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2013年4月

2013年4月30日 (火)

ユーザー無視の規格 HDMI (1) 誰のための規格?

何でこんな規格ができたのか。

当初・・・というか、かなり最近まで、私は何の疑問も持っていなかった。ハイゴジョン規格の映像をそのまま通し、音声もそのまま伝えるということで、HDMIって優れた規格だと思っていた。1台の液晶テレビに接続すべくBDレコーダを新規購入したときも、ケープル1本で接続できて便利だし、確かに映像はキレイだったので、何の疑問もなかった。

ところが、別のテレビはオーディオからも音が出せるように組んでいるのだが、そこに、別に買ったBDレコーダを接続しようとして、ハタと困ってしまった。
D端子が、なくなってしまっているではないか。
こちらのシステムでは、映像をD端子で接続し、音声をRCA端子で接続するようにしている。DVDレコーダを、そのようにして接続していた。

それを、BDレコーダに置き換えようとしたのに、これではどうにもならない。せめてS端子・・・と思ったが、それもなくなっている。

ネットで色々と調べてみると、著作権の問題などが色々うるさくて、こんなふうになったらしい。

しかし、だ。確かに音声と映像が1本のケーブルで接続できると言うのは便利だ。
だが、HDMIで接続すると、音声をRCA端子などの別系統で取ることもできなくなってしまう。著作権も大事だが、こんな規格、よく成立させたなあ。

音声と映像を分けたいというニーズ、結構あるのではないか。AVシステムの中に組み込んで、音声は音声でそれなりの装置で出したい・・・つまりAVシステムのユーザーと言っていいと思うが・・・そんな人、多いのではないか。少なくとも、殆どのテレビの貧弱な音声に我慢ならない人は多いはずだ。そうであれば、行き着く先は結局AVシステムということになる。ボディが薄くなったがために、音質を犠牲にしてしまった面もあるだろう。価格競争の果てに、守るべきスペックが分からなくなった各メーカーのなれの果てか。
とりあえず、「見る」ことが主眼で音声はさほど気にしない、という人にとっては、どうでもいいのだろうけど。
けど、これって、かなりの数のAVユーザーを見捨てていることに他ならないではないか。

で、AVユーザーを見捨てて、これの市場が成り立つとは思えないのである。
HDMI接続したときも、音声は音声で別に取り出せるような規格であるべきだったのだ。まあそれではD規格と実質上同じになるほけだが。

いったい、誰のための規格なのか。

2台めのBDレコーダを買ったとき、1台目よりも録画容量が大きかったので、これをメインシステムにして・・・など、それなりに楽しみにしていたのだ。でも、テレビ側にHDMI端子がなく、D端子とS端子。レコーダ側にはHDMIしかなく、D端子もS端子もない。これでは接続できない。せめて、HDMI接続したときでも、音声は別に並行して取り出せるような規格にしておくべきだったのだ。こんな、ユーザー無視の規格は、実に腹立たしいことだ。

(この稿続く)

2013年4月28日 (日)

絶滅したLDをDVD化する(7)

さて、本稿を連載形式で書いてきて、途中若干の脱線もしたりしたが、遂に7回目となった。パイオニアがLDプレーヤーを作り続けてこなかった責任は重大だと思うが、今さら言っても詮ないこと。私は幸か不幸か50枚程度のコレクションだったので、DVDで買い直したり自分でDVDレコーダでダビングしたりして何とか乗り越えるに至った。
2週ほど間が開いたのは、所用で外出することが多かったのと、もう1点は、ダビングして作成したDVD化の、ラベルプリントに掛かっていたためだ。

結局、丁度16枚となった。
これらを除くLDは、DVDで買い直したことになる。
ダビングもせずにまっすぐ処分・・・というソフトはなかった。

そりゃそうですよ。いくらバブル前の好景気のときで、私もまだ現役だった頃とは言え、1点1万円以上のものや、1万円に近い価格だった。そう易々と買えるものじゃない。十分に吟味しながら買い集めたわけで、たとえ今では興味をなくしているものであっても、ただ単に「さよなら」するには忍びなかったのだ。

DVD化したあとしばらく放置していたが、LDの面影をできるだけ残しておきたかったので、LDのジャケットをデジタル一眼で撮り、DVDのケースにはめ込むことにした。
私が使っているレーベルダイレクトプリント用のソフトで、ジャケットのプリントも可能で、その機能を使った。上掲の機種は、私が使っている機種の何代かあとの後継機。
デジタル一眼を持つなら、この辺りのクラスから始めるのがいいだろう。そして、よほど凝った写真を撮るのでない限り、これで十分かも知れない。

ちなみに、WindowsVistaから(Windows8を経由して)Windows7にした段階で、従来使っていたソフトのサポート期間が気になったこともあり、下記のソフトにアップグレードしていた。

これまで使っていたソフトで作成したデータは、そのまま開くことができた。インタフェースもかなり似ている。かなり操作画面が小さくなり、老眼が来始めた身には辛いのが難点。尚、この上級バージョンもある。

さて、実際にジャケットを作成してみると、中々思うとおりにはジャストサイズとならない。まあこれは、厳密にサイズ合わせをする必要もないので、適当なサイズでよしとした。

そして、ここで使ったジャケット用の写真をラベルプリント用にも使い、背景画像には、このソフトに用意されている単色カラーを使用した。
16枚と上に書いたが、点数としては9点。
結構な数、DVDで買い直したことになる。既に買ってあったものもあるが、今回の作業にからめて新たに入手したものも多い。
新品もあれば、中古もある。新品と中古がショップしてい並立していて、何れからでも買えるのも、こうしたサイトの良さだ。

例えば、今回の作業にからめて入手した映画ソフト2点は、何れも中古だ。

「コーラスライン」は、名作かどうか判定し難いし2回か3回見ただけだが、「ストリート・オブ・ファイアー」は名作だと思う。古い感じのラブストーリーであり、古いタイプのロック音楽映画だ。
冒頭に出てくる、ダイアナ・レイン演ずるロック歌手の声か、人工音だとして話題になったりもした。

コーラスラインは、オーディション場面だけで殆ど全編が構成されているのが珍しく、最後に歌われる「ワン」はその後色々なCMにも使われた。しかし、印象に残るのがこの曲だけで、しかも最後の最後にしか出てこないのだ。だから見たあとで「満足」とは中々行かず、見かえす回数も少なくなる。
それでも、単に手放す気にはなれず、ダビングする気にもなれず、中古で購入した。今アマゾンには、新品の安価版もあるようだ。

ここで挙げた以外の音楽映画は、「ミニ音楽評」で採りあげることにする。

2013年4月16日 (火)

絶滅したLDをDVD化する(6)

(前稿から続く)

さて、4月12日付けの記事で、シャープとパイオニアの協業のことについて触れ、殆ど何の成果も出さなかったこと、関連してレーザーディスクプレーヤーというものを、もっと生き残らせる方法を考え出すことも、そうしたことを検討する中に含めることができたはずだと書いた。

ただ、パイオニアの筆頭株主であるシャープ自体が大変な経営状況に陥った今、株式を手放すという選択肢もあり得るか・・・とも書いた。
私の見立てが正しかったことは、すぐに証明された。記事の2日後の、4月14日、この日付けの毎日新聞朝刊で、シャープが、保有しているパイオニアの3000万株を売却する手続きに入っている旨が報じられたのである。

しかし、これで本当にいいのだろうか。

少しでも身軽になろうという気持ちは、分からないではない。また、現金調達も、報道に接する限りは喫緊の課題なのだろう。しかし、その余り、何でもかんでも売り払い、必要なものとか、後から大きなメシのネタになるかも知れないものまで売り払ってはいないか。

銀行団に意向も無視できないのだろう。

しかし、銀行団もシャープも、よ~く よ~く 考えて欲しい。
シャープというメーカー。どうして存在し続けることができたのか。
自動車と比べると単価が遙かに安く、従って利益も遙かに少ない家電業界にあって、松下だけが存続したのだとしても不思議ではない状況にあって、なぜシャープが存続し続けてこれたのか。なぜ、ユーザーに指示され、販売店も取り扱ってきたのか。

液晶テレビがあったから、では勿論ない。液晶テレビを永年手がけ、その市場を開拓してきたからではない。永くやっているから技術力が優位にある・・・というわけでもない。
それらは結果に過ぎない。液晶で大きくなった要素はあるが、あくまで結果としての話である。

シャープって、何だか分からないが「おもろい製品」を次々と出すメーカー、ってことで存続し続け得たのではないのか。色々な分野で、色々と新しい提案を盛り込んだ新製品、新しい技術を惜しげもなく注ぎ込んだ新製品・・・それがあってのシャープだったはずだ。
もともと白黒テレビが国内初。家庭用電子レンジが国内初。
水蒸気で調理するオーブン。プラズマイオン発生器。
そうそう、忘れてはいけない。液晶画面で、撮りながらモニターできるビデオカメラや、電子手帳の「ザウルス」なんてのもあった。

その「芽」となり得るかも知れない部分まで切り売りして、先の展望をなくしてはいないか。

現金が調達できたと言っても、あくまでも借金だ。何れは返さねばならない。資産の売り食いで当場は凌げたとしても、その先は?

・・・というわけで、掲題のテーマから少し脱線してしまった。
次回は、本題に戻ることにしたい。

(この稿さらに続く)

2013年4月13日 (土)

絶滅したLDをDVD化する(5)

(前稿からの続き)

元々以前から持っていたLDプレーヤーの動作がアヤシクなり、既にLDプレーヤーというものが絶滅していることから、DVD化を急ぐこととしたのだった。
その前に、以前から持っていたLDプレーヤーがいつ死んでもおかしくないので、予備機をオークションで確保。処がそのオークション機がすぐに壊れたものだから、慌てて中古ショップから次の1台を入手。
そして、既にDVDとしても所有したいたソフトに加え、中古でも新品でもいいから入手できそうなものは入手することにして、LDプレーヤーの稼働時間を短縮すると共に、HDDにダビングしたあとの編集時間を節約することとした。

これも、初めの方では価格を気にしながらオッカナビックリ少しずつ買い進めていたのだが、次第に考えるのが面倒になつたのと、同じ内容のものであってもLDよりはDVDの方がかなり画質がマシであることが分かったことによって、糸目を付けず・・・とは行かないらせよ、何枚も買うこととなった。

この中で音楽関係は主として「ミニ音楽評」で取りあげて紹介して行く予定だが、そうでないものもあるので、音楽を除いたソフトは、ここで紹介して行くこととする。

まずは、「手塚治虫実験アニメーション作品集」

これ、見たことのない人は必見だ。
手塚治虫のファンならご存知の向きも多いだろうが、手塚治虫のアニメというと「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」などをパッと思いつくが、彼が本当にやりたかったことは、もっと芸術的な、または前衛的なものであって、それはこの「実験アニメ集」に収録されている作品に他ならない。

もちろん、芸術的だとか前衛的だとか言っても、そこは手塚治虫作品である。親しみやすく、ユーモアのセンスに満ちたものばかりだ。

このあとの記事であと何枚か紹介するが、掲題のタイトルの記事は一旦終わることにする。

尚、使い終わって用済みとなったLDプレーヤーだが、故障した1台はリサイクル回収業者に、残る2台は、「取らないというわけではない」とのことだったので、ハードオフに。

持って行くと、確かに「取らないわけではない」という値付けだった。
1台200円ですよ。200円。
一緒に持っていった、片側が動かないカセットデッキも200円。
LD2台とカセットデッキ1台の、計3台で600円。

これ、考えちゃうよね。幸か不幸か私の場合は600円という少しはまとまった(?)額になったからマシだが、1台だと200円って、これではガソリン代がギリギリということになりはしないか。もう少し高めの査定をしてくれる処もあるかも知れないが、近くでなければ当然運送費もかかる。それでも割りに合うかどうか。

絶滅したLDと、片側が壊れたが片側は動くというカセットデッキが同価格というのも驚きだ。片側だけしか動かないカセットデッキなんて、ジャンクとしてしかハードオフでは売れないはずだ。それと、絶滅はしているが一応完動品であるLDプレーヤーが同価格とはねえ。

ともあれ、もうそんな価格でしか売れないということ。オークションにかければもっとマシな額になるかも知れないのは確かだ。私は面倒だしLDプレーヤーに飛びついて、結果は失敗したという経験を直前にしたので、自分から出品する気にはなれず、手のかからない方法を選び、こうした結果となった。

次はLDのソフトの処分だが、これがまた難物だ。どうにも納得し難い価格でしか売れない。まあ、中古のLDを販売しているショップの価格をずいっとあたってみると、アホらしいような価格だ。当然、こちらから売るときも、アホらしいような価格でしか売れないということになる。

まだ、LDをDVD化したものは、レーベルもジャケットも作っていないので、それが出来るまでの間、もう少し調べてみることにしている。
ちなみに、私の愛用しているブックオフでの、ユーザーからの買い取り価格は1枚5円。5円ですよ。5円。幾ら何でもこんな価格では売りたくないわけで・・・。まあ、どれだけマシな査定をしてくれる店が見つかるかだ。

2013年4月12日 (金)

絶滅したLDをDVD化する(4)

(前稿からの続き)

さて、オークションで落札した1台と、ネット上の中古ショップで購入した1台を加え、合計3台体制でDVD化を進めることとなった。

3台と言っても1台は故障しているので、実質2台。双方とも経年劣化でいつ動かなくなっても不思議ではない。場合によっては2台並行してDVD化すねことも考え、ちょうどDVDレコーダが2台ありオーディオシステムも2組あるので、DVD化のための配線をした装置が2組、ということになった。

しかし、2組並行して・・・というのは無理だ、というのはすぐに分かった。
LDにはチャプターが切られている。どうせなら、なるべく合わせてDVDもチャプターを切りたいものだ。一旦HDDに録画して、後で編集としても、ある程度近い処に「仮」でいいから、チャプターを切って行くことになる。そのためには、録画を始めたらずっと最後まで視聴し続けなければならない、ということになる。これでは、2組を並行して・・・というのは無理なわけである。

また、一応2台あっても、いつ何どき動かなくなるかもしれない、という怖れもあり、DVD化されて発売されているものは、可能な限り入手するようにした。自分でも既にLDとしてだけでなくDVDとしても持っているものがあったが、それに加え、この機に買い足したわけである。

その中には、中古でしか出回っていないものが結構あり、その中古は、発売当時の価格よりも高くなっているものもある。
LDが壊れないうちに、という時間稼ぎの意味に加えて、チャプターを切るのが面倒になってきたのもあって、作業の後半にかけて、中古で少々高くても、自分で録画かるのではなく売っているものを買い揃えて行く、という方法に、どんどん傾いていった。

自分でも、こんなことを始めた段階で、財布のヒモが緩むどころではなく、何か底が抜けてしまった、という観があった。「アベノミクスに乗ってるんだ」と言い訳をしてみたが、嫁さんの目は冷たかった。
現役ならともかく、年金生活者のカネの使い方ではないからね、ここで既に。

でも、やはり市販のものを無理してでも入手して良かったと、つくづく思った。
先にも書いたが、LDの画質って、改めて見てみると、「何だ、こんなものだったのか」という程度の水準だったからである。
ハッキリしているのは、自分でLDからDVD化した後に、同内容で、中古で市販品のDVDがあるのを見つけ、ゼイタクとは思いながら手許に取りよせて見比べると、どう見ても市販のDVDに軍配を上げざるを得なかった、という事実があることだ。2~3枚、そういうのがあった。そして、市販されているそうしたものに接してしまうと、自分でDVD化したもものなど、全く見る気が失せてしまうものだ。

それでも、DVDで発売されていなかったり、発売されていても中古しかなく、またそれが私の感覚としては高すぎる、というものが結構あった。
主としてオペラやバレエなのだが、自分でDVD化するにあたり、2時間またはそれ以上、それぞれの曲に付き合うこととなった。

そんなこんなで、自分でDVD化したものは、40枚強となった。

しかし、私程度のコレクションだからこそ、こんな手間をかけることが゜できたのだと思う。それでも40枚程になった。
かつて、LDが華やかなりし頃、何百枚というコレクションを持っている人たちがいた。テレビタレントも含め、何人かは知っている。映画ファンが主だったか。
その人たちは、LDが絶滅した今までの間、どのようにしたのだろうか。

そもそも、前にも書いたが、パイオニアこそ、このLDの市場を創出し、普及させて行った張本人なのだ。カラオケ分野でも重宝されていた。
そのカラオケが、音楽配信に変わり、市場としての価値がなくなった、というのが、LDを止めた一因でもある。確かに、ファンなりマニアの市場とは違い、もっと大きな市場なのだろう。

だからと言って、ファンやマニアの層がハッキリ現実として存在したのだ。これはもう「文化」に他ならない。
そんな「文化」を、折角創出しリードして来ながら、自分で閉ざしてしまった、というわけだ。これ、実に罪なことだ。パイオニアの経営状態が悪い、という状況ではあるが、LDプレーヤーを1機種とか2機種程度作り続けるのが、そんなに大変なことなのだろうか。

筆頭株主となって提携したシャープと、そんな意見交換などはしなかったのか。まあ、シャープ自体が今は厳しい経営状況となったので、今となってはどうしようもないだろうが・・・。私が見る処、シャープは、オーディオのブランドとしてのパイオニアに関心があったように見受ける。高価なコンポシステムをシャープのルートに乗せて売る、ということに偏った戦略を採った。反面、双方高いシェアを持っていた電話事業の整理・統合は進まなかったし、薄型テレビも、パイオニアにもプラズマで主導してきたという自負があったにせよ、液晶で圧倒的な地位を築きつつあったシャープから、その液晶を調達するか、薄型テレビから撤退するか、という判断を結局しなかった。

シャープ。
オーディオメーカーとしてのブランド力は、ずっと弱いままである。しかし、CDブレーヤーとはソニーと並んで国内で初めて開発・投入したし、CDラジカセなる商品は他社に先駆けて発売した。ケンウッドのステレオの生産を請け負っていたこともある。ブランド力は弱いが、力はあるのである。
どうして、そのノウハウをパイオニアに注入しなかったのか。

どうして、情報交換しなかったのか。
いや、具体的に「しなかった」のが事実かどうかは知らないが、結果として見えるものが何もないのだから、「しなかった」のだろう。

例えば、シャープのテレビのオーディオ部を全てパイオニアに任せるとか、シャープのDVDレコーダをバイオニアプランドで売るとか。

ブランド力こそ弱いが、シャープの社内にだってオーディオファンはいただろうし、LDを集めている人もいたはずだ。どうして、そんな声を届けなかったのか。
例えば、受注生産などと言うウルトラCだって、あり得たのではないか。ブランド力の弱いシャープが、100万円以上するアンプを市場に問うても受注生産とした例だったある。

確か、1ビットアンプと言ったと思う。
そして、ここからは私の推測だが、シャープという会社は、高価な高価なオーディオを、いつまでも高価なものとしてキープするのは好まず、殆ど必ず大衆化し販売数量を稼ぐ、という戦略を採ってきた。16対9のタイプのアクオスの出始めの頃の機種の音が圧倒的に優れているのは、確かワンビットの技術を使ったからだったような・・・。

ともあれ、恐らくシャープ側の遠慮と、パイオニアの余計な誇りのため、これと言った成果も見られないまま、シャープの方までもが経営の厳しい状態になり、何も手が打てなくなったのではないだろうか。まあ、今のシャープの状況では、パイオニア株を売り払ってでも、より身軽になる方を選びかるないが。

(この稿さらに続く)

2013年4月11日 (木)

絶滅したLDをDVD化する(3)

(前稿からの続き)

手持ちのLDプレーヤーの動作がアヤシくなっていたので、念のため予備として1台入手したが、動かし始めた途端に死んでしまった、と書いた。そして、改めてもう1台入手したが、性能がイマイチで、そもそもS端子のついていないものだった、とも書いた。何れもパイオニア製である。

  1. 1台目は、従来から持っていたもの。CLD-770。完動品だが、やや動作がアヤシく、DVD化する最後まで動いてくれるかどうか、不安があった。
  2. 2台目。CLD-303。オークションで落札。動作確認し、出品者に送金した直後に故障。
  3. 3台目。ネット内の中古ショップで購入。CLD-Z1。完動品だがS端子がなく、画質がやや落ちる。(先の2台にはS端子あり)

そして、3台を次々と見比べているうちに、LDの画質ってこんな程度だったのか、と改めて驚いたわけだ。当時はこの程度で満足し、これ以上のものが出てくるとは思いもよらなかった。

しかも、録画機能なんてのは当然ないわけで、DVDで言えば、「DVDレコーダ」ではなく、単なる「DVDプレーヤー」といった処だ。それにしては、LDプレーヤーの図体のデカイこと、デカイこと。

これは当然、ハードにおける技術的な進歩もあるが、ソフト自体の大きさに大きく関係するのだろう。LDは30cmメディアだ。レコード盤と同じだ。「絵の出るレコード」みたいな宣伝文句を見かけた記憶もある。

LDプレーヤーの市場を開拓し普及させたのがパイオニアであり、単なるオーディオメーカーから新しい分野に乗り出して、(当時は)成功例として持て囃されたものだ。ソニーが追随したが、松下を中心とした企業群は、それを良しとせず、「VHD」なる規格のディスクを世に出して対抗。しかし、数年だったあえなく完敗。
映像も音も楽しめる機械及びソフトとしては、LDが独壇場となったのである。

そして、DVD化を進めながら改めて思ったのだが、これほど手に持って豊かさを感じさせてくれるソフトはなかった。「財貨感」がある、などと言ったりしたものだ。
価格も、市販されているソフトとしては高価な方で、1セット1万円以上するものがザラだった。安サラリーマンとしては、1セットずつ買って行くにしても、かなり勇気と決断が要るものだったのだ。

それが、もう絶滅している、なんてねえ。市場を創り出し普及させたメーカーの責任というものは、どうなっているのだろうか。余りにメーカーの身勝手ではないか。どうして細々でもいいからプレーヤーの生産を続けないのか。

(この稿さらに続く)

2013年4月10日 (水)

絶滅したLDをDVD化する(2)

(前稿からの続き)

DVD化するにあたり、手持ちのLDプレーヤーの動作がアヤシくなっていたので、もう1台求めることにした。

既に新品を入手することはできない状況となっているので、中古しかない。しかし、整備に信頼がおけそうなショップのものは比較的高価であり、色々なページを探した結果、オークションに入札してみることとした。幸い、意外と価格がつり上がっていかないまま落札できた。到着した現物も、期待以上に状態の良いものだった。勿論、キチンと動作した。
このとき、オークションというものを初めて経験したので、スムーズに取引できて割安で良いものが入手でき、中々オークションというものもイイものだ、と思ったのである。

処が、この機械を使って1枚だけDVD化してみようとすると、何と! 即刻死んでしまったのだ。こうしたオークションの場合、事後クレームは効かない。何よりも、ちゃんと動作を確認してから出品者に送金したのだから。
手許の機械の動作がアヤシイから、もう1台持った上でDVD化を進めようと思っていたのに、入手できたものが即刻死んでしまっては何もならない。

故障の原因は、テープデッキの稿でも触れたが、恐らく、経年劣化によるベルトゴムのたるみ、またそれによるベルトゴムの外れだと推測できた。しかし、どうにもならないわけだ。
これ、焦りましたよ。従来から持っている1台が活き続けてくれるのに賭けるか、やはり安全のためもう1台、改めて入手するか、ということである。

迷った末、良く知らないが一応「ショップ」として出品されているものを見つけた。これも、オークションで入手したときの価格ほどではないが、比較的リーズナブルな出費で済ませることができた。無事に、ちゃんと動いた。

こうした経緯から、私はもう、恐らく多分、オークションに手を出すことはないだろう。一応「ショップ」として出品している。中古専門店のものを選ぶこととなるだろう。

参ったのは、こんなことをしていたので、手許に3台ものLDプレーヤーが積み上がってしまったことだ。そして、中古専門ショップから入手した機械の性能がイマイチだったこと。ここまでの2台が、何れもS端子付きだったのに対し、最後に来たものはRCA端子のみ、ということだった。
実際に再生してみると、やはり最後のものの画質は、結構見劣りのするものだった。

そして改めて驚いたのは、LDって、こんな程度の画質だったのだ、という点である。

(この稿さらに続く)

2013年4月 9日 (火)

絶滅したLDをDVD化する (1)

カセットデッキが、オーディオのコンポーネントとしては既に「絶滅危惧種」となっているのが分かり、ちょうどCDレコーダの価格がこなれてきていたこともあり、また私の手持ちのカセットデッキがダブルなのに片方が死んでしまった・・・といったことが重なり、慌てて一気にCD化したのだが、本当は、もっと急ぐべきことがあった。

レーザーディスク(以下、「LD」と略記)を何とかせんといかんのだ。ご存知の方が多いと思うが、LDプレーヤーは、既に「絶滅危惧種」どころか、正真正銘の「絶滅種」なのである。プレーヤーを生産するメーカーは、とっくになくなっている。パイオニアが限定期間だけ再生産したりしたが、もう一度それをやるような気配はない。
プレーヤーが絶滅するとともに、LDも事実上絶滅したと言っていい。当然ながら新品のLDは出回っておらず中古だけだが、そもそもその中古のLDの市場自体が、事実上なくなっているのである。

ハードオフで取らなくなったし、取っても1枚5円たとか言う話も聞こえてくるし、ウェブで色々な中古販売店をあたっても、既にLDの扱いを止めた旨が記載されていたりする。

LDプレーヤーの中古は、存在しないわけではないが、整備に信頼がおける店のものは結構高かったりする。
故障は経年劣化によるベルトの緩みや外れが多いようだ。修理ができる処があれば簡単な修理の部類だが、修理のできる処が殆どない。

そんな状況の中、たまたまカセットのCD化を先行することとなったのだが、この勢いに乗ってLDのCD化を進めることにした。

そもそもLDという媒体、高価なものだった。高価だということと、音質面でCDより音がいいとは思えなかったこともあり、余り集めはしなかった。
そなん私でも、50枚程のコレクションがあった。
既にDVDで買い直しているものもあり、実際にLDからDVD化する作業には、さほど急ぐ必要もないと考え、まずはテストを兼ねて・・・と取り掛かってみると、ノンビリやっているだけの余裕はない、という現実を知ることとなった。

私の手持ちのLDプレーヤー。動きがどうもアヤシイのだ。
いつ故障しても不思議ではなく、故障したらあとは高価な中古品・・・。そんなカネを出す気にはなれない。どこかで安価なプレーヤーが出回っていないかどうかを探してみることにした。

(この稿続く)

2013年4月 8日 (月)

カラットテープのCD化を完了しました 続々々

(前稿から続く)

結果的に、いつ壊れるかヒヤヒヤしながら使ったカセットデッキは、何とか持ち堪えてくれた。そして、このあとはもうオーディオコンポでカセットを聴くことはない。
少しでもカネにならないか、とそのデッキをハードオフに持ち込んだら、200円。ガソリン代が出るか出ないか微妙な処だろう。

そして、CD化の作業も、恐らくワンチャンスだったのではないか。
そして、この作業を進めて、本当に良かった。

前にも書いたが、CD化するというのは、その音源をもう少し生き永らえさせるという意味の他、チャプターを切って行き、アダマ出しを容易にするという意味がある(正しくは「トラック」だとも思うが、DVDの「チャプター」に合わせる)。

そして経年劣化によってリーダーテープと磁気テープの間が切れてしまったと書いたが、同様に経年劣化による現象かと推察する、次の現象が目立つテープが散見された。

  • まず、「ゴースト」という現象
    Aという音がする少し僅か前に、a という音がする現象だ。テープには磁気で録音されているしテープという名の通り巻いて保管されている。このため、ある部分の音=磁気 が、一回り内側または外側の磁気=音に僅かに転写されるのである。これが目立つようになるのは、使わないで保管いている期間が長いほど影響が大きくなるはずだ。
  • そして「フラッター」
    「パー」と長い音がするべき処、「パパパパ」となってしまう現象。テープにシワがよるのが主因だが、上記と同様、経年劣化によって巻かれている磁気どうしがくっついてしまう、というのが理由かも知れない。

作業を始めてからずっと考えていたのは、安価なものから高級なものまで、随分色々なタイプのカセットが売られ、色々な論議があったものだった、ということだ。

どんなテープの長さを選ぶか、という論議に始まり、メタルとノーマルの違いあたりは当然のこととして、クロームなんてポジションもあった。ドルビーをオンにして録音するか、オフの方がいいのか、という議論もあった。カセットのハウジングをダイキャストで構成したり、オープンリールへの郷愁だと思うが、リールのハブにオープンリール風のものをデザインしたり、ということもあった。
後者の二つは、今みたら冗談にしか見えないのではないか、というレベルのものだ。

現に、それらを使っていた私が、改めてそれらを見て当時のことを思い出し、笑ってしまったのである。

しかし、収録されている内容は、聴き進めるに従い、懐古的な気分、懐かしい思い出、自分の歩んできた人生(かなりの部分は会社生活とリンクする)にドップリと浸る結果となった。とくに、会社生活の前半、オーディオの商品企画と営業の仕事に関わってきたので、趣味で制作したり録音したりしたものよりも恐らく多くのテープが、仕事に関係したものだ。

会社生活で最初に可愛がってくれた上司(恐らく唯一私が心酔した人でもあった)との思い出、同僚と共にプロデュースした音源。その音源をLPとして具体化してくれた協力会社。
その中の一人は仕事を離れて終世の友人となった。私がときどき触れている、「趣味としての音楽の先生」の一人だ。比較的最近、ようやく彼に影響されてモーツァルトを私が聴くようになってからは、既にモーツァルト論に花開かせる場もなくなり、彼の命の残りも余り残されていなかった・・・。
また、CDというものが「PCMディスク」と呼ばれていてまだ開発段階だった頃、東日本一帯を店頭デモの形で普及活動兼営業で歩いたこと等々。

ひょっとしたら、映像付きよりも音だけの方が、ノスタルジックな感傷に浸りやすいのかも知れない。

そして、何で、このような媒体を「絶滅危惧種」化してしまったのか、という、関連メーカーへの憤りさえ湧いてきたのである。これ、アンタたちが開発し、ユーザーに受け入れられ、定着し広まって行ったものではないか。いくらコストが厳しい(と言うだろう)からと言って、ラジカセでしか聴けない状態に追い込むとは、どういう了見だ。カセットデッキなるものをオーディオコンポに組みこんで愛用していたのは、いわゆるオーディオファンであり、音楽ファンでもある。この世代(私も然り)の人々の意向を少しでも聞いたのか、とも言いたい。

とまれ、CD化は完成した。
CD化するのをやめたりしたものも多かったが、それでも50枚ほどになった。
ここまでやって、1月も過ぎようという頃になったのである。

2013年4月 7日 (日)

カセットテープのCD化を完了しました 続々

(前稿からの続き)

さて、CD化するものはある程度限定することとして作業を始めたのだが、ここでまたアクシデントがあった。
残すことに決めたテープの中には40年以上経っているものもあった。その当時使っていた富士フィルム製のものが、リーダーテープが切れて再生できない、ということが起こった。リーダーテープと確か称したが、本来の、録音エリアである磁気テープ部分'(茶色)のテープをうまく引き出すためと、アタマ出ししやすいように付いている部分(白色または透明)である。ここと磁気テープは接着剤でつないでいるものと思われるが、接着剤が経年変化・劣化して取れてしまうわけである。

ここは、昔とった杵柄(きねづか)だ。
以前もどこかに書いたが、現役時代の前半はオーディオ関係の商品企画と営業をやっていた。その当時同僚に教わった、簡易につなぐ方法があるのだ。
切れてしまったリーダーテープは無視して、磁気テープを直接リールの芯の部分にはめ込むのだ。もちろん、カセットテープを分解せねばならない。
何年ぶりかでこの作業をしたのだが、情けないことに、細かな部品と、それをセットすべき場所の位置関係が見えづらく、把握し難くなっていた。もちろんトシのせいだ。

そして、誤算だったことがある。
このCDレコーダには自動チャプター機能というものがある。
CDの場合、チャプターではなくトラックと言うべきなのかも知れないが、DVDにおけるチャプターとほぼ同義だと思っているので、以後チャプターと書くが、そのオートチャプターが殆ど使えなかったのである。

CD化するというのは、もちろん数少なくなってきて「絶滅危惧種」化しているカセットデッキで再生するのではなく、現状ではまだまだ汎用性のあるCDにしておきたい、音源の寿命を少しでも延ばしたい、という意図がある。
そのついでに、テープて゜は不可能な、チャプターを切る、というのをどうしてもやっておきたいわけだ。
で。オートチャプター機能に結構期待したのだが、全く私の用途には適していなかった。

これは、音量の少ない部分になるとチャプタが入るのだが、クラシックのように、曲の途中に音量の少ない部分があったりすると、予定外の処にチャプターが入ってしまう。取説にも注書きされていたが、使ってみると、本当に予定外の処にうるさいくらいにチャプターが入ってしまった。
このため、手動で切るしかないこととなった。

自動であっても手動であっても、このCDレコーダというものは、DVDレコーダみたいにHDDを備えているわけではない。だから、録っておいてあとで編集する、ということができない。一発勝負だ。で、手動となると、テープの再生を始めたら、ずっと機械のそばから離れることができない、ということとなった。これは結構キツかった。

でも、結果的に、残すことに決めたテープの全てを聴き直すということとなった。
で、私はビデオカメラというものを使わないので正確なことは言えないし、単に古い音源に接してノスタルジックになっただけまのかも知れないが、思いがけず、色々な思い出を辿ることとなり、幸せな気分に浸ることができた。

(この稿さらに続く)

2013年4月 6日 (土)

カセットテープのCD化を完了しました 続き

(前稿からの続き)

さて、CDレコーダと音楽用CD-Rを揃え、まずはテストコピー・・・とテープデッキを動かし始めたとき、ダブルカセットの片方のデッキが頓死してしまった。

こうなるといつ何時もう片方も壊れるか分からない。
作業を急がねばならないことになった。

既に、10年以上にわたって録り続けていたが関心を失ってしまって久しい「紅白歌合戦」と「レコード大賞」のテープは捨てることに決めていた。いや、レコード大賞に最終的に関心をなくしたのは、昨年2012年の大賞が、余りにも見え透いた茶番でAKBに行ったことで、憤慨やるかたない気持ちになったからだ。
だって、あれはAKBにとっても決して代表的な曲として残り得るとは思わないし、音楽的にも低級この上ない。
どう見たって、2012年を代表する曲と言えば、「風が吹いている」に決まっているではないか。音楽的にもこの方が遙かに優れている。後年、歴代の受賞曲を振り返ったとき、オリンピックと共に思い出すわけだ。

そんな単純なことがなぜ分からないのか、と憤慨していたら、娘曰く、「あれはNHKが使っていたわけで、民放がやるレコ大で受賞させるはずがない」・・・ヌヌヌ、鋭い。
しかし、レコ大ってそんな程度のものなのか・・・。

ともあれ、関心をなくした紅白とレコ大の録音は捨てることに決めていて、これで既に半分ほどになったのだが、作業を急ぐ必要に迫られたので、さらに

  1. CDからそのままコピーしたもの。これはカーステ用に作ったものだが、今となってはカーステもCDが普通に使えるので。
  2. レコードからそのままコピーしたテープで、今はCDで持っているもの
  3. 今となっては興味のなくなったテープ

は捨てることにしたが、さらに

  4.レコードからコピーしたもので、CDで買い直していなかったが、改めて入手できそうなもの

を加えた。4のために、ここで一連の作業に、当初予定していなかった費用がかかることとなった。この一部は、追って「ミニ音楽評」で取り上げる。

(この稿さらに続く)

2013年4月 5日 (金)

カセットテープのCD化を完了しました

昨年11月の後半から「ミニ書評」「ミニ音楽評」とも長く休載してしまったのだが、掲題の作業を行っていたためだ。
その次にはLDのDVD化、さらに、簡単なつもりでPCを買い換えたら、Windows8というどうしようもないOSのせいでとんでもなく時間も費用もかかったことも原因。

まずはカセットのCD化。
いつかはやろうと、かねがね思っていたのだが、中々手が出せずにいた。ところが。かなり価格がこなれてきたのを知り、衝動買いに近い形で手許に置くこととなった。

私が買ったのは、これ。ティアック製だ。
ティアックという名を目にして、懐かしさを覚える・・・・という人は、私ないし私よりも年配の世代だろうか。
かつて、団塊の世代がもたらした、オーディオブームというのがあり、ブームが去って久しいが、シッカリ生き残ってきた、テープデッキのメーカーだ。私もかつて使っていた。オープンリールデッキに始まり、カセットデッキになってからも。他社のカセットデッキを使えようになったあとはトンとご無沙汰だったが、ここに至ってまた・・・というわけである。

ちなみに、ティアックと当時並び称されたテープデッキメーカーとして、アカイがあった。当時の感覚としては、ややアカイが高級、といった処だった。もうこの会社は存在しない。オーディオブームが去るか去らないかのうちに、消滅してしまった。現在アカイを名乗るメーカーがあるが、DTMのデバイスの会社であって、テープデッキメーカーのアカイとは別であるはずだ。

カセットテープをデジタル音源にする機器は、新聞広告や通販のカタログなどでよく見かけるが、私のニーズとは合わない。
一応、私なりにそれなりのオーディオコンポーネントを組んていて、カセットデッキも入っている。だから、このコンポの中に組み入れて使う、オーディオコンポとしてのCDレコーダが必要であり、これまでにもティアックの機種を時折チェックしてきた。
しかし、価格的に中途半端に高めで、手を出すには至らなかったのだ。それが、価格的にこなれてきた観があり、カセットテープの山を片付けるタイミングが来たのかな、というわけで購入の決断をするに至ったわけだ。

それでも一応、市場がどうなっているのか、調べてみた。

すると、驚くべきことに、カセットデッキも、CDレコーダも、現実にはティアックしか選択肢はない、ということが分かった。「タスカム」というブランドがあり、業務用と称して少しだけ高めの価格設定となっている。しかし、これはティアックの別ブランドに他ならない。いわば、絶滅危惧種である。
ティアックは、オープンリールから早めにカセットデッキに重点を移し、カセットデッキの市場を牽引したメーカーでもあった。最後まで面倒を見ようという心意気なのか、敬意を表したい。だって、録音メディアというのは、録音機器とともに、ある種の「文化」と言ってよい。しかも、遺跡(?)も多数残っている。市販のものもあったが、多くは、ユーザーが自分でレコードやラジオから録音したものを作って。カーステだって、現在でこそCDプレーヤー搭載が当たり前になったが、ホンの少し前まで、カセットがメインだったのだ。
(チューブの初期の頃、「カセットに好きな曲をつめこんで」みたいな歌詞の曲があった。一種のファッションでさえあった。)

私が購入したのは上記の機種だが、色変わりで黒もある。
また、私はCDという形にして保存したかったのでCDレコーダとしたが、mp3にしたり、PCとUSB接続したりできるものもある。ニーズら合わせて選ぶことができるほどには、選択肢がある。

さて、CDレコーダをコンポの中に組み込んで、音楽用のCD-Rも揃え、まずは試しに・・・と動かし初めてホンのすぐ、慌てる事態が生じた。
私が使っていたカセットデッキは、パアオニア製のダブルタイプ。暫く使っていなかったのだが、動かし始めてすぐに、片側のメカが死んでしまったのである。

これでは、残る片側もいつ死んでもおかしくない。
「死んだ」と書いたが、モーター音はしていたので、ベルトが切れたか外れただろのことだろうと推測した。しかし、もうパイオニアの修理サポートは終わっている。パイオニア意外に探したらあるのかも知れないが、そもそも修理代をかけてまで・・・という気持ちがあった。だって、カセットテープの山、CDに焼いたら、あとは捨てるだけなのだから。
自分で修理するほどの根性はないし、もしそうするつもりでも、ベルトという部品そのものがないのだ。

だから、いつもう片側のメカが死ぬかも知れない、という状況の中、とにかく急いで早く、CD-R化すべき、ということになったのである。

(この稿続く)

2013年4月 4日 (木)

最低最悪のOS Windows8 絶対に買ってはいけない 補足2

Vistaから乗り換える(=PCを買い換える)にあたり、「7」にしておけばいいのに、「8」の方が新しいのだから当然イイのだろうと思い込んで「8」を買ってしまい、とくでもない目にあった・・・というのが前日までの記事である。

こんなイヤな思いをしただけに、テレビCMで「8」搭載のPCの宣伝を見るたび・・・あのスタート画面を見るたび・・・吐き気さえ覚えるほどだ。
「8」から「7」にダウングレードが完了するまでは「8」のスタート画面が見えるタイミングがあったりもしたので、最後までイライラしたものだった。

いや、正確に言うと、「7」にしたあとも、画面がキレイにならなかったりも動作が極端に遅くなったり、データの移行の確認が中々進まなかったり、ソフトが「7」では対応していなかったり、色々とイライラは続いた。

finaleのライセンス登録が無事にできた処までで、一応モトの環境を取り戻したとして勝手に祝杯を挙げて盛り上がったのだが、メールの移行に失敗し、多くの大切なデータを失ってしまったことは、既に言及した。

なぜそんなリスクを冒してまでMSにもWindowsにも関係のないメールソフトを使っているのかと言うと、これらは、極めて脆弱だというイメージが、私には根強くあるからだ。

本当は、現役時代、会社で使っていた「Eudra」を使い続けたかったのだ。これ、米軍御用達ということもあってか、極めて頑丈なメールソフトであり、信頼のおけるものだった。自宅でも使っていたのだが、クァルコムが突然サポートをやめたので、乗り換えを決断せざるを得なかったのである。
まあ、現在ではオープンソース化されているようだが、何分、日本語で提供されているのではないように見受け、サポートもどこまで対応してくれることか。

で、結局はジャストシステムの「Shuriken」というものにしたが、この会社の製品が最も信頼できそうだったからだ。
そもそも、MSのIMEのアホさに疲れ果て、「ATOK」に切り替えた時点、いやMacを使っていたときに既にATOKは使ったことがあるので、それ以来の付き合いになる。
日本語というものを研究し続けている点、日本語のユーザインタフェースを逐次改善している点、国内でいまや唯一の選択肢となってしまったという状況でもある。
ワープロというものが大きな市場を構成していた頃、シャープの「書院」の日本語入力システムも、頑張って作られていたし、評判も良かったのだけど。

両方とも紹介しておく。何れも現段階の最新版。私はPCの買換と関連付けたり関連づけなかったりだが、両方とも最新版を現に愛用している。

2013年4月 3日 (水)

最低最悪のOS Windows8 絶対に買ってはいけない 補足

このタイトルで8回に分けて書いてきた。もうこれで終わりにしようと思って、前回の記事の終わりに「この稿続く」とは書かなかった。

ちなみに私の嫁さん。メール送受信やグーグルでの検索・調べ物、ネットショッピングなど、一応一通りのことはできるのだが、OSというものを全く理解していない。ソフトのサポート期間などについても理解していない。だから、OSが変わるとどうなるか、ということも分からない。

だから、そもそもなぜ私がPCの買換を決意したのか、そのときOSがどうなっているのか、どんなことに気をつけねばならないか、また場合によってはソフトの買換も必要となってくる・・・ということも分からない。
だから、ここまでの一連の騒動・・・「8」搭載モデルを買ってしまい、「7」へのダウングレードを決意した経緯、そしてソフトの買換まで至ったことについても、冷たい目で見ているようだ。

まあ、私自身でさえ、「あのとき『7』モデルを選んでおきさえすれば」と、何度後悔したか分からないほどなのだから、冷眼視されても仕方ない点はある。

改めて整理すると、

  • Windows7モデルが手に入るのであれば、初めからその「7」モデルにすること。「8」には絶対手を出してはいけない。
  • 「7」を今でも売っている、ということで、私はデルを奨める。
  • Vistaからのアップグレードである場合、「ファイナルパソコン引越し」が実に有用だ。
  • もし「7」を現に使っていて、動きが怪しくなってきているような場合も、「8」にしてはならない。デルのサイトのように「7」を続けている処や、場合によっては中古まで選択肢を広げて探すべきだ。

とにかく、絶対に「8」は買ってはならない。私が経験したような、こんな思いを、他の人にはこれ以上絶対に味わって欲しくない。できたら、国内のメーカーも、「8」の宣伝だけでなく(宣伝を止めることはできないだろうから)、「7」も併売してもらいたい。宣伝でも、「7」も選べる・・・みたいなことを訴求して欲しい。

2013年4月 2日 (火)

最低最悪のOS Windows8 絶対に買ってはいけない(8)

(前稿からの続き)

そもそも、PCとスマホ、どのように使い分けられているのか。または、使い分けされるようになってきているか。

私には、スマホというのは、タブレットPCまたはノートPCの機能省略版でしかないと見える。持ち歩くのに特化するため、マウスもキーボードも、つないで使うのが非現実的であり、またそれなりに画面サイズも確保できたので、指タッチインタフェースなるものが採用されるようになってきたのではないか。
スタート画面が美しく整理されていることも、またそこでタイル状にアイコンが並んでいるのも、スマホでは調べ物をしたりゲームをしたりすることが多く、自分でコンテンツを制作する度合いが低い・・・のだとすれば、理解できなくはない。
いや、むしろ最適なユーザインタフェースたり得たのかも知れない。

しかし、そのユーザインタフェースをPCに持ってくるのは、ナンセンス極まりない。スジが悪すぎる。指タッチを採用しないとしても、あんなスタート画面に毎回つきあわすのは、横暴だ。

PCって、色々なソフトをインストールして、自分でコンテンツを制作したり、書類を制作したりする物であるはずだ。スマホよりも、幅広い使われ方をする物であるはずだ。

色々な機器には、それぞれにふさわしいユーザインタフェースというものがある。
上述したように、スマホで指タッチインタフェースが有力になったのは、スマホとしての用途に、たまたま適したからである。いや、たまたま適したのに過ぎないと言える。
高機能の携帯電話などで、タッチ式の操作を試みた機種は、過去に何度も存在した。しかし、話題にもならず主流とはならなかった。携帯電話の画面は、指タッチ用としては小さすぎたからである。

逆に、PCの画面は、タッチ式にするには大きすぎる。また、手垢や手の脂質などが画面に付着したりするのは、折角の画面を汚すことになる。私はフルハイ規格の画面にHDMIでつないでいる。この繋ぎ方は、そう特殊なものでもないだろう。
そして、マウスとキーボード、とくにマウスというインタフェースの発明が、どれほど画期的だったか。どれほどPCを使い易くしたか。とれほどPCユーザの裾野を広げたか。

さらに、タッチ式インタフェースであっても、タッチ式インタフェースでなくても、沢山入ったソフトを、アイコンをずらっと並べて、探すのが極めて困難に、また面倒になってしまっている。
そもそも、デザインというのは何のためにあるのか。
ユーザーのために決まっているじゃないか。デザイナーの自己主張のため、または自己陶酔のためではない。

ちょっとPCから外れるが、上記の「そもそも、デザインというのは何のためにあるのか。
ユーザーのために決まっているじゃないか。デザイナーの自己主張のため、または自己陶酔のためではない。」についてはかなり以前から論じられていることだ。代表的な署が次のもの。

話を戻す。
こんなOS、誰が使うのか。
初心者ならこれでいい、という意見もあるようだが、とんでもない。こんな使いにくいものは、初心者だともっと分からないはずだ。
PCの面白さ、楽しさの中でかなりの部分を占めているのは、使っているうちに、操作に習熟したり、カスタマイズを進めたりすることができることだ。使えば使うほど、自分のものになっていくことだ。使いこなして行けることだ。

「7」は使いこなして行けそうだ。しかし、「8」・・・・これ使いこなせるのかねえ。

標準で全画面表示となることも然りだ。
パソコンって、何かのソフトの専用機じゃないのだぞ。
複数のソフトを同時に立ち上げて並行して使っていくことも多い。
そもそも、Windowsという名称は、複数の窓(Windows)を開けて操作できる、という意味を込めて名付けられたはずだ。窓が一つしか開かない(全画面表示)ものは、Windowsなんて名称を付けるべきではない。絶対にない。

また、マイクロソフトだけでなく、プリインストールモデルを売っているハードメーカーも、さらに販売店も、何を考えているのか。
「8」は、「7」の進化形などではなく、改悪版だということを、どうしてもっと率直に言わないのか。
まあ、改悪版とはサスガに言いにくいのであれば、せめて用途によってどう使い分けるべきか、といったことをせめて示してくれていたら。。。。

少なくとも、「7」を使っている人は、「8」にしてはならない。アップグレードには決してならないから。
「8」のプリインストールモデルは、買ってはならない。買い換える必要が万一生じたら、「7」の中古が選択肢となる。もちろん、デルなどは新品で「7」モデルがある。

何度でも繰り返す。
Windows8は、最低最悪のOSである。絶対に買ってはならない。絶対に買ってはならない。絶対に買ってはならない。

2013年4月 1日 (月)

最低最悪のOS Windows8 絶対に買ってはいけない(7)

(前稿から続く)

Windows8(以下「8」と略記)を導入したとき、戸惑いと怒りを覚える前のホンの一瞬、スタート画面を見て、「ああ、綺麗。随分洗練されたデザインになった」と思った。
ところが、整然と並べられたタイルの中から動かしたいソフトを探し当ててるのに一苦労も二苦労もしたし、やっと探し当てて起動すると、全画面表示しかない状態で表示される。
この基本設定にブチ当たったとき、たちまち怒りが沸き起こった。

毎年の確定申告を、この個人用PCで行っている。e-Taxというヤツだ。
一応税務署の肩を持っておくと、大変よくできたソフトだ。
しかし、どうにも気に入らないのが、全画面表示が基本だということ。

全画面表示だと、別のソフトを起動させて並行して、またはデータ同士を参照しながら作業する、ということが殆どできない。確定申告ともなると、エクセルなどで作った幾つものデータを参照しながら作業することが多い。
全画面表示だとそれが出来ないので、エクセルデータなどを一旦プリントし、目視で転記!!? などというバカげた作業をせねばならない。エクセルなどで作ったデータは、数値だけコピーという方法を採るなりにして、コピペで進めて行くのがごく自然で間違いを殆どなくす方法のはずだ。
或いは、結構気が詰まる作業でもあるので、途中で息抜きでメールやウェブを見たり、ゲームをしたりしたくなることもある。いちいちデータ保存せすせとも、短時間であれば1つまたはそれ以上の画面を開いたまま、そうしたことができる。

それができないようになっているのは、税務署が税務署に設置して、期間中確定申告のみに使うという前提のPC向けというだけにしかターゲットを置いていないからだ。
確かに、必要資料を手許に持参し、それによって税務署で色々と相談しながら入力する人もおられるので、そうした人たちにとっては、全画面表示で確定申告のためにだけ使うというのは大いに意味がある。
しかし、e-Taxの本当の趣旨は、「家庭でもできるから一々署まで出向いてくれなくてもいい。その方がお互いに手間も省けて便利でしょ」ということなのではないか。だって、申告の時期になると、よくタレントがPR役として登場し「意外に簡単でした」とうそぶく映像を流しているが、無名の、市井の人たちの方が、人数は間違いなく多い。そうした人たちの多くが署に行かなくてもすむようになる、というのが、如何に双方、時間も手数も省けて便利なことか。

こうした点を是非とも改善して欲しい、という要望を、3年ほど続けて出している。
ところが、何の改善もされず、回答すらないんだな、これが。提出データの最後にアンケートを書くようにしているのに、だ。回答も改善もする気がないなら、要望を書かせるアンケートなんか、取るな、っちゅーの。
N響アワー廃止にからめて、NHKに要望ともクレームともつかないものを提出したとき、結局要望を聞く耳は持ってくれなかったが、少なくとも回答は寄越したよ。

嫁さんにこの話をすると、結局は純然たる「お役所」と、公共団体の違い。また、「カネを取る」立場と、「料金を頂く」立場の違いなのでは? と言った。そうなんだろうなあ。

話をモトに戻すと、こうして「全画面表示は改善を」と、今回もまた書いたのだが、そのときから余り日を置かずに手許に届いた「8」が、全画面表示と来たものだ。
これには、大いに失望しましたよ。タイルも含め、どうやら「クラシック表示」といった対応もなく、どうしてもこれに慣れて使え、というわけだ。

これ、絶対に間違っている。

そもそも、「8」は、スマホ用のOSを無理矢理にPC用としたものだ、といった指摘は多くのサイトで指摘されていることである。だから、指タッチ式のインタフェースも用意されている。また、フリーセルなどは、買えばできなくはないが、なぜかスマホ用のものを使うことになっている。だから、これも全画面表示だ。で、解像度と画面サイズの問題だと思うが、絵の汚いこと汚いこと。

スマホを念頭に置いたとしか考えられないインタフェースの、何が問題か。
また、タイル画面の何がダメなのか。

(この稿さらに続く)

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