カテゴリー「政治」の記事

2015年5月22日 (金)

明治維新という過ち 改訂増備版

(副題「日本を滅ぼした吉田松陰とテロリスト。原田伊織著。毎日ワンズ。2015年3月10日第4刷。お薦め度1)

売れているようだ。私は毎日新聞を購読しているのだが、関連会社の出している本ということもあってか、よく本書の広告を目にしていた。時が経つごとに累計何万部出版という数字が上がっていったし、現に、本年1月に初版を出してから2ヵ月ほどで上記の通り第4刷に到達している。

薩長が明治政府を樹立し、その後の歴史が薩長にとって都合のよい歴史に書き換えられた・・・というのは、実はよく論じられる処だ。その上に立って、どこがどう変わったのかなどを論じて行くのが歴史家なり、歴史をテーマに小説や評伝を書く人の腕の見せ所というものだと考えている。

私も、率直に言って「明治維新」というものは薩摩藩の、とくに西郷ー大久保ラインによる陰謀だと思うようになってきている。
そうした、「明治維新見直し論」の1つかと思って本書を手許に置いたのである。

しかし、読み始めてすぐに失望した。本書はそんな上等なものではない。
結果、途中で読むのを放棄せざるを得なかった。これはひどい。
極めて偏った見方に基づいた、独善的で雑駁(ざっぱく)極まりない本である。何の価値もないと断言していい。

例えば、副題にある吉田松陰である。
全く大した思想を持った輩ではなく単なる先導者・テロリストだと断じているが、それでは後の「明治維新」の立役者の多くが彼を慕い、彼の元に集まったのはなぜなのか。
そこには、人が人を惹きつける力、即ち「」人物」という視点が欠けている。

そして、副題にあり本書内でも執拗に採りあげている「テロリスト」という決めつけ。
これは、あの時代と現在の価値観を混同(多分、意図的に)して論じるのが如何に無意味であるかということが分かっていない。

「明治維新」賛美に手を貸したのが司馬遼太郎であるとして彼を断罪し、戦前の陸軍の拡張主義が松蔭の影響によるものだとし、「維新」と称して廃仏毀釈に走り多くの寺院を破壊し、そうした影響が現在まで続いている。徳川家を温存して、当時のドイツ的な国とすべきだった、と論ずる。
ハッキリ言ってバカですよ。

彼は、本書内で、70年安保のとき、右側から関わったことを書いている
これで、ああそうかと納得したのは、立花隆が本書を絶賛した書評を書いていることである。立花隆は60年代安保闘争をくぐってきた人だし、著者は右側からとは言え、70年代安保に関わっている。
こうした人に共通するのは、妙な処に論点を無理矢理作り出し、理屈にもならない理屈をこね回すということである。こね回すことに恐らく快感を覚え、「理解しにくい」といった顔を見せると突然に聞き手をバカにし始めるのだ。

実に幼稚な論によって展開される本書。本来だとお薦め度はつけないレベルのものである。まあ1点だけ付けたのは、「明治維新」について無批判に受容してきた人に、「こうした考え方もある」ことを知って頂くにはこうした本もあってもいいか、ということによる。

しかし、多くの歴史学者、多くの司馬遼太郎ファン、多くの評伝作家を相手に喧嘩を売るようなこの本、よく出せたなあ、とある意味感心したのは確かだ。

2012年10月 6日 (土)

中共からは手を引け 続々

公平を期すために(??)政府の対応に対しても言及しておく。

「そもそも、領土問題は存在しない」などと言って、キッチリした対応を逃げてきていたのは、何党の責任だと言うのか。これは、民主党の責任ではない。
ちゃんと、北方領土の問題と竹島と、尖閣のことを、異なるシチュエーシュンであることを踏まえて説明してこなかったのは、どの党だ。

百歩譲って、北方領土については、少なくともロシアの指導者が交代するたびに言及されてきた。その一時だけは。
しかし、竹島はどうか。教科書には書いてあるようだが、これを含む現代史を教えてこなかったのは、どの党だ。少なくとも、学校でその時間が取れないというのであれば、執るうに指導は出来る・・・指導して環境を整える策を打つようにできる・・・立場にありながら、何の手立ても打たずに放置していたのは、どの党だ。

尖閣はどうか。

北方領土の問題は割と知っているし、竹島についても少しは知っているし、日中関係についても多少はは知っているつもりの私でさえ、この事案があることを知ったのは、つい最近のことに過ぎない。
事案の存在は知ったが、なぜ我が国固有の領土だと言えるのか、筋だった説明を余り聞いたことはない。
比較的分かりやすくテレビで説明していたのは、政治ワイドショーではなく、バラエティの中の一つのコーナーだった。何でバラエティなのか。それも関西ローカルだ。何で、政治ワイドショーの類でやらないのか。

国連での応酬の一部を見ると、中共と我が国の議論、全くかみ合っていない。あれは実にまずい。

「中共が日清戦争のとき、日本が盗んだ」と言ったときだ。なぜ、それに乗って、こちらから議論がかみ合うように持って行かなかったのか。
盗んだという言葉に対しては抗議するのが当然だが、そこに留まらず、日清戦争よりも前に日本が領土にしていたと説明するなり、ポツダム宣言で日本が放棄する領土に含まれていない(とされていると何かで見聞きした記憶が私にはある)とか、議論がかみ合うように持って行く方法は幾らでもあつたはずだ。

で、そうした歴史的な背景や、当時の日本との力関係なども含めて、筋だった説明をすべきだ。少なくとも民放で限界があるならば、NHKでこそ説明すべきだ。

さて、これは民放でのコロンテーターの発言。
「この問題、お互いに、解決する意志があるかどうかにかかっている」
「両国が、今後の世界経済をどうしてゆくか、話し合うべき」

何を未だにこんなアホなことを言うのか。何を血迷っ発言をするのか。解決する意志があるかどうかは、中共がもっとまともな国となって出直してくるか否かにしか、答はない。
今後の世界経済を云々に至っては、この問題を抜きにしても、あり得ない話である。

未だにこんな発言を放送するだけのテレビ。
最近、つくづくイヤになってきている。

繰り返す。

中共からは手を引け。
粛々と手を引け。

困るのは中共だ。
我が国も大いに困るだろうが、相手はあそこだけではない。
より好かれ、より信頼されているのは、我が国の方だ。それに、中華民国があるではないか。中華民国が、3.11のときに一番多くの支援をしてくれたという事実。もっとどうして何度も言及しないのか。それに対し、中共の対応ときた日には、呆れるばかり素っ気ないものだったという事実も、もっと繰り返して報じないのか。

そもそも、何でもっともっとアメリカを頼りにしないのか。もっともっとアメリカを取り込まないのか。もっともっと世界にアピールしないのか。

だいたい、こうしたときのために、小澤訪中団が中共に行ったのではなかったのか。こうしたときのために、天皇陛下のスケシケュールの中に無理矢理、中共幹部・・・次にトップとなるはずの人物・・・との時間を割いて頂いたのではないのか。こうしたときのために、パイプを作っておいたのではないのか。
そうでないならば、あれは単なる大名旅行に過ぎない、いや、それ以下だ。それ未満だ。このことだけを捉えても、以下に志の低い、卑しい「政治屋」・・・政治家などと呼べる存在ではない・・・だか、分かろうと言うものだ。

繰り返す。中共からは手を引け。

以前から関係の深いタイだけではなく、ベトナム、それに民主化されたとされるミャンマーだってあるではないか。我が国も含め、仏教国てせあるという共通点がある。回教国のインドネシアやマレーシアだって、以前から深い関係があるではないか。もっと広く見渡せば、日本人の移民が多い、ブラジルなど南米もある。

もし中共に先を越されていたのだとしても、さらには韓国までにも先を越されていたとしても、日本と取引したいという国は多いはずだ。
現に、ミャンマーに進出して成功しつつある日本企業があり、他の、先を越されてしまった国からの、我が国に関する引き合いは多いそうだ。中共も韓国も、自分たちのことしか考えていない。しかし、日本は一緒に考えてくれるし、育ててくれる、ということで。

だから、我が国も困るが、もっともっと困るのは中共だ。
繰り返す。

今からでも遅くない。中共からは手を引け。
粛々と、手を引け。
中共が中共である限り、まともに付き合うなんてことは考えるな。手を引け。

絶対に手を引け。
付き合いができるとか、関係を修復しようなどという幻想は捨てよ。手を引け。

2012年10月 4日 (木)

中共からは手を引け 続き

(前稿から続く)

もともとあそこを中共と呼んでいたのだが、どうやらそれも風化されてきているらしい。ATOKというのは、私が愛用している日本語入力ソフトだし、これに変るものは現状見あたらないが、少なくとも私の使っているバージョンでは、中共というのが一発では変換されない。この記事を書くにあたって、そんなことも気付いてしまった。

さて、今にしてみれば、あそこを侵略したり、勝手に満州国なる傀儡国を作ったりした過去があり、その反動として贖罪意識が強くなりすぎ、それが行き過ぎとなったというのが背景になったのだろう。国交「正常」化という事態を目の当たりにして、最近までは人件費が安いというメリットもあり、どんどんあそこで生産する企業が増えていった。
いや、人件費の安さだけに目がくらんだというのが真実ではないか。

人件費がアッと言う間に高くなり、しかも、あんなリスクを追ってまで、あそこに拠点を置く必然性は、とっくになくなっている。
もう、今からでも遅くはない。引き上げるべきだ。全てのものを。全ての人を。全ての資金を。

贖罪意識というのは、ある意味持ち続けないといけないが、敗戦国の負うべき賠償金などについては、あんな処との交渉以前に、中華民国との間では、とっくに話が終っていることなのだ。蒋介石という、国民党を率いていた人物・・・色々と良い面につけてより、悪い面についての方が批判すべき人物だが・・・日本に対する一切の賠償請求を放棄すると宣言してくれたのである。
その上、基本的には新日であり、良い付き合いを続けてくることができた。それは、あそこと「正常」化する代わりに中華民国を言わば「斬捨て」にしたにも関わらず、現在まで続いている。もちろん、中華民国を台湾という地域名に落とした呼称とした後もだ。

もちろん、それでは収まらない人たちもいるだろう。台湾の漁船団が押し寄せた事案は、彼らの意見を代弁しているのかも知れない。しかし、あそこの指導を受けた、傀儡デモの可能性だってある。

台湾という地域名で呼ぶのはやめて、中華民国という正式の名前で呼ぶべきではないのか。そして、あそこは中共としか呼ぶべきではない。

笑い話に近い事実だが、もっとテレビのコメンテーターたちの誰かが指摘して良いことなのだが、本当に「反日」を貫くのであれば、あそこの国名自体、成り立たなくなるのである。どうする気か。確か、人民も、共和も、日本が明治維新のときに英語の翻訳語として造語した言葉なのである。
もっとも、あそこの図々しさは、日本がこれらの用語を盗んだ、と言いかねないが・・・。

表面では交渉を続けないといけないのかも知れない。邦人の安全が最優先だから。
しかし、ウラでは粛々と、全てのものやカネや人を、引き上げにかかるべきである。

そもそも、あんな国、国連の常任理事国である、という資格はない。
資格がないと言うより、常任理事国の座を簒奪(さんだつ)した、と言うのが正しい。

そもそも、国連の常任理事国というのは、第2次世界大戦の戦勝国が、戦後の地位をより高めるために作った制度である。だから、敗戦国=枢軸国 だった日本も、ドイツも、常任理事国になりたいと何度も試みたが、壁が大きすぎて果たせていないのである。

で、中華民国が戦勝国だったので、あそこの地域を代表する国として、中華民国が常任理事国になったのである。
だから、いくら支配地域が広大だからと言っても、中共には、常任理事国の資格など元々ないのだ。主としてアメリカの考えで中共との「正常」化を急いだついでに、あれを常任に入れ、中華民国をその座から追い出すということをやってしまった。だからあそこだけの責任ではないが、結果として、中共こそ、あの座を簒奪(さんだつ)したと言ってよい。中共こそ、盗人の最たるものである。

暴動の話の戻るが、マスコミも、「反日デモ」という言葉を多用していたのは、実にけしからん話だ。あれは明らかに暴動である。しかも、暴動の原因として日本政府のやり方がまずいとか、日本が悪いとか、そんな言説まで出てくるのだから、実に救いようがない。

暴動は暴動だ。デモとは違う。
これは、学校における犯罪を、「いじめ」などと言う用語で片付けてきてしまっていた体質と同じだ。

韓国とも問題を抱えていて、韓国でも反日デモが行われているが、あくまでもデモである。暴動にはなっていない。少なくともそう報じられている。韓国は韓国で怪しからんのだが、少なくとも国の成熟度という観点からは、中共などとは雲泥の差がある。民度が余りにも低い中共などとは比べるべくものではない。

(この稿さらに続く)

2012年10月 2日 (火)

中共からは手を引け

まあしかし、驚き呆れたと言うしかない。

もう、こんな国とまともにつきあうことはできない。
早く、このことに気付くべきだったのではないか。

デモに名を借りた暴動を許したばかりか、その責任を日本がかぶるべきだとか、果ては日本を盗人(ぬすっと)呼ばわりして国連の場で罵倒するとか、何なんだあれは。

忘れてしまった人が多い、または多くなった。または、そもそも知らなかった人も多いと思うが、国交「正常」化の前後まで、あそこは中共と呼んでいた。もちろん中華人民共和国の略なのだが、中華民国という国を正統と認め続けていたわが国では、主として保守ないしは右よりの人たちから、「アカ」という侮蔑的なニュアンスも込めて、中共と呼んでいたのである。

もう、あんな国を中国などと立派な名前で呼びたくはない。
もう、あんな国とは付き合うべきではない。
もう、あんな国を相手にすべきではない。
もう、あんな国からは手を引くべきだ。
もう、あんな国と、関係を修復しようなどと、幻想を振りまくのは止めるべきだ。
もう、あんな国であんな被害に遭った拠点の再建など、やめるべきだ。
もう、あんな国と何らかの交渉を持つべきだという、コメンテーターの発言は聞きたくない。

もうあの国との貿易は諦める時だ。
もうあの国に行って観光を、なんて無駄遣いは止めるべきだ。
もうあの国からは一切の拠点を引き上げるべきだ。

あの国がもう少しまともな国に生れ変るまで、一切の付き合いは止めるべきだ。
あの国がもう少しまともな国に生れかわるまで、一切の期待、幻想を抱くのは止めるべきだ。
あの国がもう少しまともな国に生れ変るまで、あの国を中国などという名前で呼ぶのは止めるべきだ。中国というのは美称である。
共産党の国ではとっくになくなり、共産党という名前を持つ党が単に一党独裁をつづけている、または続けようとしているだけの処である。だから中華人民共和国に対して「アカ」の意味を持たせた蔑称として中共と呼ぶのはふさわしくない。しかし、他に適切な呼び方がない。

だから、余り適切ではないが、中共と呼ぶしかない。
ちなみに、支那とかシナとか言うのも、どうやらこれは蔑称ではないというのが事実であるらしいので、使うべきではない。支那と書くと日本の「支」である「那」(くに)という意味が付け加わってしまう感じがするのでふさわしくないかも知れないが、いつかの機会に、シナという発音の呼び方を復活させるべきだ。
そのとき、あそこがまともな国になっていないのであれば、国名に関する呼称の相談は、中華民国とするべきである。

何度も繰り返す。あそこからは手を引くべきだ。
今からでも遅くはない。ふそこからは手を引くべきだ。
既に生産拠点としての意味はなくなっている。あそこからは手を引くべきだ。
進出してしまった企業の人たちよ。今からでも遅くない。むしろ、日本人の従業員を守るのであれば、あんなリスクの巨大なところからは、手を引くべきだ。

(この稿続く)

2012年9月10日 (月)

北方領土は二島返還で諦めろ

竹島について余り関心も持たれず、騒ぎもして来ず、教育の場で教えられることが殆どなかったのに対し、北方領土については、ソ連→ロシアの指導者が替る度に、そのリーダーはどんなスタンスだろうか、どれ程話し合いに応ずる気があるのだろうとか、少なくともマスメディアでは関心を示してみせてきたし、教育もされてきた。

しかし・・・もう、そんな論争は止めにした方がいい。

この記事を書いている日(2012年9月9日 日曜)の朝刊で報じられ、その前の晩のテレビでもやっていたのは、天然エネルギーの共同開発合意の調印、そして2国間の領土問題については秋以降、次官級協議に入るという話だった。

この際だから言っておきたい。
もう、歯舞と色丹という二島返還で諦めるべきだと、強く思う。

これは、鳩山のアホの祖父に当たる鳩山一郎が、1956年だったかに訪ソしたときに合意したものの、国内の反対もあって決着し切れなかった線で手を打つしかない、ということである。

言わば、中途半端な話のまま過ぎてきた年月の中では、ソ連→ロシア側が、その合意したはずの線さえ否定してみせたり、また合意の線まで認めるそぶりをしたりを繰り返し、進んだと思ったら後退、また進んだと思ったら後退、そして停滞という繰り返しだったわけだ。
鳩山のアホも、せめて「おじいちゃんのやり残したこと」に対して、道筋をつけるとか、解決する、ということをやっていれば、まだ少しはマシな評価になたっただろうに。

で、大統領に復帰したプーチンだが、彼は進める気があるとされる。
事実、前回大統領だった時期、具体的な話し合いが相当行われたらしい。

しかし、先方が持っているメニューには、4島返還などというものは、含まれていないと考えるべきである。4島返還という可能性が過去にもしあったのだとすると、日本とロシアの経済格差がまだまだ大きい水準だったときのこと。即ち、ロシアとなったからに限って見てみると、いきなり民主化され、大混乱となって経済がドン底だった時期のことに過ぎない。
今となっては、もうダメだろう。

4島返還ということに拘り続けた結果、まとまりかかった交渉が決裂に至った、ということが何回もあるそうだ。
この記事を書いている日(2012年9月9日 日曜)の「たかじんの・・・」に出演していたモト外務官僚の東郷和彦氏が、保阪正康氏との共著「日本の領土問題」に詳しく書かれている。

これ、実は読んだはずで処分もしていないはずなのだが、整理がいいもので(?!)で見あたらないのだが、記憶している限りでは、オススメの好著だ。現に、「たかじん」で東郷氏が語っていた内容は、この本の内容を簡単になぞったものだということが分かったのは、読んでいたことを裏付けするに十分だ。

この本には触れられていなかったと思うのだが、別の観点から見ると、辛坊治郎も番組内で言及していたことだが、歯舞と色丹は北海道の一部だと明らかに見なせるが、国後と択捉は千島列島の一部に、どうも見えてしまう、ということである。
サンフランシスコ条約で、日本が放棄すべく定められた「千島列島」の範囲に、国後と択捉は含まれない、というのが、これまでの日本の公式見解であるが、見る人によっては、かなり無理があるように感じるのではないか。

もちろん、日ソ中立条約を一方的に破棄して攻めてきた上に、不法に4島を占拠し、旧満州では強制労働に連れて行ったのは、明らかに行き過ぎで、恨み辛みも大きい。

かと言って、いつまでもそんな論議ばかりしているのは、不毛だと思う。
もう、2島で諦めるしかないのだと考える。

もちろん、旧住民を中心に、ビザなしで自由に行き来することは保証させなければならない。
加えて、相手方に対してもそれを認める。
そうすれば、日本の良さに惹かれるロシア人が増えるかも知れず、既に4島に住んでしまったロシア人の世論も、変るかもしれないではないか。

さらに1点つけ加えると、トルーマンとスターリンの話の雲行きいかんでは、北方4島どころか北海道まで、ソ連の傘下に入ってしまった可能性がゼロではないという事実である。
要は、ドイツのように、日本が東西に分割して占領され、東西両陣営に組み込まれ、別々の戦後史を歩んだかも知れない、という事実である。
北海道全部はともかく、北海道の北半分、という可能性は、十分にあったのだ。
どういうわけか、トルーマンが強く拒否し、そのために日本は、連合国に占領されたというよりアメリカに占領される、ということになった。

そんな可能性まで含めると、北方領土の帰属について、もう不毛な論議はやめるべきだと、ますます思うのである。

2012年9月 9日 (日)

韓国とは断交せよ

ずっと書こうと思っていて、いざ書こうと思うと気が滅入り、ハラも立つので中々実行できなかったのだが、韓国とは断交せよ、と声を大にして言いたい。

何で、ずっとイヤな思いをしながら、文句ばっかり言う国とつきあわないといけないのか。
何で、歴史的な事実を踏まえないモノ言いで、誤った歴史認識を声高に叫ぶ国と、いつまでもつきあわないといけないのか。
何で、天皇陛下に「誤りに来い」などと、無礼千万な物言いをする国とつきあわないといけないのか。
何で、従軍慰安婦問題といった、とっくに終った話を、いつまでも蒸し返しては騒ぎたてる国とつきあわないといけないのか。

そして、本来右がかった論説を主としているはずのフジ・産経系列のテレビの政治番組等で、あの国の不当性と無礼なモノ言いについて、もっと激しく論ずることを避けているのか。他局については言わずもがなだ。

また、何で、もっと継続的に、あの国の主張の不当性を、国際社会にアピールしてこなかったのか。

50年も「実効支配」されてしまった現状に鑑みると、もう手遅れだ。
本当に取り返すつもりなら、戦争するしかない。またはカネで買うしかない。

けど、まさか戦争するわけにはいかないし、今となっては、少々のカネをちらすかしても、応じる相手ではなくなった。

では、どうするか。

私は、ここに至ってはもう断交しかないと考える。
切に考える。

韓国に拠点を置く日本企業には、素早く「脱出」のてはずを整えてもらう。
かの地で制作された、これも誤った歴史認識に基づくことが多い歴史「ドラマ」はもちろん、彼の地発の「スター」「歌手」の類は、一切断ること。
こうしたことを進めて、相対的に、より困るのは彼の地のはずだ。

そして、かの島は、くれてやるのである。
十分すぎる因縁をつけて、「手切れ金」として、くれてやるのだ。

こうした、面倒で、人によっては「国賊」呼ばわりして来そうな手段を執ってでも、もうあんな国とつきあうのはやめるべきだ。

ハッキリ言うと、断交すべきだ。
断交しかない。

2012年5月12日 (土)

関西電力の無策・無責任を糾弾する 1年もあったのに何をしていたのか

いったい、この1年間、何をしていたのか。

この2012年の夏、原発を再稼働しなければ10数パーセントの電力が不足する、という関西電力(以下、関電)の試算が出て、その話題が色々な番組で採り上げられているのを見て思ったのは、私だけではないだろう。

昨年は東京電力の電力不足が専ら話題になり、その傍らで、「やがて全国の原発が全て停止する。定期検査に入るためだが、停止したあとの再稼働が困難になるのではないか」との推測も流れていた。
このとき、なぜか関西電力のことが余り話題にならなかったと記憶するが、テレビの番組の多くが東京制作のものであるため、どうしてもそうならざるを得なかったこともあるだろう。

昨年はまだ原発が稼働していて、節電の呼びかけなどが功を奏したのか、大きな問題にはならずに済んだ。

しかし、今年になって原発が全停止状態になることは、当然分かっていたわけである。

テレビでは、ここに至まで余り話題になっていなかったわけだが、関電としては、原発が全部停止した状態になることは、もっと深刻な問題意識を持って、対応策を講じておくべきだったはずだ。
どうも、原発の再稼働ありき、という前提のみでしか動いていなかったとしか見えないのである。再稼働しない場合でも、何とか電力供給をスムーズに行う方法を講じてい然るべきものだったはずだ。
そのことによって、料金値上げが不可避となるのであれば、それも含めて対応策を講じておくべきだったはずだ。

安全のための策を、メニューだけ並べた状態で提示し、具体的な工事はこれから・・・などというふざけた説明で誰が納得できると思っているのか。
まあ、これについては、出す方も出す方だが、認めてしまう政府も政府だが・・・。

そもそも、古くなった火力発電所を目一杯動かしていたのであれば、修理したりリプレースしたり、場合によっては新規に建設したりといった対策は講じてきたのか。

太陽光発電を始めとする自然エネルギーがどこまで増強できるか、という見通しは立てたのか。民間の自家発電設備がどこまで増強されそうか、ヒアリングしたり見通しを立てたりしたのか。

関電は原発依存度が電力各社の中で断トツに高い、というのは、我々だって既に知っていることだ。であれば、関電の経営層は、あの3.11の状況とその後の推移を見るに付け、「これはエライこっちゃ」と危機感を持って然るべきだったはずだし、併せて、もし原発を動かすことができずに来年(2012年)の夏を迎えねばならなくなったら、いかに対応するかの検討をすぐに始め、乗り切るためのあらゆる方策(メニュー)を洗い出し、いかにそれを実行していくかということを検討し、そして実行して行くべきはずだった。

1年もあれば、かなりのことができていたはずだ。

どうも、見聞きする限りは、何もやってこなかった、としか思えないのだ。
原発の再稼働を前提にした動きしかしてこなかったのだろう。
いや、してこなかったのは確かだと言っていい。

昨年夏の株主総会の議事についてである。手許にあったのだが、捨ててしまったので記憶だけに頼って書くが、脱・原発に向けた株主提案があった。何項目にもわたっての提案があったが全て否決されてしなっていた。要は何も変えないというわけだ。即ち、原発は止めないというわけだ。再稼働は大前提というわけだ。

その議事録を見て、つくづく呆れたことを覚えている。
甘すぎるのだ。あの事故を目の当たりにすれば、原発はもう動かせないかも知れないと思うのが、当然の感覚のはずだ。どんな感覚をしているのか。
百歩譲って、再稼働せねばならないのだとすれば、少なくとも具体的な安全策のための工事が済んでから要請、という順序であるはずだ。

繰り返す。アッという間の1年だった。しかし、1年もあったのだ。1年もあったのに、何をしていたのか。「オール電化」というものに疑義を持つ消費者が増えたのに、まだ営業し続けていたことも分かっている。新聞などにも採り上げられて問題視されたが、事実、我が家にも勧誘があったと家人から聞き及んでいる。どんな感覚をしているのか。

通常の企業であれば、問題が発生したときは、まず最悪のシナリオを描くことから始める。そして、いかにそれを乗り越えるか、乗り越えるのが困難にときは、どんな策を講じたら可能になるのかを洗い出し、必要な予算措置を講じ、予算がもし不足するならば、いかにしてカネを集めたり捻出したりするかを決めて、即・実行に移す。
場合によっては外的条件などがシビアすぎて思惑通りに進めることができなくなる場合もある。しかし、策を講じた上での失敗は、回復策を講ずるときに必ず役に立つ。

企業のリスク管理として、当たり前すぎることである。
こうして自動車メーカーのV字回復ができたのだし、大赤字を出した家電各社も回復に向けた歩みを始めることができたのだ。
そんな危機管理、関電は講じていなかったのだろう。そうとしか思えない。そもそも、危機管理などという用語が、社内に存在したのだろうか。

原発依存度が最も高いがゆえに、全て停止せざるを得なくなったときに、どうすべきか、どうすればできるかを最優先で講じて行く義務も責任もある。

繰り返す。1年もあったのに、何をしていたのか。原発再稼働ができなくなったらどうするか、少しは考えたのか。少しは調べたのか。大口の需要家などに、少しはヒアリングしたのか。原発に代わる発電設備を、少しは検討したり調べたり、既存のものをメンテしたりしたのか。
何もやっていなかたとしか見えない。「無策」という言葉が、これほどふさわしいことはない。無責任という一語に尽きる。余りにもお粗末だ。

本当に、1年もあったのに、何をしていたのか。

2012年3月 6日 (火)

e-Tax この最低最悪なユーザーインタフェース 救い難し

音楽関係で書くべき記事が溜まっていまい、挙げく、説明に出来る限りDTMによる音源を付けたいと思い、その制作にいそしんでいる間に、こちらの欄での記事が相当な日数、休みになってしまいました。
幸か不幸か、というより大いなる不幸だが、N響アワーが3月一杯で終了してしまう。このことによって現在まだ続いている放送も一切見る気が失せたこともあり、音楽関係の溜まった記事に何とか追いつけそうになったので、こちらの欄の投稿を再開する。

で、初っ端からだが、どうしても書いておきたい記事として怒りを伴って浮かび挙がったのが、e-Taxのユーザーインタフェース(以下、UI)のひどさについてである。国税庁が公開している、確定申告のためのページである。

まず、国税庁に敬意も表して最初にお断りしておくが、このシステムそのものについて、私は大変優れたものであると高く評価したい。
期間中であれば、自宅に居ながらにして、いつでも始めてよいし、いつでも終了できる。出来上がったものを電子送信かるのであれば、手許にも置いておきたい領収書の類の多くが、添付を省略して良いことになっている。受付は24時間だ。
順に帳票に入力して行けば、自動的に計算された数値が本票に反映されるし、細かな税率などの計算を自分でやる必要もない。

収入源が1箇所または2箇所、また年金生活者であって年金などだけが収入源なのであれば、パソコンの初心者であっても、入力から仕上げまで余り困ることはないだろう。

それでも、我慢できない点が4点あった。

  • まず、これは今年だけのことになるのか来年以降も続くのか分からないが、東日本大震災支援のための寄付金について。
    私はホンのスズメの涙程度の額だが、赤十字に寄付した。僅かな寄付だが控除対象になるので入力した。
    ところが、寄付の相手先名称と住所を記載しないと先に進めないのである。寄付先の団体名称を「日本赤十字社」と記入したら、普通は、もし住所が必要なのであっても、自動的に出てくるようにするのが当然だ。これでは、折角の寄付を、わざわざしにくいように妨害していると言われても仕方ないはずだ。
    ちなみに、日本赤十字社のホームページをあたったが、通常の電話番号は見あたらず、震災寄付受付専用の電話番号しか記載がなかった。それを入力したら先に進めた。通常の電話番号の記載がない赤十字よりも、電話番号を入力させるe-TaxのUIの方が悪いのは当然である。
  • これにも関連し、全体にわたって然りなのだが、PCの画面一杯に広がる画面設定で、使いにくいことこの上ない。たまたま別のウェブサイトを見ていた途中に作業を始めたので、赤十字社のページを検索して災害支援用の番号を調べることができたのだが、そうでないと一瞬、どうしたらいいか戸惑うだろう。
  • そして3点目。どこのページにも行けなくなってしまうページがかなりある、ということ。
  • そして、これが最も救い難いと思っているのだが、どの段階まで進んだらどの段階までの入力データが保存されているのか、殆ど分からないことだ。
    また、e-Taxのブラウザを閉じようとしたら、どの段階までしかデータは保存されていない云々のアラートを出すべきだ。このアラートも全くない。おかげで、入力したデータの殆どが消滅し、アタマから入力しなければならなくなったことが、2回以上はあった。

さて、私にとってはもう1点。
ありがたいことに、嫁さんの実家が空き屋になっていて、人に貸しているので、僅かだが、不動産収入(以下、F)がある。これを併せて申告する必要がある。
e-Taxでは、Fの収支明細を作成すると、自動的に本票に反映されるようになっている。これは良い。しかし、次の通り、ここでもUIの問題がある。

  • 本票からFの収支明細作成に進めない。
    他の項目については、殆ど全てが本票から各々の明細書等の作成ページに行くようになっている。Fだけはそれができない。ページ移動の順が逆なのだ。
  • そこで作業を中断してFの明細書作成のページに行こうとすると、一見して入り口が見つからない
    よくよく探したら、「青色申告」のページの中にあった。私の場合は青色申告せんといかんほどのものではないので白色申告なのだが、共通で使うというのが分かりにくい。
    共通で使うのであれば、入り口を独立させるべきものだ
  • そして、作業を中断したら、作りかけの本票のデータがどうなるのか、説明が全くない。どうなったのだったか失念したのでここのは書かないが、どうなるのかという説明は絶対に必要だ。迷うし、悩むではないか。
  • で、結果としてはFの明細を先に作ってから本票の作業に進むように奨める説明が必要。
  • Fと本票は別々に作成したあと、電子送信時には自動的に同時に送信できる。これは今回から改善されたようだ。
    しかし、最終確認時、「送信票」の明細が付くのだが、Fが同時に送信されるような「送信票」にはなっていない。最終の最終になってようやく同時に行くということが分かる「送信票」となったが、途中段階でもそのように記載されていないと全く分からないではないか。
  • そして私の場合、最終段階でFの明細書を微修正した。ところが、微修正されたものが本票に反映されない。アチコチ行き来した結果何とか本票にも反映されたが、最後の最後でイライラがますます募った。

とにかく、全体としてUIは最低最悪のレベルだ。

画面全部を占拠してしまう「つくり」といい、察するにこれは税務署に行って、係の人に教えてもらいながら電子申告しようとする人のためのページではないだろうか。それをそのまま個人用に公開しているだけではないだろうか。

確定申告のシーズンになると、有名人が何人か出て来て税務署の人に教えてもらいながら「意外と簡単ですねー」なんてノー天気なコメントをさせるシーンが、ニュースなどで報じられる。もう一種の風物詩と化している。

私は電子申告の普及ということ自体は大賛成だ。現に私が申告する必要が生じた「年金世代入り」して以来、私は毎年電子申告を使っている。
しかし、毎年使うたびにイライラすることとなっている

そして最後に書くようになっているアンケートに、上記のようなことを書き続けてきた。
結果として反映されたかに見える・・・現にこうした要望が多かったのだろう・・・Fと本票が自動時に同時に送信されるという点も、ツメが甘いというか、本当に同時送信されるのかどうか、最後まで分からないという大きな欠点を残したままだ。
何よりも、Fと本票のデータのリンクが悪すぎる。

領収書の類がベタベタ沢山貼られた申告書を多数扱うのは、税務署の人だって、いい加減何とかしたいと思っているのではないか。だからこそ電子申告システムというものを導入し、普及させようとしているのではないのか。であればこそ、このUIについて、ちゃんと普通に使えるようにするよう、気を入れて見直ししてもらいたいものだ。

署内ではなく外注で制作したUIなのだろうが、私が発注者であれば、こんなUIに対して、1円も払わない。「顔を洗って出なおして来い(=全面的に作り直せ)」と一喝する処だ。
(私は現役時代、UIに関わる仕事に何年か携わってきた。少々ウルサイし、指摘したことは間違っていないという自信がある。)

2011年9月10日 (土)

「死の町」は許容範囲 しかし 「放射能つけちゃうぞ」は最悪

新内閣でロクなでもない顔ぶれが並んだと思った途端、「死の町」発言が大いに取りざたされる事態となった。

この話を最初に聞いたとき、「なぜ?」と思ったのは私だけではないはずだ。前後の文脈を無視して、まさに「言葉尻を捉える」ものと見えたからだ。ごく一部のコメンテーターだけが、そのことを主張していた。
いい加減、言葉尻を捉えて大臣をクビにかるのは止めたいものだ。

しかし、話しが詳しく見えてくると、記者との懇談で「放射能、つけちゃうぞ」という発言が付いていたことを知った。これは悪ふざけの域を越している。昔だと、こんな発言は記者連中が無視し、またはなだめたりして終ったのかも知れないが、今は何でも書いてしまうようだ。
書く、書かないの駆け引きの善悪はともかくとして、出てしまった以上は、ひたすら謝罪し続けるか、辞任しかないだろう。

2011年8月30日 (火)

土壇場で見た民主党の良識

民主党政権にはとっくの昔に失望しているので・・・いや、そもそもこうなることは分かりきっていたので最初から何も期待はしていなかったが・・・代表が替るという選挙など、どうでも良かった。

どうでも良かったのだが、NHKが全部中継で放送するものだから、ついつい見てしまった。(8月29日 月曜)

すったもんだのあげく、小沢一派が海江田氏を推すことが決まったので、もう勝ちは決まったものだと思っていたのだが、決戦投票にもつれ込んだあげく、逆転で野田氏が代表に決まったのは驚きだった。

1回目の投票のあと、決戦投票になったら誰に入れるかというのを予め決めていたグループがあり、結局の処、主流派や中間派の殆ど全部が1回目で2位だった野田氏に投票したのだ。
小沢・鳩山グループが推した海江田氏に流れたのは2票か3票だったと思う。

もうあとがない、という危機感から、土壇場で民主党のマトモな人たちの良識を見た気がした。

とは言え、余り差がない結果ということでもある。
この際、党が割れたっていいじゃないか。徹底的に小鳩グループなど排除した運営をしてもらいたい。

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