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2012年5月

2012年5月12日 (土)

関西電力の無策・無責任を糾弾する 1年もあったのに何をしていたのか

いったい、この1年間、何をしていたのか。

この2012年の夏、原発を再稼働しなければ10数パーセントの電力が不足する、という関西電力(以下、関電)の試算が出て、その話題が色々な番組で採り上げられているのを見て思ったのは、私だけではないだろう。

昨年は東京電力の電力不足が専ら話題になり、その傍らで、「やがて全国の原発が全て停止する。定期検査に入るためだが、停止したあとの再稼働が困難になるのではないか」との推測も流れていた。
このとき、なぜか関西電力のことが余り話題にならなかったと記憶するが、テレビの番組の多くが東京制作のものであるため、どうしてもそうならざるを得なかったこともあるだろう。

昨年はまだ原発が稼働していて、節電の呼びかけなどが功を奏したのか、大きな問題にはならずに済んだ。

しかし、今年になって原発が全停止状態になることは、当然分かっていたわけである。

テレビでは、ここに至まで余り話題になっていなかったわけだが、関電としては、原発が全部停止した状態になることは、もっと深刻な問題意識を持って、対応策を講じておくべきだったはずだ。
どうも、原発の再稼働ありき、という前提のみでしか動いていなかったとしか見えないのである。再稼働しない場合でも、何とか電力供給をスムーズに行う方法を講じてい然るべきものだったはずだ。
そのことによって、料金値上げが不可避となるのであれば、それも含めて対応策を講じておくべきだったはずだ。

安全のための策を、メニューだけ並べた状態で提示し、具体的な工事はこれから・・・などというふざけた説明で誰が納得できると思っているのか。
まあ、これについては、出す方も出す方だが、認めてしまう政府も政府だが・・・。

そもそも、古くなった火力発電所を目一杯動かしていたのであれば、修理したりリプレースしたり、場合によっては新規に建設したりといった対策は講じてきたのか。

太陽光発電を始めとする自然エネルギーがどこまで増強できるか、という見通しは立てたのか。民間の自家発電設備がどこまで増強されそうか、ヒアリングしたり見通しを立てたりしたのか。

関電は原発依存度が電力各社の中で断トツに高い、というのは、我々だって既に知っていることだ。であれば、関電の経営層は、あの3.11の状況とその後の推移を見るに付け、「これはエライこっちゃ」と危機感を持って然るべきだったはずだし、併せて、もし原発を動かすことができずに来年(2012年)の夏を迎えねばならなくなったら、いかに対応するかの検討をすぐに始め、乗り切るためのあらゆる方策(メニュー)を洗い出し、いかにそれを実行していくかということを検討し、そして実行して行くべきはずだった。

1年もあれば、かなりのことができていたはずだ。

どうも、見聞きする限りは、何もやってこなかった、としか思えないのだ。
原発の再稼働を前提にした動きしかしてこなかったのだろう。
いや、してこなかったのは確かだと言っていい。

昨年夏の株主総会の議事についてである。手許にあったのだが、捨ててしまったので記憶だけに頼って書くが、脱・原発に向けた株主提案があった。何項目にもわたっての提案があったが全て否決されてしなっていた。要は何も変えないというわけだ。即ち、原発は止めないというわけだ。再稼働は大前提というわけだ。

その議事録を見て、つくづく呆れたことを覚えている。
甘すぎるのだ。あの事故を目の当たりにすれば、原発はもう動かせないかも知れないと思うのが、当然の感覚のはずだ。どんな感覚をしているのか。
百歩譲って、再稼働せねばならないのだとすれば、少なくとも具体的な安全策のための工事が済んでから要請、という順序であるはずだ。

繰り返す。アッという間の1年だった。しかし、1年もあったのだ。1年もあったのに、何をしていたのか。「オール電化」というものに疑義を持つ消費者が増えたのに、まだ営業し続けていたことも分かっている。新聞などにも採り上げられて問題視されたが、事実、我が家にも勧誘があったと家人から聞き及んでいる。どんな感覚をしているのか。

通常の企業であれば、問題が発生したときは、まず最悪のシナリオを描くことから始める。そして、いかにそれを乗り越えるか、乗り越えるのが困難にときは、どんな策を講じたら可能になるのかを洗い出し、必要な予算措置を講じ、予算がもし不足するならば、いかにしてカネを集めたり捻出したりするかを決めて、即・実行に移す。
場合によっては外的条件などがシビアすぎて思惑通りに進めることができなくなる場合もある。しかし、策を講じた上での失敗は、回復策を講ずるときに必ず役に立つ。

企業のリスク管理として、当たり前すぎることである。
こうして自動車メーカーのV字回復ができたのだし、大赤字を出した家電各社も回復に向けた歩みを始めることができたのだ。
そんな危機管理、関電は講じていなかったのだろう。そうとしか思えない。そもそも、危機管理などという用語が、社内に存在したのだろうか。

原発依存度が最も高いがゆえに、全て停止せざるを得なくなったときに、どうすべきか、どうすればできるかを最優先で講じて行く義務も責任もある。

繰り返す。1年もあったのに、何をしていたのか。原発再稼働ができなくなったらどうするか、少しは考えたのか。少しは調べたのか。大口の需要家などに、少しはヒアリングしたのか。原発に代わる発電設備を、少しは検討したり調べたり、既存のものをメンテしたりしたのか。
何もやっていなかたとしか見えない。「無策」という言葉が、これほどふさわしいことはない。無責任という一語に尽きる。余りにもお粗末だ。

本当に、1年もあったのに、何をしていたのか。

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