最近のトラックバック

« マーラーの3番は大災害に配慮して放送延期の必要あったのか? | トップページ | N響アワー 司会者(アナウンサー)交代 »

2011年4月11日 (月)

名曲探偵アマデウス 2011年3月20日 マタイ受難曲

BS2で上記の日時に放送されたのだが、3月11日の大震災から10日ほどしか経っていないときである。
こうした心理的状態のとき、この曲を部分的にせよ聴くことになるとは思わなかった。人によっては慰めともなるだろうし、却って悲しみを増幅させてしまいかねない曲である。聴き方によっては厳しい曲なのである。

この曲の凄さについては、これを初めて通して聴いたときに最初の1音から感じ、キリスト教の音楽だがキリスト教を大きく超えて理解し得る旨を、「題名のない音楽館」の「音楽は『マタイ』で終った?」に書いたことがある。

そこに書いていないことを一つだけ加えると、崇高さ、気高さとともに、人間につきまとう裏切りや哀しさというものが、キリスト教とは関係なく誰でも共感できる、という点である。
イエスがペテロに、「お前は今夜、私を『知らない』と3度言う」と予言し、ペテロが「そんなことはありません」と否定したが、イエスが捕らえられたとき、街の人々から次々に「お前はイエスと一緒に居ただろう」と聞かれると、「そんな人は知らない」と3度言い、後で自分の弱さを悔いやんで激しく泣いた、という有名な件(くだり)・・・マタイ伝第26章34、35 及び同69-75・・・などは、その代表的な例だ。

また、「音楽は『マタイ』で終った?」にも書いた通り、永らく埋もれていたこの曲の楽譜を少年の頃手に入れて、後に再演にこぎつけたメンデルスゾーンの才能にも脱帽するばかりである。

さらに、これは番組内でも言及していたが、同じメロディーが・・・最大6回だったか・・・何度か繰り返し出てくる。番組ではこの繰り返しの意味について分析していたが、私なり言うと、同じメロディーが間を置いて何度か出てくるのは、心理学で「間歇刺激」というものにあたり、学習効果を上げるのに有効に作用するのである。
まあ、単純に言うと、ときどき聞いたことのあるメロディーが出てくると、覚えやすいということである。そして、音楽の中でこれが行われると、一種のトランス状態をも導くことになる。要は「ハマる」のだ。

だから「題名のない音楽館」内の「語り部多くしてオペラ敬遠さる?」や「汝、まず長きより始むべし」にも書いたが、却って長い曲の方が早く自分のものになる、ということがある。長い中にときどき出てくる、聞いたことのあるメロディーにより、そこが核となって段々と全体が見通せるようになって行くし、やがてはハマって行くことにもなる。

番組内の楽曲分析では、メロディーの中に「神」やバッハ自身の刻印が刻まれているなどの説も展開されていたが、私は、そうしたことに余り価値を置かない。考えすぎではないかと思う。

まずは虚心坦懐に聴いてみることをお奨めする。番組内でやっていたバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏も良いが、より「人類の財産」と称してよいのは、リヒター指揮によるものである。

ところで、この番組は毎回ごとに「事件ファィル」としての番号が振られているのだが、今回は事件ファイル番号89。
この回を通して、家賃滞納により大家からオフィスの立ち退きを要求される、というのがコント仕立部分の状況で、結論としては、どうやら立ち退いてしまうことになりそうだ。
中途半端な「89」というファイル数だが、どうやらこの回が最後になるようだ。

新年度からは「セレクション」という形で新装なった「BSプレミアム」で放送される由だった。

« マーラーの3番は大災害に配慮して放送延期の必要あったのか? | トップページ | N響アワー 司会者(アナウンサー)交代 »

作曲家、演奏家」カテゴリの記事

作品」カテゴリの記事

音楽番組」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 名曲探偵アマデウス 2011年3月20日 マタイ受難曲:

« マーラーの3番は大災害に配慮して放送延期の必要あったのか? | トップページ | N響アワー 司会者(アナウンサー)交代 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

書評 資料室

Amazonアソシエイト

無料ブログはココログ