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2011年5月

2011年5月31日 (火)

題名のない音楽会 2011年 幸せになれる曲

2011年4月29日、イギリスのウイリアム王子とケイト・ミドルトンさんが結婚した。
リアルタイムで放送されたのを私も見て、日本の皇室のそれとの違いや、英国国教会という、キリスト教の中でも少し毛色の変った宗派によるセレモニーの模様など、興味深く見ることができた。何よりも、ケイトさんの可愛くキレイなとこに息を呑むばかりだった。
日本の皇室との大きな違いとして最も驚いたのは、市民階級から嫁いだ場合、その家族が貴族となることである。この辺り、制度も歴史も大きく異なる日本にそのまま当てはめるのは難しいが、せめて、削りに削ってきた「宮家」という存在を、どこかで復活させておくべきではないかと、少し横道に入ったことを考えたりした。

で、この日の番組は、このロイヤルウェディングにあやかって、「幸せになれる曲」「結婚式にオススメの曲」ということで、5曲が取上げられた。
メンデルスゾーンの「結婚行進曲」、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」(オルガン編曲版)、ヘンデルの「オンブラマイフ」、エンヤの「オリノコフロウ」、グリークの「組曲 ホルベアの時代」から、である。

「結婚行進曲」。これは定番中の定番であるだけでなく、単独で聴いても、しつでも幸せな気分になれる。名曲中の名曲だ。
何よりも、16歳のときに書いた「序曲」に、33歳になってから12曲を追加し、シェークスピアの「(真)夏の夜の夢」という劇の付随音楽として仕上げたのが、全く自然に繋げて聴けることである(出版された年の関係からか、作品番号は序曲とは別になっている)。

コンセプトが全く同じなのである。作曲技法も、16歳にして完成の域に達していることである。
モーツァルトの場合も若い頃から本格的な作品を書いてはいるが、若い時の作品は、やはり若書きのそれでしかない。それに比べてもメンデルスゾーンの才能はスゴイとしか言いようがない。「モーツァルトも天才だが、本当の天才はメンデルスゾーン」と考えるべきだと思う。
この曲の私のイチ押しはクレンペラー盤。

2点ばかり、番組の選曲に異論がある。

まず、「主よ・・・」である。これ、幸せになれる曲だろうか?

この曲の原曲は、カンタータ147番(BWV.147)の 「Herz und Mund und Tat und Leben」、邦題では「心と口と行いと命と」などと訳される曲の中のコラール(合唱)である。内容は、ごく大雑把に言って、イエス・キリストの、自らを犠牲にして我々を救済してくれたことへの感謝と賛美、そうしたキリストを得ることができたことの喜びと言ったことである。
キリスト教的な神への感謝と、キリスト教的な信仰に基づく喜びなのであり、我々キリスト教徒でない多くの日本人とは異なる喜びと言ってよい。一般的な幸せとはかなり異なる。

どうせなら、同じバッハでも、上記のようなカンタータ・・・教会カンタータと称する・・・ではなく、「世俗カンタータ」と呼ばれる分野に「結婚カンタータ」という曲がある(BWV.202、210他)。
実は私も聴いたことがないのだが、少しマニアチックに走ってもいいではないか。

もう一点。これは異論というより追加要望というのが近いのだが、リストの「愛の夢」を忘れてはいませんか? 
よく演奏される「愛の夢 第3番」は、リスト自身の作曲した歌曲から編曲したものであるが、その歌曲の題は「おお、愛しうる限り愛せ」である。
参照した辞典の掲載されていた邦題は上記の通りだが、原題は「O lieb,so lang du lieben kannst」となっているから、私なら「おお、愛せ、汝の命が尽きるまで愛せ」としたい処だ。

実は、「愛の夢 第3番」は私の結婚式のとき、私がリクエストした曲でもあるのだが、司会をしてくれた上司の方が、モトの歌曲の題をアドリブで追加してくれたのが記憶に残っているのである。
本稿を書くにあたり、改めて調べてみたら上記の通りであった。

曖昧な、どうとでも取れる題名のついた曲より、この方が、原題から見ても遙かにふさわしいではないか。
この曲、私はボレット盤に行き着いているが、我らが辻井伸行の演奏も悪くはない。併せて挙げておく。

   

2011年5月30日 (月)

ホームページを更新しました

昨日(2011年5月29日)、本館ホームページを更新しましたのでお知らせします。詳細は http://homepage3.nifty.com/tkoikawa/ へお越しください。

2011年5月29日 (日)

題名のない音楽会 2011年5月8日 高嶋ちさ子 何をしたいのか

「楽しくなければ音楽じゃない」というテーマで、彼女のデビュー15周年記念企画として構成された。

彼女の率いる「12人のヴァイオリニスト」や、コンビを組むことが多い加羽沢美濃、そして恩師の徳永二男が登場し、デビュー以来の足跡を辿りながら4曲が演奏された。

率直に言って、彼女は、トークはそれなりに面白いと思うが・・・それも佐渡裕によって活かされているのだと思うが・・・演奏それ自体、何がやりたいのか、いつも分からないでいる。「12人のヴァイオリニスト」も、一緒に演奏して何が良いのか。

そもそも、「楽しくなければ」というテーマにも拘わらず、本当に楽しく聴けたのは1曲目の「フィドル・ファドル」だけであった。これは、曲そのものが良くできているためである。私などはアーサー・フィードラー指揮のボストン・ポップスによるレコードで親しんだ口であり、ルロイ・アンダーソンという作曲家が、ガーシュウィンなどとはまた異なった、典型的な「良きアメリカ」の時代を象徴するものとして、別格の存在でもある。

CDでも買い直して今でも時々聴くが、楽しさと共に、もの凄く懐かしい思いに囚われるのだ。

あとの曲と演奏は、一々触れないが、一点だけ。

恩師である徳永二男との共演、これは苦しいものがあった。
別の稿でも触れたことがあるが、現役時代にはそれなりに演奏していたプレーヤーが、教師という立場になったりして公の演奏会などの場から遠のくと、途端に技量が落ちてしまう傾向があるように思う。

高嶋さち子が何をしたいのか分からない演奏だと述べたが、それに比べてもハッキリ落ちるものだった。N響のコンマスをやっていたときには、それなりに良い音楽をやっていたように思わないでもないが・・・。いや、元々そんなに高いレベルではなかったのが、当時は現在よりも全体的な水準が高くなかったから目立たなかっただけなのか?

チェロの堤剛がN響と共演したとき、同様のことを感じたものだ(2011年1月21日公開の記事)。

そもそも、高嶋ちさ子が徳永二男に師事していたことは知らなかった。確か彼女の著書だったと記憶するが、江藤俊哉に師事していたことがある、と書かれていて、ひどいイジメに遭ったようなことさえも明かしている。
もう2008年1月に他界しているので招きようもなかっただろうが、存命であっても呼んだかどうか。

そんなエピソードを知っている目から見ると、徳永二男は高嶋にとって良い先生だったように見受けた。共演しているときの雰囲気から、そう伝わってきた。
教師として優れていても、演奏家としてどこまでのレベルか、というのは中々難しいものがあるようだ。

2011年5月28日 (土)

題名のない音楽会 2011年5月1日 大震災復興支援(2)

復興支援企画の1回目は4月24日に放送され、このブログの4月29日公開分で取上げた。
その翌週にあたる5月1日、復興支援企画の2回目が放送された。
1回目の終わりに予告されていた内容から見て、ポップス系に振った内容かと思い余り期待しないで見始めたら、曲こそポップス系と言ってよいが、演奏に1回目のクラシック畑の人たちが加わった、豪華なものとなっていて感心した。

「服部良一メドレー」というのがあり、孫の服部隆之が編曲したものが演奏されたが、そこに村治佳織が加わったり、平原綾香が加わったり、という演奏は、中々実現できるものではないだろう。

そして、「キャンディード」から「make our garden grow」が演奏されたのだが、森麻季がソプラノパートで参加したのも嬉しかった。
この歌、復興を願うという主旨にピッタリな内容だというのを知ったし、何よりも、変に和訳で歌わなかったのも良かった。
こうしてみると、前回「フィンランディア」を日本語訳で歌ったのは何だったのだろう。

何れにせよ、震災復興支援とは言いながら、豪華メンバーで1回分の時間も若干延長し・・・つまり、CMを少し削って・・・2週連続した企画の実現を承諾した出光興産という会社に、改めて敬意を表したい。

2011年5月25日 (水)

N響アワー 2011年5月22日 リスト生誕200年

今年はリストの生誕200年にあたるそうで、その特集。

曲は、ピアノ協奏曲第1番、交響詩「レ・プレリュード」(以下、邦題の「前奏曲」と記す)、そして「ファウスト交響曲」から「神秘の合唱」。

ピアノ協奏曲は、ピアノが横山幸雄、指揮が準・メルクル。公演が2005年4月9日。
「前奏曲」は、サヴァリッシュの指揮。1955年11月22日の公演。
「ファウスト」は、山路芳久のテノールと早稲田大学グリークラブ、指揮がクロプチャールで、1987年12月16日の公演。
会場は何れもNHKホール。

ゲストに、リスト研究が専門という、玉川大学教授の野本由紀夫が呼ばれた。この人、「名曲探偵アマデウス」の楽曲分析の処によく出ていたが、リストの研究が専門だとは知らなかった。
何でも、「前奏曲」の初期稿なるものを発見したそうだ。

「前奏曲」は、リストが、ラマルティーヌという詩人による詩の中に「人生は死への前奏曲である」とあったのに触発され、総譜にもそのプログラムを書いた。
しかし、これは「後付け」であり、元々別の詩人による男性合唱曲であった「四大元素」という曲の一部を流用し、それから「前奏曲」の初期稿ができて、さらに現在の形の「前奏曲」となった。そのときに、当てはめることができそうな詩として、ラマルティーヌを持ち出してきた。ここまでは割と知られていることである。
処が、その「前奏曲」が現在の形になる前に、初期稿に相当するものがあったと予想されたのだが、発見されないでいたそうだ。
それを発見したのが野本教授で、リスト研究家の中で、世界的に高い評価を獲得したと言う。

これはスゴイ。進化論における「ミッシングリング」となる生物を発見したようなものだ。

さて、演奏だが、ピアノ協奏曲は、まあまあという処。
しかし、「前奏曲」はどうにもならない。オケが下手なのか、指揮者のせいか。多分両方だろう。

そもそもサヴァリッシュは、若い頃はやたら振り回す棒で、ともすれば空回りになることさえあった。しかし歳をとってからは、逆にやたら冷静で全く燃えない演奏となってしまった。
公演の1995年は、デュトアが常任になる1996年の前の年だ。

デュトアが常任になってから、N響のレベルは格段の進歩を遂げた。それを裏付ける事例ともなろう。

私はこの曲、もっともっとデモーニッシュかつ熱い演奏を望む。ラマルティーヌの詩が後付けだと分かっていても、やはりその詩の強いメッセージ性に惹かれるわけで、そう考えられてきた演奏史というものがある。いや、演奏史などと言う必要もなく、曲自体に、強く心を動かす力がある。
私は、そうした、心を動かされる演奏として、バーンスタインかフルトヴェングラーで聴く。

そして「ファウスト」。
この曲はどうしても馴染めないし、そもそも「ファウスト」の世界自体、理解も共感もできない。
しかし、この、理解も共感もできない世界に、無理矢理だが、音楽の力によって連れて行かれ、圧倒的な感動を覚えさせる曲がある。

そう、マーラーの8番の第2部である。
マーラーの8番の後で「ファウスト交響曲」を知ったので、余計に「ファウスト」がかったるくて仕方がない。

「神秘の合唱」の部分では、優しい力による心の救済といったことを感じさせてくれる方が良い。そこで女性合唱の力が効果的に使われるのがマーラーの8番だ。「ファウスト交響曲はその女性合唱を欠いているだけでも、不満が大きい。

さて、リスト生誕200年だとして組まれた特集は、この1回だけのようだ。今後の予定も示されなかったし。

野本教授はリスト研究家らしく、もっともっとリストを聴けと言っていたが、私は、リストは何と言ってもピアノ曲の何曲かを聴くだけで十分で、それ以上でもそれ以下でもない作曲家だと思っている。
ピアノについては、新しい技巧の開発によってピアノという楽器の可能性を深く広くした。これだけでも大きい。
そしてチェルニーの弟子だったことは割と知られているが、実際にチェルニーの弟子だった期間はごく短い間だけで、あとは完全な独学で技巧を身につけていったのだと、番組内で紹介していた。それはまたスゴイことだ。

ピアノ曲に比べて、他の分野でそれほど今後とも残る曲があるのかどうか疑問である。
何と言っても、彼が創始し完成させた「交響詩」である。
そのジャンルが存在することによって、交響曲という分野で中々作曲できなかった・・・主としてベートーヴェンのせいで。また、ベートーヴェンを意識しすぎて少ない作品しか作れなかったブラームスのせいで・・・多くの作曲家に、別の手法で作曲できる管弦楽曲がある、と大いに助けになっただろう。
しかし、彼自身の交響詩は、13曲も書いたにも拘わらず、現在、第3番に相当する「前奏曲」以外の曲で、どれだけの曲が演奏されたり録音されたりしているだろうか。

ロマン派を通じ、またロマン派から現代音楽への架け橋として、大きな存在だったことは疑いないし、優れた教育者でもあったこともあり、残したものは大きい。
しかし、作曲家として、どれだけ後世に残る作品を残せたか、という点では、余り多くはないというのが正解ではなかろうか。

2011年5月23日 (月)

名曲探偵アマデウス 2011年5月21日 ドビュッシー 前奏曲集

つぶれかけたフランス料理店のオーナーシェフが、フランスで修行していた頃の師匠にアドバイスを求めたら、意味がよく分からない添え書きのついたメニュー案を送ってきた。探偵がどうやらこれはドビュッシーの「前奏曲第1巻」の曲が手掛かりになっていると考え、その分析を行うという設定。

前奏曲集第1巻は、ショパンの前奏曲集と同様に24曲から成るが、ドビュッシーのは全ての曲に標題がついている。
その中で今回取上げたのは、第2曲「帆」、第8曲「亜麻色の髪の乙女」、第4曲「音とかおりは夕暮れの大気に漂う」、そして第10曲「沈める寺」である。

「帆」では、ドビュッシーが考案した「全音音階」(半音をふくまない音階)が使われている。この音階を使うと調性がハッキリしないことから、帆が風にたなびく浮遊感を出していること、そして全音音階で鳴らすと、色々な曲がドビュッシー風に聞こえることなどが説明された。
「ちょうちょ」や「ロンドン橋」でそれを実演して見せたのは、HIROSHI。
また、全音音階は果てしない感じも出せることから、宇宙空間をイメージさせるべく、「鉄腕アトム」のイントロ部にも使われている由。

「亜麻色の髪の乙女」は最もよく親しまれている曲。変ト長調と♭が多く、譜面づらは難しそうに見えるが、「5音音階」(いわゆる「ヨナ抜き」)で作曲されている。それはスコットランド民謡や日本の民謡や歌謡曲でよく使われている音階でもあり、日本人にとっても耳馴染みやすいことが説明された。そしてHIROSHIが「亜麻色の髪の乙女」を途中から「函館の女」に変えてゆくパフォーマンスを見せた。

ドビュッシーがヨナ抜き音階を採り入れたのは、パリ万博の折、ドビュッシーがジャワ島のガムラン音楽に接し、西洋音楽にない響きに衝撃を受けた影響とのこと。

「音とかおりは夕暮れの大気に漂う」は、イ長調にシ♭を加えた響きと、属七で半音ずつ繋げてゆく音型によって、夕暮れの景色のグラデーションを表している由。

そして「沈める寺」は、最初3度抜きの和音(ベートーヴェンの「第9」の冒頭に使われている)により、霧に被われた風景と、その中にある水中から寺院が浮かび上がってくる様子を表し、ハッキリ見えるようになった処では3度の加わった完全な和音がそれを支え、最後の部分ではペダルを多用した濁った響きにより、再び沈んでゆく寺を表している。

こういった解説・分析の後、演奏例としては「沈める寺」。ピアノは、日本人として初めてドビュッシーの全てのピアノ曲を録音したという中井正子。そして、事件解決後のエピソード付き。

曲ごとの解説はそれなりに参考になったし、演奏もまあ良かった方だろう。

この曲集、私は未だに中々全曲通して聴く気にならないのだが、「沈める寺」は大好きだ。何も解説がなくても、水の中から何か建物が浮かび上がってきて再び沈んでゆく様子が見えるように書かれている。
今回、ドビッシーの、和音の使い方の妙技を知ったので、深く楽しめるようになるというものだ。

そもそも、ドビュッシーのピアノ曲を少しは聴くようになったキッカケは、冨田勲が初期のシンセサイザーを駆使して録音した、伝説と言ってよいアルパムを聴いてからだ。シンセによってまず曲の面白さが分かり、そしてピアノの原曲で聴いて音の響きの素晴らしさと、調性の破壊によって現代音楽につながる足跡を改めて知るようになったのである。

この曲集、何人かの演奏で聴いてきたが、何と言ってもミケランジェリ盤は外せない・・・ちょっとクセがあるが。
冨田勲のシンセ盤にも「沈める寺」が含まれている。

最後に、どうしても気になるので是非とも書いておきたいことがある。

「沈める寺」とか「沈んだ寺」とか称されているが、これは誤訳である。上記の文では「沈める寺」で通したが、逐一注書きするのが面倒なので、通称されている名前を踏襲しただけのこと。

題名の「寺」に相当する単語は、英語で cathedral で、フランス語による原題も、ほぼ英語と同じ。
これは普通、キリスト教の大聖堂を現すものである。キリスト教の教会を「寺」とは言わない。仏教の「寺」は、tempie だ。
このことは、念のため手元にある英和辞典で確かめた。

聴き始めた頃、この日本語の題名に、違和感を覚えた記憶がある。「寺」だと、どうしても仏教の寺だから。
まあドビュッシーが日本の「寺」をイメージして書いたとは考えにくいので、西洋の教会なのだろうと思い直し、その後 英訳題に cathedral が含まれていることを知って納得したわけである。

クラシック音楽界の専門家たちは、なぜこうしたことに無頓着なのか不思議でならない。かなりハッキリした間違いだし、誰かが直したらよさそうなものなのに。「大聖堂」では邦訳としてなじまないとでも思っているのだろうか。であれば、せめて「聖堂」またはいっそのこと「教会」とでもすれば良いわけだ。

2011年5月21日 (土)

名曲探偵アマデウス 2011年5月7日 死と乙女

事件ファイル番号は「5」。

初回放送は2008年5月2日となっている。
この頃、私はまだ現役だったので、リアルタイムで見ることはできなかったわけだし、とくに番宣などをしていた記憶もないので、録画してまで見ることにはならなかっただろう。
事件ファイル番号からして、ごく初期の頃のものということになるが、初期にしては、渋い題材をやっていたものだ。

何しろ弦楽四重奏曲である。このジャンルをメインに聴くという人、どれくらいいるのだろうか。
私の場合、クラシック音楽を聴くようになって長いが、未だに親しいジャンルとなりきれてはいない。

まあそれでも、シューベルトが作曲したこの曲が、歌曲「死と乙女」の旋律を引用していることくらいは知っているし、何回か聴いたことはある。

番組内では第1楽章と第2楽章を採り上げて解説した。

第1楽章は目まぐるしい転調、そして調の使い方、選び方にシューベルトの天才を見ることができること、また転調を繰り返すことによって、自分の死期が近づいてきたと悟ったシューベルトの、揺れ動く心を表している、としていた。

そして第2楽章だが、歌曲がとにかく暗いだけであったのが、弦楽四重奏曲では、変奏を繰り返して行く中から、ほのかな明るさを感じさせる曲となったことを説明。
とくに、属九の和音を出す1つの小節を介して転調する部分があるが、ベートーヴェンなら強い音の属九を指定しただろうが、シューベルトは弱い音を指定していて、死を前にした悲しみを乗り越えるよりも、むしろ受け入れようという姿勢が伺える、と説明していた。

とは言え、ベートーヴェンとの作風の違いは出しながら、これまでのシュベルトの作品と比べて、単にインスピレーションだけで作って行くのではなく、構成のしっかりした曲となっているということであった。

西洋音楽は4つの声部が最小単位とされることが多く、弦楽四重奏曲はまさにその構成である。また、そのため、ピアノを別にすると、交響曲など大規模な構成の音楽のエッセンスが詰まっていると言われることもある。

番組内で説明された、シューベルトの転調のしなやかなことは、この曲でなくもっとよく聴かれる曲として、ハ長調の交響曲「ザ・グレイト」の第1楽章の、第1主題から第2主題に移る部分などが挙げられる。自由な転調による新鮮な響きを演出することが多いロマン派の音楽の作り方は、まさにシューベルトから始まったと言ってよいだろう。

ただ、番組内で言及していた、属九の和音をベトーヴェンなら強く弾くよう指示しているがシューベルトは弱い音を指示している云々は、些(いささ)か疑問がある。ベートーヴェンも、中期なら確かに強く弾くよう指示したかも入れないが、後期の曲はどうだろうか。
私は上に書いた通り、弦楽四重奏曲をまだ親しむに至っていない。それでもベートーヴェンの弦楽四重奏曲は何度か通して聴いていて当然後期の作品も聴いている。ただ、親しむには至っていないので、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲をジックリ聴いてはいない。
従って、弦楽四重奏曲というジャンルでは、ハッキリしたことは言えない。

しかし、最近でこそベートーヴェンの作品だということを覚えて余り間違うことはないが、ピアノソナタの、とくに第30番の出だしなど、殆どシューベルトの世界だと思う。現に、聴き始めて「これはシューベルトだったか?」と間違うことが多かった時期が暫く続いたものである。

尚、番組最後の演奏は第2楽章のみ。楽団は古典四重奏団。
そして、番組最後、「事件」解決後のエピソードがついていた。この辺りから、エピソード付きのパターンとしていったのか。

2011年5月19日 (木)

N響アワー 2011年5月15日 岩槻アナ交代の理由

西村朗が司会者となってから、番組終わり近くに設けられていた、「今宵もカプリッチョ」というコーナーが、50回分溜ったということで、総集編。

ミニコーナーであり、説明がメインだったので、総集編と言ってもどのように構成するのか良く分からなかったのだが、幾つかのシーンを振り返りながら、関連した曲はちゃんと流すという方式だった。こういう方法なら、総集編という形にできるわけだ。

そうは言っても、採り上げられた曲は、それぞれこれまでに番組内で演奏されたものが殆どのはずだし、やはり断片的であるには違いないので、曲と演奏に関する論評はしないでおく。

西村と岩槻アナが「カプリッチョ」のコーナーでやりとりしたいた幾つかのシーンが挿入され、ああ、こんなやりとりができる人が、どうして交代してしまったのか、と思っていたら、番組終わり近く、交代の理由は彼女が産休に入ったためだとのことだった。
それなら仕方ない。

そして、総集編を組むということは、このコーナーがなくなってしまうのか、と思っていたら、やはりそうだった。一応「中締め」と称していて、不定期に、または時をおいて復活するかも知れない由だったが、まあ「中締め」というと「終わり」と殆ど同じ意味だ。

まあ、岩槻アナのようなやりとりが、他の人では務まらないということもあるだろうし、50回もやると、そろそろネタ切れの観もあったのだろうと推測する。
お疲れさまでした、ということにしよう。

2011年5月17日 (火)

N響アワー 2011年5月8日 ノリントンの演奏

「ノン・ビブラート奏法」を標榜し実践している指揮者が何人かいて、その中でパイオニア的な存在がノリントンということになる。
20世紀の始め頃までは、弦楽器にビブラートをかけて演奏することはなく、従って、その頃までに作曲された曲は、ノン・ビブラート奏法で演奏すべきものだ、というのが、その説の要旨だと理解している。

この日の放送では、ベートーヴェンの交響曲第1番全曲と、エルガーの交響曲第1番の第4楽章が採り上げられた。何れも、2011年4月16日、NHKホールでの演奏。

ノリントンに言わせると、管楽器や打楽器など、元々ビブラートをかけないで演奏する楽器が多いのだから、弦楽器もビブラートをかけないで演奏した方が、純粋な音が出せる(ピュア・トーン)とのこと。
そして、エルガーもノン・ビブラート奏法で演奏したのだが、エルガー辺りまでは、ノン・ビブラート奏法が行われていたから、と言う。

ピュア・トーンという言葉は初めて知ったし、それはそれである程度までは理解できないでもないが、問題は出てくる「音」であり、演奏の質ということで判断すべきものだろう。
ノリントンを始め、ノン・ビブラート奏法によるオーケストラ演奏は、何度か聴いているが、率直に言って、どうにも親しめないのだ。とにかく乱暴な音がするとしか思えないし、演奏自体の質も、そんなに良いとは思わないのである。

ベートーヴェンの1番。
確かに青年ベートーヴェンが、颯爽と交響曲の分野に乗り出して行こうという意気込みが感じられる曲だし、ノン・ビブラート奏法というか、ノリントンの演奏だと、さらに゜それが強調されたような音になる。テンポも全体的に速めだし。
この曲、確かにそういう面もあるから間違った演奏とは言わないが、ただそれだけのことに終始してしまうのだ。

ベートーヴェンの1番は、それだけではなく、これを含めて9曲の交響曲(「戦争交響曲」を除く)を書いたことを知っている我々聴衆が積み重ね、受容してきた「演奏史」というものに関わるものもある。それは、「確かに『1番』からしてスゴイ曲を作っていたのだ」と思い返させてくれるものが含まれている。そうした要素も必要なのが、この曲の演奏であるべきなのではないだろうか。

例えば、ここにクレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団のものを挙げておく。
ハイドンの曲などと併せて聴くと、ベートーヴェンは、短かったとは言え、確かにハイドンに師事し、影響も受けていること、そしてさらにその中から自分なりの道を探し当て始めたのだ、ということを感じさせてくれる。そうした演奏だ。

尚、クレンペラーによるベートーヴェンの交響曲は、全曲盤も比較的安価に入手できるので、是非とも聴いてみて欲しい。最初こそテンポの遅さに戸惑うかも知れないが、慣れてくるともの凄い演奏だと思えてくるのである。ただ、「5番」だけは余りの遅さに私もガマンできないことを告白しておく。他は超絶的な名演。

さて、エルガーの交響曲は、まだ余りよく分からないので一言だけ書いておくに留めるが、やはりノン・ビブラートの演奏による音には違和感を覚えた。

そもそも、ベートーヴェンの1番は、指揮棒を持たず、曲が終ると同時に、拍手を待たずにノリントンが両手を挙げて聴衆に得意満面の趣きで振り返った。エルガーは指揮棒を持ち、曲が終って拍手が鳴ってから聴衆に向かって振り返った。
これって、ベートーヴェンを愚弄するものではないだろうか。
ベートーヴェンはベートーヴェンであって、ポピュラー音楽ではない。

エルガーは自国の作曲家で尊敬しているが、ベートーヴェンはみんな知っている通りの、こんな音楽でしたよね、とでも言いたいのか。

こんなパフォーマンスを見せられると、元々嫌いだったノリントンが、益々嫌いになった。

併せて、ノン・ビブラート奏法というもの自体、これ以上広がることのないよう願うばかりである。やっぱりおかしいよ、あれは。

2011年5月15日 (日)

上原ひろみの世界 BSプレミアム2011年5月6日

上原ひろみについては、第53回グラミー賞を獲得したことにより、より多くの人が知ることとなった。
これについては、2011年2月19日の記事にも書いた。同じ音楽の分野とは言っても、少し畑が違うと驚くべき無智をされた出した司会者を批判したものであった。

それはさておき、私も、2、3枚のCDは持っているが、クラシックを中心に聴いていることもあり、最近の演奏やグラミー賞の対象となったアルバムを聴いているわけではない。
国内で幅広く知られるキッカケとなったと思うのが、チャイコフスキーコンクールで優勝した上原彩子と2人でテレビに登場することが多かった時期の頃で、今から見ると初期と言って良いだろう。
2人で登場し、「ダブル上原」なんて言っていたのを思い出す。

で、この番組である程度纏まった形で、最近の演奏を聴くことができた。聴いて驚いた。もの凄い進化を遂げている。もの凄くパワフルになっている。いや、「進化」とか「パワフル」という言葉では追いつかない。完全に超越している。

ジャズをメインに聴いているわけではないので、演奏した曲それぞれについての論評は差し控える。論評する言葉が即座には見つからないためでもある。

で、クラシックをメインにしていても語ることのできる1曲、「ラプソディ・イン・ブルー」のみ、ここに採り上げる。

この曲は、ポール・ホワイトマンの依頼によりガーシュウィンが作曲したものだが、オーケストレーションはグロフェが行った。「大峡谷」の作曲家である。もともと、クラシックとジャズを融合させた、新しい音楽の試みを意図したものである。
そのためもあるだろうが、演奏形態も、曲の鳴らし方も、ジャズ寄りのものからクラシック寄りのものまで、幅広く存在している。
私も、その中の何枚かは持っている。
ガーシュウィン自身がピアノ・ロールにしたピアノ独奏版もある。

ここに挙げるのは、バーンスタインの引き振りによるもの。私にとって、未だにこれがベスト。現在、グロフェの「大峡谷」と組み合わさった徳用盤として入手できるようだ。
そして、発表当時の簡素なオーケストレーションに、ガーシュウィンが残したピアノ・ロールの再現を足したもの。
それと、ガーシュウィン自身のピアノロールを再現したもの。多分ソロ版のはず。

そして、ジャズ寄りの演奏の中には、譜面からどんどん逸脱して行き、アドリブが殆どメインになってしまったものもある。
大体において、そうした演奏、私には受付けることができない。

彼のピアノ協奏曲でも、ジャズ寄りにして、アドリブが長大になった演奏もある。同様に私には受付けられないが、時には、結構いいと思うものもあった。2003年、ベルリン・フィルのワルトビューネ・コンサートで、小澤征爾指揮のもと、マーカス・ロバーツが彼のトリオと共にソロを弾いたときのものである。
尚、このとき、ラプソディ・イン・ブルーも演奏された、と記録にあるが、記憶に残っていない。こちらは余り感心しなかったのだろう。

で、今回の番組の上原ひろみの「ラプソディ・イン・ブルー」だが、ピアノソロ版をベースにアドリブで脱線してゆくもの。これは良かった。
このピアノソロ版、私はガーシュウィンのピアノロールをピアノプレーヤー用にしたソフトを持っていて、目の前のビアノを動かすのを見ている。いつも、鍵盤の動きを見ながら、ガーシュウィンの凄まじいテクニックに感嘆しているのだが、実際にどのように弾いているのか、上原ひろみの演奏を見て、初めて分かった。
分かると同時に、上原ひろみ自身のテクニックの凄まじさも、改めて知った思いがした。

惜しむらくは、タップダンスとの共演であったこと。
世界的なタップダンサーだそうで、実際にスゴイ タップだとは思ったが、やかましいことこの上なかった。まあ、こうしたものを雑音としてしか聞けないのが、「クラシックを中心の聴く」という身のサガでもありますけどね。

ピアノソロだけで演奏するのを是非いつかは聴いてみたいものだ。

2011年5月13日 (金)

N響アワー 2011年5月1日 補足 パガニーニ・ラプソディ

N響アワー 2011年5月1日の記事で、書き忘れたことがあったので、補足として。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の演奏のあと、「時間がまだ少しあるので」と、同じラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲(パガニーニ・ラプソディ)」から、第16変奏から第18変奏までが流された。
まあ、この曲、抜粋であれば、この部分とすることに異議はない。

演奏は尾高忠明の指揮。ピアノは小山実稚恵。

この組み合わせによるパガニーニ・ラプソディは、N響アワーでかつても採り上げられたことがあり、既に聴いている。
しかし、どうにも頂けないのだ。

この曲は私の大好きな曲で、「題名のない音楽館」内の「パガニーニ・ラプソディ」にも書いた。
そこでも触れたし、このブログでも2009年4月1日の記事「ユジャ・ワン 『のだめ』の雰囲気・・・」を始め何度か書いているが、ユジャ・ワンがデュトアと共演したときの演奏が余りにも素晴しかったので、中々他の人の演奏で良いと思う機会が減ったのも確かだ。

今回の小山実稚恵の演奏とユジャ・ワンの演奏について、第17変奏と第18変奏の部分を何度も聴き比べたこともあったのだが、絶対にユジャ・ワンの方が優れていると確信もした。

番組内で、この中の第18変奏が、実はこれも歴とした変奏なのだ、という解説が欲しかった。協奏曲第2番の「埋め草」としての扱いとは言え、実はラフマニノフの凄さを表す好例なのだから。

ユジャ・ワンの、この曲のCDが発売されていることに、最近気が付いて入手した。
まあ期待通り・・・という処。しかし、率直に言って、N響でデュトアと演奏したときの方が、もっと良かった。CDはアバド指揮のマーラー室内管弦楽団。オケがまずいのか、アバドが下手なのか。それとも、ユジャ・ワンが乗り切れないでいたのか。

さて、この第18変奏は、クラシックをさほど聴かない人でも、聞いたことはあるはずの部分。前後の変奏に比べて余りにも違う雰囲気なので、変奏だと気付かないほどである。
しかし、歴とした変奏なのだと、私は独自に気がついた。このことは、上記の、ホームページの記事にも書いた通り。

ラフマニノフのスコアは、つい最近まで高価な輸入版しか手に入らなかったのだが、最近は比較的安価に国内版が手に入る。
ここに挙げたのは2011年3月に出されたばかり。
他の出版社では既に出ていたのかも知れないが、この全音楽譜版は、詳しい楽曲分析がついているのが嬉しい。曲の理解を深めるのに役立ちそうだ。

第18変奏が歴とした変奏であること、それを、素晴しいメロディーに仕立てたラフマニノフの凄さについても、私が上記の記事に書いたのと同趣旨の説明が為されている。

2011年5月11日 (水)

N響アワー 2011年5月1日 ラフマニノフP協2

今年度の新企画である「永遠の名曲たち」と題したシリーズの2回めで、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が採り上げられた。

西村曰く、ラフマニノフという作曲家は、当時の音楽の新しい流れに抗して作曲を続けた人で、そのため、永らくプロの間では無視され続けた。自分も作曲を志したとき、「ラフマニノフが好き」などと言うと、周囲からバカにされる雰囲気があった。しかし、曲の力によって、今や永遠に残る曲となった。

プロの間だけではない。私の経験では、クラシック音楽をメインに聴くファンの間でも、ラフマニノフは一段低い存在と見なされていた。ムード音楽みたい、またはハリウッドの映画音楽みたい、というのがその理由だったと思う。
事実、この曲は、ハリウッドの映画音楽として幾つかの作品に使われている。一番有名なのは、マリリン・モンロー主演の「七年目の浮気」である。

しかし、この映画でこの音楽が流されるのは、「逢い引き」という映画が先にあり、それを戯画的に使ったのである。
私は「七年目の浮気」はテレビで放送されたことがあって見ているが、「逢い引き」はまだ見ていない。いつか見てみたいと思っている。

さて、曲の価値として、私はラフマニノフのピアノ協奏曲の中では3番がもっと上だと思うように、一時なっていた。それは、アルゲリッチ盤による処が大きい。

そもそも、2番についてはかなり聴いてきていて、聴き飽きたという感じがしていたのである。
しかし、それと並行して、次第にこの曲の良さ、面白さを見直させる演奏に接することも多くなり、今となっては、プラスの方向にかなり傾いている。

だから、この曲を「永遠に残る名曲」とすることに異議はない。

この日の放送はビシュコフ指揮で、アレクセイ・ヴォロディンのピアノ。
演奏は、まあ格別に良くもないが決して悪くもない、という程度。

それよりも、ラフマニノフが12度届く手をしていたこと、そのため、この曲の冒頭の、鐘の音を思わせる部分に、10度の幅の和音を書いたこと、そしてそれがどれほど大変な和音か、ということを黒崎アナと2人で、ピアノの鍵盤で示して見せたのが面白かった。
黒崎アナは、1つめの音がどれか、少し自信がなかったようだが、西村に教えてもらうと、すぐに他の音を押さえて見せた。

1つめの音がどれか自信が持てないというのは、ピアノの楽譜で低音の部分が、慣れないと読みづらいためだ。そのことは割り引いていい。この人も一応、何らかの楽器をやったことがあるのだろうと思った。

で、ここの和音は、ピアニストでも、ラフマニノフよりは小さな手の人(殆どのピアニストが該当する)だと、とても弾けないことになる。解決方法は、一度に押さえるのではなく、分散和音のように弾くか、一番低い音を装飾音のように一瞬だけタッチし、残りの音をすぐに弾くことだ。
現に、多くのピアニストのCDが、一度に押さえているとは思えない音だ。

ヴォロディンは、一度に押さえることのできる和音は一度に押さえ、あとは装飾音的な弾き方のように見え、、そして聞こえた。
この辺りの、多くの人がやむなく採っている解決策や、ヴォロディンはどうしていたか、についての解説も欲しい処であった。

さて、この曲、私も色々聴いてきたが、一時はアシュケナージ盤で落ち着いていた。

しかし、今であれば、グリモー盤だ。
「この曲の良さを見直させられる演奏に接することが多くなり」と上に書いたが、そのキッカケを与えてくれたのがこの演奏なのである。
それまでは余り気に留めることがなかった第2楽章で、とくに終わりにかけて、もの凄く心を揺さぶられる演奏をしたのである。

そもそも、曲の冒頭の和音からしてドラマがある。演奏者の息づかいと曲が、作曲者が、一体となって聴こえる。この後の、この曲全体のうねりを予感させるものだ。
冒頭のこの部分は、pp から始まり、次第にクレッシェンドして9小節めでff に突入する。誰でも作曲者の指示通りにクレッシェンドさせているはずなのだが、グリモーにかかると、このクレッシェンドが全く違うものとなるのである。同じ曲が、何で8小節の間に、こんなに違った雰囲気を醸し出すのか、不思議なほどだ。
尚、彼女も、この冒頭部分は分散和音のように弾いている。
指揮は、面白いことに、この曲をピアニストとして弾いたこともあり、上記のCDなども出している、アシュケナージ。オケはフィルハーモニア管。

グリモーのCDは、素晴しいの一言。
このため、今後、このブログ右側の「お奨めCD」として、当面の間常に掲示しておくことにする。

2011年5月 9日 (月)

特選オーケストラライブ N響とメータの「第9」

この演奏会は、2011年4月24日(日)にBSプレミアムで放送されたものだが、抜粋の形で既に2011年4月17日のN響アワーで採り上げられている。公演は2011年4月10日。於 上野 東京文化会館。
N響アワーでこれを採り上げたときの記事は、2011年5月7日付。

「こんなときに『第9』というのもなあ・・・」と思って聴き始めたのだが、それは、年末の恒例行事として演奏されることが多くなり、祝典的な曲としての印象が強く、私もそんな気持だったためである。
しかし、第1楽章が鳴り始めたとき、「ああ、この曲は厳しい曲だったのだ」と思い起こすことができたのである。

N響アワーでは第2楽章と第3楽章を省略して、第1楽章の次には第4楽章を放送したので、この「特選オーケストラライブ」で、改めて全曲を聴いた。

基本的な感じ方は変らなかったし、この演奏会が歴史に残るものだという考えにも変りはないが、欲を言うと少し物足りない処もあった。

まず、「厳しい音楽だった」と思い起こさせた第1楽章。
もう少しゴツゴツした感じが欲しい。メータの演奏は、この曲にしては、やや流麗に過ぎる。
第2楽章も、第1楽章の雰囲気をそのまま引っ張るような曲だと私は思っているのだが、同様に、やや流麗過ぎる。

逆に、第3楽章は、もっと流れるような、慰めるような演奏であって欲しかった。テンポも速めに感じた。
聴き始めの頃、この第3楽章を、何とも長い曲だと感じたのは、慣れの問題もあったのかも知れないし、現に今聴くと、こんな短い曲だったのかと思うことも確かに多いのだが、それにしても速いのではないか。

第4楽章の合唱は、東京オペラシンガーズという処。
この団体の演奏は初めて聴いたが、中々パワフルだし巧いと思った。よく年末に半ば恒例として演奏されるときなどは、どれだけ大勢並べたら気が済むのか、と思うほど大勢の合唱団が出てくるが、今回のは6列か7列で、恒例のに比べると半分ほどに見えた。
これだけで十分であるはずなのだ。事実、海外オケが演奏するのをタマに見るが、もっともっと少ない人数で演奏している。

女性合唱が上下とも黒の衣装であることも好感が持てた。もっとも、これは震災に対し喪に服す意味合いもあってのことかも知れない。

さて、N響アワーで、西村も、「歴史に残る演奏」と評し、私もそれに異議はない。スタンディングオーベーションだった由だし、この放送でも、拍手が10分間鳴りやまなかったと字幕に出た。

しかし、拍手の鳴り始めが、どうにも頂けない。

最近のN響のコンサート全般に言えることだが、拍手の「入り」が早すぎるし、「ウォー」としか聞こえない叫び声が喧しい。曲の最後の音に殆ど被って出てくることも少なくない。いつからこんな下品になったのだろうか。
少なくとも、今回の演奏については、黙祷とメータのメッセージ、そして「アリア」との間の拍手をさせずに演奏したのであり、何度か触れたように、特別な演奏会であった。
曲の終了後、さすがに、終わりの音に被さって拍手が始まることこそなかったが、もう1テンポも2テンポも「マ」が欲しかった。曲が終ったあと、少しの間「シーン」となり、やがて遠慮がちに拍手が始まる・・・そんな拍手であって欲しかった。

さて、この曲、色々な人の指揮で聴いてきたが、1つだけ決定盤を挙げるならば、フルトヴェングラー指揮 バイロイト祝祭管弦楽団のものになる。この演奏の凄味と、終楽章の高揚感は他に例を見ない。これはモノラルだが、疑似ステレオ化した盤や、レコードから復刻した盤もある。

2011年5月 7日 (土)

N響アワー 2011年4月17日 メータの「第9」

今回のN響アワーは、東北関東大震災を受けて、メータの要望により急遽開催されることとなったと言う、チャリティコンサートの模様が放送された。会場もNHKホールやサントリーホールではなく、東京文化会館である。2011年4月10日の公演だから、1週間も開かずに放送されたわけだ。

素晴しい演奏会だった。

最初、番組表でプログラムを確認したとき、「こんなときに『第9』というのもなあ・・・」と、かなり違和感があったし、余り聴く気にならなかったのが正直な処だ。
この曲は、日本では「年末の好例行事」となり、そのため、祝祭的な面が強調されて感じられるようになってしまっている。私もそんな気になっていた。

処が、第1楽章の「空虚5度」の下降による主題が鳴り始めたとき、思い出したのである。この曲は本来、厳しい曲だったのだ。
ちなみに、空虚5度とは、真ん中の3度の音を欠く5度のことで、真ん中の3度を欠くため、長調か短調か判別し難いのを特徴とする。

この第1楽章の構成は、改めて言うまでもないが、実に見事なものである。この楽章だけ残ったとしても、ベートーヴェンの代表作として後世に伝えられていただろう。

今回の放送では、例によって時間の関係で、第2楽章、第3楽章が省略され、第1楽章に続いて第4楽章となった。
この曲の第4楽章については、それまでの3つの楽章とコンセプトが違うとして、問題視する人も多い。私もその意見に与(くみ)するのだが、今回は割と素直に聴けた。

始めの方で、「歓びの歌」のメロディーが、低音の弦から始まり、次第に楽器の数と音域を拡げながら盛り上がってゆく辺りは、こんなときだからだろうが、涙ぐまざるを得なかった。後半、二重フーガ(主題が2つあるフーガ)の部分以降も圧巻。

当日の聴衆は、スタンディングオーベーションだった由である。

これは歴史に残る演奏会となった。
そして、日本における「第9」の聴き方も、少しは変るのではないか。事実、聴衆の1人も、「これから年末に第9を聴いても、震災のことを思い出すかも知れない」と言っていた。
今回の演奏会に限らず、また、日本だけに限らず、「あのときに演奏された曲」として、曲の意味づけというか、曲の背負ってきたものが深くなり、曲の付加価値みたいなものも大きくなってゆくのだろう。

その意味では、第9の前に演奏された、バッハのアリアもそうだ。

尚、2011年4月19日の記事で、プレヴィンによるアメリカ公演の曲目で、この曲を「G線上のアリア」と表示していたのを厳しく批判させてもらったが、今回はちゃんと「バッハ 組曲第3番から アリア」と表示された。
その記事にも書いたのだが、なぜこの曲をこうした場面で使うようになったか、理解し難い。
理解し難いのだが、メータがこの曲を使う意味について語っていたのを聞いて、少しは分かるようにも思った。

曰く、モーツァルトにもエルガーにも同じような気持にさせる曲はあるが、バッハのこの曲は、それらの中でも特別なものだそうだ。そして、彼がウィーンフィルの演奏会を振っていたとき、震災の報に接して、急遽この曲を追加演奏した由である。

ということは、色々な演奏家に共通して、バッハに対する畏敬の念が一際大きいということなのか。そして曲の雰囲気が、ひたすら悲嘆に沈んでしまうことなく、やや客観的に、しかし深く祈るようなものを備えているためかも知れない。
この「アリア」が終ったあと、短いマだけ取って、すぐ「第9」を始めた。曲間に拍手はなかった。
これも、「アリア」をこういう場面で演奏するときの習わしとなってきたのだろうか。

2011年5月 5日 (木)

名曲探偵アマデウス 2011年4月30日 悲愴交響曲 続き

(前稿からの続き)

さて、この曲は私にとって聴き飽きた曲に属する。
聴き飽きると同時に、第4楽章の陰々滅々たる雰囲気に、段々馴染めなくなっていった。嫌いな曲になっていったと言ってもよい。
「アマデウス」では、必ずしも暗いだけで終るだけではない、といった主旨のことを言っていた。確かに、陰々滅々だけではないため、人気があるのだとも言えるだろう。

しかし、楽章冒頭に「アダージォ ラメントーソ」と表示されている。これは、「非常にゆっくりと、死者を悼むように、悲哀をこめて」という意味であることを、これまた番組内で言っていたので、言葉通りに受け止めるならば、陰々滅々と感じるのが当然だとも言える。

嫌いな曲になっていったが、名曲であることに疑いはない。
とくに、第1楽章と第4楽章の価値はスゴイと思う。
第4楽章は嫌いだが、第1楽章だけであれば、タマには聴くことがある。

こんわけで余り聴かなくなったが、まずはムラヴィンスキー盤は外せない処だ。そして、カラヤンが意外と良い。

前稿に書いた通り、第2楽章と第3楽章の楽曲分析は省略された。
何れも、曲の価値は第1楽章や第4楽章よりかなり劣るが、第3楽章のヤタラに喧しく元気な・・・と聞こえる・・・ことについて、今でもよく分からない。これについて、こうした番組で何らかの考え方が紹介されたら嬉しいのだが、もうこの「アマデウス」のような番組は出てこないだろうから、まず無理なのだろう。
私は、現在の処、「哀しさの余り、ヤケクソな気持で、喧しく騒いでいる」みたいな処かと解している。

ただ、「悲愴」という題名が、ロシア語の原題案では、「悲愴」を意味するものではない、というのは今回の番組で初めて知った。
だとしたら、聴き方が変ってくるかも知れない。

即ち、作曲者の意図とは別に、フランス語で、恐らく誤訳された題名が流通し定着したのかも知れない。
作曲者が、自らこの曲を初演してすぐに急死した事実も、「悲愴」という題名が定着する大きな要因ともなったのだろう。
だとしても、「悲愴」という名で聴きつがれてきた歴史は余りにも永く、また、別の聴き方というのが中々困難な曲だというのも事実だろう。

2011年5月 3日 (火)

名曲探偵アマデウス 2011年4月30日 悲愴交響曲

「アマデウス」の事件ファイルとしては4番にあたる。
「セレクション」として事件ファイル1、2と続いたが、1つ飛ばして4ということだ。BSプレミアム2011年4月30日(土)13時から放送。

亡くなったご主人が残した、チャイコフスキー「悲愴」の楽譜の表紙に、「君に」と書いてあったが、「君とは誰か。私でなく別に女がいたのか。口うるさく言っていたから、私は嫌われたのか」という、主婦の相談というのが、コント仕立の枠組み。

口うるさい、ということに関連して、チャイコフスキーの楽譜に記されている強弱指示記号が、fffなどからppppppまで実に幅広く、しかも細かく書かれていることを説明。

また、「悲愴」という題名の「悲愴」だけで片付けることのできない、第1楽章第2主題のメロディーが、つごう3回出てくるが、最初は属九の和音を多用した、不安に満ちた響きで出てくるが、2度目は音域を拡げて激しい感情を表し、3度目は、属九の和音が減り、穏やかな表情となることが解説される。
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ちなみに、属九の和音とは、7つの音階の、5つの音が同時に鳴る和音のことである。コードネーム式の書き方では、Cが元になる音(根音《こんおん》)場合、C9、またはC7(9)などと記す。
C7というと「属七」で、Cが根音の場合、C、E、G、B♭の音から成るが、C9はさらに上のDが加わる。
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そして、「別に女が?」ということに対しては、チャイコフスキーを永年援助し続け、13年間に1300通のラブレターをやりとりした、フォン・メック夫人という人がいたことを紹介。「やはり?」と落込む依頼人に、実はチャイコフスキーとメック夫人は、生涯一度も会ったことがない、と説明し、悲愴交響曲を書き始める2年前に、突然メック夫人からの援助と手紙の交流が打ち切られ、絶望したチャイコフスキーが、何とかその感情を克服しながらこの曲を書いたことが述べられる。

そして、題名の「悲愴」は、自筆譜にフランス語で書かれた「パテティーク」に基づくものだが、元々ロシア語では「パテティーチェスカヤ」と記されていて、それは「強い、感動的な、感傷」と言った意味で、「悲愴」という意味はないことなどが語られる。

また、第4楽章で第1主題が最初に出てくるとき、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが、1つのメロディーを2分割して弾くように書いているのだが、これは2つのパートがお互いに相手の音を聴きあって息を合わせないとちゃんとしたメロディーにならないから、これは依頼人と力を合わせて歩んできた人生を示しているのではないか、と説明。
ここで依頼人は納得し、「事件」が解決、ということになる。

楽曲分析は、上記の第1楽章と第4楽章・・・第4楽章は、ほぼ第1主題だけ・・・のみで、第2楽章と第3楽章は省略された。

最後にこの番組では、曲の一部を演奏するのだが、新しい事件「ファイル」では、依頼人の、その後のエピソードが付け加えられ、オチがあって終るようになっているのだが、少なくともこの「4」辺りまでは、その部分は置かれていない。
この「悲愴」では、第1楽章を抜粋したものが演奏された。

演奏は勿論N響だが、最後だけでなく、上記の、第4楽章の主題が最初に出てくる箇所について、第1ヴァイオリンだけで演奏するとどんな音になるか、また第2ヴアイオリンだけで演奏するとどうか、ということを、フルオーケストラ編成のまま鳴らしてみせた。

随分ゼイタクな番組だったわけだ。
放送局に所属するオーケストラの有効活用ということもあるだろうが、NHKでないとできないことかも知れない。

尚、第4楽章の主題は、ヴァイオリンが2つのパートで別々のものを弾いて、合せて1つのメロディーが浮かび上がると書いたが、このことを知らないで聴く限りでは、まず分からない。
番組内でも、こんな書き方は後にも先にも例がないだろうと言っていた。

関心のある人はポケットスコアをどうぞ。

尚、この部分について、解説によっては、ヴァイオリンの2つのパートを左右に振り分ける配置の場合、音が左右に揺れて聞こえるので、不安な感情が一層迫ってくる、と説明しているものもある。

(この稿続く)

2011年5月 1日 (日)

N響 第1695回定期 チョン・ミュンフンのマーラー3番

BSプレミアムで2011年4月17日(日)放送。

N響アワーでマーラー交響曲シリーズをやっていて、最後の曲として紹介されるはずだった「3番」が、震災の影響で延期されてしまった。いつもは、N響アワーで紹介された曲は、後でBSで全曲が放送されるという順序なのだが、今回だけは変則的にBSでの放送が先行する形となった。

2011年2月11日、NHKホールでの公演である。

N響アワーで、3番を採り上げるなら、まずはこの演奏で間違いないだろうと予測していて、見事に的中したのだが、チュン・ミュン・フンの指揮の演奏会が最近あったことは知っていたので、「この演奏で間違いないだろう」というのは、単なる予測だけでなく、大いに期待もしていたのである。

聴いた結論として、まずは十分に期待通りの演奏だったと言える。
チョン・ミュン・フンの演奏は、奇をてらったものではなく正統的かつ分かりやすいものが多く、このマーラー3番も、まさにその通りの演奏だった。

私がマーラーの中でこの曲の価値が分かるようになったのは、ブルックナーなども含めてアダージオ楽章の魅力が分かるようになった後であり、それが分かるようになったら、アダージオ楽章で終るこの曲の価値も魅力も分かるようになったのである。
このアダージオ楽章だけでも、後世に残るだけの価値を持っているとさえ言える。この辺りのことは、「題名のない音楽館」の「マーラーの交響曲について」の「3番」の稿に書いた通りである。
そして、現在は、マーラーの中で私が最も好きな曲であるかも知れない。

しかし、歳をとったなあと痛感したのは、この曲、1回で全曲を通して聴くことができなかった。マーラーの曲には神経的に疲れる曲がある中で、この「3番」は余りそうした要素がないと考えているのだが、体力的に疲れてしまい、第1楽章が終った処でタバコ休憩を挟まざるを得なかったのだ。

以前東京に住んでいた頃があり、その当時・・・現在もそうかと推察するが・・・当日の朝、新聞でその日の夜に聴きたい演奏会があるのを知り、仕事が早く片付いたときは、仕事が終ってから会場に走り、当日券を求めて入場することができた。この日の演奏は休日に行われたわけだから、やはりその日に決めてからでも行けたかも知れない。
もし前売り段階で売り切れとなったとしても、予約する時間はあっただろう。
何れにせよ、東京に住んでいたら絶対行きたかった演奏会である。

しかし、この演奏会、途中休憩はなかったようで、そうなると、録画で途中休憩を挟みながら聴くといった我がママはできないわけだ。

さて、この曲、震災に関連してN響アワーでの放送を延期したと言うのがどうにも解せない旨、2011年4月9日付の記事に書いたが、全曲を聴き直して、改めてそのことを再確認できた。
或いは、曲の内容ではなく、西村-岩槻コンビが、はしゃいだ雰囲気で解説していたので、それを自粛の根拠としたのか?

そして、チョン・ミュン・フンの演奏は中々良かったが、ホームページの上記の記事で紹介した、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの演奏を超えるものではなかったのも事実である。

何しろ、風格の違いと言うのがふさわしいかどうか分からないが、最初の一音が鳴り出した瞬間に全身が痺れたような感覚を覚えるのだ。
中でも、終楽章であるアダージオ楽章は、マーラーが日本語に訳すと「ゆっくりと、安らぎに満ちて、感動をもって」と指示しているのだが、まさにその指示通りに音楽が鳴るとこうなる、と思わざるを得ない音が鳴り響くのである。

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