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2010年2月

2010年2月 9日 (火)

デュトア指揮 N響第1663回定期 続々

(前稿から続く)

第1663回定期の最後の曲はショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。この曲も久しぶりに聴いた。理由は「亡き王女・・・」とも「左手・・・」とも異なり、何しろ聴いて楽しくないから、または聴いていて辛いから・・・に尽きる。

この曲に続いてショスタコーヴィチが作曲した交響曲第12番は「1917年」という名前がついていて、1917年はソビエト・プロレタリア革命の年、その前哨戦となった1905年を、2つの交響曲で表現した、とさる。現に、発表した当時のソビエト当局の覚えはめでたく、交響曲第11番はレーニン賞を受賞した。ソビエト政権を称揚し、プロレタリア革命を称揚し、愛国心を高揚し鼓舞する、社会主義リアリスムの名曲というわけだ。

この2曲のうち「1917年」はヤケクソみたいな空騒ぎがかえって面白くて、聴く機会もある程度あるのだが、「1905年」は久しく聴いていなかった。「題名のない音楽館」の中でこの曲について書いた記事でも触れたが、だいたい、この曲をなぜ「革命を称揚し国家に奉仕する曲」として聴けたのか不思議でならない。当時のソビエト当局の連中は、いったいどんな耳をしているのか。後味も決して良いとは言えない。だから前述の記事を書くときには集中して聴いたが、その後は積極的に聴くことはなかった。

久しぶりに聴いてみると、楽しくはないがそれなりに名曲かも知れないと思った。「1917年」のような無理矢理にバカ騒ぎに持ってゆく曲よりは価値が高いだろう。

デュトアの指揮は、こうした曲に対しては音楽的に美しく聴かせる方向を目指しているように思える。ある意味で客観的というか、歴史的な背景を取っ払った方向で聴かせるものであるように感じた。それだけに、ショスタコーヴィチのこの曲の、これからの演奏というもののひとつの形として示されたものだったかも知れない。

それにしても、あちこちに書いているのだが、デュトアが音楽監督だったとときのN響は素晴しかった。名誉音楽監督としての来日公演というわけだが、やはり他の指揮者とは異なる音がしたように思えた。

大野和士指揮 リオン国立歌劇場管弦楽団日本公演

BS2で毎週金曜に放送されている「芸術劇場」のクラシック音楽の日は、ときに大変良い演奏会をやるので、イナカ住まいの身としては重要なソースとなっている。

首記の演奏会は2010年2月5日に放送された。公演は2009年11月9日、東京オペラシティ・コンサートホール。曲目はショーソンの交響曲、牧神の午後への前奏曲、そしてサン・サーンスの3番である。あと、アンコールを2曲。

私だけではなく、当日会場に足を運んだ多くの聴衆も、一番のお目当てはサン・サーンスの3番だっただろう。少なくとも私は、ショーソンの交響曲は何度か聴いているが未だによく分からないし、「牧神」はフランスのオーケストラがどんな音の響きを聴かせてくれるかという興味の域を出ない。

始まる前の音合せの段階で、「ああ、フランスのオケだ」と感じさせるのは、そう思って見ているからだけではないと思う。テレビでもある程度は分かる・・・というのは、私がこれまであちこちに書いてきたことである。

で、やはりショーソンは未だによく分からなかったし、「牧神」は、まあこんな音ですね、という以上のものではなかった。やはりサン・サーンスの3番だ。

私の感じているテンポ感覚に近く、この曲が大好きな曲だったんだ、と改めて思った。オルガンの入ってくる部分も良かった。そのうちに親ページにアップするつもり。

もともとこの曲は親ページの「大好きな曲」に、もっと早くアップする気でいた。そのためには一度ナマで聴いて置こうと思って大フィルの演奏を聴きに行ったのが運のツキ(?)で、早い話が、大フィルの演奏で「あれ? こんな感じなのか・・・」と思って、すぐに書く気を失ったからである。最

大の要因は、テンポ感覚の微妙なズレだった、と改めて思った。そのことを気づかせてくれた、という意味だけでも、この来日公演は、今後私の記憶に残る名演だったと思う。

2010年2月 8日 (月)

デュトア指揮 N響第1663回定期 続き

(前稿から続く)

「左手のための協奏曲」は、聴いているうちに「ああ、この曲、大好きだったんだ」と思い出した。このブログの親ページ「題名のない音楽館」に「大好きな曲」というコーナーがあり、そこに何れアップしようと思う。

「思い出した」というのは、最近は「左手」ではなく両手のためのピアノ協奏曲の方をよく聴くようになっていたためである。今ではどちらも好きになったが、最初に好きになったのは「左手」の方である。聴き始めは「両手」であったが、中々良さが分からず、とくに第2楽章が冗長に感じたし、直後の第3楽章が短くアッサリしすぎているのも好きになれなかった要素だ。

それに対し、「左手」は初めて聴いたのが、当時済んでいた西宮に来たのだったと記憶するが、また、大フィルだったかN響だったか定かでないのだが、実演によるもので、初めて聴いて即、好きになったのだった。ピアノは木村かおりだったかと思う。

久しぶりに聴いて、見て、これは凄まじい曲だと改めて思った。最初に聴いたとき以来、なんでこれが左手だけで弾けるのか?という思いがしているのだが、テレビだから手のアップもあり、手の動きの尋常ならざる速さと指使いにある程度驚いた。

「ある程度」というのは、本当に驚いたし圧倒されたのは、この稿を書くためと何れ「大好きな曲」にアップするための資料として、この曲の総譜(スコア)入手し確認してからである。

よくピアノの技巧的な曲、例えばリストなどの曲を評するときに、「これを10本の指で弾いているのだからスゴイ」といった言い方をする。その言い方に倣うと、まさに「これを5本の指だけで弾いている」という驚きである。入手した総譜の解説によると、ラヴェル自身は片手では弾けなかったそうだ。

この日のピアノは、ニコライ・ルガンスキーという人。確かこれまでに聴いたことはなかったはずだ。所々、私のテンポ感覚より遅めに感じる部分があったが、まあまあ良い演奏だったのではないか。好きだった曲として改めて思い出させてくれるのには十分だったのだから。

(この稿さらに続く)

2010年2月 7日 (日)

デュトア指揮 N響第1663回定期

NHK BS2で毎週金曜に、N響の、定期演奏会を中心としたものを放送している。中にはかなり優れた内容のものもある。かつて東京にいた頃だったら絶対行ったただろうと思う演奏会である。奈良という処は、少なくともクラシック音楽を聴く環境としては間違いなくイナカなので、放送で楽しむしかないわけである。

2010年1月29日の放送も、近くだったら必ず行っただろうと思うものだった。2009年12月16日サントリーホールにおける、N響第1663回定期である。デュトアの指揮で、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」「左手のためのピアノ協奏曲」(ニコライ・ルガンスキーのピアノ)、ショスタコーヴィチの「交響曲第11番」の3曲だった。

何れも久しぶりに聴いた。

「亡き王女・・・」はピアノではたまに聴いているが、管弦楽版は聴かなくなって久しい。ピアノで十分に伝わる情感や切なさが、管弦楽だと大げさになりすぎる感じがして好きになれないのだ。ラヴェル自身によるものととはいえ、余りにもオーケストレーションが巧すぎ、色彩的になりすぎる・・・。

・・・と思っていたのだが、この日の演奏は決してカラフルになりすぎず、これはこれでいいのだ!と、ある程度は納得できるものだった。
デュトアという指揮者はつくずくオーケストラの鳴らし方がうまいと以前から思っているのだが、抑制した方がいいと思われるこうした曲についても、余りカラフルになり過ぎないように鳴らすという意味で、うまくN響を制御していたように感じた。

(この稿続く)

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