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2011年1月11日 (火)

名曲探偵アマデウス 2011年1月9日 ラヴェルP協

今回は、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調が採り上げられた。

第1楽章の懐かしいメロディーはラヴェルの生地であるバスク地方の民謡から採られたものではないか、それに続く曲調はジャズの影響、それもラヴェル風に解釈したジャズテテイストと言うべきものだろう、など、色々と解き明かしてくれた。

そして、第2楽章の、少しひっかかりを感じさせるリズムに乗って延々と歌い続けられるメロディーは、左手と右手で異なる調性で、しかも異なるリズムで書かれているとのことで、ラヴェルが緻密に計算して少しずつ書いていった、というエピソードも紹介された。
即ち、第2楽章は、複合リズム(ポリリズム)と複調によって新しい響きを効果的に創り出しているというわけである。

私はこの曲がいつの間にか大好きになっていて、「題名のない音楽館」の「作品を中心に」の中の「この曲大好き」に掲載すべく、資料として総譜も用意していたのだが(現在入手困難)、素人の哀しさで、総譜を見ても、この楽章がポリリズムと複調で書かれているということには気付かなかった。しかも、この曲が好きになっていったのは、この第2楽章が好きになっていったからだと言うのに。。。

この曲がジャズテテイストに彩られているのは、ラヴェルがニューヨークに行ったとき、ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーが人気を博して何度も演奏会が開かれていて、ラヴェルが「ジャズとの融合」にクラシック音楽の新たな方向性を感じ、またそれを通じてガーシュウィンと知遇を得たことに由来するとの話もあった。

ガーシュウィンがパリに行ったとき、ラヴェルに弟子入りを願い、それに対してラヴェルが「あなたは既に一流のガーシュウィンなのだから、私の弟子になって二流のラヴェルになる必要はない」と言って断ったという話がある。
私は、2010年12月9日の記事で、「ひょっとすると、このときガーシュウィンは自作の「コンチェルト・イン・F」の総譜を見せていたのではないかと書いたが、今回の番組の内容が正しいのであれば、「コンチェルト・イン・F」を待つまでもなく、既にラプソディ・イン・ブルーのときにラヴェルはガーシュウィンの才能を認めていたことになる。

と、ここまで書いて気が付いたのだが、ラプソディ・イン・ブルーはガーシユウィン自身がオーケストレーションしたわけではなく、恐らく現在でも一番聴かれるグロフェの編曲によるものであったはずだ。「コンチェルト・イン・F」はガーシュウィン自身がオーケストレーションしたわけだから、私の想像を撤回する必要は当分なさそうだ。
「自分で、ここまでオーケストレーションしてみたのですが、ラヴェルさん、是非ともアドバイス頂けませんか」といった程度の話はあったと考えても不思議ではないからである。

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