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2011年6月23日 (木)

ハーディング指揮 マーラー室内管弦楽団 ブラームス

2011年6月12日(日)。於ザ・シンフォニーホール。ブラームスの2番と4番。

コンサート会場に足を運んだのは、およそ2年ぶりのことだ。2009年は毎月のように何らかの演奏会に行ったものだが、2010年は、これといった演奏会を見つけることができず、また出かけるのが億劫にもなっていて、遠のいていた。

このコンサート、娘が「早めの『父の日のプレゼント』としてくれたもの。私の好みを完全に知っているわけでもないので、どちらかと言うと私が敬遠しているブラームスの演奏会のチケットをくれたのである。
100%喜んでやれなかったもう一つの理由は、ハーディングが、私の嫌う「ノン・ビブラート奏法」の人だからだ。

それでも折角くれたのだし、2年も遠のいていたコンサート会場に行くのもいいと思ったし、何よりも、ブラームスとは言っても、比較的好きな2番と、最高傑作と考えている4番をナマで聴いてみたい、という思いもあった。

行って良かった。実に良かった。

実は標題に「マーラー室内管弦楽団」と書いたが、正しくは「マーラー・チェンバー・オーケストラ」とすべきなのだ。過去からの慣習もあり、また他に適切な訳語もないからだろうが、「チェンバー・オーケストラ」を「室内管弦楽団」と訳すことになっているので仕方ないのだが、60名~70名という陣容から見て、決して「室内の」楽団ではない。
ハーディングによると、「室内楽的な響きを大切にしたオーケストラ」というほどの意味だそうた。

さて、2番から始まったのだが、冒頭、低弦が主題を奏で始めたとたん、「何といい曲なのか、これがドイツ音楽の真髄だ・・・」と唸らされ、続いて「1番を出して高い評価を勝ち取って、ようやくベートーヴェンの頸木(くびき)から脱することができたんだねぇ」と思い、さらに続いて「何でブラームスは、この曲のような明るい曲を書き続けなかったのか」と思った。

ところが、団員の入場と音合せを見ていて、弦がビブラートをかけない・・・ことはなかった。あれ? ! 練習のときだけビブラート?
そればかりか、曲が始まっても、キッチリとビブラートをかけているではないか。

そう言えば、何時のことだったか、N響に振りにきたとき、練習風景で、彼が最初に「ビブラートはどうしますか?」と聞いていたシーンがあった。そのときはコンサートマスターが即座に「かけないで演奏しましょう。問題ないです」と答えたのでノン・ビブラートで演奏したのだ。
で、何の曲だったか忘れたが、私は、ノン・ビブラートは嫌いだが、それなりに良い演奏だ。結構スゴイ指揮者なのかも知れない、と思ったものだ。

とすると、マーラー・チェンバー・オーケストラは、ノン・ビブラート奏法を拒絶しているのか。それとも、ノン・ビブラート奏法は音程を厳密に合わせないと響きが汚くなるので、技術的に自信がなかったのか・・・。

しかし、こんなことを考えながらも曲が進んでゆくうち、そんなことはどうでも良くなってしまった。ああ、この曲、ブラームスの中だけではなく、かなり好きなんだなあ・・・。もともとは、ブラームスの交響曲の中で一番最初に聴いた曲であり、即座に好きになった曲でもあった。
モントゥー指揮ロンドン交響楽団が来日したときの放送で、同じ組み合わせのレコードも比較的すぐに入手した。

とくに、第4楽章の、喜びが爆発するような感じは、ブラームスはブラームスなりに(ベートーヴェンとは違う書法で)喜びの表現を見いだしたような処があり、それでいて少しは自制もある(ベートーヴェンの曲における「喜び」の表現は、悪く言うとキチガイじみた処がある)。
なぜ折角こんな表現手段を見つけたのに、そのあと、二度とこんな曲を書かなかったのだろう。

・・・という思いに捉えられながら、4番の演奏に入った。これはこれで傑作だし、最高傑作だと認める。しかし、曲の雰囲気は・・・、あれ? !
第1楽章からして、全然重苦しさがない。ひょっとして、重苦しい曲だと思っていたのは、過去の演奏でそうしたものが多かったためか? これがこの曲の本当の姿に近いのか? ちなみに、私のよく聴いていたのはワルター盤だ。

そして、第4楽章。これは誰がみても最高傑作の曲の中でも最高の楽章である。演奏も良かった。

ひょっとすると、ハーディングという指揮者は、ルイージと並んで、ドイツ音楽の伝統を大切にした本格的な指揮者なのかも知れない。まあ、そんなことは私が言うまでもないことで、ラトルやアバドに認められ、21歳でベルリン・フィル、29歳でウィーン・フィルを振り、28歳でこのマーラー・チェンバーオーケストラの音楽監督、32歳でロンドン交響楽団の首席客演指揮者とスウェーデン放送交響楽団の音楽監督・・・という華々しい経歴を重ねてゆくことなど、余程の才能に恵まれていないと不可能だ。

聴衆の多くにとってもそんなことは先刻承知なのか、とくに2番の終った直後の拍手とブラボーの声は凄かった。

アンコールは3番の第3楽章。大嫌いな曲・・・いやだなー。
しかし、これも「あれ?」だった。悪く言うと軽いのだが、良く言うと重苦しさがなくスッキリした演奏。この曲も、本当の響きはこうなのか?

「!」や「?」は余り多用すべきものではないのだが、それほど、私にとっては発見と驚きのあった演奏会だった。
団員が、アンコール曲を終って引き上げ始めるとき、夫婦か恋人どうしらしきカップルが何組も抱き合ってキスするというシーンがあり驚いた。

また、団員が去った後、もう一度指揮者がステージに現れ挨拶する、というシーン、そのときの聴衆のスタンディングオーベーションというのも初めて見聞した。
人気あるんだなあ。

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