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2011年6月27日 (月)

題名のない音楽会 2011年5月29日 琴の名曲がキリシタン音楽??

休載していたので1ヵ月も前のこととなるのだが、上記の日に放送された内容がひどかったので、どうしても書いておきたい。

テーマは「琴の名曲はキリシタン音楽だった?」ということで、皆川達夫が登場しその説を展開するもの。

主として「六段」に関するもので、まず通常の箏曲は歌を伴うのに「六段」には歌がついていないこと、日本の曲には余りない形式の「変奏曲」の形を採っていること、八橋検校の作と伝わっているが実は作曲者不詳であることなどが示された。
また、「千々の悲しみ」という曲はマタイ受難曲の影響を受けているように聞こえることも。

そして、グレオリオ聖歌の「クレド第1番」と「六段」が似ているとも主張し、最後にこの「クレド」と「六段」を一緒に演奏するというものだった。

しかし、グレゴリオ聖歌の「クレド」、ここで初めて聴いたが、どこが「六段」に似ているというのか。私には全く分からなかった。どんな耳をしているのか。どんな耳なら似ていると感じるのか。
そして、似ていないと思う2曲を一緒に鳴らしたとき、それはもう耐えられないものとなった。
これほど合わないコラボはない。何でも合せたらいい、というものではないし、もともと私はグレゴリオ聖歌というものが気持悪い響きのものだと思っているので、気持悪さが余りにも強く、「コラボ」となどというものではないと思った。

率直に言って、愚にもつかない企画だ。
別のことで業績を十分に上げている学者先生の主張することには誰も反対できない、という構図ではないのか。

「お口汚し」ならぬ、正真正銘の「耳汚し」に遭ってしまったので、本来の「六段」を聴きたくなってしまった。
私は未だに宮城道雄の演奏したもの以上のものは知らないので、もっぱらこれである。

しかし、この「六段」に限らず琴の音楽を聴くと、何か「お正月」の雰囲気を感じてしまう。いつ頃誰が「お正月は琴の曲をかける」と決めたのだろうか。毎年、正月のテレビで琴の曲が流されるので、琴=正月 というイメージが固まってしまった。

ちょうど「第9=年末」というのが定着してしまったのと似ているようにも思う。年中行事と或る音楽の特定の結びつきは、曲の価値を高めることにはならないと考えるのだが・・・。ある意味、困ったことである。

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