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2011年11月28日 (月)

N響第1708回定期 ブロムシュテットのブル8

地デジに変って、レコーダの容量は少ないものしか準備できなかったこともあって、また震災後の心境の変化もあって、録画したり、さらにそれを保存したりする番組が大幅に減った。
BS2で放送されている「特選オーケストラライブ」もその1つである。だから、何か凄く期待できそうな演奏会の情報を事前に得ることができたときは録画予約するが、その他は、たまたまテレビを付けていて見ることとなった、ということになる。

今回、2011年11月27日(日)に放送された掲題のものは、後者である。朝早めに起きてテレビをザッピングしていたら行き当たった。シューベルトの7番(未完成)と、ブルックナーの7番というプログラムで、未完成の終りの方から見始め、ブルックナーの第3楽章の途中まで見た。

このときのブルックナーの演奏は2011年11月20日のN響アワーで採り上げられ、11月20日の記事に書いた。
そこにも書いたが、私はこの曲、偉大な曲なのだろうが今一よく分からないというのが率直な処で、全曲を通して聴いたことが殆どない。第2楽章までは聴けても、第3楽章の余りに素朴な音楽にガクッときてしまうのである。

今回もその例に漏れず、第3楽章の途中で・・・トリオが始まった時点でイヤになってしまった。

よく考えて見ると、ブルックナーの交響曲でよく聴かれる曲の殆どのスケルツォ楽章は、かなり質が落ちるのではないだろうか。私が傑作と思えるのは第9番のスケルツォのみである。あれはスゴイとしか言いようがない。しかし、他はどうも頂けない。スケルツォの主部は余りにも素朴であり過ぎるし、トリオに出てくる旋律も・・・ブルックナーの交響曲には殆ど旋律らしきものがない、と私は考えているが、それでも・・・ああ、いいなあと思った事は一度もない。

シューベルトでスケルツォを持つ「ザ・グレイト」だと、スケケルツォ楽章のトリオで、何でもない旋律が、フッと心を解放してくれ、涙を抑えきれなくなった経験がある。この演奏である。レヴァイン指揮シカゴ交響楽団。発売当時から名盤の誉れ高い1枚である。

マーラーともなると、どの曲と言うように限定する必要さえないくらい、そうしたものに満ちあふれている。

ブルックナーのスケルツォは第9番のそれだけが大傑作と思うが、敢えてもう1曲挙げるならば、第8番のスケルツォ。
これも素朴過ぎるスケルツォだが、終楽章の最終部で引用され、そのときは天を仰ぎ見て神を称えるといった趣の、とても崇高な感じのものに変容する。そうして、素朴過ぎるスケルツォが意味を持つと考えれば、まああり得るかも知れない。

さて、先の記事でも触れたが、やはり第2楽章にシンバルは使われていなかった、と見た。ノヴァーク版はシンバルパートがあるはずなのだが・・・。
私はこの曲のスコアの、ドイツ語版を持っているが、その後に改訂が行われているのかも知れないので、最近は日本語版もあるから、ちょっと調べてみたい。
シンバルの入っている盤で私のリファレンスは、別の処でも書いたが、ハイティンク盤である。

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