NHK教育TVで放送していた「仲道郁代のピアノ初心者にも弾けるショパン」が、10月20日(水)に終了した。
「あなたもアーティスト 趣味工房シリーズ」の一環として放送されてきた番組である。生徒役として俳優の長谷川初範が登場。NHK朝ドラの「純情きらり」(2006年上期)で、主演の宮崎あおいのピアノ教師を演じた人である。
初回の放送を聴いて、半分以上聴き続ける気をなくしたのだが、放送時間の中ほどに仲道郁代によるショパンの曲の分析や解説のコーナーがあり、見続けることとなった。
聴き続ける気を削がれたのは、課題曲としてレッスンした曲の何れも、余りにも簡単な「初心者向けアレンジ」によるものだったためである。
課題曲は4曲で、「前奏曲『雨だれ』」(変ニ長調Op.28-15)、「ノクターン第2番」(変ホ長調Op.9-2)、「軍隊ポロネーズ」(イ長調Op.40-1)、「前奏曲第7番」(イ長調Op.28-7)が取上げられたのだが、何れも全てハ長調に移調し!、「前奏曲第7番」を除き全て8小節分!しかやらなかったのである。
初心者向きのレッスンと謳ったこうした番組のよくやる手で、過去のNHK教育のこうした番組にも例があった。
しかし、移調して妙な音でやっているのを我慢すれば、ショパンらしさの片鱗は除かせる音のする編曲であったし、両手を使い和音も鳴らし、ペダルも使っていたので、まあマシなほうではあった。そして、仲道郁代が「ショパンらしく弾くコツ」を伝授する場面が必ずあったのも、それなりに参考にはなった。
で、何よりもショパンの分析または解説の部分なのだが、最終回のこの日の分はとくに印象に残った。
「別れの曲」として知られる「練習曲Op.10-3」の指定速度についてである。
現在この曲はLento,ma non troppo(レント・マ・ノン・トロッポ。遅く、しかし過度にならないように)という指定だが、元々はVivace(ヴィヴァーチェ。速く生き生きと)だったと言うのである。
手元の春秋社版では、Lentoのこの曲は1分間に8分音符が100と示されていて、Vivacesと指定されている「黒鍵のエチュード」(変ト長調Op.10-5)は、1分間に4分音符で116という速度が示されている。8分音符と4分音符の違いがあるので、ほぼ2倍の速度ということになる。
この話は私にとって初めて聞く話ではない。何かの解説で読んだ記憶がある。しかし、初めの処だけではあるが、仲道郁代が、「もしVivaceだったら、こうなる」と言って、弾いて見せたのだ。ただ知っているというのと、「実際にはこんな音・こんな曲になる」と示されたのとでは、感じ方も理解も雲泥の差だ。
そして、この曲がホ長調、つまり長調であるのに、深い哀しみのようなものが表されている、と続け、「短調だったら、こうなる」と言って続けて弾いて見せた。彼女が「これでは陰々滅々の感じになる」と言っていたが、そのコメントを待つまでもなく、聴けば、これはダメだと分かるものだった。
ショパンはこの「別れの曲」のメロディーを大変気に入っていたそうで、「これほどまでに美しいメロディーを私は書いたことがない」と言ったという話もある。
しかし、Vivaceとしていたのを、どんなきっかけでLentoに変更したのだろうか。
同じ練習曲集Op.10の中の2曲後でVivaceと指定されている「黒鍵のエチュード」でも、きらびやかで細かい音型の中に、美しいメロディーが浮かび上がって聞こえてくるし、ショパンの他の曲でも、そうした例は幾らでもある。
「別れの曲」も、「黒鍵」ほどではないが細かな音型の中にメロディーが浮かび上がる」という点では若干の類似がある。だからVivaceのままだったとしても、それはそれなりのメロディーとして聞くことができて、それなりに成立し得たはずだ。
しかし、なぜかショパンはLentoに変更すべきだと思いついた。まさに天才のヒラメキと言うしかない。それによって幅広い人気を持つ曲となって、後に「別れの曲」という題まで付けられることとなったわけだ。
この番組は、全ての課題曲をハ長調に移調した編曲でレッスンしたという点が最大の難点だったが、こうした、ショパンの分析・解説は面白かった。それと、番組の中で仲道郁代がオヤジギャグを連発していて、お茶目で可愛い人だと見直したのも収穫だった・・・・まあ、これはレッスン内容とは直接に関係することではないが。
テキストも、迷ったが、仲道郁代による、ちゃんとした版による演奏が収められているCDが付録としてついていたので、結局購入した。
仲道郁代のショパンはだいたい持っているが、課題曲となった曲のオリジナル版だけを取り出して聴くよりも手間が省けるというものだ。
この中に入っている「雨だれ」も、既に手元にあるのと同じ演奏なのかどうか不明だが、改めて聴き直してみた。
凄い。雨だれの音を聞きながら次第に孤独感や不安な感じが増してゆき、中間部でffで爆発する・・・聴いていて、恐ろしくさえなった。
このレッスンでは殆どの曲について8小節分だけしかやらなかった、と初めの方に書いた。そんな長さでは、この「雨だれ」にしても、肝心な中間部には勿論辿り着かない。それは、ショパンを弾いたことにならない。
で、付言すると、テキストには移調した編曲版で、全曲の楽譜もそれぞれ掲載されている。
しかし、原曲の楽譜も掲載されているので、私なら、苦労はしても、原曲版でアタックすることをお薦めする。編曲版で練習すると、その版に適した指使いで指が覚えてしまう。その後で原曲を弾こうとしても、指が覚えてしまったものが障碍となって、却って手間がかかる。