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2010年1月

2010年1月16日 (土)

N響は音楽監督を迎えるべきではないか

(タイトルは変りますが、前稿、前々稿からの続きです)

N響大阪公演は、一連の、中村紘子の演奏生活50年記念演奏会ということもあって、ピアノ協奏曲がメインであり、ピアノ協奏曲であればピアニストの意志やテンポも反映されるため、指揮者のテンポ感覚や音楽性も完全にオモテに出ることはなく、ゴマカシが効く。現に、朝比奈隆の時代の大フィルで中村紘子のピアノでグリークを演奏したときも、朝比奈のテンポ感覚はかなりマシに感じられたことがあった。その後の「新世界より」は余りにもヒドかったのだが。

秋山和慶も、ピアノ協奏曲や「特集N響アワー」の大河テーマでは明確に出ずに済んだとしても、大阪公演のときの「フィガロ」、そして特集N響アワーの「ライン」に及ぶと、テンポ゜感覚や音楽性といったものがモロに出てこざるを得ない。

何も変った演奏を望んでいるのではない。テンポの少しぐらい違和感があってもいい。けど、自ずから限度というものはある。朝比奈はハッキリとテンポ感覚がおかしく、何もしないというよりは、どうしても音楽の流れとか勢いというものを無理にでもせき止めてしまおうという演奏だった(この稿、「題名のない音楽館の記事を参照。生前に書いたものなので近く追補稿を執筆予定)。秋山和慶はそのタイプとも違う。何がどう違うのか、言葉を探しあぐねているが、単純に身も蓋もなく言えば才能がないと言うべきか(こんな書き方は、宇野功芳氏の影響か?)

現に、客演でサンティやプレヴィンを迎えたときのN響は、そそれなりに楽しめる演奏をする。特にデュトアが来たときの演奏は今でも見違えるようだ。音が荒れてきているのではないかという感じも、デュトアのときはかなりマシになる。

私は今でも、デュトアが音楽監督であった時代を懐かしく思う。あの頃のN響が絶頂期だったと今でも信じている。アシュケナージになってからは、彼が何をやりたいのか分からずオケとしての明確なカラーも乏しくなっていった。そして音楽監督不在の現在。

ニューヨーク・フィルがバーンスタインが音楽監督だった時代の頃から少しだけ時を経て、バーンスタインがウィーンとの仕事が忙しくなるにつれ「音が荒れてきた」と評された時代がある。その後持ち直したが。

N響が世界的にどれほどの水準にあるオケなのか私には判断がつかないが、少なくとも、音楽監督不在という状況と、「音が荒れてきている」と感じる状況が無関係とは思えないのである。音楽監督も、デュトアのような人。デュトアの練習は厳しかった、とはオーボエ奏者の茂木大輔氏の本に出ていたのを記憶している。

予算の問題もあるのかも知れないが、少し贅沢をするつもりで、音楽監督を再度招聘する必要があるのではないだろうか。

2010年1月15日 (金)

特集N響アワー大河の調べとわに

タイトルは変りますが、N響大阪公演2009年11月6日の記事からの続きです。

2009年11月15日のN響アワーは、大河の調べとわに、と題し、第1部が「和の大河」として大河ドラマのテーマ集、第2部が「洋の大河」としてシューマンのライン交響曲他というラインアップだった。時間も通常の1時間から1時間半に拡大。

実は、大河ドラマのテーマ集というのは、以前からやって欲しかった企画であった。何しろ大河ドラマのテーマというのは、日本の現代音楽の色々な作曲家が担当してきたのであり、日本の現代音楽界の縮図と言ってもよい状態となっているのだ。この放送で取り上げたドラマと作曲家を並べてみると・・・

赤穂浪士(芥川也寸志)、元禄太平記(湯浅譲二)、花神(林光)、翔ぶが如く(一柳慧)、独眼竜政宗(池辺晉一郎)、利家とまつ(渡辺俊幸)、篤姫(吉俣良)、天地人(大島ミチル)といった具合だ。1時間半と時間拡大したのも大変結構だ。

しかし、である。最初から、聴き慣れたテンポと違うのが気になりだした。聴き進めるに従い、だんだんイライラしてきた。そして、第2部で「ライン」が始まったとき、イライラは頂点に達し、そして確信に似たものを感じた。

あの大阪公演で何となくシックリこなかったのは、この指揮者の演奏に違和感を覚えたのが最大の要因だったのではないか、ということである。

私とて大河ドラマを毎年見ているわけではない。花神、利家とまつ、篤姫は大好きだったし、篤姫については宮崎あおいが好きということもあって全編録画したほどだ。宮崎あおいに惹かれて全部見ているうちに、幕末から維新にかけての幕府と薩長の関係について、それまでの見方を変えんといかんな、と考えるようになっのは大きな収穫だった。
篤姫が良すぎたと思うこともあって、それ以降の大河は見る気にならず、また過去も必ずしも毎年見ているわけではない。
しかし、見ていなくても家族が見ているとイヤでも(?)耳にするし、曲は曲でそれなりに良いものが揃っている。

日本の現代音楽の作曲家が粋を凝らして作曲したとはいえ、そこは勿論多くの人が聴いて聴きやすい作り方をしているわけだが、一般向けに作ったからといって曲の価値が下がるものでもない。

このときの演奏で、第1部で覚えた違和感も、曲に対する懐かしい思いや、その大河を見ていたときはとくに、その頃の色々な思い出がよみがえってきて、ゴマカシが効いたのかと思う。しかし、「ライン」となると、大河ドラマのテーマ曲にまとわりついているものは全て剥がされてしまう。それで、N響大阪公演のときに感じ始めていたことが、確信に近いものとなったのである。

何でこの人は、こんなつまらない演奏をするのか!という思いである。

(タイトルは変りますが、この稿続きます)

2010年1月14日 (木)

N響大阪公演2009年11月6日

昨年聴きに行ったコンサートについて、書きそびれていた記事を書きます。コンサートそのものに関することに加え、派生して色々と感じたことを連ねる予定。

まずは、N響大阪公演2009年11月6日(金)から。

秋山和慶指揮で、ピアノが中村紘子。NHK大阪ホール。
モーツァルト フィガロの結婚序曲、ベートーヴェンP協3、ショパンP協1。

2009年は、夏以降ドレスデンシュターツカペレ、大フィル、兵庫芸術文化ランター管、読響と聴いていて、「では、N響はどんな音が?」という関心があって聴きに行ったのだが、期待外れというか、期待通りというか、殆ど何の驚きもなかった演奏会だったと言ってよい。オケのメンバーが入場して音合せを始めたときからしてそうだ。他のオケのときと比べて、「ああ、こんな音がするオケなのか」というものがなかった。良くも悪くもN響の音だ。

それはそうかも知れない、とその場では思ってみた。もともとこれまで一番聴いてきたのはN響だし、テレビの番組なども合せると相当な回数になる。良くも悪くもというのは、ある意味で安心して聴けるということでもある。演奏も、もともとこの指揮者とピアノだと、驚くような演奏にはならないだろうと、チケットを買ったときから想像はしていたことだ。安心して聴けるという水準を常に保つのは、それはそれで大変なことなのだろう、と思ってみたのだった。

それにしても、最近、N響の音って荒れてないだろうか。こんな音でいいのか。

そうした疑問も沸いてきた中、2009年11月15日(日)のN響アワーを聴いたのである。そして、確信に近いものとなったのは、秋山和慶の指揮がつまらない!ということである。

(この稿、タイトルは変りますが続きます)

2010年1月12日 (火)

R・シュトラウスの「ドン・キホーテ」

2010年1月10日のN響アワー(第1661回N響定期から)のうち、既にBS2で全曲放送済かつ録画済だが余り気が進まず聴いていなかったのが「ドン・キホーテ」だった、と前回書いた。で、N響アワーで放送された機会に聴いてみた。

まあ、それなりに楽しめた。チェロのゴーディエ・カプソンと指揮のデュトアが、楽しめるレベルにしてくれた、とも言うべきか。とくに、終曲(ドン・キホーテが若い頃の冒険を懐かしみながら死んでゆく場面)の寂しさ、哀しさを込めた美しさは素晴しかった。この曲にこんな面があったことに改めて気づかされた。

しかし、である。どうも好きになれないのは同じであった。以前、R・シュトラウスの曲はどうも分からない=感性が合わない と書いた。アルプス交響曲やツァラストラはそれでも聴くようななった方だが、他の曲はどうも。。。 とくにドン・キホーテは失敗作と言ってよいのではないか、と思う。

ストーリーに従って音楽が進んでよくのだが、場面ごとに曲が変化してゆくのにどうもついてゆけないのだ。「ティル」であれば殆どついてよくことができるし分かりやすいのだが。チェロとヴィオラとヴァイオリンという3種類の独奏楽器を持つ一種の三重協奏曲の形をとり、変奏曲という枠組を持たせたのが、曲の現そうとしたことに合わなかったのではないか、とも思う。だいたい、一種の三重協奏曲の形をとったとは言え、主役はチェロであり、チェロに終始する。三重協奏曲の意味は殆どない。だからこそ、こうした公演でも、チェロにソリストを呼ぶことはあっても、ヴィオラやヴァイオリンはオケのメンバーで済ませるのではないか。ソリストを外部から呼ぶのはいかにもコストパフォーマンスが悪い。

年譜を見ると、「ドン・キホーテ」はOp.35で1897年作曲。「ツァラトゥストラ」はOp.30で、前年1896年の作曲、「ティル」はOp.28で1895年の作曲である。こうして並べてみると、交響詩という分野でストーリーとオーケストラの音をうまく合わせてゆくのに限界を感じていったのではないか、または、交響詩という分野では、もうやるべきことをやり尽くしたと思うようになったのではないか。1898年に自分の業績を讃える「英雄の生涯」Op.40を書いて、いったん交響詩の作曲に自分で幕を下ろしたのも、そうした気持ちによるのではないか、と考えたりもするのである。

2010年1月11日 (月)

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番

2010年1月10日(日)の「N協アワー」で、R・シュトラウスの「ドン・キホーテ」全曲と、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番から第1楽章が放送された。共に2009年12月5日のN響第1661回定期、デュトア指揮による演奏である。

N響定期はBS2で全曲放送される番組があるので、既にどちらも全曲録画済なのだが、「ドン・キホーテ」は余り聴く気がせず、N響アワーで初めて聴いた。その感想はさておき、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番について、西村朗がどのような解説をするかが楽しみだった。

曰く、「今の処は余り演奏される機会が多い方ではない」「面白い曲」、ピアノのキリル・ゲルシュタインについては、「独特の感性を持った人」ということであった。同感である。

このブログの兄弟ページというか元ページとしてアップしている「題名のない音楽館」にショスタコーヴィチの作品論と「この曲大好き」というサブページを作っている。「この曲大好き」の次の記事としてショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番を書こうかと思案していた処だった。この曲については、既にショスタコーヴィチの作品論の中で書いているので、余り同じような内容となるのでは芸がないと思い、どう切り口を変えるか、といったことで思案していたのである。

この曲、こうしたクラシック音楽の放送の中でも、私の記憶する限り、これまで全く取り上げられなかったはずだ。1番はときどき放送されるのだが、なぜ2番は殆どその機会がないのか。私にとって、以前からの疑問である。

「題名のない音楽館」の中のショスタコーヴィチ作品論にも書いたが、この曲は作曲者が息子のマキシムに贈った曲とされており、冒頭の主題が余りにも単純明快なものであること、第3楽章でハノンの引用があることなどから、実は私も「親バカの曲」と考えて、余り評価していなかった時期が長かった。しかし、何度か聴いているうちに、どうもそれだけではなさそうだと思うようになった。

それにしても、こんなに面白い曲だったのか!!??

ピアノのゲルシュタインが独特の感性を持っているというのは前述の西村朗の言をまつまでもなく私も即座に感じたことだが、演奏技法の面でも、結構難しい部分があるのではないだろうか。ピアノを専門的に習ったことはないので確証はないが、どうも、冒頭の単純なメメロディーや第3楽章のハノンの引用などによって紛らわされていたのかも知れない。何しろ一筋縄ではゆかない作曲者なのだから。テレビの良い処で、手元をアップで見せるので、それを実感した。

また、第1楽章のクライマックス部分など、ピアノが強烈な音量でオケと張り合う箇所も、CDでは分かりにくい。あのように凄いことになっているとは。。。クライマックスでオケとピアノが大音量で張り合うのはラフマニノフなども共通したやり方だが、方法は全く異なる。

ゲルシュタインの演奏は見あたらなかったので、ブロンフマンの演奏によるCDを挙げておきます。まだ聴いたことがない人は、だまされたと思って聴いてみてください。

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