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2011年4月12日 (火)

ひかりテレビ顛末記(3)

(前稿からの続き)

KCNのアナログコースに加入してはいるが、2台あったホームターミナルは外した状態、というまま年月は過ぎ、2010年の途中だったか、いよいよ地デジ化の日程が切迫してきていること、また、エコポイントが付く機会に是非とも、といったPRやCMが大量に流され始めた。
あれほど攻立てられると、イヤでも意識せざるを得ない。

そんな中、「フレッツ光で、地デジ化しませんか」というCMが流れ始めた。よくよくCMを聞くと、BSパススルーだと言う。しかも、思いの他安く済みそうだ。ただ、私の住んでいる所にはまだまだ対応できないようだった。

最悪? KCNでデジタルコースに変更するという方法はあるのだが、結局は「デジタルホームターミナル」なるものを設置せねばならず、これもBSパススルーではないのでチャンネルはデジタルホームターミナルに依存したものとなり、不便この上ない。

どうしようかと思案していたとき、NTTから「お客様のお住まいの処でも、フレッツ光でテレビがご覧になれるようになりました」と、勧誘の電話がかかってきた。「待ってました」というわけだ。即、乗りましたよ。
詳しく説明してくれて、そのサービス内容に十分納得したので、その場で即、申し込んだのである。
2010年の12月21日(火)のことであった。

そのとき、「後ほど、私の上司から、お申し込み内容の再確認として、もう一度お電話を差し上げます。また、このサービスは『株式会社オプティキャスト』との共同で提供させて頂くものなので、1ヵ月後くらいをメドにオプティキャストからも一度だけ電話があります」とのことだった。
その「上司」らしい人からは、すぐに電話があった。

また、実際の工事日程は、3月頃にズレ込む可能性がある、とも言っていた。

そうは言っても、予想外に早まる可能性もある。
最初にKCNで工事してもらったときと違い、また、光回線の終端装置を最初に設置してもらったときとも異なり、家じゅうモノが溢れ、少なくとも光終端装置の置いてあるパソコン周りは、その装置にアクセスできるようにするだけで大掛かりな片付けが必要となってしまっている。
片付けを始め、工事が余り早まることのないよう少しは願いながら、年を越した。

結局、年内の工事はなかった。

一方、地デジ対応テレビの2台めを、12月に導入した。
地デジ化の進め方について迷っていたため、エコポイントが少なくなってからの購入となってしまったのだが、だいたい思っていた程度の予算で済みそうだったので、遅ればせながら決めたのである。

それを、もともとホームターミナルの付いていなかったアンテナ線に直結したら、同様にチャンと映る。ますます、「KCNのホームターミナルっておかしいのではないか」と思うこととなった。
ホームターミナルをレンタルする、という「レンタル代」として料金を徴収する方式であるわけで、私のように、既にそんなモノは不要だし邪魔だと分かっている者にとっては、何とも理屈の合わない方式だ。

結局、この方式が誤りなのではないか。「放送をケーブルで再配信する」という「役務」について料金を徴収する方式でサービスを提供する、というのが通常の考え方なのではないか。また、ことさらに、さして魅力を感じない別チャンネルの再配信を付けたって、少なくともアナログの汚い画像では見たくもない。

(この稿さらに続く)

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