カテゴリー「日米関係」の記事

2015年4月10日 (金)

何で「粛々と」が上から目線なのか

今頃になって、前の知事が容認した辺野古移設の工事を、許可取り消しの可能性もほのめかしつつ、ゴタを述べている愚かな知事がいる。
そして、挙げ句の果てが「政府側が粛々と進めると言うが、言われるたびに、上から目線を感じて不愉快に思っている沖縄県民が云々」の発言だ。

それをまた、左かかったマスコミが、「それも一理ある」とばかりに、三省堂国語辞典(以下、「三国」)の語釈を引っ張り出して、バカの援護に余念がない。

しかし、これこそ、為にする議論に他ならない。

三国に掲載されている「粛々」の語釈は次の通り。

  1. おごそかで、ものしずかなよあうす。(文例略)
  2. 何が起こっても、予定どおり着実におこなうようす。「―と業務をこなす」

まあ、この②の語釈を見つけて、マスコミのはしゃぐことはしゃぐこと。また、よく調べもせずにその解釈に乗ってしまうコメンテーテーターのバカさ加減には、つくづく驚き呆れるばかりだ。

だけどこれ、そんな「上から目線」の意味を含んでいるのだろうか。
②の語釈、ちゃんと読めば、単に客観的に、進める様子を表しているだけのことなのではないのか
最近まさに、この三国を第一リファレンスとした経緯を持つ身としては、こんなことに「活用」されるのは、甚だ腹立たしいことなのだ。

そう思って、他の手持ちの辞書類にあたると、驚くべきことが分かってきた。

殆どの国語辞典(広辞苑も含む)には、上記の①に相当する語釈しか載っていない。そのこと自体が、②の語釈そしてそれを「上から目線」のニュアンスをもって解釈することが無理筋だということを示している。

それどころか、漢和辞典の幾つかで調べると、「粛」には「おそれ慎んで」とか「身を引き締めてかしこまる意」という説明があるし、新潮日本語漢字辞典には、類語として「謹」を示している(謹賀新年の謹)

要は、「粛」という文字のには、「上から目線」どころか、おそれ敬ってかしこまるといったニュアンスがあるのだ。全く逆なのだ
なぜ、こんなことを、ロクに調べもせずに、あの知事をサポートするが如き言説に用いるのか。少し調べれば分かることのはずだ。一市井の私が調べても分かったことなのだから。

さらに驚いたことに、官房長官も首相も、何の反論もせずに「不愉快な思いをされたのであれば、以後は使わない」と引き下がってしまってていることである。本来はこの前半に「粛々という言葉には、そうした『上から目線』の意味はなく、むしろ反対の意味合いがある」と付け加えるべきなのではなかったか。

沖縄の地だけが太平洋戦争での地上戦の舞台となり、その流れで米軍基地の過大な負担につながっていることについては、日本国民全員、恩義を感じるべきである。

しかし、それとこれとは別のことだ。
左翼チックなマスコミが、それをゴッチャにして論ずるから、話がますますややこしくなるのである。
もうそろそろマスコミもコメンテーター連中も、現実を見るべきではないだろうか。現実を見るように誘導するべきではないか。
でないと、何も進まない。結果、そうしたマスコミやコメンテーターの言説によって、普天間の固定化が行われるだけなのだから。

繰り返す。
「粛々と」が上から目線のニュアンスを含んでいるというのは、漢字の意味としても、言葉自体としても、誤りである。

参考までに、私がこの記事を書くために参照した辞典類は、次の通りである(三国を除く)

2012年9月10日 (月)

北方領土は二島返還で諦めろ

竹島について余り関心も持たれず、騒ぎもして来ず、教育の場で教えられることが殆どなかったのに対し、北方領土については、ソ連→ロシアの指導者が替る度に、そのリーダーはどんなスタンスだろうか、どれ程話し合いに応ずる気があるのだろうとか、少なくともマスメディアでは関心を示してみせてきたし、教育もされてきた。

しかし・・・もう、そんな論争は止めにした方がいい。

この記事を書いている日(2012年9月9日 日曜)の朝刊で報じられ、その前の晩のテレビでもやっていたのは、天然エネルギーの共同開発合意の調印、そして2国間の領土問題については秋以降、次官級協議に入るという話だった。

この際だから言っておきたい。
もう、歯舞と色丹という二島返還で諦めるべきだと、強く思う。

これは、鳩山のアホの祖父に当たる鳩山一郎が、1956年だったかに訪ソしたときに合意したものの、国内の反対もあって決着し切れなかった線で手を打つしかない、ということである。

言わば、中途半端な話のまま過ぎてきた年月の中では、ソ連→ロシア側が、その合意したはずの線さえ否定してみせたり、また合意の線まで認めるそぶりをしたりを繰り返し、進んだと思ったら後退、また進んだと思ったら後退、そして停滞という繰り返しだったわけだ。
鳩山のアホも、せめて「おじいちゃんのやり残したこと」に対して、道筋をつけるとか、解決する、ということをやっていれば、まだ少しはマシな評価になたっただろうに。

で、大統領に復帰したプーチンだが、彼は進める気があるとされる。
事実、前回大統領だった時期、具体的な話し合いが相当行われたらしい。

しかし、先方が持っているメニューには、4島返還などというものは、含まれていないと考えるべきである。4島返還という可能性が過去にもしあったのだとすると、日本とロシアの経済格差がまだまだ大きい水準だったときのこと。即ち、ロシアとなったからに限って見てみると、いきなり民主化され、大混乱となって経済がドン底だった時期のことに過ぎない。
今となっては、もうダメだろう。

4島返還ということに拘り続けた結果、まとまりかかった交渉が決裂に至った、ということが何回もあるそうだ。
この記事を書いている日(2012年9月9日 日曜)の「たかじんの・・・」に出演していたモト外務官僚の東郷和彦氏が、保阪正康氏との共著「日本の領土問題」に詳しく書かれている。

これ、実は読んだはずで処分もしていないはずなのだが、整理がいいもので(?!)で見あたらないのだが、記憶している限りでは、オススメの好著だ。現に、「たかじん」で東郷氏が語っていた内容は、この本の内容を簡単になぞったものだということが分かったのは、読んでいたことを裏付けするに十分だ。

この本には触れられていなかったと思うのだが、別の観点から見ると、辛坊治郎も番組内で言及していたことだが、歯舞と色丹は北海道の一部だと明らかに見なせるが、国後と択捉は千島列島の一部に、どうも見えてしまう、ということである。
サンフランシスコ条約で、日本が放棄すべく定められた「千島列島」の範囲に、国後と択捉は含まれない、というのが、これまでの日本の公式見解であるが、見る人によっては、かなり無理があるように感じるのではないか。

もちろん、日ソ中立条約を一方的に破棄して攻めてきた上に、不法に4島を占拠し、旧満州では強制労働に連れて行ったのは、明らかに行き過ぎで、恨み辛みも大きい。

かと言って、いつまでもそんな論議ばかりしているのは、不毛だと思う。
もう、2島で諦めるしかないのだと考える。

もちろん、旧住民を中心に、ビザなしで自由に行き来することは保証させなければならない。
加えて、相手方に対してもそれを認める。
そうすれば、日本の良さに惹かれるロシア人が増えるかも知れず、既に4島に住んでしまったロシア人の世論も、変るかもしれないではないか。

さらに1点つけ加えると、トルーマンとスターリンの話の雲行きいかんでは、北方4島どころか北海道まで、ソ連の傘下に入ってしまった可能性がゼロではないという事実である。
要は、ドイツのように、日本が東西に分割して占領され、東西両陣営に組み込まれ、別々の戦後史を歩んだかも知れない、という事実である。
北海道全部はともかく、北海道の北半分、という可能性は、十分にあったのだ。
どういうわけか、トルーマンが強く拒否し、そのために日本は、連合国に占領されたというよりアメリカに占領される、ということになった。

そんな可能性まで含めると、北方領土の帰属について、もう不毛な論議はやめるべきだと、ますます思うのである。

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