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2010年12月11日 (土)

ロミオとジュリエット 全曲盤

このブログの12月1日付記事12月3日付記事で、NHK芸術劇場2010年11月19日放送の、英国ロイヤル・バレエ団の来日公演で採り上げられた「ロミオとジュリエット」について書いた。吉田都の引退公演を兼ねたものだったが、作品論に重点を置いた記事となった。

作品論に併せて「中々全曲が入ったもので良いCDが見あたらない」という主旨のことを書いていた。

ところが、輸入盤にまで検索範囲を拡げてみると、プレヴィンが若い頃にロンドン交響楽団を指揮して出していた盤に行き当たった。プロコフィエフがこのバレエのために作曲した52曲全てが入った2枚組である。

通して聴いて、改めてこれはスゴい曲だと思った。全曲通して聴く価値がある。輸入盤で円高メリットもあり、拍子抜けするほど割安で入手できるのも嬉しい。

元々私がプロコフィエフをよく聴くようになったのは、この「ロミオとジュリエット」の抜粋盤をクルマの中で何度か聴いているうちに、主としてバルコニーのシーンの部分にシビレるようになったためである。

上記の記事で、そのシーンは「ウェストサイドストーリー」でTonightが歌われるシーンを思い出させると書いたが、プロコフィエフの方はもっともっと深い高揚感と陶酔感で満たしてくれるもので、「ああ、こんな音楽が書けたから彼の音楽は残ったのかも・・・」と思わせるものだった。
私はこうした作風を「プロコ節」と名付けているのだが、他の曲にも随所に「プロコ節」を感じるようになり、一時、結構ハマったものである。

改めて「ロミオとジュリエット」の全曲を通して聴くと、示導動機(ライト・モティーフ。ある人物や場面に決まった音楽を付けて、音楽を聴くだけでその人物や場面がイメージできるような書法)を多用し、緻密に作られていることが分かった。それは同時に、チャイコフスキーが確立したロシアバレエの正統的な後継者として名を残す作品・作曲家となることでもあったわけである。

要は、バレエなしで聴く価値がある音楽なのだ。

組曲で何度か聴いていたそれぞれの曲が、どのようなシーンで使われ、どのような役割を果たしているのか、ということも分かり、バレエ付きで視聴するときの受け止め方も変りそうだ。

とは言え、日本語の解説が付いていないので曲の流れを追っかけるのが若干厳しいかも知れない。スコアで比較的安価で入手できるのは日本版だが組曲しかない。海外版を探せば全曲のスコアも出ているのかとは思うが、海外版のスコアはやたら高い。

是非とも、解説書を1冊手元に置いて聴くことをお薦めしたい。

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