題名のない音楽会 2010年10月24日
この日の放送内容は、「『絶滅危惧種』」となっている楽器がある」ということで、ツィター、ヴィオラ・ダモーレ、セルパンという3種類の楽器が取上げられ、それを保存するためにはどうしたらいいか、ということを提案するという趣向だった。絶滅寸前から「復活」したという楽器の例として、テルミンが引き合いに出されていた。
もとより、復活させるための策として余りマジメな内容が提案されるはずもなく、セルパンに至ってはメンバー一同がつぶしにかかったりもした。セルパンというのは不思議な姿の楽器で、もともとは教会音楽で伴奏用として使われたものだそうだ。佐渡裕も見たことなく、もちろん私も見見たことはない。つぶしにかかったのも、登場したセルパン奏者さえOKしていれば、視聴者として余りかみつくつもりはない。
ただ、ツィターについて、「よく知られている曲としては『第3の男』しかない」としていたのは大いに不満がある。
確かにツィターで演奏する曲としては、同名の映画「第3の男」(1949年イギリス)のテーマということもあって最も有名だし、奏者のアントン・カラスも、この映画によってよく知られるようになった。エビスビールのCMで使われたりもしている。
しかし、それだけで済ませるのは不満がある。
「題名のない音楽会」は、「ジャンルを問わず何でも取上げる音楽会」という意味もあるわけだが、あくまでもクラシック寄りの番組である。
だから、「もう1曲、大事な曲を忘れてはいませんか ! ?」と言いたいのである。
ヨハン・シュトラウスの「ウィーンの森の物語」だ。
この曲はヨハン・シュトラウスのワルツの中でも最も有名な方に入る曲だし、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでも時々取上げられるし、CDも多い。
これの序奏とコーダにツィターの独奏部分があるのだ。
オーケストラによる序奏が一段落したあと、75小節めから108小節めまで、34小節にわたってツィター独奏が繰り広げられる。第2ワルツのメロディーによるものだ。
しかし、最近の演奏やCDでは、ここをヴァイオリン独奏で済ませている場合が多い。そういう演奏を聴かされたり見させられたりすると、心底ガッカリするのである。
確かに、手元の総譜を見ると「ツィターがない場合はヴァイオリンで演奏する」となっているので間違いではないのだが、しかし、楽想はどう聴いてもツィターに適したものだし、ましてやウィーンフィルのコンサートだったら、今でも現役のツィター奏者を招くことは、日本で演奏する場合に比べてさほど困難があるようには思えないのである。
最悪だったのは、ツィターによる独奏を呼んでおきながら、後半部分をヴァィオリンがやったときだ。マゼール(2005年)だったと記憶する。後半部分は、第2ワルツのメロディーから外れてゆき、遂にはVivaceになって盛り上がってゆき、第1ワルツに繋げでゆくのだが、その部分こそ、ツィターに合った楽想だし、それに留まらずアルプスの雰囲気も出し、チィターの魅力を最大限に引き出すはずの部分だからである。
そこを、せっかくツィター奏者を呼んでおきながら、ヴァイオリンで演奏するというのは・・・マゼールが弾き振りをしたはずだ。要は目立ちたがり屋に過ぎない。
いくら「お祭り」の要素の大きい、気軽なコンサートだと言っても、音楽を台なしにしてよいわけではない。
(この稿続く)
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