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2011年2月 2日 (水)

「ひこにゃん」の謎 続き

(前稿からの続き)

私の親戚に、東京の世田谷区に居を構えている家がある。最寄り駅は小田急電鉄の豪徳寺駅、または東急世田谷線の山下である。
この家の菩提寺は豪徳寺。大河ドラマなど歴史ドラマにより、大老井伊直弼を出した譜代大名 井伊家の菩提寺としても知られるようになった古刹である。

幼い頃、この寺に墓参りに連れていってもらい、なぜか招き猫を売っていて、買ってもらったことがある。4cmほどの小さなもので、2体、現在でも手元にある。私は幼い頃からネコが好きで、その親戚もそのことを知っていたので買い与えてくれたのだろう。
自宅でネコを飼うことは許してくれなかったので、この招き猫とよく遊んだものである。

私の妹も、同様にこの親戚とは縁が深く、さらに最近になって滋賀県に住むようになって、「ひょっとして『ひこにゃん』と豪徳寺の招き猫は同じものではないか、と気が付いた」と言い出した。井伊家の菩提寺が豪徳寺であり、井伊家は現在の滋賀県の彦根の藩である。

そう思ってこの記事を書き始めたのだが、ウェブで少し調べ始めると、既にこのことは「知っている人は知っている」という、周知の事実なのだということが分かった。

正確に言うと、井伊家第2代当主の直孝が、豪徳寺の近くの木の下で雨宿りをしていたとき、境内から白いネコが「こちらにおいで」とばかり手で招く仕草をしたので入った処、直後にその木に落雷があって難を逃れた。これに感謝した直孝が、後に豪徳寺を井伊家の菩提寺とした。また、この伝説に従って、寺で招き猫を祀るようになったというわけである。

そして、この伝説の招き猫に戦国武将風のカブトをかぶせ、直孝をデフォルメしたものとして「ひこにゃん」がデザインされたとのことである。

まあ、私は、これは「招き猫発祥伝説」の一つではあっても、決定的なものではないと考えている。豪徳寺の招き猫は「招福猫児」と書いて「まねねこ」と称するそうで、小判は抱えていない。小判を抱えていないので、後に商家で飾られるようになった招き猫とは似て非なるものかも知れない。

むしろ、これも同様に小判は抱えていないのだが、大阪の住吉大社内の楠珺社(なんくんしゃ)で、毎月初めの辰(たつ)の日(はったつさん)に参拝するともらえる、土人形の招き猫がある。
むしろこれこそが、大阪商人と「住吉さん」の関係を考えると、商家に飾られる招き猫のルーツなのではないだろうか。東京の豪徳寺よりも、住吉大社の方が古いと思うし。

(この稿さらに続く)

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