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2011年5月 7日 (土)

N響アワー 2011年4月17日 メータの「第9」

今回のN響アワーは、東北関東大震災を受けて、メータの要望により急遽開催されることとなったと言う、チャリティコンサートの模様が放送された。会場もNHKホールやサントリーホールではなく、東京文化会館である。2011年4月10日の公演だから、1週間も開かずに放送されたわけだ。

素晴しい演奏会だった。

最初、番組表でプログラムを確認したとき、「こんなときに『第9』というのもなあ・・・」と、かなり違和感があったし、余り聴く気にならなかったのが正直な処だ。
この曲は、日本では「年末の好例行事」となり、そのため、祝祭的な面が強調されて感じられるようになってしまっている。私もそんな気になっていた。

処が、第1楽章の「空虚5度」の下降による主題が鳴り始めたとき、思い出したのである。この曲は本来、厳しい曲だったのだ。
ちなみに、空虚5度とは、真ん中の3度の音を欠く5度のことで、真ん中の3度を欠くため、長調か短調か判別し難いのを特徴とする。

この第1楽章の構成は、改めて言うまでもないが、実に見事なものである。この楽章だけ残ったとしても、ベートーヴェンの代表作として後世に伝えられていただろう。

今回の放送では、例によって時間の関係で、第2楽章、第3楽章が省略され、第1楽章に続いて第4楽章となった。
この曲の第4楽章については、それまでの3つの楽章とコンセプトが違うとして、問題視する人も多い。私もその意見に与(くみ)するのだが、今回は割と素直に聴けた。

始めの方で、「歓びの歌」のメロディーが、低音の弦から始まり、次第に楽器の数と音域を拡げながら盛り上がってゆく辺りは、こんなときだからだろうが、涙ぐまざるを得なかった。後半、二重フーガ(主題が2つあるフーガ)の部分以降も圧巻。

当日の聴衆は、スタンディングオーベーションだった由である。

これは歴史に残る演奏会となった。
そして、日本における「第9」の聴き方も、少しは変るのではないか。事実、聴衆の1人も、「これから年末に第9を聴いても、震災のことを思い出すかも知れない」と言っていた。
今回の演奏会に限らず、また、日本だけに限らず、「あのときに演奏された曲」として、曲の意味づけというか、曲の背負ってきたものが深くなり、曲の付加価値みたいなものも大きくなってゆくのだろう。

その意味では、第9の前に演奏された、バッハのアリアもそうだ。

尚、2011年4月19日の記事で、プレヴィンによるアメリカ公演の曲目で、この曲を「G線上のアリア」と表示していたのを厳しく批判させてもらったが、今回はちゃんと「バッハ 組曲第3番から アリア」と表示された。
その記事にも書いたのだが、なぜこの曲をこうした場面で使うようになったか、理解し難い。
理解し難いのだが、メータがこの曲を使う意味について語っていたのを聞いて、少しは分かるようにも思った。

曰く、モーツァルトにもエルガーにも同じような気持にさせる曲はあるが、バッハのこの曲は、それらの中でも特別なものだそうだ。そして、彼がウィーンフィルの演奏会を振っていたとき、震災の報に接して、急遽この曲を追加演奏した由である。

ということは、色々な演奏家に共通して、バッハに対する畏敬の念が一際大きいということなのか。そして曲の雰囲気が、ひたすら悲嘆に沈んでしまうことなく、やや客観的に、しかし深く祈るようなものを備えているためかも知れない。
この「アリア」が終ったあと、短いマだけ取って、すぐ「第9」を始めた。曲間に拍手はなかった。
これも、「アリア」をこういう場面で演奏するときの習わしとなってきたのだろうか。

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