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2011年8月

2011年8月31日 (水)

N響アワー 2011年8月28日 ほっとコンサート 魔法使いの弟子

好例の、夏の「ホットコンサート」から。

曲目の詳細を書いたメモが見あたらないので、最後に演奏された「魔法使いの弟子」だけに触れる。

昨年に引き続き本仮屋ユイカがナビゲーター。
昨年はN響の中に入ってトロンボーンを吹くということをやって見せ、見直したものだ。
本年は「オーケストラが紡ぐ魔法」というのがほっとコンサートのテーマということで、「後ほどカワイイ魔法使いが出てきますよ」というフリで、何をやるのかと思えば・・・。

こんなテーマだったら、デュカの「魔法使いの弟子」を演奏するのは分かりきったことだ。本仮屋ユイカが魔法使いの衣装で登場したので、曲に合せて寸劇でもやるのかと思いきや、単に、ナレーション付きで演奏するということに過ぎなかった。「カワイイ魔法使い」といいうのは、本仮屋ユイカのことというわけだ。

カワイイ云々は認めるしナレーションも悪くはなかったが、この曲、何と言ってもディズニーのアニメ「ファンタジア」で有名になったのであって、もしそれを知らないで聴いている人が会場にいたら(きっと、いるはず)何のことかピンとは来なかったのではないだろうか。

ディズニーというのは権利のウルサイ会社だから難しいのだろうが、ここは是非ともアニメに現実のオケを付けて演奏して欲しかった。
この曲、ディズニーのアニメで有名になったというよも、まるでアニメに合せて曲を作ったように思えるほど、余りにもピッタリしているのだ。
いや、ピッタリしているというレベルを超えている。一度アニメで見てしまうと、他のイメージができないほどなのだ。

曲を聴くにあたって、1つの聴き方しかできなくなるのは、余り好ましいことではない。しかし、この曲については、それでもいいのではないかと思う。
その程度の曲だということだ。
そして、その聴き方で楽しむ分には、実に愉快な曲である。

「ファンタジア」に入っている他の曲については、どうにも頂けないものがかなりあるが、「魔法使いの弟子」の処を見聞きするだけのためにでも、持っておく価値がある。

コアなディズニーファンなら知っていることなのかも知れないが、よくミッキーが魔法使いの扮装をしているのは、この「魔法使いの弟子」があればこそ、ということも理解できようというものだ。

2011年8月29日 (月)

Print Musicで幾つかの作品を入力してみると 続き

(8月25日の記事の続き)

元々の発端は、マーラーのページの拡充を目的にしたものだった。
最初は譜例だけを入れるつもりで、まずは手書きでキレイに書けるペンを導入し、結局キレイに書けないので浄書用のフォントを導入。これでやりかけたら、どうにも時間が掛かる割にはうまく出来ない。

結局色々と調べた結果、ダウンロード版で安価で購入できるFinale Note Padなるものを導入。
すると入力したものが再生でることが分かったのだが、余りにも制約が多すぎ、結局Print Musicに至った。
Print Musicが、実は再生においても優れた性能を持っていることが分かり、譜例に関連する部分だけを音にして添付することにしたわけである。

で、マーラーの交響曲の部分部分を入力し始めたのだが、やっているうちに欲が出てきて、譜例にない範囲まで拡大し、音楽的にキリのいい部分まで入力することにした。

複雑なマーラーの曲も、かなりの程度まで入力でき、それなりに再生もしてくれるのには驚いたが、並行して限界も見えてきた。

何よりも、総譜の段数である。
レイヤーという機能があって、同じ楽器で異なったことを演奏している場合も、別のレイヤーに入力するなどして1段に纏めることができるのだが、それでも調子に乗って楽器指定をしていると、24段を超えることがあった。
すると、「24段を超える場合、Print Musicでは入力できないから、Finaleへのアップグレードを検討下さい」というアラートが出たのである。

確かにFinaleは魅力的だ。
「現役」時代であれば、即、購入しただろう。
しかし、現在はちょっと苦しい。

逆に、Print Musicでもここまでできる、ということを示すべくPrint Musicを使い倒すか、やはりFinaleにアップグレードするか少し迷っている処だ。

Finaleには良い音源も入っているようだし。
実際にカメオインタラクティブのページでサンプル音源を聴いてブッ飛んだのである。結構スゴい。

2011年8月27日 (土)

本日もなかったアマデウス

毎週土曜に「名曲探偵アマデウス」の再放送をセレクションでやっているので、この「ミニ音楽評」は、N響アワー、題名のない音楽会、そしてこの「アマデウス」に関する評論の類を中心に回している。

ところが、この「アマデウス」だが、放送のない土曜日がここの処続いている。本日も放送がなく、おかげで本日の記事のネタとして予定していたものが狂ってしまった。
マーラーの総譜と格闘する日々が続いていて、かなり長い時間、アタマの中でマーラーが鳴りっぱなしになり、「アマデウス」のようなコント仕掛けの番組でも見ないとリフレッシュされにくいのだ。

幸い、来週からまた再開されるようだ。

それにしても、何で「セレクション」なのだろう。事件ファイル全部放送したらいいのに。しかも、放送の日が不定期に近いというのも困ったものである。

2011年8月25日 (木)

Print Musicで幾つかの作品を入力してみると

題名のない音楽館」内の作品論の幾つかに譜例と音源を追加しようとしてPrintMusicを導入して作業を始めたのだが、とくにマーラーの総譜というのが実に良くできていると、改めて感心している。

マーラーの総譜というのは、殆ど神経質なまでに細かく強弱や奏法が指示されている点で有名なのだが、面倒でもそれをできるだけ忠実に入れて行くと、どんどん表情が変り、どんどん「らしい」ものになって行くのだ。

ソフトシンセの表現力も、かなり忠実に表現上の要求をかなえるレベルになっていることになる。

パソコンを始めた頃、Macで何年か続けてDTMをやっていたのだが、当時はシーケンサーも音源もかなりプアなものだった。当時はやらなかったが、恐らくマーラーの細かい指示など入力もできず、演奏への反映など勿論できなかったはずだ。

それが、音源を別に買わなくても、パソコンの音源ボードだけで殆ど用が足りるようになり、シーケンサーも格段に進歩した。
それで、面白くなってハマってしまい、譜例と音源を載せるにも次々と欲が出て、中々「これ」というキリが見えなくなってしまったのである。

楽譜の指示通りに入力すると一応「らしい」ものになる、というのは、ひょっとしてマーラーは現代のこのパソコン事情、DTM事情まで予見していたりして。
まさかね。

こうしてみると、実際の演奏でも、マーラーは意外と演奏しやすいのではないか、と思ったりする。
これに比べるとベートーヴェンは難しい。殆ど表情に関する指示は書いていないし、かなりの曲は強弱についての指示も少ないのだから。

2011年8月23日 (火)

N響アワー 2011年8月21日 樫本大進のスペイン交響曲

樫本大進というヴァイオリニストの名前は、ベルリン・フィルのコンサートマスターになる以前から知っていたし、2010年のヴァルトビューネコンサートや佐渡裕の客演の際の映像で、ベルリン・フィルにおける活躍ぶりを目にすることによって、「ああ、この人だったか」と思った。
しかし、独奏者としての彼を、これまでは聴く機会がなかった。

その樫本大進がN響でラロの「スペイン交響曲」を演奏するというので、楽しみにしていた。
結論としては、大変良かった。

樫本大進本人の弁によると、この曲は13歳か14歳で演奏したのが初めてで、いつかもう一度演奏してみたいと思っていて、2009年にレーピンがN響と演奏したのを聴き、凄い演奏だと思うと同時に、改めて自分でも演奏したいと思った由。
スペイン風のメロディー回しやロドリーゴり「アランフェス協奏曲」のようなギター的な響きもあり、他のヴァイオリン協奏曲では味わえないような音色があり、演奏していて楽しいとも言っていた。

ラロの曲の前に、番組では彼がバッハの無伴奏パルティータ第3番を演奏したときの映像と音が紹介された。
第1楽章の「プレリュード」だけだったが、実に明快な音楽づくりで、ナルホドこれは実力があるナ と感じ入った。

スペイン交響曲で指揮したのは、N響初登場のスザンナ・マルッキというフィンランド出身の女性指揮者。
西村によると、現代音楽のスペシャリストで、現代音楽のためのオケの音楽監督も務めているとのこと。
知的な美人。美人だけど・・・いや、美人だから余計に・・・指揮しているときの顔は少し怖い。

この曲については、私はさほど込み入った解説なり感想を書き示す言葉を持ち得ない。ただ、いい曲だし、楽しい曲、ということになる。そして演奏も良かった。大変良かった。
ボーッと聴いていると、オケが実に良く鳴り、良く鳴るのにヴァイオリン・ソロの音とは被らないように配慮して作曲されていることが良く分かった。

西村の感想として、音楽の持っている力を伝える強いパワーを持ったヴァイオリンで、オケとの対話も深い、欧米各地で活動してきているからか、大陸的なスケールも感じさせる・・・とのこと。また、マルッキとの、演奏中の表情や姿との対比も面白かった、と付け加えた。

その通りで、マルッキの指揮姿は少し怖い、と上に書いたが、オケをキッチリ鳴らすのは巧い。良く言えば明快な演奏ということになるだろうが、悪く言えば冷たい感じの演奏と言えないこともない。

さて、この曲、私のオススメはムターと小澤征爾の共演による盤である。そもそも、この曲、雰囲気からして女性ヴァイオリニストの方が適していると考えているのだ。艶っぽいフレーズが随所に出てくるし、それを女性ヴァイオリニストが演奏すると、得も言われぬ色気を感じさせるのである。この曲を聴く楽しみは、そうした処にもあると思っている。
同じ意味で、チョン・キョンファの演奏も捨てがたい。

2011年8月21日 (日)

題名のない音楽会 2011年8月21日 和楽器のオーケストラ

和楽器によるオーケストラとして活動している、「AUN J クラシックオーケストラ」という団体による演奏が紹介された。

17弦琴、13弦琴、竿の太さが異なる三味線が3種類、尺八、笙(しょう)、和太鼓という編成である。
曲目は、「天空の城ラピュタ」の「君をのせて」、海雪(ジェロが歌で参加)、松任谷由実の「春よ、来い」。

この団体の存在は知らなかったが、中々面白い試みだと思った。こうした取り組みには心底、敬意を表したい。
しかし、聴いていて疲れたのも事実である。どうしても違和感を覚えるのだ。

確かに色々な種類の楽器による編成によって、「らしい」ものにはなる。しかし、西洋音楽のオーケストラと比べて、楽器の種類が少ないし、音域も狭い。とくに、全く欠如しているのが金管楽器群だ。
木管楽器としては尺八が縦笛系、笙(しょう)が横笛系で一応揃っているし、琴も三味線も弦楽器ではある。ただ、弦楽器ではあるが、何れも弦を弾く奏法による楽器であって、擦(こす)って鳴らすものではない。

だから、よく知られている曲のカバーは、ツカミとしては良いのだが、通常のオーケストラに比べて音色がどうしても貧弱に聞こえてしまい、イライラが募って疲れるのである。
その点、彼らによるオリジナル曲は、それなりに聴ける。

それなりに聴けるのだが、聴きながら思ったのは、この音色と音程は、通常の伝統的な奏法と音程に適(かな)ったものなのか、ということである。また、楽譜はどうなっているのだろうか。
学校の音楽の時間で、西洋音楽の体系の概略を学んだ世代である。邦楽の楽譜や邦楽器の音程・音色とは異なるものを習い、その上で和楽器による合奏を行うとき、どのようにしているのだろうか。

どうしても西洋音楽の影響を受けた、音程のハッキリした音をメインとせざるを得ないのではないだろうか。
この分野に詳しいわけではないので聴いた限りの印象ではあるが、オリジナルという音楽も、何だか西洋音楽の影響を感じざるを得なかった。

ところで、録画したものを整理する目的で当該のホームページを見たら、何と! この「題名のない音楽会」、8月7日と14日にも放送されたことになっている。
そんなアホな。

毎年この時期になると高校野球のため、テレビ朝日系とNHKの番組が大きく変るので、不愉快で仕方ないのだ。私は高校野球というものにハナから関心がないし、それに熱狂する人たちの気持が全く分からない。まして、そのために、楽しみにしている番組が飛んでしまったりすると、甚だ不愉快なのだ。こんなことを思っているのは私だけではないと思うのだが。。。
(念のため付記すると、スポーツ全般に関心がない、ということではない。確かに日常的に放送されているプロ野球などを見る習慣はないが、特定のチームのファンであることを止めた時点で関心がなくなっただけのこと。オリンピックやワールドカップなどは結構見る。単純に、高校野球は下手だしつまらないから見ない、ということなのである。)

で、毎年このシーズンは「題名のない音楽会」も飛ばされていて、面白くない。・・・と思っていた。昨年もそうだった。
しかし、昨年もそうだったが、高校野球で飛ばされたはずの日の放送内容が載っていた。今年はしかも、2週分である。

「アレンジバトル」という、毎回楽しみにしているシリーズと、ストラディバリなどの名器と学習用のヴァイオリンを鳴らして音の深みや華やかさを聴き比べるという企画という2回分である。
どちらも、是非聴きたかった。残念だし悔しい。

で、考えたのは、ひょっとしてウラのチャンネルでやっていたのか?ということである。しかし、新聞の番組表にも、市販の番組表にも、そんなことは書いていない。番組の中でも、そんな表示は出ていない。ホームページに告知されているわけでもない。

だいたい、同じ放送局のウラ チャンネルなんて、誰が見るのかよく分からないことがある。殆どがメインのチャンネルと同じ内容で、時々違うものを放送する、なんて、新聞などの番組表でもフォローしきれまい。
BDレコーダの録画予約でも、その番組のそのときの為だけに設定を変更するなどという面倒なことはしないし、だいたい気付かない。

来年こそは、ウラチャンネルでやるのなら、その旨をどこかで告知などしてもらいたいものである。
また、ウラチャンネルでやつているのではなく、ただ飛んだだけの内容を載せているならケシカランことだ。オクラにしたりせず、どこかの時点で放送してもらいたい。

2011年8月19日 (金)

N響アワー 2011年8月14日 岡本太郎

夏の特集の一環として、現在記念館となっている岡本太郎のアトリエを訪ねて、そこの館長と、岡本太郎の芸術を語るというもの。
ここの館長は岡本太郎の奥さんが務めていると思っていたが、他界されていたのだった。知らなかった。現在の館長は岡本太郎の研究者だとか。

トーク内容と演奏曲は次の通り。

  • 岡本太郎の原始主義的な色彩ということに関連し、「春の祭典」から終曲「いけにえの踊り」
  • あるお寺から依頼されて創った梵鐘の、現物と同じものが置いてあり、叩く場所によって異なる音色が出る、と言って西村朗が大いに関心を持つ。で、実は黛敏郎が実際に来訪して鳴らし、深く興味を示したそうである。そして、これに触発されて作曲されたのではないか、ということから、梵鐘の音を模した部分がある「涅槃(ねはん)交響曲」の一部
  • 岡本太郎の奥様が、岡本太郎の発言を逐一書き留めていたというノートを見ながら、岡本太郎の才能を世に知らしめた功労者は奥様だっただろう、それに相当するのがシューマンの奥さんとなったクララ。クララも作曲の才能があったが、夫の作品の方が優れている、ということを理解し、専ら夫の作品の普及に努める役に徹して行くこととなった。ということで、彼女によって初演された、ピアノ協奏曲の、第1楽章の一部。
  • 岡本太郎は自分の絵画を売ろうとはしなかった。そうしてしまうと、自分の作品は大金持ちの専有するものとなり、人の目に触れなくなってしまう。だから、誰でも目にすることのできる、公共の場所に置かれるものを創ろうとした。場合によってはそれを見て嫌いに思ったり下らないと思ったりする人もいるだろう、しかし、芸術というのは、そういうものだ。芸術は大衆のものなのだ、という考え方を貫いていた。この話から、芸術は大衆のものと考えていたはずの、ベートーヴェンの作品から、交響曲第5番の、第3楽章の最終部から、第4楽章。

岡本太郎という芸術家とその作品について、私はよく分からないし「芸術は爆発だ!」と叫んだりするパフォーマンスは嫌いだった。しかし、大金持ちの専有物になってしまうから、と自作を売らなかった、ということは知らなかった。少し見直した。
また、アトリエにはピアノが置いてあり、暗譜でベートーヴェンなどを弾いていたとかで、実際演奏している姿の映像が残っていて、それも紹介された。
また、お寺に収めた梵鐘と同じものについて、黛敏郎が深く関心を示して、「涅槃交響曲」のヒントになったのではないか、ということも、知らなかった。

だから、音楽番組としてではなく、ドキュメンタリーとしては中々面白かったし参考にもなったと言える。
しかし、音楽番組としては、かなり無理のある構成だったと思う。

  • まず、トークの内容と、曲とを無理矢理結びつけていたこと
  • トークそのものも、前週の手塚治虫に対する手塚るみ子のような身内ではなく、多分、何の縁戚関係もない研究者が案内役。身内ならでは、という話は何もなく、通り一遍の話に近かった
  • 岡本太郎は、ある時点までは音楽家になるか絵画をやるか迷っていた、ということから残っている映像が紹介されたが、そこに残っていた演奏を聴く限りは、腕前は大したものではない

中で採り上げられた曲は多くの人が知っているだろうし、私も今回の選曲に概ね不満はない。それらについてお奨めのCDは挙げない。
しかし、黛敏郎の涅槃交響曲については、上記の不満点の続きにもなるが、梵鐘の音に啓発されたかも知れない、というエピソードと、一部演奏された部分が合っていなかったのが不満である。音も実に悪かった。

黛敏郎の「涅槃交響曲」は、前衛的な作風と作品を中心にしていた彼が、保守回帰(多分、思想的にも)してゆく端緒となったとも言われる作品で、寺の梵鐘の音を波形分析し、オーケストラでできる限りその音に近い響きを出そうとして作曲された部分を持つ。
「カンパノロジー」と名付けられたそれらの部分の中で、特にそのことが明確に聴き取れるのは、最初の「カンパノロジー」である。
演奏としては、その部分を出してこないと話が繋がらない。

この曲は、日本人による云々の前置き抜きに、20世紀の音楽の最高傑作だと思っている。番組で放送されたのと時期は異なるが、岩城宏之とN響の組み合わせによる演奏が入手できる。

2011年8月17日 (水)

名曲探偵アマデウス 2011年8月11日 マーラー「復活」

特集「オーケストラのすべて」という企画の最終日。事前にこの日の曲がマーラーの「復活」だということだったので、ある程度の期待と、知っていること以上の知見を得ることは余りないだろう、という「期待しない」という気持が入り混ぜとなって放送を迎えた。

結論としては、余り新しい知見は得られなかった。
1つだけ挙げると、第5楽章のオケだけの部分で、「怒りの日」のテーマが使われている、ということくらいか。

事件としては、人型ロボットの研究者が、マーラーの「復活」を聴いている最中にフリーズしてしまって元に戻らない、と相談。
曲全体が「生と死」をテーマにしていて、とくに第4楽章では天国への憧れが歌われていることから、そこでフリーズしてしまったのでは?ということになったが、最後には「復活」するのだから、フリーズした中でも聴いていたら結論が変る可能性が・・・ということになる。
演奏のあと、予想通りにこのロボットは復活する・・・鉄腕アトムが最初に生命を吹き込まれたときのシーン・・・横たわったまま、静かに目を開けるシーン・・・を真似したと思えるシーンで終る。

演奏はシュテンツ指揮によるもの。
この演奏は、昨年N響アワーでマーラーの交響曲をシリーズで採り上げた中で、唯一・・・正確に言うともう1曲、広上淳一による「大地の歌」を挙げてもいい・・・マシな演奏だったので、演奏例として挙げるのに異議はない。

しかし、この演奏について採り上げた2011年1月19日付の記事にも書いたが、字幕で示された歌詞の訳、何とかならないか、と改めて思った。
その記事で触れたドイツ語の du と Sie との訳し分けについてはなぜか修正されていたのだが、天または神の声と思われる部分と、自分自身に呼びかけていると思われる部分の訳し方が、ちょっと違うような気がするのだ。
マーラーの詞が曖昧でどちらとも取れるものだから、ということがあるにせよ、女性と男性による合唱、男性だけの、または女性だけの合唱、そして2人の女性ソロ、という具合に、歌詞によって歌い手が異なっている・・・そう作曲されている・・・ことを考え合せれば、おのずと訳し分けの方法も見えてくるのではないかと考えるのである。

この曲の演奏のベストは、上記の記事でも採り上げたが、ワルター盤とバーンスタイン盤。
そして、この曲については私の「題名のない音楽館」内の記事を、ぜひともご一読ください。

2011年8月15日 (月)

名曲探偵アマデウス 2011年8月10日 ドボコン

チェロの貴公子として世界的に有名なチェリストの、日本におけるマネージャーの相談。日本公演を間近に控えた日、突然彼が行方をくらませてしまい、連絡が取れないと言う。演奏予定の曲はドヴォルザークのチェロ協奏曲。通称「ドボコン」。

追っかけファンから「押しかけマネージャー」となったマネージャーの女性は、この曲が原因で彼が失踪したと思い、探偵に分析を依頼する。
曰く、曲の開始早々、チェロが出るまでが長い。いつまで経ってもチェロが出ない、チェロのコンチェルトなのに、他の楽器のソロが多く出過ぎ。

この辺りは、この曲の魅力そのものであることを探偵や、サンティの解説で説明されるが、チェリストの彼が置き手紙で「一人にさせて」と書いていたことから、これがドヴォルザークの書いた歌曲の題名である、と話が発展してゆく。

私は、この歌曲の話は初めて聞いた。
この曲を好んで歌った人はドヴォルザークの初恋の女性で、結局彼は振られたあげく彼女の妹と結婚するので義理の姉となってしまうが、その後も交流が続いた由。
そして彼がニューヨークに赴任しているとき、彼女が重い病に倒れ、危篤だという報に接する。彼女の回復を祈って、作曲中だったチェロ協奏曲の第2楽章に、その「一人にさせて」のメロディーを使ったのだそうである。
さらに、作曲が終ったあと、彼女の訃報に接し、第3楽章の終りを書き換え、第2楽章のテーマを回想しつつ、哀しみに満ちた静かな部分を付け加えたのだそうだ。

「事件」としては、その置き手紙に隠し文字として示されていたのが、チェコの街で、ドヴォルザークの墓のある処だ、ということから、作曲家の墓前に、演奏会を行うことの報告と、成功を祈念しに行ったのだろう、ということで「解決」。
曲の後のエピソードでは、そのチェリストとマネージャーが「年の差婚」(女性が遙かに年上のケース)をした、というオチが紹介されて終る。

さて、この日の放送、見るのに余り乗り気ではなかった。事前の予告で、演奏者が堤剛だったからである。
堤剛の演奏については、2011年1月21日付の記事「N響第1683回定期 堤剛は過去の人」に書いた通り、全く評価できない、いや、聴いていてイライラする演奏だからだ。その記事のあとN響アワーでも採り上げたので聴き直してみたが、私の判断が変ることはなかった。

しかし、オケに背を向けて演奏するというチェロ協奏曲ならではの難しさ・・・オケ側もソリストも、お互いのボウイング(弓使い)が見えないので合せるのが難しく、お互いを信頼し合わないとダメ・・・といったことや、オケのパートごとのソロが出てくるときは、チェロのソロが時には伴奏役となって、余り出すぎないように心がける必要かある、といったことを言っていたのは、収穫であった。
演奏者としては過去の人だと思うが、教育者としては優れたものをもっているのだろうと推察するに十分であった。

ドヴォルザークが初恋の人の死を悼んで付け加えた箇所は64小節に及ぶそうで、この部分を付け加えたことについて初演のときのソリストが大反対したので揉めたそうだが、実はここのチェロのソロとオケのコンサートマスターによるヴァイオリンソロの部分こそ、この曲で最も心を打つ部分のひとつであること、など、言われ、聴かされてみたらナルホドというものであった。

聴き慣れている曲でも、色々と説明されると新しい発見につながるものである。この番組の優れている点だ。
さて、私はこの曲のCD、1枚だけしか持っていない。
ただ、それは不朽の名盤とされているものであり、まだ聴いたことのない人は、まずこれを聴くことを奨めたい。
カラヤン指揮のベルリンフィルと、ロストロポーヴィチによる演奏である。

2011年8月13日 (土)

名曲探偵アマデウス 2011年8月9日 シェエラザード

特集「オーケストラのすべて」として4夜連続放送された2回目。
「オケラ座の怪人」から探偵の元に挑戦状が届き、千夜一夜物語に関係する曲の演奏会で、演奏をメチャメチャのする、という。

その曲はリムスキー・コルサコフ作曲の「シェエラザード」の演奏会と思われるので、曲のどの辺りで妨害が入るか、リハーサルの現場をあたったり先生方にアドバイスをもらって推測せよ、と探偵がアシスタントに指示する。

それを受けてアシスタントの響カノンが調査を進める・・・というのが「事件」の枠組み。

リムスキー・コルサコフは「近代管弦楽法の父」と言われるが、そもそも「管弦楽法」とは何か、という説明から始まり、「シェエラザード」でどのようにして効果的な音を出すように作曲されているかが解き明かされて行く。

解説によると、リムスキー・コルサコフは、「オーケストラの土台は、豊かな響きの弦楽器」と言っていたそうで、それに木管楽器で音色の変化を付け、金管楽器で音量を強めるという方法を採っている由。
複雑で華麗な彼の管弦楽法も、こうして解き明かされると実に簡明で分かりやすい。

一夜ごとに妻を得ては殺すということを重ねていた残忍な王が、次第にシェエラザードに惹かれて行き、遂には柔和な性格を取り戻し、シェエラザードと幸せに暮らすようになる、ということを金管楽器またはチェロの王と、ヴォイオリンのシェエラザードで現してゆく点、実に巧に描かれている。

良く知っている曲だが、改めて説明されてみると、ナルホドと思うことが何点かあり、満足できる内容の番組となった。
さて、この曲だが、こうした曲を得意中の得意とするのがデュトアだ。私はこの盤しか持っていないが、これで必要にして十分ではないだろうか。

それにしても、元々音楽を専門に勉強したわけではなく、バラキエフを始めとする「ロシア五人組」の仲間内での勉強を除くと殆ど独学だったにも関わらず、ペテルブルク音楽院の管弦楽法と作曲の教授に迎えられ、管弦楽法に関する教育書を著わし、ストラヴィンスキーといった大作曲家も育てた、というリムスキー・コルサコフという人の存在は、西洋音楽史における奇蹟と言って良いのではないだろうか。
彼の功績によって、その後の西洋音楽がさらに発展することとなって行くのだから。

上記のストラヴィンスキーの3大バレエの内2曲までが、リムスキー・コルサコフの影響を感じさせずにはおかないし、ラヴェルもリムスキー・コルサコフの教科書を範としていたそうだ。

さて、演奏会をメチャメチャにするという事件は結局起こらず、「音楽を聴いて行くと王と同様に『怪人』も、シェエラザードの優しさに触れ、心を開くに至ったのだろう」ということになるのだが、実は「怪人」は探偵本人であり、カノンにしっかり勉強させよう、という狙いだった・・・みたいなオチで「事件」は解決。これまでの他の「事件」とは異なった様相のものとなった。

2011年8月11日 (木)

名曲探偵アマデウス 2011年8月8日(月) ベートーヴェン 第5交響曲

夏休みだからということか、8日から連続4日間、「特集 オーケストラのすべて」という企画で放送されることとなった。もともと特集として最初の放送も行われたのかどうか分からないが、事件ファイル番号もついていて、また放送時間も通常通り45分。また事件を探偵が解決してゆく、という形も同じである。

第1回はベートーヴェンの第5交響曲。

居酒屋チェーンの社長が、創立20周年の記念日に、自分で雇ったオーケストラを指揮してこの曲を演奏しようと思った。しかし、いざ練習を始めたら全く思ったようにオケが反応せず、とうとうオケから総スカンを食っていまい、別の指揮者が雇われた、という。
彼は指揮というものを甘く見ていて、暗譜どころか研究もせずに練習しようとした由で、元 指揮者の探偵からきつく叱られる。

まず、この曲は、指揮するのが大変難しい曲であること・・・特に第1楽章最初の処から難しい、ということが説明される。

指揮が難しい、という点、知っている人は知っていることだが、この曲の最初は、休符から始まるので、出だしをどう出るか、指揮者とオケがそこを如何に合せるかが難しい。そして、4つめの長い音にはフェルマータがついていて、どれだけ伸ばすのか指定されていないので、それも難しい。

にも関わらず聴くにはさほど難しく感じないのは、最初の4つの音だけで全曲が構成されているためで、ベートーヴェンの作曲技術の頂点をなすものであることも解説される。

指揮する人によって冒頭の部分がどう変るか、ズブの素人、音大生、高校のブラスバンド部に所属している人に振らせてみて、違いを確かめた。
音大生がそれなりに振れたのはサスガだし、素人が全くできないのは当然だが、ブラスバンド部の高校生がうまく出来なかったのは意外だった。まあ、ブラスバンドでも、自分の楽器だけ演奏しているのであれば、指揮はできない。その部であっても、指導の先生の代わりに練習で指揮したりしていれば、コツが分かっているので、できるはずだ。

また、歴史的録音から何人かの例を聴かせた。カラヤンなども含まれたが、リヒャルト・シュトラウスの録音も紹介されたのは収穫。確か聴いたことはなかったと記憶する。

指揮者の円光寺雅彦が、指揮というのが如何に体力を要するものであるかということ、頸椎を痛めるのが職業病のようになっている、とも(そう言えば、岩城宏之もこの病気に苦しみ、何度か手術もしている)。
とくにこの曲は2拍子であり速度も速いため、腕は振り下ろしてすぐ上に戻す動作の繰り返しになり、体力的にとくに厳しい曲でもある、という。

指揮者は、未来に向けたアタマ(曲を、この先どのように持ってゆくか)と現在を判断するアタマ(今、思った通りの音が出ているか、オケは自分の意図通りに、また誤りなく演奏しているか)、そしておさらいのアタマ(ここまで、うまく進んでいるか、またこの先どう進めるか)という3つのアタマでオケと対峙し、瞬時瞬時に判断し聴き分けながら指示していること、またプロの指揮者にとってもこの曲は振るのが難しい曲であること、など、参考になる点が多かった。
また、円光寺によると、年齢と経験を重ねるうちに、この曲の深さが益々感じられるようになり、演奏の仕方も変ってきたと言う。

結局居酒屋チェーンの社長は自分で指揮するのは諦めるが、探偵は「今まで色々な経験を積まれ、小さな居酒屋を全国チェーンに育て上げた社長。その社長の仕事と指揮者の仕事は同じ。だからいつか必ず指揮することができるはず」と慰めて事件は一応の解決を見る。

演奏は円光寺の指揮で東京フィルハーモニーが第1楽章を。

第1楽章だけとは言え、久しぶりに聴いた。
聴いて、改めてこの曲の凄さを実感した。
第1楽章は8分程度の演奏時間なのだけど、この曲で聴く8分間というのは、何と充実した8分間だろう。極めて密度の高い8分間である。こんな第1楽章のあと、どんな曲を書くというのか。しかしベートーヴェンは書いた。この曲の全体に、曲の最初の動機を埋め込んで。

・・・と書いたが、実の処、第3楽章と第4楽章に曲の冒頭の音型が含まれていることは早い時期から気が付いていたのだが、第2楽章に含まれているようには、まだ聞えないのである。
番組中の曲の解説では、第1楽章全体に曲冒頭の音型がずっと使われていることの説明はあったが、他の楽章についての説明は省略された。また、別の番組でもこの曲の解説があるとき、「曲全体が」云々という説明があるだけである。
その中に、第2楽章も含まれるのだろうか。
自分なりに、久しぶりに、もう少しスコアを眺めてみようかと思う。

2011年8月 9日 (火)

N響アワー 2011年8月7日 手塚治虫と音楽

8月のN響アワーは夏休み特集を4週にわたって放送するとのことで、その第1弾が手塚治虫と音楽の関わりを繙(ひもと)く内容。

手塚治虫が最後に仕事をしていたという、手塚プロダクションの埼玉県新座市のアニメ制作スタジオで、長女の手塚るみ子とのトークを交えながら進める形が採られた。

まずツカミとして、JR新座駅で西村朗が手塚治虫の、また黒崎アナがリボンの騎士のコスプレで登場し番組が始められた。意外と黒崎アナのリボンの騎士は似合っていると思った。この姿を見ると、結構美人なのかも知れないと思った。

手塚治虫の遺作(未完)となった「ルードヴィッヒ・B」(ベートーヴェンの若い頃の伝記)のナマ原稿が広げられたままの机があり、またそれを書いていたときにかけていたベートーヴェンの交響曲第8番のレコードがプレーヤーに載ったままとなっているオーディオシステムがあった。

驚いたのは、西村がそのレコードの演奏者を覗きこむと、「ルネ・レイボヴィッツ指揮 ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団」だったことである。

このレコードは、リーダーズ・ダイジェストという会社が、レコードの通販事業に進出した頃にベートーヴェンの交響曲全集として発売した中の1枚である。
私がクラシックを本格的聴き始めた頃に親に買ってもらったのだが、当時周りの同級生のクラシックファンの間での評判は散々なもので、ひどく落込んだものだった。レコード誌でも酷評されていた。ベートーヴェンというとフルトヴェングラーだったし、グラモフォンレーベルで出始めていたカラヤンだったからだ。

ところが、この稿を書くためにウェブをあたっていたら、さらに驚いたのだが、この演奏、一部の人からは大きな支持を得ていて、最近再発もされたということだ。8番とは違う曲だがユーチューブにあったので聴いてみると、何たる高速! こんな速い演奏は聴いたことがない(いや、何度もレイボヴィッツで聴いていたのだが忘れてしまっていた)。しかし、今聴き直すと、十分「アリ」かも知れない。
ただ、再発されたCDは入手困難らしいので、ここには掲げない。

さて、今回案内役ともなった手塚るみ子は、手塚治虫の長女で、ビジュアリストという肩書きで活動している手塚眞の妹。また、二女手塚チイ子の姉である。眞とるみ子と手塚治虫の子育て日記みたいな漫画「マコとルミとチイ」がある。
また、長じた娘が、偉大な父をもった娘の立場から書いた本もある。

この辺りの話から、子どもたちをよく洋楽の映画につれていってくれた、という話になり、「サウンド・オブ・ミュージック」や「ウェストサイド物語」なども映画館で見た由。

そこでさらに驚いたのは、ジュリー・アンドリュースがプレヴィンの指揮でN響との共演でサウンド・オブ・ミュージックを歌った録画が紹介されたことである。これは素晴しいの一言に尽きる。そんな録画があったとは!何時の頃の演奏かメモし損なったが、プレヴィンも若かったから、かなり前のものだろう。それにしても、映画で聴いた声に比べて殆ど変わりなく、まさにシビレた。

他の曲目等の紹介を書くのはやめるが、私がどうしても分からないことの1つに、手塚治虫が、漫画を書くとき常に音楽、とくにクラシック音楽を掛けていたということである。
こればっかりはどうしても分からない。私など、音楽がかかっていたら気が散って原稿など書けたものではないから。
ただ、会社勤めをしていたとき、デザイン関係の部門を覗くと、常に音楽がかかっていた。
だから、絵画関係の仕事には、音楽が必要なのかも知れない、とも思う。

反面、シニカルな見方をすれば、音楽がよく分かっていないから、音楽をかけながら仕事ができる・・・ということかも知れない、とも思うのである。或いは、深く聴き取ろうとしない、表面的な聴き方しかできないから、それを掛けながら仕事ができる、ということなのか。

2011年8月 7日 (日)

N響アワー 2011年7月3日 「ジュピター」交響曲

「永遠の名曲たち」という企画の一環として、モーツァルトの交響曲第41番を、解説を交えながら放送。指揮はツァグロゼク。

西村の解説から印象に残った言葉を少し拾うと以下の通り。

第1楽章・・・堂々としているけど、力(りき)みがない。体がスキッとし、背筋が通るような、心地よい楽章。
第2楽章・・・光と影の交錯。
第3楽章・・・シンプル。洗練の極致。スコアで6ページしかないのに、充実した音楽。
第4楽章・・・第2楽章と第3楽章でリフレッシュした感じののあと、凄いものが続く。完璧といった言葉では尽くせない、それを超えた世界が広がる。後に続く作曲家に衝撃を与えた。ソナタ形式として高い処に達したフガート(フーガ風の)楽章。4つのテーマが登場し、コーダで4つが絡み合ってフガートを形成する。
全体を通して・・・永遠の名曲中の名曲。

第2楽章で、光だけでなく「影」にも言及した点、実に適切。モーツァルトの曲、後期のものは光と同時に、または並行して影があるというのが特徴なのだが、「影」にまで言及する人は割と少ない。
第4楽章のフガートの説明で、4つのテーマをピアノで別々に鳴らしてみせてくれたのは嬉しかった。

何よりも、第4楽章の素晴らしさについて、言葉を尽くして解説したのは実に良かった。
というのも、私がこの曲の凄さを分かった気になれたのは、第4楽章がフガート形式を採った曲であり、そこにこの曲のキモがあり、それによってこの曲の価値が高いものとなっていて、さらに言うと、ベートーヴェンが後に第4楽章に最大の重点を置いた、私流に言う「終楽章交響曲」のハシリであることに気がついてからだったのだ。

それに気付く前は、さほど価値のある曲とは思えなかった。とくに、曲の開始早々、アクセントを付けるためには当時としては通常の方法だったのか、やたらにティンパニーが鳴るのが、喧(やかま)しくて、煩わしくて仕方なかった。・・・これは今でも思うことがある。
それが、第4楽章に重点があり、第4楽章こそ、この曲が偉大である所以だと気付かされたのは、クレンペラーの指揮で聴いてからである。

番組の中で、この曲の前後に作曲された曲をいくつか題名だけ紹介していたが、その中に交響曲第38番を含めてしたのも良かった。
私はこの曲、所謂3大交響曲と併せて「4大交響曲」としないのか、不思議でならないのである。3楽章で完結していて、4楽章構成でないから、価値が一段低いとされたのか?
この曲の価値も、やはりクレンペラーの演奏で知った。

番組内ではさらに、交響曲第41番の後に作曲された主な曲として、3曲が、題名だけ紹介された。それぞれの曲について西村の一言解説。

アヴェ・ヴェルム・コルプス・・・合唱曲の至宝。
魔笛・・・ファンタジー映画のような世界。
クラリネット協奏曲・・・透明な哀しみ。
ここまでを通じて・・・作曲という作業をしているには違いないが、何か見えない力に押されているような。

それぞれ、適切な表現だったと思う。この人は音楽の本質を言葉で表すのが巧い、と改めて思った。

さて、ベートーヴェンの言葉として紹介していたと記憶するのだが、「モーツァルトは神の言葉だけで音楽を創ることができた。その後の作曲家は、人間の最大の力を尽くさないと作曲できなくなった」
これは、まさに至言である。

モーツァルトの音楽に親しみ、そのスゴさが分かってくると、ベートーヴェン以降の作曲家が、どこか無理矢理に、力づくで作品としてでっち上げているような気がしてならなくなってくる。当のベートーヴェンがそう言っていた(ボヤいていた?)のであれば、ましてや、さらにその後を継ぐ作曲家たちには量り知れないプレッシャーだったはずである。

2011年8月 5日 (金)

題名のない音楽会 2011年7月17日 第21回出光音楽賞

黛時代に始まった「出光音楽賞」も、今年で第21回目になるそうだ。

途中「新・題名のない音楽会」となって大きく横道に逸れたり、「題名のない音楽会21」でマシにはなったがそれでも若干ポップスよりであった頃、この賞がどうなっていたか、記憶にないのだが、少なくとも21回続いたことには心から敬意を表したい。

受賞者の演奏については、率直に言ってよく分からない。

そもそも、過去の受賞者にこんな人がいた、と言って簡単な振り返りの映像が流れるのだが、改めて「そうだったのか」と思い知らされるのである。

佐渡裕は勿論この番組の司会者になったから知っているのだが、森麻季や庄司紗矢香という、私の好きな演奏家についても、受賞当時、正直に言って、その演奏はよく分からなかったし記憶にないのである。途中見るのをやめた時期があったから、その中に含まれていたのかも知れないが、少なくとも見ていた時期の中に、出ていた記憶は全くないのである。

佐渡裕にしても、黛時代の受賞者だが、全く記憶になかった。司会者となるときに黛時代に受賞した映像が流れていたのと、たまたまその少し前に、黛時代に録画していたものをVHSからDVDにダビングしながら整理していたので、受賞者であるという記憶にあった。

その程度の記憶しか残さない程度の活動ないし音楽性の頃、その活動に注目して賞を与えるという、ある意味鋭い先見性に、改めて敬意を表したいわけだ。

その点、若干疑問に思ったのは、箏曲で受賞した片岡リサである。
プロフィールを見ると、1993年に日箏連コンクールと宮城道雄コンクールの1位を取り、2001年には文化庁芸術祭新人賞を受賞している。
日箏連コンクールと宮城道雄コンクールというものが箏曲の分野で如何ほどの権威を持つものであるか知らないが、名前からしてクラシック音楽の分野で相当高い権威を持った存在に匹敵するのではないだろうか。
それよりも、芸術祭新人賞というのも結構スゴイのではないか。

そうした人を改めて出光賞として授賞する意味がよく分からないのである。

ひょっとして、グラミー賞で箏曲奏者の松山夕貴子が受賞したので、その向こうを張って・・・というのは深読みしすぎ?

ところで、第53回グラミー賞で日本人4名が同時受賞というニュースが流れたのは、2011年2月15日のことだったんですね。
随分以前のことだったような気がする。その後1ヵ月足らずのうちに、あのような強烈で悲惨な天災に日本が遭遇する、と誰が予想したことだろう。
あの日以前とあの日以降で、何もかもがすっかり変ってしまった。

2011年8月 3日 (水)

題名のない音楽会 2011年7月10日 中村紘子と若手音楽家が語る

出光興産が創業して今年は100年になるそうで、「題名のない音楽会」は6月5日から連続7週間、その記念企画と称する番組を放送した。

中村紘子を迎えたこの日は、現役の高校生でありながら既にその演奏が注目を集めている二人の音楽家とともに、日本におけるクラシック音楽の来し方と将来について語り合う、という企画。

「来し方」と言っても中村紘子のデビュー当時以降の話でしかなく、演奏史のみが話題の中心で、いささか看板倒れの様相だったが、ピアノの小林愛実という人を知ることができたのは収穫だった。

何でも、アルゲリッチやキーシンも絶賛したとかで、それならば今後も期待できる、と言ってよいだろう。
そのことを字幕で知らされた上で聴いたので若干判断にバイアスがかかったかも知れないが、番組の中で演奏してみせたベートーヴェンの「熱情ソナタ」の第1楽章抜粋は、中々のものだった。

ベートーヴェンの中期の作品の中で、交響曲は年齢を重ねた指揮者が演奏してもそれなりの味わいがあるが、ピアノソナタは、とくにこの「熱情」は、若いピアニストでないと作品の持つ勢いのようなものが表現し難いような気がする。
ベートーヴェンは、交響曲は多くの人に聴かせるために書いたが、ピアノは、自分でもよく弾いたためもあって、より自分自身の感情や新しい試みを表現する手段だった・・・とよく言われていることと関係するのかも知れない。

現に、この曲、色々なピアニストで聴いてきているが、若い頃のアシュケナージが演奏したものよりも優れた演奏には出会わなかったような気がしている。
私はこの頃のアシュケナージを「超一流」と認めるのに対し、指揮者としてのアシュケナージは必ずしも一流ではない・・・というか、ハッキリ言うと二流だとさえ思うのは、ピアニストとして活躍していた当時の凄さを、指揮者としては感じないからである。

さて、始めに書いたように、出光創業100年記念という企画で連続7週間の放送が行われてこれが6週目だったわけだが、それなりに優れた企画が続いたように思う。書き残した週の分も、折々書いてゆきたい。

それに対し、7月31日の放送分がヒドイ内容だったと書いたが、ひょっとすると、特別企画が続いたこともあり、疲れてしまったのかも。

2011年8月 1日 (月)

オーケストラの森 2011年7月31日 札幌交響楽団の「悲愴」他

N響アワーの枠で、1週余分にある月に放送されている「オーケストラの森」。東京を除く「地方の」オーケストラの活動と演奏を紹介する番組である。
「地方の」とカッコ付きで書いたのは、大阪や京都のオーケストラを紹介した回もあったからだ。大阪や京都は、「地方」ではない!

それはともかく、事前に番組ガイドを見ていたら、「武満徹の『オーケストラのためのハウ・スロー・ザ・ウィンド』他」と書いてあった。武満作品は未だに積極的に聴きたいとは思わないし、聴くのには少し構えないといけないので、見ないでおくか、見るとしても録画で後から見るか・・・と考えていたのだが、他に見たい番組もなかったので録画開始後、ほぼ同時に見た。

見て良かった。

札幌交響楽団(以下、札響)を採り上げたのだが、曲はチャイコフスキーの「悲愴」全曲と、アンコールとしてエルガーの変奏曲「謎」から第9変奏。
指揮は音楽監督の尾高忠明。そうか、尾高忠明が音楽監督だったんだ。
場所は、札幌コンサートホールKitara大ホール。2011年6月4日の公演で、ヨーロッパ演奏旅行の凱旋コンサート、という触れ込み。

チャイコフスキーの「悲愴」は、クラシック音楽を本格的に聴きだした頃、随分聴いたものだが、やがて、第4楽章の余りにも陰々滅々とした雰囲気に耐えられなくなり、最近では殆ど聴いていない。
だから久しぶりに聴いたのだが、名演だったと言えるだろう。

札響の音、尾高忠明は音楽監督に就任するより前から、40年にわたってこのオケと接してきたそうだが、「きれいな音のするオーケストラで、新しいKitaraホールができてから、一層磨きがかかり、巧くなった」と言っていた。まあ確かにそうなのだろうが、私には弦の音が少しばかり薄く、粗く聞えた。

さて、この曲の後にアンコールを演奏するのは、余り例がないのではないか。「悲愴」のような、暗く静かに終る曲のあと、どんな曲を続けてもブチ壊しになるのではないか。
そう思ったが、エルガーの「謎」の第9変奏は、暗く静かな曲調から次第に明るさと広さを増して上に登って行くような曲なので、却って「悲愴」の毒気を緩和してくれる点では良かったかも知れず、また、それが狙いだったかも知れない。
エルガーを得意とする尾高だ。彼の指揮で全曲聴いてみたいものだ。

「悲愴」は遠ざかってはいるが、名曲であることに異論を挟むものではない。今回の放送をボーッと聴き、見ていたが、この曲でチャイコフスキーのオーケストレーションが最高の域に達したことが改めて良く分かったし、メロディー作りの巧さも際だっていることを感じた。第1楽章の第2主題など、一度聴いたら忘れられないはずだ。
第3楽章の騒々しさは徹底していて、第3楽章の賑やかな終り方は、そこで曲が終っても不思議ではないような終り方。ここは、聴き始めの人であれば拍手を入れたい処でもある。現にこの演奏、会場から少しだけ拍手が鳴った。まあ、これは仕方のないことではある。

この「悲愴」だが、陰々滅々とした感じを余り濃く出さない演奏というものもあり得るので、あるとき小澤征爾の演奏に出会ってからは、正統派中の正統派と言えるムラヴィンスキーと何れかを選んで聴く。
今回の尾高忠明の演奏も、陰々滅々とした感じの、比較的薄いものだった。だから素直に「名演」と上に述べたのかも知れない。小澤はサイトウキネンとの演奏よりも、もっと若い頃の、ボストン交響楽団との演奏の方を薦める。

さて、変奏曲「謎」だが、何度か聴くうちに好きになった曲であり、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」とともに、「変奏曲」という形式こそが、西洋音楽における肝(きも)ではないかと考えるようになったキツカケとなった曲である。

永らくショルティで聴いていたが、プレヴィンも面白い。何れも行進曲「威風堂々」1番~5番との組み合わせ。「威風堂々」は1番だけが突出して有名で、1番しか知らない人も多いだろうが、これを気に5曲とも聴いてみられることをお奨めする。

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