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2010年3月

2010年3月19日 (金)

広上淳一のプロコフィエフ N響アワー2010年2月21日 続き

(前稿から続く)

広上の演奏はそれなりに面白かったのだが、最悪の選択をしてしまった。彼がどのように考えて選んだのか定かでないが、改訂版を使用したことである。

これも「ショスタコーヴィチ第15番」の稿に書いたのだが、この曲の初版は、最終楽章が、静かに消えて行くように終わっていた。しかし、初演後、「当局」から終わり方が気に入らないという意向を示され、華々しく終わるコーダを付け足した改訂版を出したというエピソードが伝わっているのである。

華々しいコーダがついているのと初版のままであるのとは、曲全体の趣きが全く異なったものとなってしまう。この曲が愚作だとしても、静かに終わるのであれば、そこはかとない後味が残って全体が救われるのだが、華々しく終わると、非常に薄っぺらい印象が残るだけで、「愚作の、つまらない終わり方」となってしまうのだ。

こんな選択をするということで、広上に対する私の評価は保留せざるを得なくなった。

静かに終わる初版を採用した演奏のCDを参考までに挙げておきます。

交響曲全集のジャケットを掲載したが、現在入手しづらくなっているようだ。これも現在入手しづらいようだが第2交響曲とのカップリング盤もある。驚愕・恐怖の音が轟く第2と、第7の落差に唖然とする盤である。

2010年3月18日 (木)

広上淳一のプロコフィエフ N響アワー2010年2月21日

この日放送されたのは、N響第1666回定期(2010年1月20日 於 サントリーホール)からプロコの7番。この曲は、この定期がBSシンフォニーアワーで放送されたとき(2010年2月19日)も聴いたのだが、改めて聴き直してみて、また別の演奏とも聞きくらべてみて、自分の感覚が正しいと信ずるに至った。

「やっぱり、これはプロコの曲の中で最大の愚作のひとつだ」ということ。また何よりも、「こんな終わり方はないで!」ということである。

最大の愚作というのは、「題名のない音楽館」の「ショスタコーヴィチ第15番」の稿に書いたことがあるのだが、この曲につけられた「青春」という標題と、余りにも大衆受けを狙ったようなメロディーと曲調についてゆけないことである。

当時のソ連はまだスターリンが生きていて・・・というより、プロコフィエフはスターリンが死んだ、同じ年に死んだので、スターリンの死後に少しだけ明かりが見え始めたときのことを知らないままこの世を去ったことになるのだが・・・「社会主義リアリスムに則した音楽を書け」という圧力がずっとかけられていた。簡単に言うと、「もっと大衆に分かりやすく、明るい、元気になる作品を書け」ということである。言うことを聞かないでいると、そして一度「言うことに従わないヤツ」として睨まれると、容赦なく活動の場を奪われ、多くの場合は死刑に処せられてしまう。物理的にも芸術家としての生命を絶たれる結果となるわけだ。

だから、プロコフィエフとしては、最後の交響曲となるこの作品で、彼なりの「答」を出したわけである。しかし、プロコフィエフはショスタコーヴィチのように、「当局」に従っているように見せて実はとんでもなく強烈な皮肉を込めたものを書くことはできず、真っ正直に「答」を作った。ソ連で生きた二大巨匠の性格の違いだろう。

しかし、余りにもこの「第7」は拙劣としか思えない。上記の「ショスタコーヴィチ第15番」の稿にも書いたが、私は「青春交響曲」と言うと昔から真っ先に思い出すのはマーラーの第1交響曲であった。広上の演奏はそれなりに面白かったが、やはり作品じたい愚作だという思いを強くした。

(この稿続く)

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