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2011年5月 1日 (日)

N響 第1695回定期 チョン・ミュンフンのマーラー3番

BSプレミアムで2011年4月17日(日)放送。

N響アワーでマーラー交響曲シリーズをやっていて、最後の曲として紹介されるはずだった「3番」が、震災の影響で延期されてしまった。いつもは、N響アワーで紹介された曲は、後でBSで全曲が放送されるという順序なのだが、今回だけは変則的にBSでの放送が先行する形となった。

2011年2月11日、NHKホールでの公演である。

N響アワーで、3番を採り上げるなら、まずはこの演奏で間違いないだろうと予測していて、見事に的中したのだが、チュン・ミュン・フンの指揮の演奏会が最近あったことは知っていたので、「この演奏で間違いないだろう」というのは、単なる予測だけでなく、大いに期待もしていたのである。

聴いた結論として、まずは十分に期待通りの演奏だったと言える。
チョン・ミュン・フンの演奏は、奇をてらったものではなく正統的かつ分かりやすいものが多く、このマーラー3番も、まさにその通りの演奏だった。

私がマーラーの中でこの曲の価値が分かるようになったのは、ブルックナーなども含めてアダージオ楽章の魅力が分かるようになった後であり、それが分かるようになったら、アダージオ楽章で終るこの曲の価値も魅力も分かるようになったのである。
このアダージオ楽章だけでも、後世に残るだけの価値を持っているとさえ言える。この辺りのことは、「題名のない音楽館」の「マーラーの交響曲について」の「3番」の稿に書いた通りである。
そして、現在は、マーラーの中で私が最も好きな曲であるかも知れない。

しかし、歳をとったなあと痛感したのは、この曲、1回で全曲を通して聴くことができなかった。マーラーの曲には神経的に疲れる曲がある中で、この「3番」は余りそうした要素がないと考えているのだが、体力的に疲れてしまい、第1楽章が終った処でタバコ休憩を挟まざるを得なかったのだ。

以前東京に住んでいた頃があり、その当時・・・現在もそうかと推察するが・・・当日の朝、新聞でその日の夜に聴きたい演奏会があるのを知り、仕事が早く片付いたときは、仕事が終ってから会場に走り、当日券を求めて入場することができた。この日の演奏は休日に行われたわけだから、やはりその日に決めてからでも行けたかも知れない。
もし前売り段階で売り切れとなったとしても、予約する時間はあっただろう。
何れにせよ、東京に住んでいたら絶対行きたかった演奏会である。

しかし、この演奏会、途中休憩はなかったようで、そうなると、録画で途中休憩を挟みながら聴くといった我がママはできないわけだ。

さて、この曲、震災に関連してN響アワーでの放送を延期したと言うのがどうにも解せない旨、2011年4月9日付の記事に書いたが、全曲を聴き直して、改めてそのことを再確認できた。
或いは、曲の内容ではなく、西村-岩槻コンビが、はしゃいだ雰囲気で解説していたので、それを自粛の根拠としたのか?

そして、チョン・ミュン・フンの演奏は中々良かったが、ホームページの上記の記事で紹介した、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの演奏を超えるものではなかったのも事実である。

何しろ、風格の違いと言うのがふさわしいかどうか分からないが、最初の一音が鳴り出した瞬間に全身が痺れたような感覚を覚えるのだ。
中でも、終楽章であるアダージオ楽章は、マーラーが日本語に訳すと「ゆっくりと、安らぎに満ちて、感動をもって」と指示しているのだが、まさにその指示通りに音楽が鳴るとこうなる、と思わざるを得ない音が鳴り響くのである。

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