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2010年12月21日 (火)

N響アワー 2010年12月19日

「クリスマスに聴きたい名曲の対決」ということで、幾つかの曲をペアにして聴いて、岩槻アナだったらどちらを聴きたいかを判定してもらおうという企画。台本としてどこまで書かれていたのか分からないが、クラシック音楽にある程度造詣のある岩槻アナの長所を活かし、当人がその場で判定していたと、私は見た。

この中で「ヘンゼルとグレーテルの前奏曲」と「くるみ割り人形から情景と雪のワルツ」の対戦があり、これは好みの問題以前に作品の価値がったく違うのではないか、と思った。岩槻アナの判定も、くるみ割り人形。まあ、当然の選択だろう。前者は2007年12月、下野竜也の指揮。後者は2000年10月、スヴェトラーノフの指揮。

だいたい、「ヘンゼルとグレーテル」なんて、どれくらい聴かれているのだろうか。

ドイツの作曲家フンパーディンクによる歌劇で、手元の辞典によると、1893年に初演されている。子供に聴かせるオペラとして世界的に親しまれているとのことだが、ドイツ以外の国で、どれだけ聴かれているのか。
私は何時だったか、テレビで1回だけ通して聴いたことがあるが、全然いいと思わなかった。今回の番組では前奏曲だけの演奏だったが、やはりつまらない曲だと確信した。子供向けだからと作曲された作品は、得てしてこんなことになってしまうのではないか。

それに対し、「くるみ割り人形」は、子供向けとは言いながら、また、メロディーは当然美しく、それだけで無条件に楽しめるのだが、それに留まらず、深い陰影があり、大人の鑑賞にも堪えるものである。

手元の参考書によると、今回演奏された「情景」は第8曲、そして「雪のワルツ」は、第9曲にあたる。
第1幕でクララが、魔法を解かれて王子の姿を現したくるみ割り人形と、お菓子の国に旅立つこととなり、旅の途中で第2場となって流れるのが「情景」、そして切れ目なく「雪のワルツ」となって幕が下りるという場面で演奏される。

「雪のワルツ」は、少年コーラスの響きが素晴しい効果を上げている。この2曲を聴くだけでも、単に楽しくて分かりやすいだけでなく、いかに陰影溢れる音楽となっているか、チャイコフスキーがいかに凄いか、分かるというものだ。

西村によると、チヤイコフスキーは初め、子供っぽすぎるとして作曲に乗り気ではなかったが、「雪のワルツ」が出来たあと、俄然やる気になったそうである。

この場面でもそうなのだが、また、演出にもよるし録画の際のカメラワークにもよるのだろうが、私は、「くるみ割り人形」で、隠されたテーマというか、メッセージが込められているように見えて、「実は結構深い音楽だったのだ」と思い直したことがあったのである。

この曲は第2幕で「金平糖の精」であるお菓子の国の女王が、侍女たちに自慢の踊りをさせてクララを楽しませるという趣向なのだが、踊りが進んで、かの余りにも有名な「花のワルツ」、そして続けて演奏される(踊られる)「パ・ド・ドゥ」で、金平糖の精である女王が、クララに、クララの若さを羨(うらや)み、くるみ割り人形の王子とクララが愛し合っているように見えるのを妬(ねた)み、本当は自分こそくるみ割り人形の王子を愛していたのに・・・と慨嘆し、
「でもね。分かってちようだい、クララ。今あなたが見ているのは、みんな夢の中の出来事なのよ。朝になってあなたの目が覚めたら、みんななかったことになってしまうの」とでも言っているような感じの踊りと表情に見えたことがあったのである。

読みすぎかも知れないが、大きく外れてはいないと思っている。このバレエの主役はクララとくるみ割り人形だが、もう一人の主役というか、本当の主役は金平糖の女王だという説を、何かで見聞きした記憶があるような、ないような。

しかし、そんなバレエの演出とは関わりなく音楽だけで十分楽しめるという点、曲そのものが持っている価値がそもそも違うのだ。私はゲルギエフ盤で聴いている。

さて、今回の演奏はスヴェトラーノフ指揮によるもの。
2010年12月15日付の記事で、彼の指揮による「マーラー 7番」の演奏をこき下ろしたが、スヴェトラーノフの演奏全てを否定するものではない。
それどころか、彼の指揮で曲の価値を再認識させられたものがある。「題名のない音楽館」内の「作品を中心に」にも書いたが、「チヤイコフスキー 交響曲第1番」が、それである。

こうした経験をさせてもらった演奏家を否定することはできない。「マーラーはやっぱりダメだった」というだけの話である。今回のくるみ割り人形」は良かった。

さて、番組の終りの方で、「形のない、しかし心のこもった贈り物」と、「絢爛豪華な宝物」の何れがいいか、というテーマで、曲同士の対決ではなく前者として「ジークフリート牧歌」を聴かせた。今や世界的大指揮者の仲間入りを果たした大野和士による1991年2月の演奏。番組内でもちゃんとその旨を紹介していて、適切だった。

しかし、私は未だにこの「ジークフリート牧歌」が苦手だ。退屈で退屈で、聴いていると眠くなって仕方がないのである。妻のために新たに作曲した曲を突然聴かせて喜んでもらう、という主旨の曲としては他に「愛の挨拶」(エルガー)が思い出されるが、それに比べても長すぎる。そかもくどい。

そうそう、同じ主旨の曲とされている曲がもう1つ。
グレン・ミラーの「真珠の首飾り」である。映画でのその場面の演出は素晴しかった。

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