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2011年4月10日 (日)

ひかりテレビ顛末記(2)

(前稿からの続き)

もともと今の家を建てたとき、KCN(近鉄ケーブルテレビ)に加入し、部屋ごとにアンテナ線を引き込む工事も行っていた。2003年の12月のことである。ホームターミナル(セットトップボックスの、KCNにおける名称)は2台で、アナログコースでの加入であった。

周囲よりも少し高めの場所に建てたことから、屋外アンテナを建てるのは避けたかったためケーブルテレビを引くことにしたのである。アナログコースに加入したのは、2003年12月当時、本稿執筆時点の2011年4月に比べて、「地デジ化」というのがまださほど切迫した日程とはなっていなかったためだ。

部屋に引き込んだアンテナ線は6箇所。その内2箇所だけにホームターミナルを設置したが、残る4箇所は、線を直結すれば通常のテレビ番組は見ることができる、という工事内容となった。ホームターミナルが2箇所となったのは、確か、アンテナを引きこむ部屋の数との関係で、引き込む数が6箇所だと、内最低2箇所にはホームターミナルを設置するというのが契約条件だったためだと記憶する。

処が、すぐにこのKCNの方式が大きな欠点というか、矛盾を抱えたものだと分かった。

発端は、1台のテレビを地デジ化したことによる。

KCNのホームページを見ると、アナログコースであっても地デジを見ることはできる旨が記載されてていたので地デジテレビを導入したのだが、ホームターミナルにそのテレビを繋いでも一向に見えない。

あれこれ試行錯誤しても見れるようにならないので、KCNの相談センターに聞くと、「それなら、ホームターミナルを経由しないで、アンテナ線に直結したらいいです」とのことだった。
教わった通りアンテナ線の口に地デジテレビを直結すると、見ることができるようになった。

そうなると、もうアナログのホームターミナルに繋いで、色々な放送の再送信されたものを見る気にはならない。
地デジテレビを初めて導入したとき、殆どの人が感じられたと思うが、ハイビジョン規格の画面の美しさ、細部まで描写して送られる解像度の凄さ、音質の良さは、「今までのアナログ放送って、何だったのか」と思わせるもので、テレビの世界が大きな技術的進歩を遂げた、というのを目の当たりにした観があった。

再送信される番組の中で特に見たいものもなかったし、何よりも、通常のチャンネルでさえ、BSパススルー方式でないため、ホームターミナルで設定されるチャンネルに合わさねばならない。
早々にホームターミナルは外してしまった。
もう1台のテレビのホームターミナルも外してみたら、これがちゃんと映るのである。

結局2台ともホームターミナルは外してしまったが、契約上それを返却することはできないので、そのまま保管し続け、何時の日か、地デジ化の日程が切迫してきたら、アナログコースのままで良いわけがないので、何か言ってくるはず、と思って待っていたのである。

(この稿さらに続く)

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