有名になった、第1曲と最終曲の「ああ、運命の女神よ」の一部しか記憶にないという程度。
しかし、その「女神」の音響の強烈さ、激しさ、底知れぬ暗さ、おどろおどろしさは異常なもので、上記のような軽い扱われ方をしていることに、ずっと違和感を覚えていた。今回の番組での佐渡の解説も、とても軽いもので、何か足りない・・・と感じた。

違和感の正体が、作曲年などを調べているうちに、ようやく分かった気がする。

確かに「生(場合によっては『性』を含む)への讃歌なのだろうが、「絶望に近い処から発する『生』への欲求、そして賛美」というのが、あの「女神」から聴こえて来る音楽の本質なのではないだろうか。少なくとも私には、そのようにしか聴くことができない。

深刻な音楽を、茶化して使うことにより、絶妙な効果を挙げるという例は幾つもある。
少し前のことになるが、ショスタコーヴィチの第7交響曲の中のテーマに「ち、ち~んプイプイ、ち、ち~んプイプイ」という歌詞を付けて流されたCMがあり、最初聞いたときはのけぞって笑い転げたものだが、それは、ショスタコーヴィチの音楽自体に、パロディックな要素が含まれているからである(「題名のない音楽館」内の「ショスタコーヴィチ 交響曲第7番」をご参照ください)。

しかし、カルミナ・ブラーナの「女神」は、とてもそんなことを考える余地のないことはハッキリしているはずだ。

だから、ただ曲を通り一遍に紹介するのではなく、もう少し深く突っ込んで聴くためのヒントを・・・ヒントでいいから、せめて・・・併せて提示して欲しいのだ。

この「題名のない音楽会」は、私が他に大事にして録画・保存している「N響アワー」や「名曲探偵アマデウス」に比べて、その辺りが極めて不足していると言わねばならない。

さて、この曲、そうしょっちゅう聴くわけではないし確かCDも持っていないはずだが、アマゾンでチョイ聴きしてみてスゴイと思ったのを1つだけ挙げておく。ハーディング指揮。

2011年12月 9日 (金)

題名のない音楽会 2011年12月4日 クリスマスに捧ぐ聖なる歌声

年末ということで、掲題の内容の放送。

ハンドベルで「ジングルベル」を演奏したあと、少年合唱で賛美歌2曲、またハンドベルで「きよしこの夜」、また少年合唱で賛美歌1曲のあと、ソプラノ、バリトン、カウンターテナーの独唱による、クリスマス関連の曲。
最後に、クラシックにおける3人の作曲家による「アベ・マリア」という内容だった。

私は、クリスマスに関係して関連する音楽を鳴らしたり、ケーキを買って食べたりするのは、決して嫌いではない。「日本人のくせに、クリスマスだけ『にわかクリスチャンになって・・・』と嘆いたりする者でもない。

しかし、賛美歌の類を続けて何曲も聴かされるとウンザリする。キリスト教というものに共感できないし、理解もできない上に、キリスト教の歴史などに少しは関心を持って勉強したことがあるので、余計に、ひのキリスト教が世界史の中で大きな汚点を何度も残してきたことに思いを馳せざるを得ないためだ。

そんな中、今回の放送で流された「ホワイト・クリスマス」は名曲だと思う。ただ、キュウ・ウォン・バンという人のバリトンだったが、名盤中の名盤と言ってよいビング・クロスビーのものを知っているので、中々それを越えるのは難しいと思った。

また、シューベルト、カッチーニ、グノー&バッハという3人(4人?)によるアベ・マリアだが、田村麻子のソプラノによるシューベルトを除き、「これ」と言えるものはなかった。
と言うより、アベ・マリアはシューベルトに尽きるのではないか。他の2人と比べ、才能がケタ違いなのだ。

私がときどき聴くのは森麻季のもの。3曲とも入っている。

2011年12月 8日 (木)

N響アワー 2011年11月27日 幻想交響曲 続き

(前稿からの続き)

さて、この記事、前稿で2つの演奏例をアップする方法が分からず、以前やったように前稿と、「続き」のこのページとに分けてフップロードしていた。

で、サポートページも見ながら色々と考えていたら、「1アップロードあたり1MBまで」となっていることに再度目が行った。

これは、ひょっとして1MB以下のファイルを何度かに分けてアップしたらいいのか・・・ということで、試みてみたら成功した。要は、1MB以下になるように1個ずつのファイルを作り、分けてアップロードすればいいのである

本当は、音質低下を最小限に食い止めるべく、尚かつある程度のまとまりで音声ファイルを作るには、1MBは相当ギリギリの線なので、1回あたりの容量を現状の2倍から3倍にして欲しい処だが、とりあえず最低限の方法は分かったので、私自身のメモも兼ねて、この記事にしておきたい。

サポートページを見ても、直接解決に繋がる内容は表示されなかったので。

2011年12月 7日 (水)

N響アワー 2011年11月27日 幻想交響曲

チョン・ミュン・フンの指揮による幻想交響曲を、「オーケストラ音色革命」というテーマで放送した。

番組内で「革命」としてあげたのは、次の5点であった。

  1. 「恋人」の旋律を「発明」・・・後にワーグナーが「固定動機」として確立する方式の原型となるもの
  2. 交響曲にワルツを導入・・・後の作曲家に影響。番組内では紹介していなかったが、チャイコフスキーの第5交響曲など
  3. ティンパニーを4名に増員。関連して、ティンパニー4名と絡み合う第3楽章の場面で印象的な、イングリッシュ・ホルンも初めて導入
  4. 音楽でギロチンの斬首を表現・・・第4楽章
  5. 「死」の表現・・・終楽章

「死」の表現の箇所で、印刷稿ではチューバが奏する「怒りの日」のテーマが、元の案では「オフィクレイド」という楽器で奏されることになっていたとかで、その実物を見せて鳴らして見せてくれたり、鐘の音を出すときの実物の鐘を見せてくれたり、参考になる点はあった。

オフィクレイドを楽語辞典で調べると、1821年に発明された楽器で、現在では殆どチューバにとって代わったが、イタリアやフランスの軍楽隊では最近まで使われていた由。
番組内では、教会で歌を歌うときの伴奏用として使われていたので、「怒りの日」のテーマを出すのにふさわしいとベルリオーズが考えたのだろうと言っていたが、発明された年代から見て、幻想交響曲が作曲されたのが1830年だから、新しい楽器で新しい音色を出したいという欲求もあったのではないか。

また教会の鐘をイメージさせる「鐘」だが、通常の演奏ではチャイム(チューブラーベルとも言う。玄関に付けるチャイムではなく、「のど自慢」の放送で使っているカネ)を使っている。チョンが選択したのか最近はこうなのか、敢えてホンモノの鐘を使ったということの説明はなかった。

ちなみに、手許のスコアに、これらの楽器に関する特段の注書きは見あたらない。

さて、演奏は中々良いもので、「名演」と称してよいと思うレベルだったが、オケが少し乱れているように聞こえた。

そして、何と言っても気に入らないのは、全曲を鳴らさず、第1楽章、第2楽章のあと、「第3楽章の後半」から終楽章まで・・・という、妙な省略をしたことである。

「第3楽章の後半」と言うからどこからかと思って聴いていると、後半どころか、殆ど第3楽章の終りの部分である。第3楽章のテーマ最初のテーマが戻ってくる処だった。

「forblog_berlioz_sym_fanta_3rd_bar175.mp3」をダウンロード

実際には、この5小節前からで、170小節めから。この楽章は199小節なので、あと30小節を残すだけの箇所からだったのである。

「音色革命」だとか、珍しい楽器を見せるとか、解説に時間を費やしすぎて、肝心の音楽そのものを削ってしまうなど、本末転倒も甚だしいと言わねばならない。折角の名演なのに。

これにはもう1つ理由がある。前稿で引用した演奏例は、イングリッシュホルンが途切れ途切れに鳴る箇所・・・そのため、スコアではスタッカートが多用されていて、そのままDTM化した・・・で、雷鳴を思わせる4人のティンパニーとの掛け合いが絶妙なのだが、元々この楽章の最初の部分では、イングリッシュホルンとオーボエの掛け合いとなっているのである。

「forblog_berlioz_sym_fanta_3rd_opng.mp3」をダウンロード

平和だがどこか寂しげな楽句だと思うが、中間部を経て先ほどの箇所に来たときはイングリシュホルンだけとなっていて、寂しさがさらに募り、聴きようによっては孤独感、さらには恐怖を感じることさえある雰囲気となる。
そうして孤独感にさいなまれた処で、遂に憧れの恋人を殺してしまい、「断頭台への行進」という第4楽章に突入するのである。

だから、この楽章は、最初から流さないと、孤独感が増してくる感じが薄れてしまい、第4楽章以降の狂気の世界につながりにくいのだ。

1時間でなく57分の放送時間になった影響か? と思って手許のCDで演奏時間を調べると、ミュンシュ指揮ボストン交響楽団では、48分48秒、同じくミュンシュが指揮するパリ管の演奏が49分04秒だった。約50分弱ということになる。

チュン指揮による今回の演奏時間を計ったわけではないが、57分もあれば何とかなったのではないだろうか。或いは、解説をタップり行うのであれば、思い切って第2楽章を省いてしまうなど、音楽的な意味が薄れにくい省略の仕方もあったのではないか。

もう1つ書いておきたいのは、終楽章の「怒りの日」についてである。

ここは、「縮小カノン」となっていて、厳(おごそ)かな雰囲気の「怒りの日」が徹底的にパロディックにされて解体されて行く感じを表している。その説明がなかった。西村が「コミカルな感じにもなって」と言っていたのがそれに近いが、もっと言うと、茶化してパカにする、というのに近いはずだ。
「縮小カノン」というのは、ある旋律を、音の長さを半分にしたものとして続けて行くやり方だ。

ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の、第1幕への前奏曲。冒頭に鳴らされる「マイスタージンガーのテーマ」が、曲の途中で茶化してバカにしたような感じで出てくる箇所がある。そこで使われている書き方は「縮小カノン」ではないが、長い音で演奏されるべき箇所を短い音が鳴らすと、どうしても矮小化された感じを伴うものとなるようだ。「マイスタージンガー」の中では、主人公に対する「敵方」の役であるベックメッサーをいじりまくるシーンの音楽として使われている(このベックメッサーは、反・ワーグナーの論陣を張った、音楽評論家のハンスリックを茶化したキャラクター)。

さて、幻想交響曲の私のリファリンスだが、別の処でも書いたが、上記の、ミュンシュ指揮の中、ボストン交響楽団盤である。エゲツなさや熱に浮かされたような切迫感など、中々この上を行く演奏には巡り合えない

2011年12月 6日 (火)

ブルックナーの7番にシンバルは必要

11月22日11月28日の記事で、ブロムシュテット指揮の演奏に関して述べた。ノヴァーク版による演奏なのに、どうも第2楽章でシンバルを使わなかったようだ、ということ。

こうなったら、意地でも調べたくなる。私はノヴァーク版のドイツ語版を持っているのだが(購入した当時は、それしかなかったから)、不幸にしてドイツ語は殆ど忘れたので、シンバルのことについて何か書いてあっても、いきさつなどが分からない。

幸い、その日本語訳つきが今は出ているので手許に取り寄せた。

すると、期待通り、シンバルに関する記述があった。

この日本語訳が実にマズイので、日本語訳でも意味が取りづらいのだが、結論として、シンバルあり、が正しいとノヴァークは結論付けている。モトの版で出版されたあと、主としてニキシュなどが強くシンバルとトライアングルの追加を要望し、ブルックナーがそれを受け入れて別の用紙によって追加を指示したということだ。

あとから何者かがそこに貼り紙をして「無効」と追記したので、それが、ブルックナーが、また気が変って削除を指示したという解釈があって混乱のモトとなったというわけだ。
しかし、ノヴァークは明確に、「無効」と貼り紙した筆跡はブルックナーのものではないとして、「無効」の指示はブルックナーによるものではないから、シンバルとトライアングルの追加は有効だと結論づけている。

実は、同趣旨のことを何年も前に金子健志が書いた本で知っていた。新品の入手が困難なようだが、一応挙げておく。

だから、ブロムシュテットがシンバルを使わなかったのは、やはり不可解だということになる。

2011年12月 5日 (月)

N響アワー 2011年12月4日 未完成交響曲

「永遠の名曲たち」のシリーズとして、シューベルトの未完成交響曲を採り上げた。指揮はブロムシュテット。

この曲がなぜ第2楽章までで終っているのかについては、色々と語られてきているわけだが、今回の番組でも、西村とブロムシュテットがそれぞれの解釈を示していた。

で、私にとっては2人ともほぼ同じことを言っているように思ったのだが、ベートーヴェンに憧れていて、いつかはベートーヴェンのような交響曲を書きたいと思っていたシューベルトが、美しくまた情念の発露とも言うべき交響曲を途中まで書いてみたが、もっと異なる方法で書くべきと考えて、第3楽章の始めまで作曲していた曲を放置し、次の交響曲に取りかかった・・・といった意味のことを述べていた。
結果的に後者の「ザ・グレイト」が、シューベルトなりにベートーヴェンに近づこうと試みて、シューベルトなりに完成に漕ぎ着けた交響曲となり、第3楽章の始めまで書き進んでいた、1つ前の交響曲が、友人宅の書棚に眠り続けることとなった、というわけだ。

確かに1つの解釈として成り立つ考え方だと思う反面、かなりの疑問も残った。

ブロムシュテットによる「未完成」は、極めて素晴しいというわけではなく、さりとて実につまらない、というものでもなかった。無難な線を行ったと言えば聞こえがいいが、何か1つ足りないものだった。
これが、西村の言う「情念の世界」か?? ブロムシュテットは、この曲はとにかく美しく、余りの美しさに、多くの人の涙を誘う・・・という主旨のことを言っていた。その通りなのだろうが、美しいということだけで演奏していたような気がする。
そう、何か1つ足りない・・・と書いたが、それが足りないのだ。と言うよりも、この人はこうしたレベルの演奏しかできないまま年齢を重ねて行くしかなかったのだと思う。

余りこの曲にハマったことがないのでCDも多数持っているわけではないので、中々具体的に例を挙げるのが難しいのだが、何かもっと凄く暗い世界を垣間見せてくれる、と言うべき演奏がある。
そう、フルトヴェングラー指揮によるものが近いか。

そんな演奏によって初めて、シューベルトのこの作品こそ、マーラーを先取りする作品だったのだ、と理解できるはずなのだ。

で、余った時間に「ザ・グレイト」の第4楽章を同じブロムシュテットで鳴らしたのだが、で、ブロムシュテットの指揮だから余計にそう思ったのだろうが、上記の「かなりの疑問」が、確信に近いものとなっていったのである。
「ザ・グレイト」が、シューベルトなりに、ベートーヴェンに近づく試みをして、シューベルトなりにうまく行った曲だって??・・・どこが??
シューベルトなりに、「未完成」よりも、より高い処に行こうとして、最初で最後となる、「何とか近づくことのできた曲」だって?? どこが??

私には、どうしてもそのようには聞こえない。西村が、このブロムシュテットの「ザ・グレイト」を超名演だと言っていたが、そのことも、全く賛同できない。
このザ・グレイトは3年ほど前に演奏されたものである。何かの番組で全曲聴いた覚えがある。実につまらない、と言うよりも、余りにおかしなテンポ感で演奏されたと記憶する。とても受付けられるものではなかった。

私の場合、「ザ・グレイト」は、あのシューベルトが作曲した曲だから聴く、というのに等しく、それ以上でも以下でもない。とは言え、曲の中の所々に、ハッとさせられる部分がある。だから聴くということでもある。

さて、現在は「未完成」が交響曲第7番、「ザ・グレイト」が第8番だそうだ。私などは「未完成」が8番で、「グレイト」が9番、として覚えたクチだから、番号で書くと混乱する。幸いに2曲とも愛称がついているので、その愛称によってこの記事を書いてきた。

最後に、「未完成」の、この演奏は聴いておいて欲しいという、2種類の盤・・・ワルターとフルトヴェングラー・・・そして、「グレイト」はこれしかないと思っているレヴァイン盤を挙げておく。

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