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2011年2月

2011年2月27日 (日)

N響 第1692回定期 続き 「展覧会の絵」の演奏形態

(前稿からの続き)

「展覧会の絵」という曲は、作曲家のイマジネーションをかき立てる要素が大きいのか、通常演奏される、ラヴェルによる編曲以外にも、色々な人がオーケストレーションしているらしい。

また、どんな楽器で鳴らすかということについても、色々な人が色々な試みをしている。
私が聴いたり持ったりしている中では、山下和仁がギターで演奏したものがある。また、冨田勲の初期の頃のアルバムで、シンセサイザーによるものがある。
何れも発売された当時、話題になったものである。

ここに示した山下和仁の盤は、何と「火の鳥」も入っている。私が持っていた(今は手放した)盤では「展覧会の絵」だけだったと記憶している。何れも、ギターという楽器で、こんなことまでできる、と感服せざるを得ない演奏。但し、ギターで弾けるように、移調しているはずだ。
また、冨田勲の盤は、抱腹絶倒のパロディックなもので、是非とも聴いてみて欲しいが、新品の入手は困難かも知れない。

しかし、色々な演奏形態で聴いているうち、結局はピアノによる原曲が一番面白いという結論に達したのである。そう思うに至ると、ラヴェルの管弦楽編曲版は、もう積極的に聴く気はしなくなったのだ。余りにもオーケストレーションが巧すぎ、あざといのである。

ピアノ版は、アシュケナージによるものがベスト。
この人について、私は、指揮者としては2流に近いと思っているが、ピアノについては超一流だと考えている。ベートーヴェンやショパンも悪くないが、この「展覧会の絵」については空前絶後の名演だと思う。

・・・とここまで書いてCDを調べていたら、我らが辻井伸行が演奏したものが出ていた。私はまだ聴いていないが、併せて紹介しておきたい。

2011年2月25日 (金)

N響 第1692回定期 イオン・マリン

BS2で2011年2月25日に放送された今回の定期は、イオン・マリンの指揮によるもの。

この名前とこの顔、どこかで見たナと思っていたら、昨年のベルリン・フィルのワルトビューネコンサートを指揮していた人だと、字幕で紹介していた。これは見た。2010年8月20日の芸術劇場で放送された。

今回の定期のプログラムは、まず「はげ山の一夜」、次いで「クープランの墓」、最後に「展覧会の絵」という順である。

最初がムソルグスキー作曲でリムスキー・コルサコフ編曲、次がラヴェル作曲、最後がムソルグスキー作曲でラヴェル編曲である。より正確には、「クープランの墓」はラヴェルがピアノ曲で作曲したものを作曲者自身がオーケストレーションしたものだから、「ラヴェル作曲、ラヴェル編曲」と称しても良い曲だ。
即ち、オーケストレーションの名人であるリムスキー・コルサコフとラヴェルによる、ムソルグスキーの作品を両側に配置し、ラヴェルが自ら編曲したものを間に挟む、という形である。このプログラムの組み方は面白い。

さて、演奏だが、「クープランの墓」が一番良かった。
この曲、面白さが分かるのに随分時間が必要だった。それは、つい最近のことだと言って良い。

色々な処で書いているので、このブログでも既に触れたかも知れないが、私には、音楽を聴く上での「師」と仰ぐ人が3人いる。「3人」というのは、母と、ヴァイオリンを教わっていた先生を除いてのことなのだが、出会った順序として最も古い「師」から、マーラーやブルックナーを聴くことを教えられた。ラヴェルもその中に入る。
ただ、ラヴェルの面白さが分かるようになったのはごく最近のことで、マーラーやブルックナーよりも遙かに遅い。とくにこの、「クープランの墓」など、その中でも極々最近のことだ。

「展覧会の絵」はよくできた編曲だが、オーケストレーションが余りにも巧すぎる ! 。これがむしろ欠点だと思っている。
私はむしろこの曲は、原曲のピアノで演奏されるのを好む。

そして今回の演奏は、とくに「キエフの大門」など、余りにもテンポが遅く、壮大な感じを出そうとしたのだろうが、むしろそれが空虚に聞こえてしまうのだった。この曲をそんなに大げさに鳴らすことに何の意味があるのか、と思った。

「はげ山の一夜」は、リムスキー・コルサコフの編曲によるもので、その編曲によって世に知られているわけだが、イオン・マリンは、通常聴かれているリムスキー・コルサコフ版に、一部ムソルグスキーの原案=原典版を採り入れたものによって演奏した。
これは上記の、ベルリン・フィルのワルトビューネコンサートでも採用していた。このやり方に拘りがあるのか、好きなのか。

しかし、これはハッキリ言って失敗だと思う。
原典にあるおどろおどろしい感じを出したいのだろうが、結果は何かゴチャゴチャと混乱した、メリハリのない音楽が鳴っただけである。
聴き慣れている版で何となく「次はこう鳴る」と期待していると、全然違った音で展開してゆくのは、結構辛い。

「慣れ」の問題もあるのかも知れないが、そうではないと思う。完成度が落ちてしまっていると思わざるを得ないのだ。

(この稿続く)

2011年2月23日 (水)

N響アワー 2011年2月13日 広上淳一の「大地の歌」

「生誕150年 マーラー交響曲シリーズ」の第10回目で、「大地の歌」である。この曲はどんな演奏がN響として残っているのか分からなかったのだが、聴いた印象は、「へえ、こんな演奏が有ったんだ」ということで、可成り「まし」なものだった。「大地の歌」に限ると、中々良い演奏がないと思っているだけに、「相当良い」と言ってよい。

マーラーの交響曲には毒があり、その毒をさらけ出して見せてくれないと不満が残る、だから「健全なマーラー」なんて、マーラーではない、というのが私の持論だが、この演奏には若干の毒が含まれていたのではないか。

第1楽章と、第4楽章から第6楽章という抜粋で、メゾ・ソプラノが加納悦子、テノールがドナルド・リタカー。2003年11月7日、NHKホール。

第1楽章と第5楽章は、殆ど同じ主旨の歌詞をテノールが歌うのだが、歌詞からして、いかにも「呑んべのおっさん」が歌っているような感じにするのがよい。ドナルド・リタカーは、うまくその雰囲気を出していた。風貌もそんな感じ。

メゾ・ソプラノは若干声量不足を感じさせ、欲を言えばもっと深い響きが欲しい処だが、まあ、余り欲を言っていると、殆ど良い演奏というものに巡りあえなくなるので、若干の我慢は仕方ない処。

何よりも、広上淳一の指揮が良かった。熱を帯びる余りだろう、荒い息づかいがマイクに入ってしまっていたと思われ、若干邪魔にはなったが、半ば狂気じみた熱演。この曲、マーラーの演奏には、若干狂気じみたものが求められるのだ。

さて、もう一つだけ気になることがあった。
第6楽章のタイトルの和訳である。

画面では「別れ」と出ていたが、ここは「告別」とすべきなのだ。
曲の最後、「ミーレ、レード」というフシで終る、即ち、2度下がる音型またはその繰り返しは、ベートーヴェンのピアノソナタ「告別」の音型を思い出させるものであり、それによって「告別」という、この楽章の題名の意味がハッキリするからである。
ベートーヴェンのソナタが「告別」という題名なのだから、それに合せるべきなのである。まあ、この辺りのことは解説に含めて欲しくもあった。この部分について詳しくは、「題名のない音楽館」の「マーラーの交響曲について」の「大地の歌」をご参照ください。

さて、まあ「まし」な演奏ではあったが、やはりベストではない。そしてこの曲のベスト盤は、ワルター指揮ウィーン・フィルのものであり続けている。新しい演奏でこれを凌ぐものが、未だに出ないのだ。
ホームページではリマスター以前のものを挙げているが、新品の入手が困難なようなので、新品の入手が可能らしいリマスター盤をここでは挙げておく。
この演奏を聴いたら、他の演奏は、私のように、聴けなくなるかも知れない。

さて、蛇足。

マーラーのシリーズもあと「第3」を残すだけになった。
これは、最近チョン・ミュン・フンの演奏があったから、早速それを使うのではないだろうか。これはかなり自信のある予想。
どの楽章を抜粋するのか、これは予想しがたい処だ。第4楽章以降だろうか。

2011年2月21日 (月)

名曲探偵アマデウス 2011年2月13日 続き

2月15日の記事の続き。
続きを書くつもりはなかったのだが、付け加えておきたいことが出てきた。

ブルックナーを聴き始めた人が戸惑うのは、音楽がどこに向かっているのか分からず、そしていつの間にか眠くなってしまうことである。

私がもう一つ付け加えたいのは、「旋律らしい旋律が殆どない」ことではないだろうか。

若い頃にマーラーを集中的に聴いているとき、並行してブルックナーも聴き始めたのだが、閉口したのは、この「旋律らしい旋律が殆どない」ことであった。マーラーの旋律の強烈な印象と対比したのでそう思ったこともあるかも知れない。
しかし、今聴いてもブルックナーの音楽は、旋律で引きつける要素が決定的に欠けていると思う。そこは、音型の繰り返しと和声の推移、そしてオルガン的な響きが殆どという音楽空間である。

今回のアマデウスで採り上げた「7番」の第2楽章は、メロディーが良く分かる、数少ない例である。番組でも、「ブルックナーの書いた、最も美しい旋律」と評していた。
ここで鳴らされる旋律は、敬愛するワーグナーの死を予感したブルックナーが、涙ながらに書き始めたという話があり、さらに、実際に訃報に接したとき、コーダの部分を書き足したとも言われている。

そして、番組で説明されて再確認したのが、そのコーダにワーグナーチューバを使用したことの意味である。

ワーグナーチューバは、ワーグナーが自分の音楽で鳴らしたい響きを出すために「発明」したものである。敬意と追悼の意をこめてブルックナーが7番第2楽章のコーダに使ったわけだが、巧まずして、この楽器のくぐもった響きが、深い哀しみを表現するのに最適な響きまたは音色を持った部分となったのである。

ブルックナーが音色というものにどれだけ注意を払ったのか不明なので「巧まずして」と書いたのだが、音色も加味してこの楽器を使ったのだとしたら、凄いことである。

いや、私は、ブルックナーが弟子たちや仲間たちから、善意をもってではあるが、交響曲を作曲する度に、構成やオーケストレーションに関して酷評され続け、本人の意図と関係ない「改訂版」を作られたりしてきたことを知っているため、また、作曲家の生存当時、「素人作曲家」と評されていたことにも知っているため、その知識が「巧まずして」という表現になったのかも知れない。
「音色も加味して、この楽器を使った」と考えるべきなのも知れない。

意図したにせよ、巧まずしてそうなったにせよ、このコーダの響きは実に効果的なものとなった。現代の我々が聴いても理解しやすい、深く悲しい響きとなった。
ワーグナーが如何なる意図でこの楽器を「発明」したのか、今一よく分からない。しかし、こうした使い方をしたブルックナーに対し、「そんな手があったか ! 」と・・・天国においてか、地獄においてかは不明だが・・・喜んでいるように思えてならない。

さて、番組中の解説の一人として、私にとって懐かしい人が出てきた。金子建志である。一時彼の本をよく読んだ。マーラーの交響曲やブルックナーの交響曲を聴き進んでいたとき、随分参考にしたものである。最近余り新しい本を出していないな、と思っていたが、元気そうで安心した。
ここでは、新品は入手し難いかも知れないが、私にとって大いに参考になった2冊を挙げておく。二人の作曲家の、オーケストレーションの推移などについて、驚くべき事実が明らかにされてゆく(内容は、ここに書かない)。また、新品入手が可能と思われる、関連する本も。

2011年2月19日 (土)

関西テレビ よ~いドン ! 2011年2月15日 続き

(前稿からの続き)

グラミー賞を受賞した日本人4名は、クラシックピアニストの内田光子、ジャズピアニストの上原ひろみ、箏曲の松山貴子、そしてB'zのギタリスト松本孝弘である。

このニュースは、2月15日のニュースやワイドショーで採り上げられ、この「よ~いドン」でも「懐メロ紅白歌合戦」のコーナーに付けて話題にしていた。

しかし、ニュースでもワイドショーでも、4名といっても松本孝弘の話題が中心で、他の3名については、ホンの付けたり程度にしか触れられなかった。CDのセールスが膨大なB'zのメンバーだから仕方のないことなのかも知れないが、大きな偏りを感じ、不満に思った。
私は、B'zの名前は知っているしCDも聴いたことはあるが、率直に言ってよく分からないのである。ただ喧しい音楽だとしか思えなかった。

CDが売れていると言っても、近年は各世代にわたって幅広く売れるということは余りなく、ホンの僅かの客層に熱狂的に支持されて売れているのである。それぞれの番組のコメンテーターを含め、B'zをよく聴いて支持もしているという人がどれほど居るのだろうか。

そんな不満を持っていたので、「よ~いドン」で、司会者が「色々な番組でB'zばかり採り上げているけど、他の方も凄いのであって・・・」と言い出したときは、オッと思った。
しかし、続く言葉にはガクッときた。

「上原ひろみさんなど、国内では余り知られていない人だけど・・・」

最近の司会者やコメンテーターの、モノを知らないことには辟易し、遂には諦めの境地にさえ立つようにしているが、久々にガクッときた。
ジャンルは違うが、同じ音楽業界に身を置いている司会者なのに、これである。

上原ひろみは、デビュー盤がいきなりゴールドディスク賞を獲得するという鮮烈なデビューを果たしており、少なくともジャズファンなら知らない人はいないはずだし、クラシックを中心に聴いている私などもよく知っている。
上原彩子がチャイコフスキー・コンクールで優勝したとき、テレビに二人揃って出演したり、二人でトークをしたりして、二人で「ダブル上原」などと自称していたものだ。だからクラシック中心に聴いている私でも知っているわけである。CDも多数出していて、私も何枚か持っている。ここではデビュー盤と、2枚目のものを挙げておく。

さて、こうして、4名とは言ってもB'zが話題の中心になってしまっているのだが、ここでもう一人、是非とも採り上げたい。内田光子だ。
尚、箏曲の松山貴子はよく知らないので触れない。

アメリカにおけるコンチェルトの演奏が、受賞理由の大きな部分を占めているらしいが、内田光子と言えば何といってもモーツァルトとシューベルトである。
私は、彼女の演奏によって初めて、モーツァルトの独奏曲も協奏曲も、またシューベルトのピアノソナタの凄さを知ったのである。

例えば、映画「短くも美しく燃え」で第2楽章が使われたことによってその愛称で呼ばれることもある、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第21番」。この第2楽章は、ずっと、安っぽいムード・ミュージック程度の価値しかないと思っていたのだが、内田光子のCDで、深い哀しみが漂っているのを感じ、泣けてしまったのである。
モーツァルトの音楽が、常に哀しみと共にある、ということを知った瞬間でもあった。
イギリス室内管弦楽団との演奏と、ついでに、私は見ていないのだが映画も挙げておく。

また、シューベルトの即興曲集。
私は色々な人の演奏で聴いてきたのだが、内田光子の演奏には驚いた。例えば、4番。
4番は、子どものピアノの発表会などで採り上げられることも多い曲で、技巧的にはさほど難しいものではないはずだ。
しかし、内田光子が演奏すると、中間部でどんどん深みにはまってゆくような恐ろしさがある。この演奏を聴いたあとでは、どんな演奏も軽すぎて聴くことができない。
併せて、ロ長調のソナタの入ったCDを挙げておきたい。

まあ、今回のグラミー賞の扱い方を見ていると、クラシック音楽の裾野というのは狭いんだなあ、とつくづく思う。

地道に色々と活動し続けるしかないのだろう。

2011年2月17日 (木)

関西テレビ よ~いドン ! 2011年2月15日

関西ローカルのバラエティ番組である。平日の毎朝10時頃から始まっている。
当初は何となく全部流して見ていたが、ある時から火曜日だけ、それも「懐メロ紅白歌合戦」というコーナーだけ見るようになった。
これは、毎週決めたテーマに関して、年代別に街頭で思い浮かべる曲を取材し、男女別に各々上位5曲を紹介しながら、パネラーの半田健人と、司会者やゲストがそれについて予想したりトークを進めるというものである。

私も、予想しながら「当たった」「外れた」と、一緒に楽しんでいるのだが、1位に来る曲を当てたことが何度もある一方、殆ど予想がつかないテーマのときもある。

今回のテーマは「人生ソング」ということで、これは予想のつきにくい部類であった。第一感としては「マイ・ウェイ」だったが、この番組では洋盤は対象外なので予想から外さねばならない。まあ、美空ひばりの「愛燦燦」か「川の流れのように」のどちらか、または両方が入るのかな、と思っていた。

結果、美空ひばりは2曲とも入ったが、「マイ・ウェイ」も入ったのには驚いた。実は布施明が歌ったことがあり、それが入ったのである。
布施明の歌による「マイ・ウェイ」は、発売された当時、歌謡番組などでよく放送もされていたし、その記憶が蘇った。

しかし、その後本家本元の、英語による「マイ・ウェイ」を耳にするに及び、またそのCDを手元に置くようになって以来、布施明が日本語で歌っていたこと自体、忘れてしまっていた。
この曲は、ちょっとエエカッコシイの部長クラスの人がカラオケで好んで歌う曲としても知られている。私も何度か聞いたことがあるが、英語だったか日本語だったか、忘れてしまった。

本家本元の「マイ・ウェイ」。それは、フランク・シナトラの歌によるものである。これしか価値はないと断言して良いだろう。

また、付言すると、以前から私は「川の流れのように」は、「マイ・ウェイ」の日本版、または美空ひばり版ではないかと思っている。パロディと言ってしまうと語弊があるが、「マイ・ウェイ」を意識して作ったと思えて仕方がないのである。
さらに付け加えると、私は美空ひばりは大嫌いだし特に晩年の歌唱は全く評価しないが、この曲に代表される、彼女独特の歌い方には心底脱帽せざるを得ない。嫌いだということと、評価するということとは、別なのである。

さて、このコーナーの最後に、日本人のアーティスト4名が、グラミー賞に輝いたという話題を付けていた。各局のニュースやバラエティは朝からこの話題を必ず入れていて、当然この番組でも少しだけは扱うことにしたのだろう。

聞く処によると、これまでに日本人のグラミー賞受賞者は合計で4名。それが今回一挙に4名受賞ということで、まさに快挙だというわけである。

(この稿続く)

2011年2月15日 (火)

名曲探偵アマデウス 2011年2月13日 ブルックナー7番

(BS2で18時から放送)

この番組、何とも渋い曲を題材とするに至ったものだ。
しかも、クライアントが初老にかかった男で、若い女性に告白しようとしたらブルックナーの7番のCDを貸してくれたので、その謎を解きたいと言う。

聴こうとしてはみたが、どうしても眠くなってしまい、最後まで聴き通すことができないとのこと。

繰り返しが多いこと、音楽がどっちに向かっているのか分かりにくいことなどが理由とされ、何度か聴いて、一度見通しが立つようになるとその魅力にとりつかれてしまう、など、スコアを用いた分析やチョン・ミュン・フンの指揮による演奏を交えて解説されていった。

また、ブルックナー自身も、若い女性に恋してはラブレターを書き続け、結局どの恋も実らなかったというエピソードも追加された。

探偵が一つの解決策として、たまたま2枚入手していた、この曲の演奏会のチケットをクライアントにプレゼントして相談が終るのだが、この落ちは容易に想像できた。
コンサートでもクライアントが寝てしまい、大失敗するというものである。

しかし、そもそもブルックナーを好きという女性って、いるのだろうか。そもそも、ブルックナーを聴き始めたとき、眠気に襲われないで最後まで聴ける人って、いるのだろうか。

私は、7番から聴こうとするから間違っているのだと思う。7番が最初に聴衆受けした曲だからといって、7番から聴き始めるのが容易というわけではない。少なくとも、私は7番から入ることはできなかった。

4番から聴き始めたのだが、第1楽章はともかくとして、第2楽章はどうにも退屈だったし、第3楽章は比較的親しみやすいものの深みに欠ける感じがした。第4楽章などは、「マーラーを予見させる」と評されることのある第2主題(第3主題?)はともかく、全体としてはよく分からず、最後は「これから曲が始まるのか?」という楽句で終るのだ。
ブルックナーの良さというか、凄さが分かるのには、何年も何年もかかった。

凄さが分かる端緒となったのは、9番を聴いてからである。当時求めたレコードはバーンスタインの演奏で、かなりテンポや表情を過度にした演奏だったので近づきやすかったのかも知れない。その後この演奏からは遠のいたが、今でも9番が最高傑作だと思うし、逆に一番退屈しない曲なのではないかと思う。

ブルックナーを色々と聴くようになったとき、当時高く評価する人がいた朝比奈隆のLPやCDも買ったのだが、全くいいと思わなかった。
その経験を踏まえて書いたのが「題名のない音楽館」内の「演奏家を中心に」の「朝比奈隆 引き際を失った大家」である。

実は、この記事、結構波紋を呼んだ記事である。「よくぞ書いた ! 」と賛同頂いた方もおられたが、私の恩師で大フィルに在籍されていた方からは、「私は朝比奈さんに教えてもらったのに・・・」と、ご不満というか、半ば叱責に近いコメントを頂いたりもした。

その元々の記事に2010年7月に追記したのだが、評伝「オーケストラ、それは我なり」(中丸美繪著)という評伝が上梓され、私の考えが間違っていなかったことを裏付けるものと改めて自身を持ったものである。

これからブルックナー聴いてみようとするのであれば、私は、9番から始めることをお奨めする。
演奏はヴァント指揮 北ドイツ放送交響楽団のものがベスト。ベルリン・フィルを振ったものもあるが、それよりも良いと思う。

ちなみに、探偵が番組中で拡げていたスコアは、ノヴァーク版のドイツ印刷のもののはずだ。私が持っているのと同じ体裁だと思ったので、恐らく間違いない。スコアなど、この番組では、いわば小道具としての扱いなのだが、細部にまで気を配って制作しているのだと感心した。

ドイツ印刷の楽譜は高かった ! 
現在では国内印刷で比較的入手しやすくなっている。

2011年2月13日 (日)

題名のない音楽会 2011年2月13日

この日のテーマは、「音楽ASOBI ピアノ大喜利」の2回目。

かつてユジャ・ワンを初めてテレビで見たとき、「あ、のだめが出て来た」と思った。その後ウェブでモーツァルトの「トルコ行進曲」をかなり自由に編曲して演奏している状況を見て、ますますその感を強くし、また、凄いピアニストだと思い、DGGからのデビュー盤を入手したのであった。尚、下の海外盤がデビュー盤で、私が入手した盤。
国内盤が国内デビュー盤。国内盤のボーナストラックとして「トルコ行進曲」が付いているようだ。

「のだめだと思った」というのは、マンガやアニメ版によるものではない。上野樹里が演じた実写版の「のだめ」と雰囲気がソックリだったことと、上記の通りモーツァルトを自由に編曲したりしているということによるものである。

この日の「題名のない音楽会」を見ていて、「あ、『のだめ』がもう一人いた」と思った。
加羽沢美濃である。

東京芸大卒でありながら、クラシック一辺倒ではなく、幅広いジャンルをものにして、自分でも作曲するという彼女は、実はちゃんとした演奏? をこの番組で披露するのは初めてなのだとのこと。

私は以前、NHKの何かの番組で見て以来注目していたので、彼女の演奏は知っていたのだが、佐渡さんは初めて聴いたらしい。少し点を甘めにつけていたのは、カワイイということもあるだろうが、才能を買ったということも確かにあるはずだ。

私も、ひいき目かも知れないとは思いつつ、それでも他の2人の出演者・・・ピアニストで作編曲家でもあるHIROSHIと、音楽芸人 こまつ・・・よりも、かけ離れて優れていると感じた。

ある曲やシチュエーションを題材にして、自由に作編曲して腕を競い合うというのが、「ピアノ大喜利」のテーマなのだが、何れをとっても、本格的なのである。クラシック音楽の基礎がシッカリしていること、クラシック音楽だけでも食べて行けるかも知れない才能を感じさせてくれるのである。
HIROSHIもこまつも、それなりに面白いものを聴かせてくれたし、こまつが昔のゲーム音楽の音を出した場面では、観客と一緒に笑ってしまったのだが、加羽沢美濃はレベルが違う。こんな作編曲で横で演奏されたら、惚れてしまうだろう。

調べたら既に20枚を超えるCDを出している。もっと聴いてみたくなったので、次のものをちょっと買ってみようかと思っている。

彼女の才能を知ったのが、佐渡さんよりも先だった、というのが愉快でもあった。忙しすぎて、余りテレビなどを見る時間がないのだろう。

ところで、この記事のアタマの方に書いたユジャ・ワンだが、私が注目するに至った、ラフマニノフの「パガニーニ・ラプソディ」がようやくこの3月に発売されるらしい。予約受付も始まっているようだ。

2011年2月11日 (金)

東京交響楽団演奏会 ブルックナー8番他

BS2 クラシック倶楽部2011年2月11日放送。
スーダンの指揮でショパンのP協2番とブルックナーの8番。ピアノはダン・タイ・ソン。

この中のブルックナーの8番は、2011年1月30日、N響アワーの枠でやっている「オーケストラの森」で放送された。但し、時間の関係で第1楽章、第2楽章、第4楽章のみ。本当は第3楽章を抜いて演奏するなんてトクデモナイと言いたい処だが、致し方あるまい。「そうした人のために演奏会の全てを放送する番組を用意しているのです」とNHKは言うだろう。

東京交響楽団は長い伝統を誇る楽団だが、いつの間にか川崎に本拠地を移していたのは知らなかった。

LPレコードというものが出始めの頃で、それがステレオになっていった頃、上田仁の指揮でショスタコーヴィチの交響曲第12番を録音したものがあり、これが私にとってのショスタコーヴィチとの初めての出会いだった(「題名のない音楽館」の「ショスタコーヴィチ論」の「交響曲第12番」)。
この曲は1961年に作曲され初演されているので、ソ連での初演から殆ど間をあけずして日本で演奏されたことになる。

この曲に限らず、当時の東京交響楽団は、当時としては最新の曲を日本に意欲的に紹介してくれる楽団として知られていた。そのためもあるのだろうが、深刻な経営危機に陥り、その救済策の意味もあって「題名のない音楽会」という番組が始まった。東京交響楽団の出演回数を確保することで、安定的な収入を得てもらい、援助の足しにいてもらおうというわけである。

その後も紆余曲折があったのだろう。首都圏にオーケストラは多いが、実情は、殆どの楽団は経営としては苦しいはずである。川崎に本拠地が移ったのも、そのことと関係あるだろう。支援してくれる役所や企業、そして聴衆がより多く見込めそうな処に本拠地を置くのが自然だからである。

さて、久しぶりにブルックナーの8番を聴いたのだが、結構良かったのではないだろうか。

全体に早めのテンポだったが、違和感を覚えるほどではなかった。
何よりも、私は、この曲は第4楽章の最終部がうまく行けばそれで良し、としたいのである。それが、うまく行った演奏が意外と少ないのである。

第4楽章の最終部は、これまでの4つの楽章の主題が全て重ねて演奏される。これが、全てちゃんと聞こえる演奏が意外と少ないのだ。これがうまくいかないと、ブルックナーを聴いた気にならない。または、聴いたという充実感が半減する。今回放送された演奏は、それなりにうまく演奏していた。

ショパンのピアノ協奏曲第2番は、まあ、こんなものだろうという感じ。この曲は何と言っても、昨年聴いてCDも買ったリーズ・ドゥ・ラ・サールの演奏が強く印象の残っていて、しばらくは他の演奏を聴く気にならないということもある。アルゲリッチは別格として。

2011年2月 9日 (水)

N響アワー 2011年2月6日 マンフレッド交響曲

今回のテーマは「番号のない交響曲」ということで、チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」が採り上げられた。時間の関係で、演奏されたのは第1楽章と第4楽章である。

私は、この曲は余りジックリ聞いたことがない。LPを少しずつ集めていた頃、2枚組のものを買うのはかなりの決断を要し、その決断はマーラーを順に買ってゆくことに繋がっていて、他の曲には中々手を出せなかったためかも知れない。「マンフレッド」は1時間を超えるので、2枚組となっていたと推察されるからである。

曲は、まだ良く分からないというのが正直な処である。それなりに魅力ある旋律も出てくるが、チャイコフスキーのメロディーとしては最高のものではないと思うし、全体にゴチャゴチャしていて整理されていない感じがする。
それでも、曲の最終部でオルガンがガーンと鳴るあたりは実に崇高な雰囲気を出していて見事と言うしかないし、ゴチャゴチャしているという印象も、聴き慣れてくれば何となく全体が見えてくるのかも知れない。

番組の最後の「カプリッチョ」で、西村朗が、歴代の作曲家を「交響曲派」と「交響詩派」に分けてマッピングしたものを紹介していた。これは面白い観点だと思った。
もちろん、チャイコフスキーは「交響曲派」としていた。そして、「交響詩派」には、リストやR・シュトラウスが入っていた。

正確には、R・シュトラウスは交響曲を2曲書いているし、その理由を私なりに考えてみたことがある(「題名のない音楽館」の「作品論」の「R・シュトラウスの2つの交響曲」)。
私の考え方が正しいとすれば、R・シュトラウスは、「交響曲」と題する曲が出来るタイミングを待っていたのであって、それは「交響曲」というジャンルに対する畏敬の念から来ている。だから「交響詩派」として括ってしまうのは必ずしも正しくはないと考える。

しかし、間違いなく「交響曲派」だと思うチャイコフスキーが、なぜ番号なしの曲を作ったのかがよく分からない。番組内でもそのことの説明はなかった。
タイトルをつけるのを嫌ったというわけでもないはずだ。
初期の第2番「ウクライナ」と第3番「ポーランド」は後でつけられたようだが、第1番「冬の日の幻想」はあとでつけられたとはされていないはずだし、何よりも、第6番「悲愴」は自分でつけている。

と、ここまで書いて念のため例によって手元の辞典を調べてみると、第6番の「悲愴」は、弟が提案し本人も承諾したとされるが、出版社宛の手紙には、「愛称はつけないこと」と指示されていたそうである。ただ、曲が完成した直後に作曲者が死んでしまい、曲自体も陰々滅々たる雰囲気で終るという異常な構成もあって、出版時に「悲愴」と名付けられたとのことである。

この説が正しいのだとすれば、「第4番」「第5番」で徐々に自信をつけつつあったチャイコフスキーが、「マンフレッド」は、番号をつけるに値しないと考えたのかも知れない。「マンフレッド」は「4番」と「5番」の間に作曲されているのである。そして、番号をつけるのに値する曲が出来たと思った時点で、現在「第5番」として残されている曲に「第5番」とつけたのかも知れない。

さて、この日は、時間が少し余ったから、ということで、ラヴェルの「クープランの墓」から2曲が演奏された。

西村朗によると、ピアノによる原曲がそもそも素晴しいのに、ラヴェル自身がオーケストラに編曲したこの版は、オーケストラの鳴らし方、オーケストレーションのやり方の、最高の教科書なのだそうである。

私が「クープランの墓」をたまにではあるが聴くようになったのは、ごく最近のことである。
しかし、岩槻アナが西村朗の解説に対し、「私はオーケトラ版しか知らないが、これがピアノだと、どんなになっているのでしょう」と受けていたのには驚いた。こんな曲も聴いているんだ、と思った。

こんな曲・・・何かずっと浮遊し続ける感じで、音楽がどっちに行くのか分からず、最初は極めて退屈な曲と感じるはずだから・・・を聴いているというのは、かなりクラシックを広範囲に聴いていると思えるのだ。

この2人のコンビによる司会は、絶妙な組み合わせである。奇蹟に近いと言ってよいだろう。それは、別の日に書いたことだが、過去のN響アワーのVTRテープを、DVDに焼くという作業をしているので、歴代の司会者のこともよく思い出すことができるからである。歴代の司会者と比べても、圧倒的に素晴しい組み合わせだ。

尚、「N響アワー」も「題名のない音楽会」も、一時、とうしようもない低迷期があった。この2つの番組が共に蘇ったときの喜びは、「題名のない音楽館」の「『題なし』復活万歳! N響アワー立て直し万歳」に書いたことがある。

2011年2月 7日 (月)

題名のない音楽会 2011年2月6日 卒業式定番の曲

私の学校時代は、卒業式で歌う曲は「蛍の光」や「仰げば尊し」と決まっていた。

しかし、最近はポップス系の、新しい曲が歌われるようになったと認識している。
このため、今回のこの番組で、どんな曲が最近は流行っているのか、半ば楽しみにもしていた。

結果は、良い意味で裏切られたと言ってよい。
10位から順に発表して行き、下位の方では確かにポップス系の曲がランクインしていた。
また、学校の先生が作ったという「巣立ちの歌」なるものが演奏され、しかも作曲者として登場した小島さんが、収録日とこの放送日の間に逝去されたと字幕に出たりして感慨深く思ったりしたのだが、上位2曲は、何と「蛍の光」と「仰げば尊し」だったのである。

本当にそうなのか、若干の疑問は感じたが、「オリコン調べ」と表示されていたので、それなりに信じてよいデータなのだろう。

私は、この2曲を歌うのに賛成する立場なので、「良い意味で裏切られた」と書いたのである。
歌詞が文語調で分かりにくいとの批判をする人が常にいるが、こんなときこそ、文語調の歌で格調高くしめるべきだと思うのである。

新しい曲や、耳馴染んだり教科書に採用されたりしているポップス系の曲も良いが、特にポップス系の曲であれば、それこそカラオケに行ったりしていつでも歌うことができるのではないだろうか。

2011年2月 5日 (土)

名曲探偵アマデウス 2011年1月30日 スラブ舞曲

今回は、ドヴォルザークのスラブ舞曲集。

オーケストラ版では何度も聴いているが、この日の演奏はピアノ連弾版。これは初めて聴いた。ピアノ連弾版がオリジナルで、その後オーケストレーションされたということは知っていたが、連弾版が演奏される機会は少ないはずである。
事実、CDも殆どない。新品での入手は困難かも知れないが、ベロフ版を挙げておく。

ピアノ連弾で、連弾用の曲としても、二人の手が交差したり、同じ音を弾くようになっていたりして、趣向を凝らしているという説明があった。連弾というのは、横に並んで弾くので、親しい間柄でないとうまく行かないし、仮に好意を持っている男女どうしであれば、グッと気持の上での距離が近くなるからである。
それに、オーケストラで味付けされなくても、ピアノ版でも十分にメロディーの美しさなどが味わえる。

さて、番組の中では第1集の初めの方から3曲ほど詳しい楽曲分析が行われた。
しかし、今回のテーマが「お見合いパーティーで鳴らすのにふさわしい曲」ということだったので、「それなら、あの曲しかないだろう」と、途中でツッコミを入れていた。

すると、後半で「あの曲」が採り上げられたのである。サスガと思った。第2集の第2曲である。この、二つの舞曲集の中で最も有名で、クラシックに疎い人でも、かなりの人が知っているのではないかと思われる、あの曲である。甘く、切なく、聴きようによっては哀しみも感じる、こんなメロディーを創り出すのは、やはり(当たり前だが)天才だ。

ところが、この次に驚いたことがある。
左手で弾かれるベースの音を順にたどると、ブラームスの交響曲第4番第4楽章のパッサカリアの主題なのだ。スラブ舞曲第2集第2番も、ブラームスの交響曲も、何度も聴いているのに全く気がつかなかった。この辺りが、やはり私は素人なのだと思った。

さらに驚いたのは、ブラームスのパッサカリアの主題そのものが、バッハのカンタータ140番の主題だと言うのである。これはマア気がつかなくても仕方がないか。。。

つまり、バッハへのオマージュ(フランス語。hommage  ある人に対する深い尊敬や賞賛の意)としてブラームスが交響曲の中にパッサカリアとしてバッハの主題を採り入れ、さらに二人への・・・とくに、自分を見いだしてくれたブラームスへの・・・オマージュとして、この素晴しいメロディーの下に、この主題を使ったというのである。

聴くうちに、ブラームスがドヴォルザークを認めたのは、メロディーメーカーとしてだけではなかった、ということが分かった気がした。構成の面でも、並々ならぬ才能を持っていることを見いだしたのである。でないと、ブラームスが認めるはずもない・・・とも言えよう。

何度も書いているが、この番組は素晴しい。よく知られた曲であっても、楽曲分析をしながら聴かせてくれることによって、より深くその曲を理解できる。

ピアノ連弾版のCDは余りないが、オーケストラ版では色々と出ている。ここではプレヴィン盤とクーベリック盤を挙げておきたい。

2011年2月 3日 (木)

N響第1688回定期 2011年1月16日放送 アヴデーエワのショパン さらに続き

(前稿からの続き)

さて、ピアニストとしてある程度のキャリアを積んでいても、またコンクールで優勝したとしても、すぐに演奏家として売れて、それだけでメシを食えるようになるとは限らない。ポップス系のミュージシャンであればまだマーケットサイズが大きいので当たったときは大きいが、クラシック音楽となると遙かに小さなマーケットが対象である。

コンクールの優勝者に、N響との共演権が付与されたとの話が、これもN響アワーで紹介され、ナルホドと感心する一方、「共演権が与えられて嬉しい、そういうレベルのオーケストラにN響が成った」と深く感銘を受けた。デュトアとかアルゲリッチあたりの口添えもあったのか。

この話は、より正確に言うと、N響と、もう一つNYフィルとの共演権が「特別賞」として与えられたとのことだ。まあ、これはこれで、NYフィルとN響が並べられたわけで、日本のファンにとっては嬉しいことである。ショパンコンクールの優勝者の演奏に早く接することができるという点でも、随分得をした気分になれるというものだ。

この話は、ヤマハの会員向けの月刊誌「音遊人(みゅーじん)」2011年3月号に載っていて知った。アマゾンでも買えるようだが、最新号は無理なのかも知れない。一応、旧い号だがリンクを貼っておく。

この「音遊人」最新号で、アルゲリッチが審査員の一人だったこと、そしてアヴデーエワと話をしていたことも併せて確認できた。

そしてもう一つ感心したのは・・・ヤマハの雑誌だから当然PRも兼ねているので紹介されたわけだが・・・アヴデーエワを含む4人のファイナリストが、ヤマハを選んだということである。

このコンクールでは、何種類であるかは知らないが、ピアニストが好みのピアノを選ぶことができるようになっている由で、ヤマハもCFXという機種を出していた。
ところが、前回のコンクールでは30%の出場者がヤマハを選んだのに、今回は14%に留まった。惨敗である。

しかし、ヤマハを選んだ出場者が、次第に予選段階から頭角を現し始め、遂にはファイナリスト4名が全てヤマハという結果となった。

まだまだヤマハは、世界的には知られていないというわけだし、このコンクールによって大いに知名度を上げることとなったのである。このことは、共に喜びたいものだ。

しかし、N響との共演では、確かヤマハではなかったように見えた。ちゃんとセールスをかけたのだろうか。勿論いくら国策会社的な放送局に付属するオケとは言え、予算が無眼にあるわけではないから、セールスをかけてもNHKホールへのヤマハの導入は難しかったかも知れない。

しかし、何となく、セールスそのものを行っていなかったのではないか、という感じもする。そうした鷹揚な処があるのがこのヤマハという会社だと思っているのだ。楽器メーカーというのは気の長い商売だから。

2011年2月 1日 (火)

N響第1668回定期 2011年1月16日放送 アヴデーエワのショパン続々

(前稿からの続き)

世界を代表するピアニストと言えば、今ではポリーニとかアルゲリッチを挙げてよいと思う。いや、既にこの二人も古い世代に属するかも知れない。

しかし、彼らが出てくる前は、ルビンシュタイン、ホロヴィッツ、リヒテルの3人が世界を代表するピアニストとされた時代があった。とくにルビンシュタインはショパンについても権威だった。

岩城宏之の書いた本のどれに書いてあったか忘れたが、アルゲリッチがデビューして間もない頃、ルビンシュタインがアルゲリッチの演奏会を聴きに行っていたことがあった。その時のアルゲリッチの気持を岩城宏之は思いやって、「さぞかしやりにくかっただろう」と書いていた。

アヴデーエワがN響と共演した演奏会にアルゲリッチが聴きに行っていた。この定期公演を映した番組では気かつかなかったが、N響アワーのときはハッキリ映っており、曲が終ったあと、岩槻アナがその旨を紹介し、「コンクールの時より、うまく弾けていた」といった感想を言っていたということも併せて紹介していた。

私はアルゲリッチの演奏会をルビンシュタインが聴きに行っていたというエピソードを知っていたので、全く同様に、アヴデーエワもやりにくかっただろうと思った。

しかし、当然会場にアルゲリッチが来ていたことは知っていたと思うのだが、それに動じる様子もなく、自由気ままに演奏していたように見えた。

ずっと長い間、ショパンコンクールは、若い才能を見いだすことに主眼があった。しかし、最近は、既に何らかのコンクールで入賞した経験があったり、プロとしてある程度の演奏歴があったりする人が多く集まり、レベルは当然高くなるが、若い才能を見いだすという主旨とは少し異なる趣きになってきているという話も、N響アワーで紹介していた。

アルゲリッチはコンクールの審査員でもあったのだから、初対面ではなかっただろうし、アヴデーエワも既にある程度のキャリアを積んできている。だから動ずることなく演奏できたのかも知れない。
アルゲリッチをルビンシュタインが聴きに行った頃とは、時代が違うということなのだろう。

(この稿さらに続く)

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