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2010年12月14日 (火)

カーテンコールの意味

DVDレコーダのHDDに録画が溜ってしまい、DVDに焼く作業をしていて思いの外時間がかかったため、書評を纏めることができなかった。このため、録画を整理しながら改めて思ったことを雑感として。

整理にとくに時間を要したのは、NHK芸術劇場で放送された、「トリスタンとイゾルデ びわ湖公演」と「吉田都 引退公演 英国ロイヤルバレエ ロミオとジュリエットである。どちらもとっておくこととしたので。

前者はワーグナーの楽劇の常として、ひと幕の間は音楽の切れ目がない。このため、幕の間にチャプタを切るのはハナから諦めているのだが、それでも「前奏曲」と「愛の死」の部分だけはチャプタを切りたいと思った。それと、基本的なこととして、全曲通して録画されているので、幕と幕の間を分ける必要がある。まだ見ていなかったので、通して見ることとなった。これが、曲も内容も疲れるものだった。ひどく疲れた。

後者も同様に幕の間を分けることから始めたのだが、折角なので曲の間にできるだけチャプタを切ろうと思い、参考書と最近入手したプレヴィンの全曲盤のライナーノートとを見比べながらやっていった。つなげて演奏される部分など一部を除いてだいたい切れたと思うが、どうもよく分からない処もあり、それは切るのを諦めた。

こういうときスコ(総譜)があれば役に立つのだが、この曲の安価に入手できるのは組曲版しかないはずで、当然全曲版とは曲の一部が異なるので参考にはならない。

で、この2つの作品を見て改めて思ったのは、「カーテンコール」の意味である。

言うまでもなく、「劇中、こんな人たちが出てましたよ。改めて拍手を贈って下さいね」という意味を持っているのだろうが、それだけではなく、もう1つ深い意味があるのではないだろうか。以前から思っていたのだが、これら2つの作品が何れも主演が死んで終るものであるため、改めて思ったのである。
「トリスタン」は男が死に、「ロメオ」は男も女も死んでしまう。主演以外にも多くの人が死んでいる。

突然想像を交えてギリシャ悲劇のこととなるが、あの時代、劇の中で死ぬというとき、本当に殺してしまったことがあるのではないだろうか。とにかく、ローマ時代になってからではあるが、奴隷である「剣闘士」どうし、即ち、人間同士を戦わせて殺し合いをさせたり、ライオンと人間を戦わせたりして楽しんだということが分かっている。
劇という形であっても、出演者によっては本当に殺してしまって「死」の場面としたことがあるのではないだろうか。

また、こう考えてもよい。
テレビドラマなどで「殺人事件」が毎日のように放送され、ある意味で慣れっこになってしまっている現代社会とは異なり、芝居の中で起こる殺人であっても、観客にとって衝撃的であった時代が最近まで続いていたはずである。
現に、幼い頃、白黒テレビで刑事モノのドラマなどが放送されていたとき、やたら恐ろしかったことを覚えている。ドラマのアタマでパトカーのサイレンの音が鳴るだけで怖かったし、それは私が幼かったためというより、周りの大人たちも怖がっていた。

だとすると、カーテンコールには、もう1つの意味が加わってくることになる。
あれは単なる芝居であって、芝居だったという証拠に、こうしてみんな生きてますよ」ということを明らかにするという意味があるのではないか。いや、むしろその意味で行われたカーテンコールの方が歴史があるのであって、その習慣が受け継がれて現代の様式につながっているのではないだろうか。

似たことがあって、それは、劇の終りに近づくと、以前出て来た人たちが入れ替わり立ち替わりして再び出てくることがある。というより、そうした構成を採っているものが結構見受けられる。最近のものだけをとっても、「朝ドラ」などには、そうした構成だったものが殆どである。

これも、「あのとき死んだけど、あくまでも芝居の上でのことで、ちゃんと生きてますよ」ということを示す意味があるではないだろうか。とくにテレビドラマのように、「カーテンコール」が存在しない場合、そうした場面そのものが「カーテンコール」の代わりになるのだから。

これは、ワーグナーの「指環」や、ゲームの「ドラクエ」などにも共通するものである。ネタばらしになる可能性もあるので、別途機会があれば、慎重に書いてみたい。

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