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2009年4月

2009年4月30日 (木)

R・シュトラウス続き

ところで、4月26日のN響アワーで、R・シュトラウスの交響詩一覧として示されていた中に、「アルプス交響曲」と「家庭交響曲」が含まれていた。確かにこの2曲とも交響曲と称するには構成が自由すぎるし、交響詩とみなすことが多いのだろう。

しかし私は、形式がどうであれ、作曲者が「交響曲」と称しているのだから、交響曲とすべきだと考えている。モーツァルトの時代ではない。モーツァルトの時代であれば、まだ交響曲と序曲とディベロップメントの区別が必ずしも明確ではなかったが、R・シュトラウスの時代ともなると、「交響曲」がとくにドイツ系の作曲家にとって極めて重要なジャンルとして確立して久しいのだし。

これについては私なりに考えてみたことを「R・シュトラウスの2つの『交響曲』について」として、私のホームページに掲載したが、要はこれまでに扱ってきた題材よりも遙かに大事な「自然」と「家族」をテーマとするので、それまでに使っていなかった「交響曲」という名称をつけたのではないか、ということである。結構当たっているのではないかと勝手に自負している。

そう考えるに至ったのは、「アルプス交響曲」で、共感できる演奏のCDに出会ったためであった。ハイティンク指揮による演奏である。 それまでR・シュトラウスの音楽について、オーケストレーションの巧さは分かるが中身が乏しく、全然心に響くことがなく、「才能の浪費だ」と思っていたのだが、ハイティンク指揮の「アルプス交響曲」で少しだけ良さが分かるようになった気がして、少しは聴き進めることになったのだった。まあ、実のところ、今でも「これは才能の浪費だ」と思うことがないではない。特に「英雄の生涯」なんて、名曲だかどうか分からないと考えている。

2009年4月29日 (水)

4月26日はR・シュトラウスの日

「サラダ記念日」みたいなタイトルになったが、俵万智さんにも、R・シュトラウスの作品や生涯にも、何ら関係はありません。(多分)

2009年4月26日、ドレスデン国立管弦楽団の大阪公演を聴きに行ってR・シュトラウスの大音響に浸って帰宅すると、日曜なのでN響アワーがあった。しかも、何とR・シュトラウスである。これはいかに何でも聴く気がしない。久しぶりにいいナマ演奏に接したたもあってか、余韻が強すぎて、帰宅してからもボー然としていた処に、同じ作曲家の曲をやるのだから。

翌日、気を取り直して録画で見た。
曲目は「ツァラトゥストラ」全曲と「バラの騎士」の組曲からワルツを中心とした部分の抜粋。演奏会の曲目とは異なったし、むしろ演奏会の曲目よりは好きだ。けれど、「ツァラトゥストラ」をドレスデンが大阪ではやってくれなかったことが結構悔しいという思いが募ったし、隼・メルクルによる「バラの騎士」もいまいちだろう。

「バラの騎士」のワルツって、もっと退廃的な、または少し違う言葉で今風に言うと、脱力的な感じのする音楽なのではないか。私はこれを聴くと、いつも「労働意欲を削ぐ曲だなあ!」と思うのだ。もう何もかも放り出したくなってくる感じ、どうでもよくなってしまう感じである。隼・メルクルの演奏はドライで健康的に過ぎる。もっとネチッこく演奏しないと「労働意欲を削ぐ」感じにはならない。
私は未だに隼・メルクルの音楽にはついてゆけない処がある。「聴衆」というとおこがましいので「私」とするが、私の期待するのと違うテンポ、違うアゴーギグ(意図的な緩急をつけて音楽に彩りを加えること)で進めてゆくことが多いようだ。

西村朗がR・シュトラウスのオーケストレーションの巧さを激賞していた。池辺さんが司会をしていたとき、「英雄の生涯」を取り上げたことがあり、同様にオーケストレーションの巧さに言及し、「英雄の主題」がチェロとホルンのユニゾンで提示されることによって、素晴しい響きを作り出していることを例として示していた。池辺さんも西村氏も同じ作曲家としての立場からの評なので、説得力がある。

そう。確かに巧い。ナマで聴くと、一層その感を強くした。けど、見方を変えると分厚すぎる音ということにもなる。ブラームスなんかとは違う意味で。多分それもあって、ドレスデンのアンコールで「オペロン序曲」が始まったときホッとしたのも事実である。

2009年4月28日 (火)

ルイジ指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団大阪公演

2009年4月26日(日)。ザ・シンフォニーホール。

思いもかけず、聴きに行くことができました。公演日の直前に、券を購入していた娘が、「セキが出て迷惑かけるので、代わりに行って!」と言うので、タダでもらって。奈良はこうした点では間違いなくイナカで、だからといって大阪まで聴きに出てゆくのも結構面倒だし、ここの処、ずっとナマの演奏に接していない。何年ぶりだろう。

ルイージは最近の若手(といっても今年50歳になるのですが、指揮者としては若手と言えるでしょう)の中では珍しく正統的な、しかも情熱的な演奏をするのをテレビなどで見ていて、一度ナマで聴いてみたいと注目していた。

席は1階G列21番。座ってみると、ルイージの真後ろで、しかもGだから前から数えて7列め。たいして多いとは言えないナマ演奏体験の中ではあるが、こんなに間近で外来オーケストラを聴いたことはなかった。ドエラい席を取っていたものだ。

プログラムはオールR・シュトラウスで、「ドン・ファン」「ティル」「英雄の生涯」。そして、アンコールとしてウェーバーの「オベロン序曲」。このアンコールの選曲は、「このオーケストラはウェーバーの頃からやってたんですよ」という挨拶みたいなものだろう。

いやあ、凄かった。やっぱり、タマにはできるだけナマを聴くものです。分かってはいるのですが、先立つものが・・・

とにかく、R・シュトラウスの大編成の曲がスグ近くで鳴るのだから、それだけで十分に圧倒された。上に書いた、正統的かつ情熱的な指揮と相まって、安心して音の洪水に浸ることができた。近すぎて、楽器の音が直接飛んでくる感じなので、各セクションのバランスとか音の混じり合い方などは分かりづらかったが、それでも改めてナマで聴くと、R・シュトラウスのオーケストレーションの凄さがよく分かる。
初期の「ドン・ファン」などはワーグナーに似た響きの処もあるが、作品を追うごとにどんどん磨きがかかっていっていることも、音量を増してゆくとき、ラヴェルなどとは異なる方法ではあるが音色の変化を伴っていることなども、再認識させられた。

そして、アンコールのウェーバーが鳴り出すと、R・シュトラウスほどにはオーケストレーションが分厚くないためか、「響きの混じり合い」も少しは味わうことができた。やはり素晴しいオーケストラであり、素晴しい指揮者だ。

当日同じ会場におられた「Rosamunde」さんが、「空席がそこそこ目立ちましたが、割れんばかりの拍手でしたし。それにしてもハードスケジュールなツアーですね……。」と書いておられ、「痛快!エブリデイ クラシック」さんも「素晴らしい演奏会であったにもかかわらず、全体の約3割程の座席が埋まらなかったこと、これが不満の理由であり、とても残念でなりません。」と書いておられる。

RosamundeさんのURLはhttp://d.hatena.ne.jp/aya_m/20090427/1240833968
痛快!エブリデイ クラシックさんのURLはhttp://plaza.rakuten.co.jp/everydayclassic/diary/200904260001/9cea4/

当日券が売られていたので、空席があるのかと少し驚いたが、やはり少し空席が目立った。ひとつには選曲の問題があるかも知れない。だって、R・シュトラウスですからね。ドイツ人の演奏家はR・シュトラウスが好きなのかも知れないが、日本人で好きな人の広がりが、どれほどあるのだろう。しかも今回の大阪公演では、オルガンの響きが楽しみな「ツァラトゥストラ」や雄大な自然に思いを馳せながら聴ける「アルプス交響曲」が含まれていなかった。他の場所では含まれているようだったが。
余りポピュラリティにばかり配慮するのも問題かとは思うが、そりゃあベートーヴェンやブラームスの方がお客は入るでしょうし。

今回の来日公演で凄まじいスケジュールの中、よく大阪の公演が実現できたものだ。現に、翌日には名古屋での演奏会が予定されていた。次回、また大阪に来ることがあるならば、そんなプログラムも聴いて見たいものだ。得意のレパートリーなのだから。

2009年4月12日 (日)

ユジャ・ワンも上原彩子もベストソリストに選ばれなかった

2009年3月8日のN響アワーで、たまたま私が注目していたこの2人が「競演」し、翌週の15日には恒例の「ベストコンサート」「ベストソリスト」の発表があった。10位から順に上位に向けて発表されてゆくのだが、結局この2人は上位入賞を果たせなかった。

10位内に入った日本人ソリストは、エトヴェシェ作曲「セブン」を演奏した諏訪内晶子の2位だけ。確かに珍しい曲を演奏するのには意味があるだろ、と思いきや、1位はアンスネスで、ラフマニノフのP協2番。あと、3位のドボルザークのV協がホンの少しマニアチックか、というのを除くと、殆どが有名な曲であり、人気も高い曲で占められている。一方、ベストコンサート第1位はデュトア指揮でストラヴィンスキーの「ミューズの神を率いるアポロ」とオペラ・オラトリオ「エディプス王」という、相当にマニアックな選曲。ベストコンサートの2位以下は、マニアックな曲も少し含まれるがメインは有名な曲で、マニアックな曲と抱き合わせで「たまにはこんな曲も聴きましょう」みたいな選曲である。

実際にコンサート会場に行った人のアンケートによるのだが、いったいどんな人がアンケートに応えているのだろう。どんな人がN響のコンサートに行っているのだろう。

残念ながらN響の演奏はテレビやFMでしか視たり聴いたりできないのだが、どうもよく分からない投票結果であった。

2009年4月10日 (金)

「天使の夢」が使われていた番組は?

答えはAMの「NHK第2」で放送されていた「名曲の時間」です。

この番組名を探りあてるのに、ずいぶん時間がかかった。

この番組をよく聞いていて「天使の夢」という曲名を教えてくれたのは亡くなった母なので、そちらから調べる手立てはない。ネットで調べても「天使の夢」という曲名に関するものはそれなりに行きあたるのだが、それがどんな番組に使われていたか、書かれているものはなかなかなかった。これを書いている数日前、ようやく上記の答えにたどり着いた。NHKの番組アーカイブに掲載されていないので最終的な確証はとれていないが、多分間違いないでしょう。

同じように亡くなった母がよく聞いていて、番組名は覚えていたがテーマ音楽が分からなくて、何年もかかってやっと判明したのが「希望音楽会」の、パガニーニ・ラプソディだった。「天使の夢」については、この逆のケースだったが、「名曲の時間」なんて、ずいぶん平凡な番組名だ。思い出さないはずだ。

何年も前のことらなるが、とある大きなCDショップのクラシックコーナーで、次のような会話を耳にしたので、いつか書いておきたいと思っていた。ついでに、番組名も分かったらいいのに、と探し続けていたわけである。

お客は、少しお年を召したご夫婦。店の人は、クラシックコーナーにいつも張り付いていたので、そのコーナーを専門に担当している人だと思っていた人。( )内は私。

お客「天使の夢って曲、ありますか?」
店の人「天使・・・の・・夢、ですか。作曲家は誰ですか?(まあ、若い人は知らないかも知れないなあ・・・)
お客「ルビンシテイン、だったと思う」
店の人「え?!ルビンシテイン?そんな作曲家はいないと思いますが・・・ルビンシュタインと違いますか。ピアニストの」(おいおい。何を言い出すんだ)
お客「いや、ルビンシテイン。ルビンシテインの、天使の夢」
店の人「いやあ、何かの間違いと違いますか」(え?お客が間違っているって?!)
お客「・・・」

何と情けない会話だ。よほど横から口を挟もうかと思ったが、これは、この店もたいしたことはない、と見切りをつけてしまったので、口を挟む気も起こらなかった。あとで店頭で探しても、また当時はネットで探してもなかなか「天使の夢」は見つからなかったし。

このお客は、何か思う処があって、ピンポイントでこの曲名を言って相談されたのだろう。「希望音楽会なんて番組、知らないよねえ」でも書いたが、クラシックに限らず、ある曲との再会が、その人の人生にとって、かけがえのないものとなることは多い。その機会がすぐに見つからなくても、そのヒントくらいは提供できるのが、こうした店に期待されることでもあると私は考えている。なのに、お客の勘違い、みたいな発言でお客を傷つけ、おそらく永遠にこのお客を失ってしまった。

私は、何年かたったあと、ピアノによるこの曲が含まれているCDを買うことができた。今では別の演奏で出ている。あのお客は、その後「天使の夢」のCDに出会うことができたのだろうか。

2009年4月 8日 (水)

「希望音楽会」なんて番組、知らないよねえ

2009年3月8日のN今日アワーで、パガニーニ・ラプソディを紹介するとき、どこかで必ず聴いたことのあるはずの曲、みたいな案内のあと、池辺さんが「昔、希望音楽会という番組で、この曲がテーマとして使われていた」といったことに言及していた。池辺さんの話に的確に反応することで高く評価している(何しろ、前任者の若槻麻由美と大河内奈々子がお粗末すぎたので・・・いや、女優としては好きなのですが)岩槻アナだが、この発言には全然反応しなかった。全然反応しなかったことによって、「世代」を感じてしまった。少し悲しい。

ラジオがAMしかなかった頃、このパガニーニ・ラプソディの第18変奏をテーマ曲にしていた音楽番組があった。それが「希望音楽会」である。
私が、その番組の内容は全く覚えていないがテーマ音楽だけは耳に残っていて、だいぶあとになってから、それがラフマニノフ作曲「パガニーニの主題による狂詩曲(パガニーニ・ラプソディ)」の一部、第18変奏である、ということを知り、その変奏曲から段々曲全体に親しむようになって、大好きな曲となっていった経緯については、下記の私のホームページをご覧頂けるとありがたいです。

池辺さんのアシスタントについては「続・音楽番組の貧困について」 http://homepage3.nifty.com/tkoikawa/music/banguminitsuite/bangumihinkontszuki.htm
パガニーニ・ラプソディに関する、私との関わりを軸にした評論はhttp://homepage3.nifty.com/tkoikawa/music/opus/paganinirhaps.htm

しかし、ちょっと気になった点がある。

このN響アワーという番組が、どういう年齢層やどういうクラシック歴の層を視聴ターゲットにしているのか未だによく分からないのだが、もしこのときの放送で曲名をちゃんとメモしないで、またウェブで調べる習慣もなくて「希望音楽会のテーマはあれだったのか」とだけ記憶し、購入を決意し、そのままCDショップに行って「希望音楽会のテーマの曲、ありますか?」と言ってスンナリ通じる店員がどれだけ居るだろうか、ということである。
私もそうあちこちのCDショップに行っているわけではないが、少なくとも大阪/奈良間では、かなり望み薄なのではないか。

奈良に住んで30年近くになるが、その間、大阪/奈良間では、CDを扱うショップがどんどん減り、扱っていてもクラシックCDの売り場がどんどん減り、なおかつクラシックCDについて、お客の相談(問いかけ)にマトモに応えられない店員が増えてきたのを見てきているからだ。
「希望音楽会の云々」は何しろ古い番組だから仕方ないにしても、「パガニーニ・ラプソディ」とか「パガニーニの主題による狂詩曲」と言っても通じるかどうか。クラシックコーナーに専門の店員がついていることも少ないでしょうからね。

クラシックに限定されることではなく音楽全般に言えることだが、ある人にとって、ある曲が、これまでに歩んできた人生の中の1コマまたは、全体像を形づくるために必要な残りの1ピースとなっていることがある。その曲と或る機会に再会することができると、その曲がもたらしてくれる感動は、その曲自体が持つ力に加え、人生の1コマを回想させてくれ、または欠けていた1つのピースが埋まり全体が完成した、という喜びが加わり、貴重でかけがえのない経験となるからである。

N響アワーで「希望音楽会」のことばで「ああ、そうだったのか」とCDショップに向かった人が、少しでも多く「パガニーニ・ラプソディ」のCDにたどりつくことができて、かけがえのない経験につなげることができるようになって欲しいものだ。

2009年4月 7日 (火)

N響アワーでユジャ・ワンと上原彩子が「競演」

2008年の終わり頃、BS2でN響定期の録画を放送していることを知ってときどき視聴するようになった。このページを発信している奈良というのは、N響など滅多に来ない土地柄なので、随分ありがたい放送だ。受信料と僅かな電気代を別とすればタダだから、カネを払って「ハズレ」だったときに悔しい思いをすることもない。

で、視聴し始めてすぐに大いなる収穫だったのが2009年1月23日放送の第1636回定期(2008年12月17日公演。デュトア指揮。サントリーホール)におけるユジャ・ワンの「パガニーニ・ラプソディ」と、2月20日放送の第1639回定期(2009年1月21日公演。キタエンコ指揮。サントリーホール)での上原彩子の「プロコP協3番」だった。コンサート全部をDVDで保存したのに加え、この2人の演奏だけを別にしたものもそれぞれ作成した。パカ゜ニーニ・ラプソディでチャプターを切るのは難しいが、もちろん第18変奏の前後だけは切った。

そんな作業をしているうちに2009年3月8日のN響アワーで、この2人のこの演奏を並べて放送した。

実は、前の週3月1日の予告で、8日のテーマが「アメリカで輝いたロシアのピアニズム」だったので、この2曲が放送されることは充分予想していたし、演奏者もこの2人だろうとも予想していたので、予想が的中したのは嬉しかったのだが、N響アワーで取り上げられる前に既に両方とも何度も聴いていたから、「今さら、ねえ」と思ったのも事実である。

けど、聴いてみて良かった。この2人がN響アワーの時間に「競演」したような形になり、聴き比べすることができたからだ。
で、率直に言って、上原彩子の方がスゴイのかも知れないと思った。2曲の中で「ロシアのピアニズム」というタイトルによりふさわしいのはプロコの方かも知れないし、それを大きな音楽にまとめあげてゆく力も、テクニック以上のものがある。

曲の作り方やメロディアスな面でゆくと、チャイコフスキーの正統な?後継者はラフマニノフなのだろう。ピアノの技巧も、プロコと比べてどちがより難しいのかよく知らないが、手の動きを見ている限りプロコの方がより高度なものを求めているように見える。ラフマニノフだって、充分に難しいはずですけどね。

ユジャ・ワンがプロコのP協3番をやり、上原彩子がパカ゜ニーニラプソディをやったら、それぞれどんな演奏になるのだろうか。機会があれば聴いてみたいものだ。その結果、「やはりユジャ・ワンの方がスゴイ」ということになるかも知れない。

2009年4月 6日 (月)

上原彩子、大きくなりましたねえ

上原彩子が、第1639回N響定期で、キタエンコ指揮によってプロコフィエフのP協第3番を演奏した(2009年1月21日サントリーホール)のをBS2で視聴した(2009年2月20日BS2)。

凄かったです。この曲は私の大好きな曲のひとつなのだが、ますます好きになった。そして、テレビで見るメリットなのだが、手元をアップで見ることができるので、「こんなに強烈なテクニックを要する曲なのだ」ということを改めて知ることもできた。

チャイコフスキーコンクールで優勝して以来、上原彩子の演奏は何度かテレビで見る機会があり、大きな音楽をやる人だと思っていた。諏訪内晶子が優勝した直後の演奏は全然良いと思わなかったが、上原彩子は優勝の時点で既に完成度の高さを感じたものだった。
N響定期の録画で久しぶりに聴いたのだが、ますます大きな音楽をやるようになったなあ、とも思った。

「大きくなった」と言えば、体つきも大きくなったのではないか、と何となく思っていたら、N響アワーでこの演奏を取り上げたとき、妊娠中の演奏であったとのことだった。ウェブで略歴を確認すると、2005年に結婚していたのですね。
しかし、よく妊娠中であんな強烈なテクニックを駆使した曲をやるものだ。胎教として、どんなお子さんが・・・みたいなことをN響アワーでも言っていた。

2009年4月 4日 (土)

ユジャ・ワンよりも上原彩子がのだめに似てるって?

NHKのテレビでユジャ・ワンの「パガニーニのラプソディ」の演奏を見て、聴いて、「のだめ」だと思ったので、同じようなことが書かれているホームページやプログを検索していたら、結構たくさん見つかった。しかし同時に、まったく想像もつかなかったのだが、「上原彩子がのだめに似てる」という話も同じようにたくさん語られている、ということが分かった。

たとえば「るうかすの、これからはあるくのだ」さんは、似ている点として「ピアノの超絶テクニック」「口がアヒル」「神経質でなく、天然」をはじめ5つの点をあげておられる。上原彩子のファンだそうで、「上原彩子≑のだめ」説に賛同するコメントも寄せられている。

「るうかすの、これからはあるくのだ」さんのページはこちら。
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40953/2741111

「るうかすの、これからはあるくのだ」さんも書かれているように、まあ、こじつければ色々とあるでしょう。ユジャ・ワンの方が私は近いと思うのだが。

察するに、「のだめ」の影響が大きく、「のだめ」と、ある女性ピアニストを重ねて見るときに、近い雰囲気を感じるとそのように思い、そう思ったことをまた楽しむ、ということなのかも知れないですね。私もユジャ・ワンのファンとなって、のだめを重ね合せたのだから。

2009年4月 1日 (水)

ユジャ・ワン  「のだめ」の雰囲気、アルゲリッチの? 再来 ?

ラフマニノフの「パカ゜ニーニ・ラプソディ」は大好きな曲だ。アシュケナージ盤で満足していたのだが、先日テレビを見ていたら、スゴイ演奏に行き当たった。

ボサボサの髪で、赤の演奏会用ドレスに身を包んだ、決してスマートとは言えない女性が登場し、ちょこんと座って弾き始めた。「あ、のだめが出てきた」と思った。その演奏は、しっかりしたテクニックとノリの良さと情感を併せ備え、さらに何かスゴ味をもったもので、どんどん引き込まれて聴き進むにつれ、「のだめ」の印象から、次第に、若い頃のアルゲリッチを初めてテレビで見たときのことを思い出していた。とくに第18変奏では涙が出てくるのを押さえ切れなかった。この曲でこんなことは初めてである。

デュトア指揮N響との共演による、ユジャ・ワンの演奏であった 。

中国人のピアニストというとユンディ・リとかランランが有名だが、彼らの演奏を聴いても良いと思ったことは全くない。とくにランランは大変うまいのだが、何かスゴ味に欠ける。深みに欠けると言ってもよい。ユジャ・ワンは彼らの上を行く存在となってゆく可能性大だと思う。

1曲だけ、1回だけの演奏でたちまちファンになってしまう、という演奏者と演奏がある。テレビで見たとか、FMで聴いたという程度でもそうした出会いがあるので、音質には余り関係ないことが分かる。1回の演奏どころか、最初の1音は無理かも知れないが最初の1フレーズで分かることさえある。久しぶりにこうした出会いをユジャ・ワンという人で体験できた。注目し、応援してゆきたい。

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