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2011年2月

2011年2月28日 (月)

澗(かん)なんて単位 分かるのだろうか 続々々

前稿で終るつもりだったが、付け加えたいことが出て来たので続ける。

前稿まで見てきたのは、一万の1万倍が一億、一億の1万倍が一兆、というように、万ごとに単位が変る、そして兆の上はケイ、ガイ、ジョ、ジョウ、コウ、カン、セイ、サイと続くということであった。

そして、バン、オク、チョウ、ケイ、ガイ・・・と単位を覚えておくと、IPアドレスが枯渇するという最新の話題も、より実感として分かりやすいと思うから、覚えておいて損はない、ということ。

さらに、この単位とケタ区切りの関係は、4桁区切りの方が実情に即しているのだし、数字としても読みやすいのだから、4桁区切りを是非とも併用すべきだ、ということであった。

しかし、これに関して調べていると、コトは必ずしも単純ではないらしいことが分かった。
単位の付け方は、大別して次の3種類あると言う。何れも、一万が10の4乗であることまでは同じ。

  • A・・・一万(10の4乗)の10倍を一億(10の5乗が1億)、その10倍が一兆(10の6乗が1兆)とする方式。
  • B・・・一万の一万倍を一億とする方式。但し、
    「(B-1)一億の一万倍を一兆とする方式=万進」と、
    「(B-2)千億(10の11乗)の次を万億(10の12乗)、十万億(10の13乗)、百万億(10の14乗)、千万億(10の15乗)と続け、一億の一万倍(10の16乗)を一兆とする方式=万万進」
    がある。
  • C・・・一万の一万倍を億とするのは同じだが、億億を兆、兆兆を京(けい)とする方式。

これでは「億」だとか「兆」だとか「京」だとか言ってもお互いにどんな数値のことを述べているのか分からないし誤解のモトとなるので、上記の「B-1」の方式=万進 に統一されていった、ということだそうである。と言っても、これは日本国内に限定した話。

こうした単位は、漢字と同様に中国からもたらされたものだが、中国では必ずしも万進で統一されているわけではない由である。
詳細は省くが、このことは、英語と米語の間でも見られることなのである。

それにしても、「C」の方式など、途轍もない大きな数字を表すことができるわけで、昔の人は、しかも宇宙の実態など殆ど知られていなかったはずなのに、よくぞ気宇壮大なことをイメージしたものである。

(この稿さらに続く)

2011年2月26日 (土)

澗(かん)なんて単位 分かるのだろうか 続々

(前稿からの続き)

さて、これまでの内容で、「澗(かん)」という単位がどういうものかを述べてきた。
「バン、オク、チョウ、ケイ、ガイ、ジョ、ジョウ、コウ、カン」の「カン」というわけで、「兆」の1万倍の「京」、その「京」の1万倍の「垓」、その「垓」の1万倍の「じょ(ノ木偏に予定の予)」、その「じょ」の1万倍の「穣」、その「穣」の1万倍の「溝」、その「溝」の1万倍の「澗」ということだ。

日常では、余りこんな大きな単位を使うこともないだろうが、iPv6の記事に関連して「澗」という単位を使ったものも見かけるので、雑学として供した。

これに関連したとだが、アラビア数字で表記したとき、現状の標準である3桁区切り(10,000 など)では、ここまでに述べた「バン、オク、チョウ、ケイ、ガイ・・・」とは全く整合しないのである。和式のアラビア数字の区切り方とも言うべき4桁区切り(1,0000 などでないと、漢字による単位と合わないのだ。

4桁区切りだと、1万は、上記の通り「1,0000」だし、
1億は、「1,0000,0000」、1兆は、「1,0000,0000,0000」、1京は、「1,0000,0000,0000,0000」というように、桁が繰り上がるのと同時に単位も上に進む。以下同じだ。「10の何乗」という表記もコンパクトに書ける良さはあるが、数字の大きさを実感するのは、逆にコンパクトな表記がアダとなって、難しいのではないだろうか。

また、3桁区切りであっても、日本語で読むときは「100,000」は「10万(じゅう-まん)」であって「100千(ひゃく-せん)」などとは読まない。「1,000,000」は「100万(ひゃく-まん)」であって、「1百万(1-ひゃくまん)」などとは読まない。

3桁区切りは、英米での表記には適しているが、日本の漢字による単位とは合わない。無理に下から順に読んでいるに過ぎない。

2010年11月28日の記事にも書いたが、学校教育などの場では、4桁区切りも併用して教えた方が良いのではないだろうか。それと共に「バン、オク、チョウ、ケイ、ガイ、・・・」も覚えさせ、ときにはその大きな数字をアラビア数字で黒板一杯に書いてみたり、書いて見せたりする・・・そのことによって、数字の面白さ、数字の大切さも習得してゆけるのではないだろうか。

その記事にも書いたが、もし4桁区切りに慣れてしまって、仕事で標準になってしまった3桁区切りに馴染めないのであれば、パソコンの設定一つで瞬時に変更するようなことも可能なはずである。

2011年2月24日 (木)

澗(かん)なんて単位 分かるのだろうか 続き

(前稿からの続き)

昔、何がきっかけだったか忘れたのだが、大きな数を表す単位を覚えたことがある。「万」の上が「億」、「億」の上が「兆」、「兆」の上が「京」というように、順番に上に単位がある。

読み方というか「音(おん)」でしか覚えていないのだが、「万」から始めて、

バン、オク、チョウ、ケイ、ガイ、ジョ、ジョウ、コウ、カン、セイ、サイ、ゴク・・・

声に出しながら読めば、すぐに覚えられる。

「バン」は「万」で、1万は、10の4乗。
「オク」は「億」で、1億は、10の8乗。
「チョウ」は「兆」で、1兆は、10の12乗。

まあこの辺りまでは、国家予算で使われるようになった単位であり、殆どの人が知っているだろう。
その上へ進めると・・・但し、途中から、漢字はネットで確認した・・・

「ケイ」は「京」で、1京は、10の16乗。
「ガイ」は「垓」で、1垓は、10の20乗。
「ジョ」は「ノ木偏に予定の予」で、1「ノ木偏に予定の予」は、10の24乗。
(プロバイダから、基準外の文字だとアラートが出たので一文字で書けない)
「ジョウ」は「穣」で、1穣は、10の28乗。
「コウ」は「溝」で、1溝は、10の32乗。

そして「カン」は「澗」で、10の36乗ということになる。さらに・・・

「セイ」は「正」で、1正は、10の40乗。
「サイ」は「載」で、1載は、10の44乗。
「ゴク」は「極」で、1極は、10の48乗となる。

私が昔覚えたのはここまでだったが、実はその上もあることは知っていた。調べた上で続けると・・・

「ゴウガシャ」。「恒河沙」。1恒河沙は、10の52乗。
「アソウギ」。「阿僧祇」。1阿僧祇は、10の56乗。
「ナユタ」。「那由他」。1那由他は、10の60乗。
「フカシギ」。「不可思議」。1不可思議は、10の64乗。
「ムリョウタイスウ」。「無量大数」。1無量大数は、10の68乗。

ここで気が付かれた方もおられると思うが、単位が一つ上に進むに従って、それぞれ、「10の64乗→10の68乗」のように、アラビア数字の表記は4桁ずつ増えるのである。4桁ずつ増えるごとに単位が一つ上になる、と言ってもよいだろう。
さらに別の言い方をすれば、一、十、百、千までは同じ単位であって、万となると上の単位を使うということである。

(この稿さらに続く)

2011年2月22日 (火)

澗(かん)なんて単位 分かるのだろうか

今年(2011年2月)、インターネットの「住所」を表す「IPアドレス」が「枯渇」したそうである。

ただ、これまでに各機関やプロバイダーが保有済で端末にはまだ割り当てられていないものが多数あることと、これまでに並行して導入が進んでいる方式に移行してゆくと、膨大な数が割り当て可能となるので、心配はないとのことである。

これまでの方式は「IPv4」と称し、「192.168.255.255」のように、255迄の数字を4個並べて「住所」を表す。パソコンに少し詳しい人なら、こんな数字の並びを見たことがあるのではないだろうか。
この方式だと、約43億個のアドレスを割り当てできるのだが、新興国を中心とした急速なネット社会化、とくにネットにつながる携帯電話等の爆発的な普及によって、このたび43億通りの数値を「完売」したというわけだ。

しかし、こうなることを見越して、並行して導入されつつある「IPv6」方式では、4文字の英数字を8個並べて作られることとなっていて、既にハードもネットワークも、技術的には対応可能となっている。だから、新しいパソコンや携帯が、いざ使おうと思ったらネット上に住所がなく、使用不能・・・となることはない由である。また、ペットや人、また家電やクルマなど、あらゆる機器にIPアドレスを割り当てて、「ネット端末」として使えるようになるとも言う。

そのIPv6によって割り当て可能な数は、約340×(10の36乗)通り。漢字の単位で表すと、約340澗(かん)ということになるそうだ。

しかし、10の何乗という表記にせよ、澗(かん)という単位にせよ、大きそうなことは分かるにしても、もっと身近な単位と関係付けて分かるには、知っておいた方がよい知識がある。その知識がないと、「分かった」または「分かったような気がする」というレベルにはならないのではないだろうか。

さらに言えば、この話に限らず、大きな数字を表すとき、よく「10の何乗」という表記をするが、今回話題となった「澗(かん)」をはじめ、漢字の単位で示す方が、より「大きさ」を実感できるのではないだろうか。

(この稿続く)

2011年2月20日 (日)

所得税の電子申告

やっと終った。終ったが、予想を遙かに超えて時間がかかってしまい、女子スケートフリーの前半を見逃してしまう羽目に。。。

14日の記事にも書いたが、とにかくユーザーインターフェースが悪い。

おかげで、テレビ番組を一部見逃しただけでなく、このブログもこんな記事を書くだけしか気力が残っていない。

便利なことは便利だけに、もっともっと改善して欲しいと思い、最後のアンケートの自由記述欄に書き込んだが、これも字数制限が厳しく、文章を短縮するのに、また時間を要してしまった。

2011年2月14日 (月)

e-taxのユーザーインタフェースは最悪

年金生活者となり、確定申告をせねばならない身となり、昨年は国税庁のページを使って入力したものをプリントして提出したが、今年こそはe-taxで、入力したものをそのまま送信しようと思って、遅ればせながら今日から始めた。

しかし、昨年も感想として書いたのだが、ユーザーインタフェースのまずさには閉口した。いや、今年もそれが何も改善されていないと見受けるので「最悪」と言いたい。

自動的に計算してくれたり、作成途上のデータを使えたり、一つの表を作ったら別の表に自動的に転記してくれたり、それなりに工夫の跡があって便利なことは便利だし、慣れてくれば便利さが実感できるのだが、慣れるまでが大変だ。何しろ、1年に1回しか使わないのだ。すぐには慣れることができない。

何と言っても不満なのは、入力するページに入った途端、ディスプレイ全部をこのページが占領してしまい、何も他のことができなくなること。そして「戻る」が、1ページずつしか戻らないこと。アタマにジャンプできるようになっている場合も稀にあるが、「これまでのデータは保持されない」といったアラートが出るので、それを使うには勇気が要ること、などである。

民間でこんなページを作ったら、たちまち顧客から見放されること請け合いだ。よくもこんなページで、「できるだけ e-taxで申請してください」などと推奨するものだ。ひょっとして(やったことがないので想像だが)申告会場で電子入力するのと同じインターフェースなのか? だとしたら、ハッキリ間違いである。申告専用としている端末と、家庭で個人が操作するためのものとでは、配慮すべきことが大きく異なるのだ。

パソコン歴約25年の私が往生するのである。色々なソフトも使ってきたし、「余り詳しくない人」には属していないと自負する。

私と同世代の人々の中で私がどの程度のスキルなのかは分からないが、少し先輩の世代となると、私より苦手という人はざらにいた。確定申告をする必要のある人の殆どは、その世代に属する人たちのはずだ。こんなインターフェースで、ちゃんと操作できるのだろうか。

民間では、こうしたソフトが出来たら、ユーザーインターフェースに関し、ユーザーテストを実施して改善すべき点を洗い出して反映し、より使いやすいものに仕上げてゆく、という工程を採る場合が多い。そんな工程を踏まえたのだろうか。踏まえた上でこれだったら、実に救いがたい。

折角それなりに便利なツールなのだから、もっともっと使いやすいものにしてもらいたい。

「折角それなりに便利」なことは分かっているし、今さら手書きなどに戻れはしない。だましだまし使ってゆくつもりだ。
そして、慣れたと思う頃に、殆ど完成してしまい、「慣れ」を享受するには遅い、ということになるのだろう。

2011年2月 8日 (火)

ハッピーフライト

2011年2月5日(土)に8チャンネルで放送された。
2008年11月に公開された映画で、フジテレビ等が制作し、東宝が配給。

綾瀬はるかが出ていることと、「スウィング・ガールズ」と同じ矢口史靖が監督した作品だということで見たのだが、実に楽しかった。

通常のDVD版も出ているが、ここでは(値は張るが)BD版を紹介しておく。

後半に、ホノルル行きの便が、機体トラブルのため急遽羽田に引き返す・・・それも羽田付近に台風が来ている中・・・という状況となり、ハラハラドキドキとなるのだが、どう見てもここは、アメリカ映画の「エアポート」シリーズを意識したものだろう。最近の作は見ていないが、以前のものには、そうした場面があり、それが見所となっていたものである。

「エアポート」シリーズほどには危機的状況とはならず、とは言えこの映画もそれなりにスリルに満ちたものとなっていた。

「時代」を感じたのは、ANAが全面協力していること。

一頃までは、こうした航空機や航空会社が舞台となるドラマは、JALが協力したものである。そもそも、ハワイ行きの便なんて、JALが独占してていた時代が長かったのだ。それも、ウィキペディアによると、撮影のためにボーイング747の機体を15日間にわたり無償貸与されたとのことである。また、ボーイング社まで調査にも行ったとのこと。

実によく録れていると思ったのは、そうした、細部への拘りの賜物ということか。日本映画にしてはかなりリアルな映像のオンパレードだった。

初めに「見た」と書いたが、正確には「録ったものを見た」のである。BDレコーダを導入してから、こうした映画を地デジ規格で録画したものをそのまま見ることができるようになった。
BDレコーダに録るのは音楽番組・・・というアタマがあったので、映画をこうやって録って見るということに、すぐには思い至らなかった。

BDレコーダを接続しているテレビは、37型で、しかも初期の機種のためフルスペックハイビジョンではない。それでもキレイな迫力ある画面で堪能できたのである。
こうして色々と録って見ているうちに、もっと大きな画面のテレビが欲しくなっていくのだろう。

大きな画面のテレビで、しかもハイビジョン規格となる地デジ対応テレビだが、これを液晶で実現する、というのは、今世紀に入った当時、殆ど考えられなかったことである。技術の進歩はスゴイものだ。

しかし、思うに、液晶で薄型のテレビが作られなかったら、地デジ化の推進も、これほどうまく進まなかったのではないだろうか。
ブラウン管で大型画面のハイビジョン規格のものを作ることも勿論できるはずだが、本体全体が余りにも大きく重いものとなってしまい、一般家庭に導入するのは現実的ではない。
かといって、小型の画面で済ませてしまうのは、地デジの魅力を十分に味わうことができない。

放送インフラの大転換の時、テレビというハードの大転換があり、よくぞうまく両者相携えて進んできたものである。

2011年2月 6日 (日)

「ひこにゃん」の謎 さらに続き

(前稿からの続き)

さて、「ひこにゃん」の話に戻るが、「ゆるキャラブーム」の中にあって、今後も人気上位を保ち続けるだろうということは、ほぼ間違いないと思う。

そもそも、キャラがネコだから良いのである。

ペットとして飼われている数は、ネコよりも犬の方が圧倒的に多いそうだが、身近な動物であるのには変わりがないし、最近では「たま駅長」なる存在が受けて乗客数が増加したという和歌山電鉄貴志川線の例もある。世代を超えて愛されている「キティちゃん」もネコだ。

身近な、愛されている動物をモトにする・・・それもできたら子どもをモトにする・・・でなければ人間の子どもをモトにする、というキャラが、愛されるキャラとして続いてゆく必須条件だと思う。

「せんとくん」は動物でもないし人間でもない。「まんとくん」は建物だ。「なーむくん」が比較的マシだと思ったのは、聖徳太子がモチーフだからである。しかし、モチーフとする歴史上の人物はエラすぎる。「17条の憲法」や、仏教の保護など、学校で習った事績を挙げるだけでも凄すぎる。可愛いキャラにするのは憚(はばか)られる。
先に「奈良県警のマスコットが良い」と書いたが、子鹿がモチーフだからである。

奈良に住んで30年以上経つが、これだけ長く住んでいると、実は鹿などは見慣れた動物で、珍しくも何ともない。むしろ、家の近くにまで野生化したと思われる個体が来たりしていると、怖いくらいである。
しかし、そう見慣れているわけではない人々にとっては、鹿は可愛いと感じる動物なのだろう。親子連れで鹿センベイをやって鹿とたわむれている処などは、奈良の映像を録るときの定番みたいなものとなり、休日のニュースなどによま採り上げられる。

折角その鹿をモチーフにしたのに、人間でもなく鹿でもないキャラにしてしまった。これでは違和感を覚えないほうがおかしい。

ところで、米原真理の本だったと記憶するが・・・見つけたら書評を書くが・・・イヌやネコは、実は人間の話していることは全て分かっているのだ、という説があるらしい。
そう見てみると、ネコは、発情期こそ凄まじい鳴き声を上げて辟易させられるが、殆どの場合、人間に向かってだけ鳴く。夜に近所の野良猫が集まる「ネコの集会」でも、殆ど黙ったままだ。

そう思っているものだから、飼っていたネコを捨てていくという人は許すことができない。ホームレスの人々と併せて捨て猫の世話をしているボランティアの人々を採り上げた番組が以前にあったとき、新しく捨てられたと見られるネコが悲しく、激しく、その支援者に訴えるように鳴いているというシーンがあり、深い衝撃を受けた。「ねえ、どうして私は捨てられたの? 寂しいよう、おなかすいたよう!」と訴えているように聞えたのだ。

まあ、飼い主にも色々な事情があってのことだろうが、ネコであれイヌであれ、動物である。モノではない。捨てるという選択肢を採る前に、もっと色々と手立てはなかったのかと思う。

私とて、偉そうなことは言えない。

幼い頃にネコを飼うことが許されなかったので豪徳寺の招き猫で遊んだ・・・と書いたが、その後現在に至るまで飼ったことはない。飼わなくて正解だったと思う。飼うというのはそのネコの一生に責任を持つということに他ならず、その責任を負い続けることなど、元来が飽きっぽい自分の性格からして無理だっただろうと想像できるからである。
飼わなくてよかったし、もし飼っていたら、「捨てる」という選択肢に至る状況がなかったとは断言できないからである。

2011年2月 4日 (金)

「ひこにゃん」の謎 続々

(前稿からの続き)

話は変るが、豪徳寺を菩提寺とする親戚の住所は、戦後まもない頃までは、「世田谷区世田谷」と称していた。この地名からすると、世田谷区のど真ん中という位置づけの地域だったのかと思う。

しかし、昭和30年代までは、何もない処で、小田急の豪徳寺駅から、隣の梅ヶ丘駅が見えたほどである。
駅から親戚の家に行くには、降り口から左に向かい、そのまま住宅地に入って進む方法と、右に向かい、小田急のガードをくぐって行く方法の2通りあったが、後者のルートなど、今思えば信じられないことだが、草茫々の原っぱが広がっていた。

元々「村」であり、後から東京市に編入されたとも聞いていたし、その親戚は、元々渋谷に住んでいたが郊外 ! に家を求めて世田谷まで来たのだとも聞いていた。

そんな感覚の人たちの話を聞いて育ったこともあって、東京の中では田舎なのだと、長い間思い込んでいた。

ところが、長じた後、会社勤めの関係で東京に住んだことがあり、その関係で興味も覚えたので少し調べてみると、世田谷区という区そのものが、住んでみたい区の中で上位に入っているし、この区を通る私鉄沿線は憧れでもある・・・ということになっていて、驚いたものである。

また、現在の「23区」に纏まる前、幾つかの「区」の合併や分割があったが、世田谷区は、大きな人口を擁していたにも拘わらず、分割されずに今に至っている。そのためもあってか、とにかく1つの「区」だけで100万人近くの人口があるということも知って、これにも驚いたものだ。
(世田谷区の公式ページによると、平成22年1月の住民台帳ベースで、約83万2千人)

田舎どころか、都会中の都会だったのだと知った。

しかし、少なくとも昭和50年頃までは、タクシーで「豪徳寺」と言っても通じないことがあった。これは自分で経験したことなので間違いはない。「小田急で経堂って駅あるでしょ。その隣の駅のあたり」と言って初めて通じたのである。「経堂」は小田急の主要駅だが、当時「豪徳寺」には各停しか停車しなかった。
いや、これは現在でも殆ど変っていない。各停に加えて区間準急が停車するだけである。だから単に「豪徳寺」と言っても通じないタクシーは今でもいるかも知れない。

色々と昔の思い出がある豪徳寺だが、現在の「ゆるきゃらブーム」の中で人気の「ひこにゃん」と、現在に至るまで私の手元にある、豪徳寺の招き猫・・・昭和30年頃に買ってもらったもの・・・が、深いつながりを持ったものだったと分かったのは痛快だった。まあこれは先にも書いた通り、既に「知る人ぞ知る」というレベルの話ではあったのだが・・・。

さて、その親戚の住所は、何時の頃だったか、地名が、お寺の名前と駅名に由来する「世田谷区豪徳寺」となった。
確かに「豪徳寺」の方が、文字通り凄く豪勢な字づらで良いということなのだろう。しかし、私などは未だに「世田谷区世田谷」という地名が懐かしいし、なにやら落ち着く感じもするのである。

(この稿さらに続く)

2011年2月 2日 (水)

「ひこにゃん」の謎 続き

(前稿からの続き)

私の親戚に、東京の世田谷区に居を構えている家がある。最寄り駅は小田急電鉄の豪徳寺駅、または東急世田谷線の山下である。
この家の菩提寺は豪徳寺。大河ドラマなど歴史ドラマにより、大老井伊直弼を出した譜代大名 井伊家の菩提寺としても知られるようになった古刹である。

幼い頃、この寺に墓参りに連れていってもらい、なぜか招き猫を売っていて、買ってもらったことがある。4cmほどの小さなもので、2体、現在でも手元にある。私は幼い頃からネコが好きで、その親戚もそのことを知っていたので買い与えてくれたのだろう。
自宅でネコを飼うことは許してくれなかったので、この招き猫とよく遊んだものである。

私の妹も、同様にこの親戚とは縁が深く、さらに最近になって滋賀県に住むようになって、「ひょっとして『ひこにゃん』と豪徳寺の招き猫は同じものではないか、と気が付いた」と言い出した。井伊家の菩提寺が豪徳寺であり、井伊家は現在の滋賀県の彦根の藩である。

そう思ってこの記事を書き始めたのだが、ウェブで少し調べ始めると、既にこのことは「知っている人は知っている」という、周知の事実なのだということが分かった。

正確に言うと、井伊家第2代当主の直孝が、豪徳寺の近くの木の下で雨宿りをしていたとき、境内から白いネコが「こちらにおいで」とばかり手で招く仕草をしたので入った処、直後にその木に落雷があって難を逃れた。これに感謝した直孝が、後に豪徳寺を井伊家の菩提寺とした。また、この伝説に従って、寺で招き猫を祀るようになったというわけである。

そして、この伝説の招き猫に戦国武将風のカブトをかぶせ、直孝をデフォルメしたものとして「ひこにゃん」がデザインされたとのことである。

まあ、私は、これは「招き猫発祥伝説」の一つではあっても、決定的なものではないと考えている。豪徳寺の招き猫は「招福猫児」と書いて「まねねこ」と称するそうで、小判は抱えていない。小判を抱えていないので、後に商家で飾られるようになった招き猫とは似て非なるものかも知れない。

むしろ、これも同様に小判は抱えていないのだが、大阪の住吉大社内の楠珺社(なんくんしゃ)で、毎月初めの辰(たつ)の日(はったつさん)に参拝するともらえる、土人形の招き猫がある。
むしろこれこそが、大阪商人と「住吉さん」の関係を考えると、商家に飾られる招き猫のルーツなのではないだろうか。東京の豪徳寺よりも、住吉大社の方が古いと思うし。

(この稿さらに続く)

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