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2011年7月24日 (日)

N響アワー 2011年7月17日 パパ・ハイドンの栄光 続き

(前稿からの続き)

さて、私なりに今回の番組に「注文」を付けると、次の2点となる。

まず、「ハイドンの主題による変奏曲」で、前稿に書いた通り、最終変奏曲が、変奏曲の中にさらにパッサカリア形式を入れ込んだ構造となっていることである。それによって、曲そのものの価値が大きく上がっているのだから。
さらに、「ハイドンの主題」の原曲を、サワリだけでも聴かせて欲しかった。

もう1点は、ハイドン自身の曲として交響曲第104番をせっかく採り上げたのに・・・という点。104番の、しかも第1楽章を採り上げた、というのはそれなりに意志があってのことだろうと思ったのだが・・・。
ハイドンの影響は、実はショスタコーヴィチにも及んでいる。「題名のない音楽館」内の「ショスタコーヴィチ論」の「交響曲第15番」にも書いた通り、ショスタコーヴィチのあの曲の終結部は、ハイドンの104番の冒頭部を引用しているのた。そうとしか聞こえない。
しかも、N響アワーでも、つい1ヵ月前に、ショスタコーヴィチの交響曲第15番の終楽章を採り上げたばかりなのだ(2011年6月19日放送分)。

さて、ハイドンの偉大さは、何と言ってもモーツァルトと尊敬し合う関係だったということと、ベートーヴェンを見いだして弟子にしたということだけで十分に示されると私は考えている。
そして、ハイドンの手法がベートーヴェンに大きな影響を与えたというのを確かめるには、ハイドンの最後の方の交響曲と、ベートーヴェンの初期の交響曲とを聴き比べるとよく分かる。ここでは双方ともクレンペラーの演奏を紹介しておく。

また、ハイドンの104番冒頭がショスタコーヴィチの15番の終結部と同じだということは、ムラヴィンスキーの演奏によるショスタコーヴィチの15番の演奏で。また、イオン・マリンの愚演に接したので耳慣らしを私はしたい思いになった。私の愛聴盤はバーンスタインによる演奏である。

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