エスペラント
(副題「異端の言語」 田中克彦著。岩波新書。2007年6月30日 第1刷。お薦め度 3.)
昨年の秋、私の「題なし」に収録している「雑学頓珍館」の全面的な校訂を行った。
その際、エスペラント語に関する章が付録としてついていたので、改めてエスペラント語とは何ぞや? と思うに至り、手に取ったのが本書である。
それまでにも「4時間で覚える地球語 エスペラント」という本を私がそのページで紹介している。
しかしその本は覚えるのが主目的となっているためもあってか、世界の言語の中における位置づけとか、文化的な背景、またその広がりなどについては殆ど触れていなかった。校訂を終了したあと、もっと追記すべきことがないかどうかを確認する目的もあった。
結論として、校訂に付加すべきことはなかった。
ラテン系の言語をベースにした人工語であるという私の感触もその通りだったし、私が以前から疑問におもっている、エラソーに言う割りにはエスペラント=ネイティブの文学作品の一つも披露されないではないか・・・という点も、基本的には解決されないままだ。
何よりも面食らったのが、本書における平仮名表記の異常に多いことである。1箇所だけ引用しておくと・・・。
「こういうしろうとにかこまれていただけでなく」
そもそも、何でこんなに仮名が多いのか。読みやすくしているつもりか? しかし、これって、却って読みにくくなっているではないか。
本書によって知ったのは、この人工語は「革命的な言語」だとして、ボルシェヴィキがソヴィエトの共通語として採用しようとしたことがあったこと。ロシア語からすると比較的覚えやすかったらしい。また大杉栄などが賛美し、覚えて使ったということだ。
私は、これによってかなりのことが、氷解した。
戦前、大本教という新興宗教が2回にわたって大弾圧を受けたという事件があった。私はずっと、それは国家神道という一神教に対し、別の神を祀ることがケシカランということが原因なのだと思っていた。
しかし、大本教はエスペラントを支持し、広めようとしていた。
これだと、当時はハッキリ反体制どころか危険思想を標榜しているようなものだ。
また、父がエスペラントを少しカジっていたわけだが、一時、仮名文字で年賀状などを書いていたことがあった。当時のタイプライターの性能の成約によるものと思い込んでいたが、ひょっとして、ナカモジカイの考え方に結構惹かれていた時期があったのではないだろうか。すると本書でイヤに平仮名が多い表記を採っていることと符合しそうだ。
また父は、一時期を除いて、一貫して左寄りの思想の持ち主でもあった。これは戦後の風潮をそのまま引きずったというか、戦争を体験した者としての反省から来ているものもあったかも知れないし、或いは別の理由があったのかも知れない。今となっては確かめることが出来ないのだが・・・。
また、大学時代の旧友で、お寺の住職を務めている人物がいる。
この寺のホームページは、エスペラント表記のページがある。
思えば、彼は、今も時々会っている仲間内で、最も左翼思想に近かったはずだ。(運動にこそ参加しなかったはずだが、他の仲間よりはかなり左だった)
まあ、そもそも岩波新書たものねえ。
結論として、私はこの人工語には否定的である。
内容もさることながらこの点により、お薦め度は高く付けることはてきない。
これに費やす時間があるなら、英語を始めとして、ちゃんとした言語を勉強する方がいい。
蛇足だが、大本教は戦後も存続していて、世界救世教をはじめ、戦後生まれの新宗教の幾つかが分派していった。
また、ホームページには、エスペラント語のページがある。現在でも支持しているようだ。
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