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2011年9月

2011年9月10日 (土)

「死の町」は許容範囲 しかし 「放射能つけちゃうぞ」は最悪

新内閣でロクなでもない顔ぶれが並んだと思った途端、「死の町」発言が大いに取りざたされる事態となった。

この話を最初に聞いたとき、「なぜ?」と思ったのは私だけではないはずだ。前後の文脈を無視して、まさに「言葉尻を捉える」ものと見えたからだ。ごく一部のコメンテーターだけが、そのことを主張していた。
いい加減、言葉尻を捉えて大臣をクビにかるのは止めたいものだ。

しかし、話しが詳しく見えてくると、記者との懇談で「放射能、つけちゃうぞ」という発言が付いていたことを知った。これは悪ふざけの域を越している。昔だと、こんな発言は記者連中が無視し、またはなだめたりして終ったのかも知れないが、今は何でも書いてしまうようだ。
書く、書かないの駆け引きの善悪はともかくとして、出てしまった以上は、ひたすら謝罪し続けるか、辞任しかないだろう。

2011年9月 8日 (木)

「なでしこ」の試合 興奮さめやらず 記事書けず

所用があって外出し、帰宅したらちょうど対北朝鮮戦が始まる時間。
やはり見てしまった。

後半の残りギリギリの処で1点入れたので勝ったかと思いきや、ロスタイムで1点取り返され、同点でドロー。

ロンドン行きを決め切れたらもっと楽しい気分になれただろうが、それでも好試合に拍手!!

他の記事を書く気になれず、本日はこれでお茶を濁させて頂きます。

2011年9月 6日 (火)

楽譜見るため虫眼鏡を購入

老眼が来始めてはいるものの、普通の書籍や新聞を見る程度であれば、まだ老眼鏡も虫眼鏡も必要ない。

ところが、DTMのため楽譜(総譜)と格闘し始めると、指揮者用でなく小型のポケットスコアだから、どうにも細かくてネを上げてしまった。
シャープとナチュラルの区別が困難だし、和音のそれぞれにシャープやフラットやナチュラルが付いていると、どの音符にとの記号が付いているのか分からないのだ。

近くのメガネ屋に行っても文具店に行っても、取扱いがなかったり、あっても中々「これ」というものがない。

結局ネットをあたっていると、思っていたようなものが見つかり、価格も手ごろだったので決めた。
中々いいですよ。
90ミリという大口径。柄(え)もしっかりしていて持ちやすい。
倍率は2倍。
もっと倍率の大きなものを・・・とも思ったが、目にレンズを近づけて使う方法(これが正しい使い方)だと、これ以上大きな倍率だとブレて見づらい。
実際これにも小口径で3倍になっている部分があるが、使うことはない。

必要に応じて対象を照らすため、小さなランプも使える。

2011年9月 4日 (日)

差がつきすぎた井上真央と上野樹里

「書き溜め」の在庫(?)がなくなってしまい、この稿は9月4日日曜の、大河ドラマの前に書いていて、すぐにアップされるというタイミング。

今年の大河は楽しみにしていて、宮崎あおいの「篤姫」以来ひさしぶりに全ての回を録画・保存することとした。

しかし、年の半分を過ぎるあたりから、やや見続けるのが辛くなりつつある。ここまで来たので全て録画・保存するのは続けるが、どうも上野樹里の芸域が狭い・・・というか、ハッキリ言って向いていない、と思うようになった。
今日は日曜だ、大河の日だ、といったワクワク感がないのだ。

対して、朝ドラは「ゲゲゲ」の後だっただけに全く期待しないで見始めたのだが、これが凄くいいのだ。
何がいいのか説明するのは難しく、人によって色々と言われているが、「出てくる人たちが、全て善人」というのも確かにある。
そして、役に恵まれたから、ということもあるだろうが、井上真央がこれ以上ない好演。
こちらは途中からの録画・保存となったが、これこそ、前編保存もあり得た。
9月に入り、いよいよ終りが近づきつつある。こんな作品のあとだと、下期こそ余り期待せずに見始めることとなる。

どういうわけか、朝ドラは最近、名作の出る割合が多くなっているようだ。
対して大河は、やはり「篤姫」で終ったのかも知れない。

2011年9月 2日 (金)

フリーセル やめられない

フリーセルがやめられない。
本日、13,000ゲームに到達した。

マーラーを中心に譜例と音源を追加すべく総譜と格闘し始めたとき、音源の音がずっと鳴りっぱなしになり、他に何もする気にならず、フリーセルもやる気にならなかった。これでようやくやめられるか、と思ったものである。
要は、他に熱中することがあれば、フリーセルなどどうでも良いということなのか、と思ったのだ。

しかし、違った。
すぐに再開するハメとなった。

XPの頃、時間さえかければ全部クリアできる程度のゲーム数だった。
しかし、Vistaになって、一生かけても絶対クリアできない数となってしまい、いくらやっても報われることがない。
それでも、つい手を出してしまうのである。

単純だが、コンピュータでないと、まず正確に進めることはできない、というゲームである。そこがミソなのだろう。

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