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2010年10月

2010年10月31日 (日)

N響アワー 2010年10月24日

本年、生誕200年となるシューマンの特集2回目ということで、「序曲、スケルツォと終曲」から序曲、ビアノ協奏曲全曲、「ライン」から第5楽章が取上げられた。

私は、シューマンの作品はピアノ曲に神髄があると思っていて、ここで取上げられた曲は、殆ど聴かない。また、ピアノ協奏曲は名曲だと思っているが、交響曲はむしろ第4番が好きで、第3番「ライン」は無意味にオケの分厚い処があり、決して好きな方ではない。

しかし、この日に放送されたのはマリナーの指揮で、2010年9月25日、NHKホールでの収録だったのだが、名演だと思ったし、「あ、こんな曲だったのか」と見直すものだった。

余りしょっちゅう聴くわけではない曲なので、それこそ放送でこの1月に「特集 大河の調べとわに」で秋山和慶の指揮で聴いて以来である。この演奏が絶望的につまらなかったので(このときの評はこちら)余計にひう感じたのかも知れないのだが・・・

ところで、この回は久しぶりにゲストを呼んでいた。シューマンに関連する小説を書いた奥泉光という人だったのだが、余りにもしゃべりすぎでうるさかった。テレビに出られたということで、舞い上がっていたのではないか? 歴代の司会者の中で西村朗はよくしゃべる方だと思うが、その西村が合いの手を入れるタイミングを計りきれずに困惑気味だったように見受けた。

しゃべると言っても西村は、音楽の面から本質に近いことをズバッと言う、というのに近いから良いのだが、今回のゲストは、音楽に直接関係のない、周囲の状況とか時代背景とか、そうしたことに重点を置いた話になりがちで、そんな話は余り多くは聴きたくない。

私も文化系なのだが、理科系の学科の受験に失敗して進路変更したためであって、本質は理科系なのだと思っている。文化系の人のモノの考えの進め方や、音楽の聴き方に極めて強い違和感を覚えることが、これまでに何度もあった。それが原因かも知れない。

2010年10月29日 (金)

題名のない音楽会 2010年10月24日 続き

(前稿から続く)

この日の番組で、ツィターを使った、よく知られている曲として「第3の男」だけを取上げるのは不満で、私としては、クラシック寄りの番組ということからして、ヨハン・シュトラウスの「ウィーンの森の物語」を取上げるべきだった、と書いた。但し、最近はツィター独奏と指示されている部分をヴァイオリンで演奏することが多く、それによって音楽を壊しているとも評した。

他のウィンナワルツと同様に、私が「ウィーンの森の物語」を最初に聴いたのはクラシック音楽を聴き始めて間もない頃であり、随分昔のことである。
しかし、この曲は何時まで経ってもよく分からず、好きになることもなかった。

それが、ある時、ツィター独奏が完全に入っている形で聴く機会があり、それによって一遍に好きになった。大好きになったと言ってもよい。他のヨハン・シュトラウスのワルツに比べても大きな価値を持つ曲だとも思うようにもなった。ひょっとするとベストの曲かも知れない。

そのように私の中で評価を一変させるきっかけを作ったのが、クナッパーツブッシュの盤である。全体は、一言で言うと実にネバッこい演奏である。ウィンナワルツ独特の、「均等には刻まれない3拍子」も、今聴くと少しオーバーなのではないかと思う向きもあるかも知れない。
しかし、これが本来の姿なのではないか。
そして、ツィターのソロが入ることによって、この曲の本来の魅力が引き出されているのが、何よりも素晴しい処である。

もう1枚、クレメンス・クラウスの演奏を挙げておく。モノラルで音も良くないが、クナッパーツブッシュの演奏が下品だと感じるのであれば、この方がいいかも知れない。

考えてみれば、こうした、ツィターのソロがちゃんと入った演奏が余り行われなくなったため、この日の番組で誰もこの曲を例として挙げなかったのかも知れない。まあ、そうであれば、悲しいことではあるが、ツィターのソロが入った演奏は、「楽器の絶滅危惧種」ならぬ、「演奏形態の絶滅危惧種」ということになってしまう。

さて、もう一点だけこの日の内容で感じたことを挙げる。見たこともない楽器である「セルパン」に関してである。

「教会で使われていた」ということが紹介され、「セルパンによって怒りの日」が演奏され、「ベルリオーズが、『幻想交響曲』で最初は、この楽器を指定していた」という話があった。「幻想」の最終楽章で、奇怪なテーマが色々と出てくる中、だめ押しに近い感じで出てくる部分を指す。

手元の総譜を確認すると、129小節めから、ファゴットと2台のチューバで出てくる。セルパンという楽器の指示はないが、出版前にベルリオーズが変更したのか、原版にあったものがポケットスコアで削除されたのかは分からない。

で、ここからは半分私の想像になるのだが、教会に置かれていて「怒りの日」が演奏されることもあったので、ベルリオーズはこれをセルパンという楽器ごと取り込むことを思いついたのではないだろうか。ただ、余りにも音程が不安定で取扱いも難しいことから、彼自身の意志によるものか、演奏する上での都合によるものかは不明だが、チューバに変更された、ということではなかっただろうか。

ちなみにこの「怒りの日」の部分は、134小節めから、鐘の音と一緒になり、2回目からは縮小カノン(音の長さを短くして同じメロディーを奏すること)となり、縮小が縮小を呼び、厳粛な「怒りの日」が、遂には戯画的な音にまで成り下がってしまい、「怒りの日」までが奇怪な音楽を構成する要素となって行くのである。

「怒りの日」を交響曲の終楽章に持ち込み、さらにはそれを、とんでもない扱い方で処理してみせる、というのはベルリオーズでないとできないことだっただろう。それによって、後世にまで残り、よく演奏されるレパートリーとしては、ベルリオーズの名はこの「幻想」1曲だけでも十分、というほどの作品となったわけである。

「幻想」の私のベスト盤はミュンシュ指揮によるものである。
パリ管弦楽団盤と2通りあるが、私はボストン交響曲との演奏の方をより高く評価している。

2010年10月27日 (水)

題名のない音楽会 2010年10月24日

この日の放送内容は、「『絶滅危惧種』」となっている楽器がある」ということで、ツィター、ヴィオラ・ダモーレ、セルパンという3種類の楽器が取上げられ、それを保存するためにはどうしたらいいか、ということを提案するという趣向だった。絶滅寸前から「復活」したという楽器の例として、テルミンが引き合いに出されていた。

もとより、復活させるための策として余りマジメな内容が提案されるはずもなく、セルパンに至ってはメンバー一同がつぶしにかかったりもした。セルパンというのは不思議な姿の楽器で、もともとは教会音楽で伴奏用として使われたものだそうだ。佐渡裕も見たことなく、もちろん私も見見たことはない。つぶしにかかったのも、登場したセルパン奏者さえOKしていれば、視聴者として余りかみつくつもりはない。

ただ、ツィターについて、「よく知られている曲としては『第3の男』しかない」としていたのは大いに不満がある。

確かにツィターで演奏する曲としては、同名の映画「第3の男」(1949年イギリス)のテーマということもあって最も有名だし、奏者のアントン・カラスも、この映画によってよく知られるようになった。エビスビールのCMで使われたりもしている。

しかし、それだけで済ませるのは不満がある。
「題名のない音楽会」は、「ジャンルを問わず何でも取上げる音楽会」という意味もあるわけだが、あくまでもクラシック寄りの番組である。

だから、「もう1曲、大事な曲を忘れてはいませんか ! ?」と言いたいのである。
ヨハン・シュトラウスの「ウィーンの森の物語」だ。

この曲はヨハン・シュトラウスのワルツの中でも最も有名な方に入る曲だし、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでも時々取上げられるし、CDも多い。
これの序奏とコーダにツィターの独奏部分があるのだ。

オーケストラによる序奏が一段落したあと、75小節めから108小節めまで、34小節にわたってツィター独奏が繰り広げられる。第2ワルツのメロディーによるものだ。
しかし、最近の演奏やCDでは、ここをヴァイオリン独奏で済ませている場合が多い。そういう演奏を聴かされたり見させられたりすると、心底ガッカリするのである。

確かに、手元の総譜を見ると「ツィターがない場合はヴァイオリンで演奏する」となっているので間違いではないのだが、しかし、楽想はどう聴いてもツィターに適したものだし、ましてやウィーンフィルのコンサートだったら、今でも現役のツィター奏者を招くことは、日本で演奏する場合に比べてさほど困難があるようには思えないのである。

最悪だったのは、ツィターによる独奏を呼んでおきながら、後半部分をヴァィオリンがやったときだ。マゼール(2005年)だったと記憶する。後半部分は、第2ワルツのメロディーから外れてゆき、遂にはVivaceになって盛り上がってゆき、第1ワルツに繋げでゆくのだが、その部分こそ、ツィターに合った楽想だし、それに留まらずアルプスの雰囲気も出し、チィターの魅力を最大限に引き出すはずの部分だからである。
そこを、せっかくツィター奏者を呼んでおきながら、ヴァイオリンで演奏するというのは・・・マゼールが弾き振りをしたはずだ。要は目立ちたがり屋に過ぎない。
いくら「お祭り」の要素の大きい、気軽なコンサートだと言っても、音楽を台なしにしてよいわけではない。

(この稿続く)

2010年10月25日 (月)

仲道郁代のピアノ初心者にも弾けるショパン

NHK教育TVで放送していた「仲道郁代のピアノ初心者にも弾けるショパン」が、10月20日(水)に終了した。
「あなたもアーティスト 趣味工房シリーズ」の一環として放送されてきた番組である。生徒役として俳優の長谷川初範が登場。NHK朝ドラの「純情きらり」(2006年上期)で、主演の宮崎あおいのピアノ教師を演じた人である。

初回の放送を聴いて、半分以上聴き続ける気をなくしたのだが、放送時間の中ほどに仲道郁代によるショパンの曲の分析や解説のコーナーがあり、見続けることとなった。

聴き続ける気を削がれたのは、課題曲としてレッスンした曲の何れも、余りにも簡単な「初心者向けアレンジ」によるものだったためである。
課題曲は4曲で、「前奏曲『雨だれ』」(変ニ長調Op.28-15)、「ノクターン第2番」(変ホ長調Op.9-2)、「軍隊ポロネーズ」(イ長調Op.40-1)、「前奏曲第7番」(イ長調Op.28-7)が取上げられたのだが、何れも全てハ長調に移調し!、「前奏曲第7番」を除き全て8小節分!しかやらなかったのである。

初心者向きのレッスンと謳ったこうした番組のよくやる手で、過去のNHK教育のこうした番組にも例があった。

しかし、移調して妙な音でやっているのを我慢すれば、ショパンらしさの片鱗は除かせる音のする編曲であったし、両手を使い和音も鳴らし、ペダルも使っていたので、まあマシなほうではあった。そして、仲道郁代が「ショパンらしく弾くコツ」を伝授する場面が必ずあったのも、それなりに参考にはなった。

で、何よりもショパンの分析または解説の部分なのだが、最終回のこの日の分はとくに印象に残った。

「別れの曲」として知られる「練習曲Op.10-3」の指定速度についてである。

現在この曲はLento,ma non troppo(レント・マ・ノン・トロッポ。遅く、しかし過度にならないように)という指定だが、元々はVivace(ヴィヴァーチェ。速く生き生きと)だったと言うのである。

手元の春秋社版では、Lentoのこの曲は1分間に8分音符が100と示されていて、Vivacesと指定されている「黒鍵のエチュード」(変ト長調Op.10-5)は、1分間に4分音符で116という速度が示されている。8分音符と4分音符の違いがあるので、ほぼ2倍の速度ということになる。
この話は私にとって初めて聞く話ではない。何かの解説で読んだ記憶がある。しかし、初めの処だけではあるが、仲道郁代が、「もしVivaceだったら、こうなる」と言って、弾いて見せたのだ。ただ知っているというのと、「実際にはこんな音・こんな曲になる」と示されたのとでは、感じ方も理解も雲泥の差だ。

そして、この曲がホ長調、つまり長調であるのに、深い哀しみのようなものが表されている、と続け、「短調だったら、こうなる」と言って続けて弾いて見せた。彼女が「これでは陰々滅々の感じになる」と言っていたが、そのコメントを待つまでもなく、聴けば、これはダメだと分かるものだった。

ショパンはこの「別れの曲」のメロディーを大変気に入っていたそうで、「これほどまでに美しいメロディーを私は書いたことがない」と言ったという話もある。

しかし、Vivaceとしていたのを、どんなきっかけでLentoに変更したのだろうか。
同じ練習曲集Op.10の中の2曲後でVivaceと指定されている「黒鍵のエチュード」でも、きらびやかで細かい音型の中に、美しいメロディーが浮かび上がって聞こえてくるし、ショパンの他の曲でも、そうした例は幾らでもある。
「別れの曲」も、「黒鍵」ほどではないが細かな音型の中にメロディーが浮かび上がる」という点では若干の類似がある。だからVivaceのままだったとしても、それはそれなりのメロディーとして聞くことができて、それなりに成立し得たはずだ。

しかし、なぜかショパンはLentoに変更すべきだと思いついた。まさに天才のヒラメキと言うしかない。それによって幅広い人気を持つ曲となって、後に「別れの曲」という題まで付けられることとなったわけだ。

この番組は、全ての課題曲をハ長調に移調した編曲でレッスンしたという点が最大の難点だったが、こうした、ショパンの分析・解説は面白かった。それと、番組の中で仲道郁代がオヤジギャグを連発していて、お茶目で可愛い人だと見直したのも収穫だった・・・・まあ、これはレッスン内容とは直接に関係することではないが。

テキストも、迷ったが、仲道郁代による、ちゃんとした版による演奏が収められているCDが付録としてついていたので、結局購入した。
仲道郁代のショパンはだいたい持っているが、課題曲となった曲のオリジナル版だけを取り出して聴くよりも手間が省けるというものだ。

この中に入っている「雨だれ」も、既に手元にあるのと同じ演奏なのかどうか不明だが、改めて聴き直してみた。
凄い。雨だれの音を聞きながら次第に孤独感や不安な感じが増してゆき、中間部でffで爆発する・・・聴いていて、恐ろしくさえなった。

このレッスンでは殆どの曲について8小節分だけしかやらなかった、と初めの方に書いた。そんな長さでは、この「雨だれ」にしても、肝心な中間部には勿論辿り着かない。それは、ショパンを弾いたことにならない。

で、付言すると、テキストには移調した編曲版で、全曲の楽譜もそれぞれ掲載されている。
しかし、原曲の楽譜も掲載されているので、私なら、苦労はしても、原曲版でアタックすることをお薦めする。編曲版で練習すると、その版に適した指使いで指が覚えてしまう。その後で原曲を弾こうとしても、指が覚えてしまったものが障碍となって、却って手間がかかる。

2010年10月23日 (土)

N響アワー 2010年10月3日 マリナー指揮 ブラームス1番

最近、ブラームスという作曲家の作品からは遠ざかっている。彼の作品の、持って回ってこねくり回した感じがイヤになったためである。

とくに交響曲の中でも第1番がそうだ。余り張り切りすぎたためか、力が入りすぎ、流れが自然でない。ベートーヴェンを思い起こさせる音型が随所に出てきたり、何よりもハ短調で始まりハ長調で終わるという構成がベ゛ートーヴェンの第5などの構成と同じであることから発表されてすぐに「第10」などと賞されたと言うが、所詮ブラームスはベートーヴェンではない。

この日の演奏を聴きながら、つくづくその思いを強くした。

指揮のせいもあるかも知れない。なにぶん、マリナーは大きな規模の曲は必ずしも得手ではないし・・・と思っていたら、ブラームスに関してはマリナーは「直系」らしい。マリナーが指揮で師事したのはピエール・モントゥーで、そのモントゥーはブラームスと一緒に演奏したことがあり、なおかつブラームスを尊敬しその作品をよく演奏したとのことだ。

確かにモントゥー指揮ロンドン交響楽団の「2番」を持っているが、名演だし、どちらかと言うと好きかも知れない、という、私にとっては数少ないブラームス作品の1つとなってしる。

だから、このマリナーによる演奏は、「直系」による演奏ということになるが、私にとっては可もなく不可もないというものでしかなかった。名演だと番組内では讃えていたし、例によって会場から下品なブラボーがかかったが、そんなに良い演奏だっただろうか。

私のベスト盤は、若い頃のベームがベルリンフィルを振った演奏である。これによってこの曲を知ったし、その後もミュンシュ指揮バリ管弦楽団盤など色々な演奏を聴いていた頃があるが、次第にこの曲のイヤミな処が我慢できなくなっていったのである。

マリナーの演奏は、このベーム盤に比べると厳格な雰囲気に欠け、ミュンシュに比べると熱気が圧倒的に足りない。平凡な演奏と言ってよい。曲の最後の盛り上がりはそれなりにあったが、この曲はそのようにできているのだ。その最後の部分で盛り上がらないような演奏があれば、それこそ最悪の演奏ということになる。

2010年10月21日 (木)

クラシックカフエ 2010年10月18日(月)からブラームス4番

ブラームスの交響曲第3番は嫌いだ・・・という記事を頭の中で纏めていたとき、たまたま所用でクルマに乗っていたら4番がかかっていた。NHK-FMで平日の午後2時から放送している「クラシックカフエ」である。始めからそのつもりでかけていたわけではないので、第3楽章の後半からだったが、この曲は凄い、と改めて思った。

吉田秀和も書いているが、ブラームスという作曲家は、歌曲においてはモーツァルトやシューベルトほどの才能はなく、交響曲においてはベートーヴェンほどの構成力はなく、とにかく先輩にあたる作曲家に対して才能のないことに悩んでいた(はず)、ということになっている。

吉田秀和の、こうした指摘を見つけたことによって、私がどうしてもブラームスの作品の、こねくり回した感じのつきまとうことに馴染めないでいたことの理由のひとつが分かったような気がしたものである。

交響曲でいうと第1交響曲など典型的な例だ。若い頃、この曲を聴き始めたときはそれでも何とか聴いていたが、歳を重ねるごとに、段々と鬱陶しくなっていって遠ざかったのである。

2番はまあ聴くし好きな方だが、3番となるともういけない。

しかし、4番は、好きかどうか自分でも分からないのだが、3番までと違った凄さがある。
第1楽章、第2楽章の諦観、第3楽章の激しさ、そして何といっても第4楽章のパッサカリアには圧倒される。この曲は第4楽章によって価値を高めている。パッサカリアなどという形式を交響曲にもってくるなど、ブラームスでないとできないことだったた゜ろう。いや、他の人が既にやっていたのかもかも知れないが、ブラームスほどには成功しなかっただろう。

色々な点で先輩にあたる作曲家たちに比べて才能がないことを多分自らも認めざるを得なかったはずのブラームスが、数少ない、自らがプライオリティとして居場所を見つけたのが、「変奏曲の達人」ということであった。変奏曲形式を交響曲の終楽章に持ってきた例はブラームスよりも以前に何人もの作曲家の作品があるが、変奏曲でも、パッサカリアという形式によるものは、彼でないと成功しなかったはず、というのは前述の通りである。

尚、この日のクラシックカフェでかかっていたのは、ラトル指揮ベルリンフィルの演奏だった。この組み合わせの演奏には、結構良いものがある。

ちなみに、私の第4交響曲のベスト盤は、ワルター指揮コロンビア交響楽団のものである。

2010年10月19日 (火)

N響アワー 2010年10月17日

シューマン生誕200年特集ということで、第1週の今回は、音楽評論の分野におけるシューマンの功績について語られる内容だった。

ショパンをごく初期の作品から「天才だ」と称揚し普及に手を貸し、シューベルトの「ハ長調 ザ・グレイト」を「発見」し、ブラームスの才能を認めて援助してゆく・・・という音楽評論における功績は、クラシックファンなら知っている人も多く、それを改めて振り返るという企画は、それなりに良かった。

しかし、とくにショパンにおいて言えるのだが、ごく初期の作品というのがどんな曲だったかが分からないと、早期に才能を見いだしたシューマンの凄さは伝わってこない。

今回ショパンの作品として例示し演奏されたのはピアノ協奏曲第1番であり、これではショパンのオーケストレーションも、ヘタはヘタなりにまとまりを見せ始めた作品だから、「まあ、そうかも知れない」ということになってしまう。番組の中で曲名だけ紹介されていた「初期の作品」というのは、私は聴いたことがないはずで、察するに、ピアノ協奏曲第2番とか「アンデンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」レベルの、極めてオームストラパートの薄い・・・要は、ヘタということ・・・作品ではないだろうか。そのレベルで「天才」と認めたのであれば、シューマンの凄さが一層際立つというものである。

同様なことはブラームスにも言えて、ショパンと違って「どの作品」とは言えないのであれば、せめて初期の作品から「こんな曲を聴いて才能を見いだしたのではないか」といった進め方をすべきだったのではないだろうか。例示し演奏されたのは交響曲第3番の第3楽章であり、これでは円熟期の作品であって、ショパンと同様に、「まあ、そうかも知れない」ということになってしまう。

ここで番組の内容とは関係ない話になるが、ブラームスの、ここで演奏された交響曲第3番の、とくにこの第3楽章というのは、私にとって、どうにも我慢ならないほど嫌いな音楽だということがハッキリしてきた。交響曲第3番という曲自体、以前から親しめなかったし、さほど重要な曲とは思えなかったのだが、どうやら「嫌い」だということがハッキリしてきたようだ。多分、これは誰が振ったとしても同じだ。

これに対し、シューベルトのハ長調交響曲はブムロシュテットの指揮で、これは以前、このN響アワーだったか別の番組だったか失念いたが、そのときも「何じゃこれは」と思った演奏で、やたらスピード感のある奇演・怪演だ。シューベルトのこの曲のイメージをこれほどにも破壊しきった演奏はないだろう。これは、例示した演奏が悪かったということだ。

ちなみに、私か未だにベストと考えているのは、レヴァイン盤である。発売当時大変高い評価を得た演奏であり、私もこの演奏によってようやくこの曲の真価が分かったのだ。尚、当時は「9番」とされていた。

2010年10月17日 (日)

芸術劇場 2010年10月15日(金) サイトウキネンオーケストラ

小澤征爾が「復帰」したが、腰痛のため舞台に立てる時間が制約され、10分程度ならOKということで、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」の第1楽章だけを自ら演奏し、あとのプログラムは下野竜也に任せた、という内容。

弦楽セレナーデは今までに聴いたことにないような表情の豊かさで、本人がインタビューで「以前よりも時間が取れるので楽譜を深く読むようになったかも知れない」と言っていたことを反映した演奏となったようだ。ただ、ヘタをするとその表情づけは過度になってしまったのではないか。

また、下野に任せた「幻想」だが、下野の演奏を見ながら、小澤が日本フィルの常任だった頃、この曲を演奏していたときの映像と音を白黒で見聞きしたときのものを思い浮かべてしまった。

下野の演奏はそれなりに良かったし、終楽章のエルギッシュな盛り上がりも良かったが、現在の小澤にあのような演奏ができるのだろうか、と思ってしまったのである。

下野の演奏を聴きながらではあるが、「幻想」は、その後色々な作曲家が試みる「青春の交響曲」の系譜のスタートを切る曲だということを改めて実感したのである。当時としては異常と言ってよい管弦楽法であり、異常と言ってよい大規模な編成であり、おどろおどろしい響きもあり、かなりの「毒」もある。ベルリオーズ自身の「失恋の曲」でもある。

こんな曲を演奏するのは、やはりある程度は指揮者の年齢も若い方が適しているように思う。または、歳は重ねてもずっと青年のような心を持った指揮者でもいい。小澤は歳をとったし、「大家」になりすぎた。「弦楽セレナーデ」を聴いて、生き生きとした、音楽的な演奏であることに変わりはないが、どうしても「健全」すぎる印象が否めなかったのである。

また、小澤に今後「もしも」のことがあったとき、このフェスティバルは誰が続けてゆくのか、続けてゆけるのか、ということも気になってきた。

2010年10月15日 (金)

こだわり人物伝 バーンスタイン ショパン

NHK教育TV 2010年10月から11月。毎週水曜22時25分~22時50分放送。再放送は翌週水曜日5時35分~6時。

素晴しい番組が始まった。

この「こだわり人物伝」は、そのときどきのテーマとなる人物に関心が持てるクールに限って見ているのだが、今回は私にとってのベストセレクションだ。

何しろ、バーンスタインについて、愛弟子の佐渡裕が語るのである。
バーンスタインに学んだことを、実際に教わっているシーンの個人的なビデオやバーンスタインの演奏を交えながら語ってゆき、バーンスタインの指揮活動だけでなく作曲面についても触れてゆく。

ここでは関連して語られるエピソードを1つだけ紹介する。

札幌で行われているPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)は1990年にバーンスタインが創始したものだが、若手音楽家への指導を終えたバーンスタインは、帰国後4ヵ月後に死亡した。肺癌で命に関わる健康状態だったのだが、精力的に指導する姿を間近で見ていた佐渡は全く気がつかなかったのだそうだ。最後の最後まで音楽を愛し、若手の指導にも熱心だったのがバーンスタインであった。

尚、PMFは当初北京で行われる予定だったが、事情により札幌で始まった、とPMFのホームページには記載されている。ひょっとして・・・?と思っていたら、このテキストで書いてあったのだが、やはり前年に「天安門事件」とその後の混乱を避けてのことだった。
この番組は、テキストと実際の話が必ずしも一致しないので、番組中で触れるかどうか分からない。

何しろ「天安門事件」は、本年のノーベル平和賞の問題でも再度明らかになったように、現在に至るまで中国にとっては触れられたくない事件なのであり、それを戦い抜いてきた人たちにとっては現在にまで続く「未解決事件」なのである。そして、世界の目も、未だに許すことのできない事件として注視し続けているのだ。

しかし、代替として札幌で始まったこのPMFが、現在に至るまで続けて来られたというのは、すごい。地元の人たちの強力なサポートによるもののはずで、心から敬意を表したい。

尚、ショパンについては作家の平野啓一郎が評伝の形で、作曲家の人生と作品を関連づけながら進めてゆく内容のようである。こういう形でショパンの生涯と作品を追ってゆくのもアリだろう。
この作家は知らなかったが、ショバンの評伝「葬送」を既にモノにしていて、関連するCDも出しているようだ。

私は、番組を見たあとで買うかどうか決めるつもりである。

2010年10月13日 (水)

題名のない音楽会 2010年10月10日 ユンディ・リ

ユンディ・リは、2000年に開催されたショパン国際ピアノコンクールで優勝して以来、日本にも度々訪れていて、人気も高い。この題名のない音楽会にもしばしば登場している。

しかし、私は彼の演奏をいいと思ったことは一度もない。

この日も、「お得意のレパートリー」としてショパンを演奏した。「まあ、これはこういう曲ですわなあ」といった感想しか思い浮かばない。不満を覚えながら、何かが足りない、何が足りないのか、とずっと考えていた。

で、最後に取上げたのが「華麗なる大ポロネーズ」であった。ユンディ・リがコンクールで弾いた曲で喝采を浴びたそうだが、私は、ショパンのポロネーズの中で最も中味のない曲だと思っており、それを取上げたことによって、また番組の中でずっと「ショパンは繊細さと情熱的な部分のバランスが取れている」という発言があったのを通じて、何が足りないのか分かったのである。

ショパンを「繊細さと情熱的な部分のバランス」と捉えているだけでは、本質に迫ったことにはならない。
むしろ「繊細さと情熱的な部分がゴッタ混ぜになっている」曲が多いとすべきだ。それはしばしば「バランス」ではなく「情熱」の勝ったものとなり、破綻寸前の処まで進んでゆく。そしてその「情熱」は、しばしば暗く、深い悲しみに堕ちてゆくものであって、聴く者をたじろがせずにはおかない力を備えている。

だから同じポロネーズであれば、せめて第7番変イ長調Op.61「幻想」か、もっと暗い情熱がほとばしる第5番嬰へ短調Op.44で勝負すべきなのである。ポリーニが若い頃に録音したものを聴いてみたらいい。これは、ポリーニがショパンコンクールで優勝したあと暫く演奏活動を休み、再開した直後の録音だったと思う。20代の演奏。

さて、「華麗なる大ポロネーズ」だが、この日はオーケストラ付きのバージョンで演奏された。この曲は、多分オーケストラのパートが余りにも貧弱だからだろうが、オーケストラの部分の一部を独奏ピアノに取り込んでピアノ独奏で演奏されることが殆どで、しかも「アンダンテ・スピアナート」の部分を前に付けて続けて「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」として演奏されることが多い。

ショパンのCDはかなり持っているが、私のコレクションの中でも、オーケカトラ付きで演奏されているのはフランソワ盤だけである(現在入手できる新品がオケ付きかどうかは確認できていない)。
だから珍しいものを取上げたという点では敬意を表する、ということは付け加えておきたい。

2010年10月11日 (月)

名曲探偵アマデウス ハイドン「ひばり」

BS2 2010年9月12日(日)18時~ 放送。

クラシックを中心として色々とこれまで聴いてきたが、未だに弦楽四重奏曲というジャンルには親しめないでいる。何とか克服(?)しようとしてベートーヴェンの全集やショスタコーヴィチの全集も手に入れて聴いてみようとしたのだが、全曲聴き通すことができないまま現在に至っている。
ずっと長い間、交響曲や管弦楽曲そしてピアノ曲(ビアノ協奏曲を含む)を中心に聴いていて、それらに比べると弦楽四重奏曲というジャンルには、表現力の豊かさというものに欠けるような気がしてならないのである。

ハイドンも余り聴いてこなかったが、あるときクレンペラーによる演奏によってハイドンの交響曲の凄さを知って、比較的よく聴く作曲家となった。
クレンペラーの演奏によってハイドンの交響曲を聴くと、ベートーヴェンの交響曲のモトは、ハイドンに発するものであることが分かったのである。換言すると、ベートーヴェンは、ハイドンの後継者ではあるがモーツァルトの後継者ではない、ということが分かったのである。

従って、この日の放送も「ハイドン」ということで聴いたというのが率直な処である。

曲は弦楽四重奏曲としては何度か聴いた方に属する「ひばり」。私はスメタナ四重奏団のCDで聴いている。

この「ひばり」という愛称のモトになった音型の説明など、これまで知っていることが語られているうちは大して興味を引かなかったのだが、終楽章でフーガ形式が採られている、ということが紹介され、「そうだったのか」と認識を新たにした。

終楽章にフーガ形式を持ってきたのはモーツァルトの「ジュピター」交響曲あたりが最初かと思っていたし、弦楽四重奏曲ではベートーヴェンの後期の作品あたりが最初だと思っていた。
「ジュピター」の凄さは、実は終楽章がフーガ形式になっている処にある、と気付かせてくれたのも、ハイドンを再認識させてくれたクレンペラーの演奏によってであった。

それが、「ひばり」で既にハイドンがやっていたと再認識させられ、ハイドンという作曲家の凄さをも再認識したのである。

ハイドンという作曲家は、モーツァルトとベートーヴェンという2人を、ある意味では世に出したとも言え、それだけでも十分に偉大な作曲家だったわけである。モーツァルトは友人として、ベートーヴェンは弟子として、ハイドンと親しくしている、ということで、どれだけ彼らにアドバンテージを与えたか、量り知れないものがあったと思う。ベートーヴェンに対しては余り「良き先生」ではなかったそうで、弟子の側もやがて不満を持って飛び出してしまったのだが・・・

そんな、ハイドンの偉大な処は、「交響曲の父」と称されてきたことにも通じるのだが、「弦楽四重奏曲の父」と称されることもある、ということも再認識させてくれた放送だった。

2010年10月 9日 (土)

名曲探偵アマデウス はげ山の一夜

BS2 2010年10月3日(日)18時~ 放送。

この番組は、クラシック音楽の「楽曲解析」(アナリーゼ)をテーマとした珍しい番組だということを以前書いたが(2010年10月1日「名曲探偵アマデウス って知ってますか)、そのことを通じて、よく知っている曲であっても「ああ、そうだったんだ」と改めて曲の魅力や聴き処を再認識させてくれることも、番組の価値を大きなものとしている。

「はげ山の一夜」なんて、色々と聴き進めてきたクラシックファンであれば、もう余り聴くことはなくなっているのではないだろうか。

しかし、この曲が現代の「ホラー音楽」に通ずるものであるとか、それはカクカクシカジカの音型によるもものだとかいうことを示されると「ああ、確かにそれも言えるなあ」と納得できるものであった。
また、ムソルグスキーが最初に管弦楽曲として発表したときには評判が悪かったが、どうしても世に出したいという意志によってオペラの中で合唱曲として使おうとした、といったエピソードは、必ずしもよく知っていたわけではない。

そして、これは知っている人が多いはずだし私も知っていたことだが、現在よく演奏されているこの曲は、リムスキー・コルサコフがアレンジした版によるものである。
そして、曲の後半の「夜明け」の情景とも言うべき部分は、ムソルグスキーが残した材料をもとにリムスキー・コルサコフが付け加えたもので、その部分が付け加えられたことによって、曲の価値が高まり、よく聴かれるようになってゆくことに繋がっていった、ということは、改めてこの放送で知ったと言ってもよい。

確かに、そう知ってしまえば、「はげ山の一夜」の全体を通じてリムスキー・コルサコフ的な響きがするように思えるし、とくに「夜明け」に相当する部分は、全くリムスキー・コルサコフの作品そのものだと言ってよいみたいだ。であるのに、あくまでもムソルグスキーという1人の作曲家の作品として、不自然な処がなく繋がって聞こえる、というのが、凄いことである。

ムソルグスキーという作曲家は、個人生活は破綻していた無頼の人であった。生前には殆ど名声を得ることもできなかった。
しかし、「はげ山の一夜」ではリムスキー・コルサコフという作曲家に恵まれ、またよく知られているように「展覧会の絵」ではラヴェルという作曲家に恵まれることによって、幅広い聴衆を獲得することができた。考えようによっては、実に幸せな人だったとも言えるだろう。

2010年10月 7日 (木)

題名のない音楽会 2010年10月3日 描写の音楽

番組表を見て「描写の音楽」となっていたので、どんな曲が出てくるのかと思っていたら、「序曲 1812年」だった。

・・・って、それはないだろう。

総譜が手元にないので確認はしていないが(買うつもりもないが)、あれを描写音楽とするのは、天国にいる(はずの)チャイコフスキーの苦笑を禁じ得ないのではないか。

確かにロシア民謡風のメロディーも、フランス国歌も、ロシア国歌も、教会の鐘も、祈りのようなメロディーも出てくるし、遂には大砲の音まで出てくるのがこの曲であり、フランス国歌が次第に弱々しくバラけてゆくのはナポレオン軍が劣勢になってゆき敗走してゆく様子を現しているのは確かである。

しかし、これを「描写音楽」と称し、音楽が鳴っている間、ひとつひとつのセクションごとに描写的な説明を付けてゆく、というのは、それはないだろう。色々な要素を提示し、それを斬ったり貼ったり組み合わせたりして音楽を形作って進めてゆくのは、クラシック音楽として当然のことを行っているだけであり、それが「描写音楽」というのであれば、かなりの曲が「描写音楽」となってしまうのではないだろうか。

もう1つ苦言。

「1812年」を演奏する前説として、より簡単な描写音楽の例のひとつとしてJ・シュトラウスの「ピッツィカート・ポルカ」を挙げていた。あのピッツィカートは、「剣を鳴らしている音」が元になっていると言う。それはそれで知らなかったことであり「へえ」と感心もしたが、分かりにくいのも確かだ。

J・シュトラウスであれば、もっとふさわしい曲があるではないか。貴婦人がたがペチャクチャお喋りをしている様子を描いたとされる、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」の方が、より適切な例ではないか。

さらに言えば、ルロイ・アンダーソンの「タイプライター」や「サンドペーパーバレエ」「ワルツィング・キャット」などがある。「タイプライター」も「サンドペーパー」も現物の音も使ってはいるが、オケでもそれを模した音を出す。「キャット」だと、オケだけでネコの声を模している。

夏にやっていた「N響ほっとコンサート」でルロイ・アンダーソンを何曲か取上げていた。改めて聴いて、決して古さを感じなかった。忘れられていい作曲家ではない。

ちなみに「1812年」だが、割と好きな曲だ。
レコードの時代、最後の大砲の部分をうまく再生できるかどうか(レコードの溝が極端に大きくなるので針が飛ぶのである)、再生できたとしててもスピーカーが保(も)つかどうか(余りに大きな振幅となり、壊れてしまうことがあった)が、仲間うちで話題となったものだ。
CDではそんな問題はなくなったのだろうか。

私はカンゼル指揮 シンシナティ・ポップスで聴くことが多いのだが、スピーカーが壊れてはイヤだと思い、いつも音量は下げ気味にしている。もしヘッドホンで聴くとして、絶対に音量は上げないようにしてもらいたい。

2010年10月 5日 (火)

ルイージ指揮 PMFオーケストラ演奏会

2010年10月2日(土)、8月3日にPMFオーケストラの札幌での公演がBS2で放送された。

PMFとはパシフィック・ミュージック・フェスティバルの略で、バーンスタインの提唱により、1990年に札幌で始められた音楽祭。バーンスタインは最初の一年だけで亡くなってしまったが、その後名だたる指揮者があとを継ぎ、現在はルイージが音楽監督を務めている。

大きな目的として、若手の音楽家を、現役の第一線で活動中の演奏者によってレッスンし、次の世代を担う音楽家として育てるということが挙げられる。
PMFオーケストラは、そうしてレッスンを受けた演奏者が「卒業公演」のような位置づけてオケを組み、演奏するもの。

で、この日の公演はショパンのP協2番とブルックナーの7番。指揮はルイード。そして、ピアノはリーズ・ドゥ・ラ・サール。

まあ、ブルックナーはんなものだろうと思った。ノヴァーク版によるものだったので、第2楽章のクライマックスでシンバルが入り・・・私はあの部分は絶対シンバルが必要と思っているので・・・それも適切だと思った。

ところが、余り期待せずに聴いたショパンが凄く良かったのだ。

ショパンのP協は2曲あるが、何れもオーケストレーションがヘタだというのが定評で、ショパンは余りその技法を深めることなく独奏曲をメインとして作曲を続けてゆくことになるのだが、1番はまだしも、2番となると殆どどうしようもなくオーケストラが薄い。それもあってか、1番はしばしば演奏会の曲目に載るが、2番はかなり頻度が少ないのではないだろうか。

それでも2番は、素晴しい第2楽章が存在していて、それだけで十分に存在価値があると考えている。ただ、第2楽章のあの素晴しいメロディーを含め、「これ」という演奏に中々行き当たらないのだ。

リーズ・ドゥ・ラ・サールというピアニストは初めて知った。ステージに登場したとき、「あ、可愛い!」と思い、第1楽章を弾き始めたとき「おっ」と思い、進むにつれて「これは!」と身を乗り出してしまった。
第1楽章の開始部分の、少し鋭い感じの音。第2楽章のメロディーの扱い。装飾音の繊細な音色。そう、「これ」という演奏に行き当たったのだ。

これまで私は、「まあ、この辺りか」と考えてアルゲリッチ盤をベストに近いものとしてきた。(「題名のない音楽館」の「アルゲリッチのショパン」)
しかし、この曲は何よりもショパンにとっての「青春の曲」であり「失恋の曲」である。若い人の感性によって弾かれる方が、より良いとも言える。美貌と演奏技術の両方を備えた、恵まれたピアニストだ。

PMFの第1回目のとき、バーンスタインがオケを指導していた脇に何人かの日本人が弟子として、またアシスタントとしてついていて、彼らにも色々と指導をしていた。その状況は、何の番組だったか忘れたし当時はVTRも持っていなかったので録画も残せていないのだが、アシスタントとしてついていた中に、佐渡裕の姿もあったはずだ。

この稿を書くため色々と調べているうちに、同じメンバーによる同じ曲目で、大阪公演が行われていたことを知った。いや、思い出した。案内のパンフレットは来ていたので。
この2曲の組み合わせに、いまひとつ乗り気になれなかったため行かなかったのである。しかし、ショパンがこんなに良かったのであれば、またリーズ・ドゥ・ラ・サールを知っていたら、行ったはずだった。

その点では悔しい思いもした。

2010年10月 3日 (日)

SONGS 山口百恵

毎週水曜夜、NHKで「SONGS」という番組をやっている。毎回見ているわけではないが、興味をそそられるときは見ていて、それなりに収穫がある。

昨日(2010年9月29日)は、山口百恵。

そう。今年は彼女が引退して50年になるのだった。引退コンサートは来週タップリやるそうだが、この日は、彼女が少女からオトナの女性になってゆく過程を中心とした内容。

で、切り替わるキッカケが宇崎・阿木夫妻との出会いだった、ということで、最近再会して話を聞いてきた、という宇崎竜童が出演し、「そうだったのか」というエピソードを紹介してくれた。

懐かしい映像とともに楽しめたのだが、「やはり、この番組でも、フレイクしたのが宇崎・阿木作品から、とするのか」という思いが残った。反面、私の考えていることが、それなりにオリジナリティを持つものだ、ということで、自信を強くすることともなった。

私は、山口百恵のブレイクは、「ささやかな欲望」で始まったと考えていのである。

この辺りは私の「音楽館」の「生意気ですけど 覚えてますか」に記載しているので、是非ともご覧いただきたいです。

2010年10月 1日 (金)

名曲探偵アマデウス って知ってますか

「クラシック・ミステリー 名曲探偵アマデウス」という番組がある。

元 天才指揮者である探偵 天出臼夫(筧利夫)と、「クラシック音楽には疎いが、音感だけは抜群」というアシスタント 響カノン(黒川芽依)が開いている探偵事務所に、クラシック音楽に関係する悩みを抱えた依頼人が訪れ、探偵とアシスタントの助言により依頼人の悩みを解決してゆくという番組である。

BShiでも放送されているが、私の装置ではBShiを見ることができないので、BS2で見ている。BS2だと、現在は毎週日曜の18時から。

依頼人は、もう1人の、画面には登場しないい相手との人間関係などに悩み、その相手からCDを預かるなどして、「この曲を聴けば分かる」などのメッセージを与えられる。その曲はクレシックファンであれば多くの人が知っている曲だが、依頼人は聴いたことがない、という場合が殆どで、天才指揮者だった天出臼夫が、曲を解析しながら「謎」に迫って見せるという趣向。

いま「解析」と書いたように、一応バラエティの体裁をとっているし、探偵とアシスタントの名前を見ても実にふざけたものであって、内容はまさにコント仕立なのだが、実際の内容はクラシック音楽の分析・解析=アナリーゼそのものなのである。

こんな内容の番組を制作し放送するなどというのは、まさにNHKならではの快挙だ。

放送日時が度々変ったりして追いつけないことがあったり、そもそも最初から見ているわけではなく、あるとき「発見」して内容に感心して録画し始めたのだが、どうも再放送として同じ内容のものを何度も放送しているようである。

アシスタント役の黒川芽依の台詞が、いかにもとって付けたような、棒読みに近いものを感じるのが玉に瑕だが、まあ、可愛いから許せるという範囲だ。「音感は抜群」ということだが、それを活かした台詞を割り当てていないのも少し残念ではある。
ただ、実際の黒川芽依も、絶対音感の持ち主だそうである。

この番組によって、私も、聴いたことのある曲の価値を再発見することができたり、聴き方を深めることができたりしている。

番組のタイトルコールの中に「不思議な探偵事務所」とあるのだがねまさに「不思議な音楽番組」である。途中から見たこともあり、また別の番組に変更された日もあったりして、全部を見ることができていない。
一度、改めて全番組を再放送して欲しいものだ。

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