« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月

2012年10月10日 (水)

山中教授のノーベル賞

まずは、大変めでたいことだ。
私は、受賞直後の夕方のニュースショーで採り上げられてすぐに知った。
事前にワイワイと番組内で「取れる可能性」について喋っていたが、「どうせ、またダメなんだろう」くらいに思っていた。年齢が若いということもあるし、具体的な成果・・・新薬の開発や再生治療の成功など・・・がまだ出ていない段階ということもあったし。

にも関わらず、受賞ということになった。

自慢じゃないが、2006年にマウスでiPS細胞の作成に成功したというニュースが流れたとき、新聞で見たのだったと記憶するが、「これはノーベル賞だ!!! 」と叫んだものだ。
結構、いいカンしてるでしょ。
何年かかるか分からないが、何れかの段階で受賞というのは予想していた。

早々にこんな予言(?)をしていたこともあるためか、古くさい言い方になるが、まるで自分のことのように嬉しい。

処が、色々な番組で紹介されるうちに、これまでの受賞者に比べても異様と感ずるほどまで、好意的かつ親しみと大きな期待をもって受け止められているようだと気が付いた。

それは、ある番組で言及していたのだが、内容が分かりやすいという点にある。
勿論、研究の手法や進めた方については、専門外である我々外部の人間に理解できるはずもない。しかし、期待される成果が、非常に分かりやすいのである。
この研究によって、どんなことが期待できるか、というのが分かりやすい。

多くの人にとって分かりやすいということは、換言すると、非常に基本的な技術に関することだ、ということになる。ということは技術の拡散に注意が要る。ある程度の拡散は仕方ないことだろうが、既に京大で基本特許を押さえているとのことで、かなり防げるだろう。

願わくば、日本で進んでいる応用研究が、一つでも多くの成果を生み出して欲しいものだ。国も、さすがにノーベル賞とあっては、予算をケチって行くことにはならないだろう。

さて、教授の最初の受賞記者会見の始まる直前、野田首相から電話が入り、続いて記者会見の最中に田中文相から電話が入った。
政治家ってサスガだと妙に感心させられたのだが、よく考えてみると、首相はギリギリ許せるとしても、田中のおばちゃんの電話はハッキリKY(気がめない)ではないか。
しかも、自分の考え方で文科省に予算措置をさせてきたわけでもない。

ともあれ、マスコミも、山中教授を引っ張り回すのは早々に切り上げ、早く、静かに研究ができる環境を整えて欲しいものだ。

2012年10月 6日 (土)

中共からは手を引け 続々

公平を期すために(??)政府の対応に対しても言及しておく。

「そもそも、領土問題は存在しない」などと言って、キッチリした対応を逃げてきていたのは、何党の責任だと言うのか。これは、民主党の責任ではない。
ちゃんと、北方領土の問題と竹島と、尖閣のことを、異なるシチュエーシュンであることを踏まえて説明してこなかったのは、どの党だ。

百歩譲って、北方領土については、少なくともロシアの指導者が交代するたびに言及されてきた。その一時だけは。
しかし、竹島はどうか。教科書には書いてあるようだが、これを含む現代史を教えてこなかったのは、どの党だ。少なくとも、学校でその時間が取れないというのであれば、執るうに指導は出来る・・・指導して環境を整える策を打つようにできる・・・立場にありながら、何の手立ても打たずに放置していたのは、どの党だ。

尖閣はどうか。

北方領土の問題は割と知っているし、竹島についても少しは知っているし、日中関係についても多少はは知っているつもりの私でさえ、この事案があることを知ったのは、つい最近のことに過ぎない。
事案の存在は知ったが、なぜ我が国固有の領土だと言えるのか、筋だった説明を余り聞いたことはない。
比較的分かりやすくテレビで説明していたのは、政治ワイドショーではなく、バラエティの中の一つのコーナーだった。何でバラエティなのか。それも関西ローカルだ。何で、政治ワイドショーの類でやらないのか。

国連での応酬の一部を見ると、中共と我が国の議論、全くかみ合っていない。あれは実にまずい。

「中共が日清戦争のとき、日本が盗んだ」と言ったときだ。なぜ、それに乗って、こちらから議論がかみ合うように持って行かなかったのか。
盗んだという言葉に対しては抗議するのが当然だが、そこに留まらず、日清戦争よりも前に日本が領土にしていたと説明するなり、ポツダム宣言で日本が放棄する領土に含まれていない(とされていると何かで見聞きした記憶が私にはある)とか、議論がかみ合うように持って行く方法は幾らでもあつたはずだ。

で、そうした歴史的な背景や、当時の日本との力関係なども含めて、筋だった説明をすべきだ。少なくとも民放で限界があるならば、NHKでこそ説明すべきだ。

さて、これは民放でのコロンテーターの発言。
「この問題、お互いに、解決する意志があるかどうかにかかっている」
「両国が、今後の世界経済をどうしてゆくか、話し合うべき」

何を未だにこんなアホなことを言うのか。何を血迷っ発言をするのか。解決する意志があるかどうかは、中共がもっとまともな国となって出直してくるか否かにしか、答はない。
今後の世界経済を云々に至っては、この問題を抜きにしても、あり得ない話である。

未だにこんな発言を放送するだけのテレビ。
最近、つくづくイヤになってきている。

繰り返す。

中共からは手を引け。
粛々と手を引け。

困るのは中共だ。
我が国も大いに困るだろうが、相手はあそこだけではない。
より好かれ、より信頼されているのは、我が国の方だ。それに、中華民国があるではないか。中華民国が、3.11のときに一番多くの支援をしてくれたという事実。もっとどうして何度も言及しないのか。それに対し、中共の対応ときた日には、呆れるばかり素っ気ないものだったという事実も、もっと繰り返して報じないのか。

そもそも、何でもっともっとアメリカを頼りにしないのか。もっともっとアメリカを取り込まないのか。もっともっと世界にアピールしないのか。

だいたい、こうしたときのために、小澤訪中団が中共に行ったのではなかったのか。こうしたときのために、天皇陛下のスケシケュールの中に無理矢理、中共幹部・・・次にトップとなるはずの人物・・・との時間を割いて頂いたのではないのか。こうしたときのために、パイプを作っておいたのではないのか。
そうでないならば、あれは単なる大名旅行に過ぎない、いや、それ以下だ。それ未満だ。このことだけを捉えても、以下に志の低い、卑しい「政治屋」・・・政治家などと呼べる存在ではない・・・だか、分かろうと言うものだ。

繰り返す。中共からは手を引け。

以前から関係の深いタイだけではなく、ベトナム、それに民主化されたとされるミャンマーだってあるではないか。我が国も含め、仏教国てせあるという共通点がある。回教国のインドネシアやマレーシアだって、以前から深い関係があるではないか。もっと広く見渡せば、日本人の移民が多い、ブラジルなど南米もある。

もし中共に先を越されていたのだとしても、さらには韓国までにも先を越されていたとしても、日本と取引したいという国は多いはずだ。
現に、ミャンマーに進出して成功しつつある日本企業があり、他の、先を越されてしまった国からの、我が国に関する引き合いは多いそうだ。中共も韓国も、自分たちのことしか考えていない。しかし、日本は一緒に考えてくれるし、育ててくれる、ということで。

だから、我が国も困るが、もっともっと困るのは中共だ。
繰り返す。

今からでも遅くない。中共からは手を引け。
粛々と、手を引け。
中共が中共である限り、まともに付き合うなんてことは考えるな。手を引け。

絶対に手を引け。
付き合いができるとか、関係を修復しようなどという幻想は捨てよ。手を引け。

2012年10月 4日 (木)

中共からは手を引け 続き

(前稿から続く)

もともとあそこを中共と呼んでいたのだが、どうやらそれも風化されてきているらしい。ATOKというのは、私が愛用している日本語入力ソフトだし、これに変るものは現状見あたらないが、少なくとも私の使っているバージョンでは、中共というのが一発では変換されない。この記事を書くにあたって、そんなことも気付いてしまった。

さて、今にしてみれば、あそこを侵略したり、勝手に満州国なる傀儡国を作ったりした過去があり、その反動として贖罪意識が強くなりすぎ、それが行き過ぎとなったというのが背景になったのだろう。国交「正常」化という事態を目の当たりにして、最近までは人件費が安いというメリットもあり、どんどんあそこで生産する企業が増えていった。
いや、人件費の安さだけに目がくらんだというのが真実ではないか。

人件費がアッと言う間に高くなり、しかも、あんなリスクを追ってまで、あそこに拠点を置く必然性は、とっくになくなっている。
もう、今からでも遅くはない。引き上げるべきだ。全てのものを。全ての人を。全ての資金を。

贖罪意識というのは、ある意味持ち続けないといけないが、敗戦国の負うべき賠償金などについては、あんな処との交渉以前に、中華民国との間では、とっくに話が終っていることなのだ。蒋介石という、国民党を率いていた人物・・・色々と良い面につけてより、悪い面についての方が批判すべき人物だが・・・日本に対する一切の賠償請求を放棄すると宣言してくれたのである。
その上、基本的には新日であり、良い付き合いを続けてくることができた。それは、あそこと「正常」化する代わりに中華民国を言わば「斬捨て」にしたにも関わらず、現在まで続いている。もちろん、中華民国を台湾という地域名に落とした呼称とした後もだ。

もちろん、それでは収まらない人たちもいるだろう。台湾の漁船団が押し寄せた事案は、彼らの意見を代弁しているのかも知れない。しかし、あそこの指導を受けた、傀儡デモの可能性だってある。

台湾という地域名で呼ぶのはやめて、中華民国という正式の名前で呼ぶべきではないのか。そして、あそこは中共としか呼ぶべきではない。

笑い話に近い事実だが、もっとテレビのコメンテーターたちの誰かが指摘して良いことなのだが、本当に「反日」を貫くのであれば、あそこの国名自体、成り立たなくなるのである。どうする気か。確か、人民も、共和も、日本が明治維新のときに英語の翻訳語として造語した言葉なのである。
もっとも、あそこの図々しさは、日本がこれらの用語を盗んだ、と言いかねないが・・・。

表面では交渉を続けないといけないのかも知れない。邦人の安全が最優先だから。
しかし、ウラでは粛々と、全てのものやカネや人を、引き上げにかかるべきである。

そもそも、あんな国、国連の常任理事国である、という資格はない。
資格がないと言うより、常任理事国の座を簒奪(さんだつ)した、と言うのが正しい。

そもそも、国連の常任理事国というのは、第2次世界大戦の戦勝国が、戦後の地位をより高めるために作った制度である。だから、敗戦国=枢軸国 だった日本も、ドイツも、常任理事国になりたいと何度も試みたが、壁が大きすぎて果たせていないのである。

で、中華民国が戦勝国だったので、あそこの地域を代表する国として、中華民国が常任理事国になったのである。
だから、いくら支配地域が広大だからと言っても、中共には、常任理事国の資格など元々ないのだ。主としてアメリカの考えで中共との「正常」化を急いだついでに、あれを常任に入れ、中華民国をその座から追い出すということをやってしまった。だからあそこだけの責任ではないが、結果として、中共こそ、あの座を簒奪(さんだつ)したと言ってよい。中共こそ、盗人の最たるものである。

暴動の話の戻るが、マスコミも、「反日デモ」という言葉を多用していたのは、実にけしからん話だ。あれは明らかに暴動である。しかも、暴動の原因として日本政府のやり方がまずいとか、日本が悪いとか、そんな言説まで出てくるのだから、実に救いようがない。

暴動は暴動だ。デモとは違う。
これは、学校における犯罪を、「いじめ」などと言う用語で片付けてきてしまっていた体質と同じだ。

韓国とも問題を抱えていて、韓国でも反日デモが行われているが、あくまでもデモである。暴動にはなっていない。少なくともそう報じられている。韓国は韓国で怪しからんのだが、少なくとも国の成熟度という観点からは、中共などとは雲泥の差がある。民度が余りにも低い中共などとは比べるべくものではない。

(この稿さらに続く)

2012年10月 2日 (火)

中共からは手を引け

まあしかし、驚き呆れたと言うしかない。

もう、こんな国とまともにつきあうことはできない。
早く、このことに気付くべきだったのではないか。

デモに名を借りた暴動を許したばかりか、その責任を日本がかぶるべきだとか、果ては日本を盗人(ぬすっと)呼ばわりして国連の場で罵倒するとか、何なんだあれは。

忘れてしまった人が多い、または多くなった。または、そもそも知らなかった人も多いと思うが、国交「正常」化の前後まで、あそこは中共と呼んでいた。もちろん中華人民共和国の略なのだが、中華民国という国を正統と認め続けていたわが国では、主として保守ないしは右よりの人たちから、「アカ」という侮蔑的なニュアンスも込めて、中共と呼んでいたのである。

もう、あんな国を中国などと立派な名前で呼びたくはない。
もう、あんな国とは付き合うべきではない。
もう、あんな国を相手にすべきではない。
もう、あんな国からは手を引くべきだ。
もう、あんな国と、関係を修復しようなどと、幻想を振りまくのは止めるべきだ。
もう、あんな国であんな被害に遭った拠点の再建など、やめるべきだ。
もう、あんな国と何らかの交渉を持つべきだという、コメンテーターの発言は聞きたくない。

もうあの国との貿易は諦める時だ。
もうあの国に行って観光を、なんて無駄遣いは止めるべきだ。
もうあの国からは一切の拠点を引き上げるべきだ。

あの国がもう少しまともな国に生れ変るまで、一切の付き合いは止めるべきだ。
あの国がもう少しまともな国に生れかわるまで、一切の期待、幻想を抱くのは止めるべきだ。
あの国がもう少しまともな国に生れ変るまで、あの国を中国などという名前で呼ぶのは止めるべきだ。中国というのは美称である。
共産党の国ではとっくになくなり、共産党という名前を持つ党が単に一党独裁をつづけている、または続けようとしているだけの処である。だから中華人民共和国に対して「アカ」の意味を持たせた蔑称として中共と呼ぶのはふさわしくない。しかし、他に適切な呼び方がない。

だから、余り適切ではないが、中共と呼ぶしかない。
ちなみに、支那とかシナとか言うのも、どうやらこれは蔑称ではないというのが事実であるらしいので、使うべきではない。支那と書くと日本の「支」である「那」(くに)という意味が付け加わってしまう感じがするのでふさわしくないかも知れないが、いつかの機会に、シナという発音の呼び方を復活させるべきだ。
そのとき、あそこがまともな国になっていないのであれば、国名に関する呼称の相談は、中華民国とするべきである。

何度も繰り返す。あそこからは手を引くべきだ。
今からでも遅くはない。ふそこからは手を引くべきだ。
既に生産拠点としての意味はなくなっている。あそこからは手を引くべきだ。
進出してしまった企業の人たちよ。今からでも遅くない。むしろ、日本人の従業員を守るのであれば、あんなリスクの巨大なところからは、手を引くべきだ。

(この稿続く)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2016年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

書評 資料室

Amazonアソシエイト

無料ブログはココログ