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2010年10月11日 (月)

名曲探偵アマデウス ハイドン「ひばり」

BS2 2010年9月12日(日)18時~ 放送。

クラシックを中心として色々とこれまで聴いてきたが、未だに弦楽四重奏曲というジャンルには親しめないでいる。何とか克服(?)しようとしてベートーヴェンの全集やショスタコーヴィチの全集も手に入れて聴いてみようとしたのだが、全曲聴き通すことができないまま現在に至っている。
ずっと長い間、交響曲や管弦楽曲そしてピアノ曲(ビアノ協奏曲を含む)を中心に聴いていて、それらに比べると弦楽四重奏曲というジャンルには、表現力の豊かさというものに欠けるような気がしてならないのである。

ハイドンも余り聴いてこなかったが、あるときクレンペラーによる演奏によってハイドンの交響曲の凄さを知って、比較的よく聴く作曲家となった。
クレンペラーの演奏によってハイドンの交響曲を聴くと、ベートーヴェンの交響曲のモトは、ハイドンに発するものであることが分かったのである。換言すると、ベートーヴェンは、ハイドンの後継者ではあるがモーツァルトの後継者ではない、ということが分かったのである。

従って、この日の放送も「ハイドン」ということで聴いたというのが率直な処である。

曲は弦楽四重奏曲としては何度か聴いた方に属する「ひばり」。私はスメタナ四重奏団のCDで聴いている。

この「ひばり」という愛称のモトになった音型の説明など、これまで知っていることが語られているうちは大して興味を引かなかったのだが、終楽章でフーガ形式が採られている、ということが紹介され、「そうだったのか」と認識を新たにした。

終楽章にフーガ形式を持ってきたのはモーツァルトの「ジュピター」交響曲あたりが最初かと思っていたし、弦楽四重奏曲ではベートーヴェンの後期の作品あたりが最初だと思っていた。
「ジュピター」の凄さは、実は終楽章がフーガ形式になっている処にある、と気付かせてくれたのも、ハイドンを再認識させてくれたクレンペラーの演奏によってであった。

それが、「ひばり」で既にハイドンがやっていたと再認識させられ、ハイドンという作曲家の凄さをも再認識したのである。

ハイドンという作曲家は、モーツァルトとベートーヴェンという2人を、ある意味では世に出したとも言え、それだけでも十分に偉大な作曲家だったわけである。モーツァルトは友人として、ベートーヴェンは弟子として、ハイドンと親しくしている、ということで、どれだけ彼らにアドバンテージを与えたか、量り知れないものがあったと思う。ベートーヴェンに対しては余り「良き先生」ではなかったそうで、弟子の側もやがて不満を持って飛び出してしまったのだが・・・

そんな、ハイドンの偉大な処は、「交響曲の父」と称されてきたことにも通じるのだが、「弦楽四重奏曲の父」と称されることもある、ということも再認識させてくれた放送だった。

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