2012年5月16日 (水)

鉄道復権

(副題「自動車社会からの『大逆流』。宇都宮浄人著。新潮選書。2012年3月。お薦め度★★★★★)

かつて日本は「鉄道先進国」だった。欧米ではいち早く自動車社会が到来し、鉄道は斜陽産業と見なされ、不採算路線が順次廃止されていった。
日本の新幹線が建設された当時、既に欧米で起こっていたそうした情勢から、その成否に疑問を持つ人が多かった。

しかし、新幹線は成功し、その成功体験から、まだまだ鉄道の可能性はある、として欧米からも注目されるようになった。

しかし、一方で国鉄の財政状況が厳しさを増し、分割民営化の頃以降、採算に合わない地方路線を中心に廃止が相次ぎ、都市内の路面電車も殆ど姿を見なくなってしまった。新幹線をシステムとして海外に売り込むことによって今後の成長戦略を描こうとする試みも、必ずしもうまくは行っていない。

そんな中、欧米では、自動車社会が行き過ぎたとの反省もあって、鉄道インフラの再整備が進みつつある。

東北大震災のとき、壊滅した太平洋側の鉄路や道路の代替として、日本海側の鉄路や道路と本州を縦断する鉄路や道路を使うことができたことにより、初期の物資輸送が可能となり、復興に向けての第一歩を早期に踏み出すことが可能となった。

本書はこうした状況をつぶさに挙げながら、採算面だけで鉄道の存廃を決めたり、新幹線以外の鉄道を軽視したりしてきた、我が国の鉄道のあり方に警鐘を鳴らすものである。

私も、別の処で書いたことがあるが、広島電鉄の状況などを見てきた経験と、市電が健在だった時期に京都に通学していた経験から、「あのとき、京都の市電をなぜ消滅させたのか」と、大いに残念に思っているので、著者の考えていることには概ね賛同する。

鉄道を社会インフラとして再認識することにより、それを通じてCO2削減に資する道も開けてくるかも知れない。
東北大震災の復興のシンボルの一つともなった、三陸鉄道の、復旧に向けて進んでいる様子をテレビで見た人も多いだろう。

今後の社会インフラのあり方を考えて行くために有用であると共に、もちろん多くの鉄道ファンの人たちにも勧めたい一冊である。

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2012年5月12日 (土)

関西電力の無策・無責任を糾弾する 1年もあったのに何をしていたのか

いったい、この1年間、何をしていたのか。

この2012年の夏、原発を再稼働しなければ10数パーセントの電力が不足する、という関西電力(以下、関電)の試算が出て、その話題が色々な番組で採り上げられているのを見て思ったのは、私だけではないだろう。

昨年は東京電力の電力不足が専ら話題になり、その傍らで、「やがて全国の原発が全て停止する。定期検査に入るためだが、停止したあとの再稼働が困難になるのではないか」との推測も流れていた。
このとき、なぜか関西電力のことが余り話題にならなかったと記憶するが、テレビの番組の多くが東京制作のものであるため、どうしてもそうならざるを得なかったこともあるだろう。

昨年はまだ原発が稼働していて、節電の呼びかけなどが功を奏したのか、大きな問題にはならずに済んだ。

しかし、今年になって原発が全停止状態になることは、当然分かっていたわけである。

テレビでは、ここに至まで余り話題になっていなかったわけだが、関電としては、原発が全部停止した状態になることは、もっと深刻な問題意識を持って、対応策を講じておくべきだったはずだ。
どうも、原発の再稼働ありき、という前提のみでしか動いていなかったとしか見えないのである。再稼働しない場合でも、何とか電力供給をスムーズに行う方法を講じてい然るべきものだったはずだ。
そのことによって、料金値上げが不可避となるのであれば、それも含めて対応策を講じておくべきだったはずだ。

安全のための策を、メニューだけ並べた状態で提示し、具体的な工事はこれから・・・などというふざけた説明で誰が納得できると思っているのか。
まあ、これについては、出す方も出す方だが、認めてしまう政府も政府だが・・・。

そもそも、古くなった火力発電所を目一杯動かしていたのであれば、修理したりリプレースしたり、場合によっては新規に建設したりといった対策は講じてきたのか。

太陽光発電を始めとする自然エネルギーがどこまで増強できるか、という見通しは立てたのか。民間の自家発電設備がどこまで増強されそうか、ヒアリングしたり見通しを立てたりしたのか。

関電は原発依存度が電力各社の中で断トツに高い、というのは、我々だって既に知っていることだ。であれば、関電の経営層は、あの3.11の状況とその後の推移を見るに付け、「これはエライこっちゃ」と危機感を持って然るべきだったはずだし、併せて、もし原発を動かすことができずに来年(2012年)の夏を迎えねばならなくなったら、いかに対応するかの検討をすぐに始め、乗り切るためのあらゆる方策(メニュー)を洗い出し、いかにそれを実行していくかということを検討し、そして実行して行くべきはずだった。

1年もあれば、かなりのことができていたはずだ。

どうも、見聞きする限りは、何もやってこなかった、としか思えないのだ。
原発の再稼働を前提にした動きしかしてこなかったのだろう。
いや、してこなかったのは確かだと言っていい。

昨年夏の株主総会の議事についてである。手許にあったのだが、捨ててしまったので記憶だけに頼って書くが、脱・原発に向けた株主提案があった。何項目にもわたっての提案があったが全て否決されてしなっていた。要は何も変えないというわけだ。即ち、原発は止めないというわけだ。再稼働は大前提というわけだ。

その議事録を見て、つくづく呆れたことを覚えている。
甘すぎるのだ。あの事故を目の当たりにすれば、原発はもう動かせないかも知れないと思うのが、当然の感覚のはずだ。どんな感覚をしているのか。
百歩譲って、再稼働せねばならないのだとすれば、少なくとも具体的な安全策のための工事が済んでから要請、という順序であるはずだ。

繰り返す。アッという間の1年だった。しかし、1年もあったのだ。1年もあったのに、何をしていたのか。「オール電化」というものに疑義を持つ消費者が増えたのに、まだ営業し続けていたことも分かっている。新聞などにも採り上げられて問題視されたが、事実、我が家にも勧誘があったと家人から聞き及んでいる。どんな感覚をしているのか。

通常の企業であれば、問題が発生したときは、まず最悪のシナリオを描くことから始める。そして、いかにそれを乗り越えるか、乗り越えるのが困難にときは、どんな策を講じたら可能になるのかを洗い出し、必要な予算措置を講じ、予算がもし不足するならば、いかにしてカネを集めたり捻出したりするかを決めて、即・実行に移す。
場合によっては外的条件などがシビアすぎて思惑通りに進めることができなくなる場合もある。しかし、策を講じた上での失敗は、回復策を講ずるときに必ず役に立つ。

企業のリスク管理として、当たり前すぎることである。
こうして自動車メーカーのV字回復ができたのだし、大赤字を出した家電各社も回復に向けた歩みを始めることができたのだ。
そんな危機管理、関電は講じていなかったのだろう。そうとしか思えない。そもそも、危機管理などという用語が、社内に存在したのだろうか。

原発依存度が最も高いがゆえに、全て停止せざるを得なくなったときに、どうすべきか、どうすればできるかを最優先で講じて行く義務も責任もある。

繰り返す。1年もあったのに、何をしていたのか。原発再稼働ができなくなったらどうするか、少しは考えたのか。少しは調べたのか。大口の需要家などに、少しはヒアリングしたのか。原発に代わる発電設備を、少しは検討したり調べたり、既存のものをメンテしたりしたのか。
何もやっていなかたとしか見えない。「無策」という言葉が、これほどふさわしいことはない。無責任という一語に尽きる。余りにもお粗末だ。

本当に、1年もあったのに、何をしていたのか。

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2012年4月24日 (火)

日本の珍地名

(竹内正浩著。文春新書。2009年8月第1刷。お薦め度★★★★★)

「平成の大合併」の嵐が吹き荒れていた頃とその前後に、合併後の市や町の名称として「ひらがな」を採用したりするケースが結構多く、結果として、不思議な地名が乱立する結果となった。

とくに私は「ひらがな地名」には、もの凄い違和感と嫌悪を覚える。大阪弁で言う「キショク悪い」という感じもあたっている。これは本書でも指摘してているのだが、漢字仮名混じり文が基本である日本語では、地名などには漢字を当てる、ということによって読みやすくなっている面がある。固有名詞の代表格である地名にひらがなの名前を付けたら、読みにくくなることこの上ない。

そんなことも理解しない人たちが・・・主として、それぞれの合併事案をとりまとめて行った「合併推進協議会」なる組織の・・・後世まで残って行く地名の決定をしていったのである。これはドタバタと進んで行った「平成の大合併」の弊害でもあるが、むしろ、協議会を構成していた人たちのセンスと見識の問題だと、私は思う。私は、こうした地名の付け方に居心地の悪さを覚えるかどうかは、日本語に対するセンスの有無の指標ともなると考えている。

また、小さな範囲の自治体が、その地域全体を表わすような、気宇壮大な名称を採用したことも数多い。

何れも、元の地域の名称が何れ分からなくなり、地域の歴史からも文化からも浮いた存在となってしまうことだろう。

本書は、こうした新しい地名について、合併に至った経緯、新地名の候補としてどんなものが挙がったか、どう絞られていったかなど、幾つかの例を挙げて解きほぐして行くものである。

また巻末には「平成の大合併」によって、どんな地域名が誕生したか、全てリストアップしたものも付いている。

また、終りの方で、結局地域の名称は変ったが、住民サービスは却って悪化したり、また期待通りには改善されなかったという例も挙げられている。結局、何のために合併したのか、ということになるわけだ。

上に書いたことを繰り返すが、私は、とくに「ひらがな地名」に、怒りさえ覚える。
本書に書かれているが、「ひらがなの方が親しみやすい」という理由で選ばれたケースが多いからだ。これは、住民をバカにしていることに他ならない。
最終的には合併推進協議会なる組織が選定したのだが、日本語に関するセンスを全く欠いた委員のしでかしたことであり、後世に禍根を残すこととなる罪は重大だ。
地域の名称は、地域だけのものではなく、日本全体のものでもあるからだ。

「何だか最近、見慣れない地名が多いなあ」と感じる人は多いはずだ。
そうした、多くの人に奨めたい1冊である。
但し、発行年で分かる通り、少しだけデータが古いことをお断りしておく。第2刷以降追記されているかも知れないが・・・。

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2012年4月22日 (日)

勝手にユーザーインタフェースの改悪を強行するMSの暴挙

MSという会社、どうにかしているよ、全く。

つい先日、嫁さんが「パソコンの調子がおかしくなった」と深夜に騒ぐので、何事かと思ったら、要はIEが9になってしまっていたのである。以前にもそんなことがあったので旧バージョンの7に戻す作業をしたのだが、その後また9になったというわけだ。

今回は念のために自分のを見たら、やはり9になっていた。これ、結局「ウィンドウズアップデート」で勝手に変更してきたのだと判断せざるを得ない。
「ウィンドウズアップデート」って、Windowsの脆弱性改善のために不定期に実行されるものだと思うじゃないですか。だから不定期のアップデートは、そのまま実行されるに任せていたし、MSのサイトに行って「IE9へのアップデート」が残っていても、注意深く対象から避けてきたのである。
正確に言うと、そのページからIE8へのアップグレードをしてみたら、トンデモインタフェースだったので、数時間試しただけで、即・削除したのだった。(このブログのどこかに書いた記憶がある)

しかし、今回ばかりは「ウィンドウズアップデート」で半ば強制的に送りつけてきたとしか思えないのだ。であれば、何度削除しても戻ってしまうわけだから、アホらいしが、慣れるしかないと観念した。

いや、勝手に送りつけてくること自体がダメというわけではないのだ。送りつけてくるIEのユーザーインタフェースが余りにもヒドイのが問題だと言うのだ。IE8と同様・・・というか何が変ったのか分からないのだが・・・IE9も、ヒドイの一言に尽きる。

何か色々な機能がついたみたいだが、ブラウザに余計な機能など求めてはいない。余計な機能をつけたいが余り、ユーザーインタフェースをガタガタにしては何もならない。
そういったことは、基本中の基本だ。そんなことも分からない開発者は、開発者の名に値しない。単なる、自己満足に酔ったアホ作業者だ。

以前にも、IMEのアホさ加減にイライラが頂点に達した結果、Macをメインに使っていたとき使用経験があるATOKの導入を決断せざるを得なかった顛末を書いた記憶がある。その後IMEも少しマシになったのかも知れないが、もう二度とIMEを使う気にはならない。

で、そんな姿勢のMSが作り、IEに付属させているメールソフトなど、最初から金輪際使うつもりはなかった。だから公私ともEUDRAを専ら使っていた。しかしサポートする会社がなくなってしまったので、Shurikenを導入したわけだ。

今回、IEのバージョンを元の7に戻す作業は既に虚しいだけと観念したので、念のために、使い方の基本から勉強してみることにした。
新しいソフトに挑戦するとか、いいバージョンアップがあったとかであれば、勉強し直すのを厭(いと)うものではない。
しかし、IEのバージョンが変ったということで、勉強し直すなど、何も新しく得るものはない。現役時代はパソコン雑誌を不定期に購入していたから、その中の記事として、今回のIEについて事前知識を得ていたかも知れないが、既にそんなことはしていない。

というわけで。アホらしいけど勉強しなおすため、参考書を手許に取り寄せ、見始めた処である。
私にとって、ここまで見た限りでは、何のメリットも感じないような、9の内容ばかりだ。しかし、ボタンの位置がどう変ったか、ということを押さえておくためだけでも、見ておく価値はあると思うので挙げておきたい。この4月に発売された最新版である。

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2012年4月18日 (水)

よみがえる昭和天皇

(副題「御製で読み解く87年。辺見じゅん/保阪正康 著。文春新書。2012年2月第1刷。お薦め度★★★★★)

昭和のいつの時期だったか、私は毎年初めの「歌会始め」の記事に注目するようになっていた。昭和天皇ご夫妻と、今上陛下ご夫妻の御製が楽しみになっていっていたのである。
とくに、昭和天皇の御製は、雄大であり、国民への慈(いつく)しみの念も溢れた、素晴しいものだった。

本書は歌人の辺見じゅんと、昭和史家の保阪正康が、これまでに発表されている昭和天皇御製の中から、皇太子時代、摂政宮時代、戦前、戦後とほぼ年代順に、対談形式で選びながら、それぞれに込められたものを読み取って行くというものである。

ご自身は平和主義者であり、対英米協調派であり、天皇機関説賛成派である昭和天皇が、立憲君主という立場との狭間にあって、結果的に軍部にズルズル引きずられて行く形で、大戦に突入することとなって行く、そのときのご心痛や、戦後そのことをわだかまりとしてずっとお持ちになっていたであろうご心中などが、御製を通じて浮き彫りになって行く。

扱われるのは歌会始めのものだけではなく、折々に詠まれたものも多い。いや、後者の方が遙かに多いので、いわば非公式のシチュエーションでの作品が多いので、却ってホンネに近いものが収められていると言える。

短歌に関心がある人はもちろん、昭和史に関心のある人、またそれ以外の人にも幅広くオススメしたい名著である。

歌人の辺見じゅんは、本書の脱稿直前に急逝したそうで、いわば最後の著書となった。

また、オビには「大帝」という呼称が入っているが、昭和が終って20年以上経過した今、そろそろ昭和「大帝」とお呼びしてもいいのではないか、と改めて思った。明治天皇は「大帝」と称されることが多い。功績や生き方は明治天皇と異なるにせよ、明治に勝るとも劣らない激動の時代を、国民とともに過ごされてきたのだから。

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2012年4月16日 (月)

十字軍物語3

(塩野七生著。新潮社。2011年12月。お薦め度★★★★★)

第1巻(2010年11月14日付の記事)、第2巻(2011年6月24日付記事)に続き、最終巻となるのが、この第3巻である。

第1巻では、十字軍の誕生から、第1次十字軍によるイスラエルの奪還まで。第2巻では、奪還した土地に設けた十字軍国家が、いかに戦い続け、いかに守り、いかに滅亡して行ったかが描かれる。
失地していく途上に編成された第2次十字軍が失敗し、「十字軍熱」も冷めてしまったが、遂に彼の地の十字軍国家が滅亡するに及び、さすがに衝撃を受けたヨーロッパ諸国で、第3次十陣軍が編成されることとなる。

この第3次十字軍から第8次十字軍まで、そして最終的かつ完全な失地と、十字軍の失敗がその後のヨーロッパ各国に及ぼした影響について描かれるのが、この第3巻である。

巻の半分近くを割いて記述されるのは第3次十字軍で、教皇の呼びかけはあったが、どちらかと言うと自主的にフランス王、イギリス王、神聖ローマ帝国皇帝が立ち上がった形となった。各王たちの間に主導権争いなどもあったが、結局はイギリス王(リチャード獅子心王)が主導権を把握し、若干ではあるが失地回復も果たす。

第4次十字軍は、第3次の失地回復が不完全であったことを不快に思った教皇インノケンティウス3世が、海戦に強かったヴェネツィア共和国の協力を得て、ヨーロッパ各国の参戦を求めて成立。
ただ、第3次までの経過を考慮した各国からは、第3次のように王自らが出陣することはなく、諸侯クラスの参加に留まった。
そして、いざ出陣と決まったとき、ビザンチン帝国の内紛に干渉するためとして、コンスタンティノープルに突然進軍先を変更。コンスタンティノープルを陥落させて「ラテン帝国」を樹立する、という挙に出てしまうのである。

教皇インノケンティウス3世の死後、後継となったホノリウス3世は、前任者の考え方をさらに徹底的に推進するのが使命と考えた。失地の完全回復を目指し、第5次十字軍を企図する。しかし、ヨーロッパ諸国の諸王は既に関心外のこととなっていたし、それぞれの国内事情も、対外戦争をやっている場合ではなかった。
そこで形ばかり王の地位にあったイェルサレム王をたき付け、イェルサレム王は余り望んでいなかったにも拘わらず纏め挙げさせる。

この第5次十字軍は、エジプトからイェルサレム方面に北上することとし、攻略に成功。これを見たイスラム側は、エジプト撤退を条件にイェルサレム全域の変換を持ちかける。キリスト教側にとって願ってもいない好条件だったが、軍に同行していた法王代理のペラーヨが断固反対。その後も交渉は行われたが決着しなかった。
やがて雨期が到来し、ナイル側流域に設営していた十字軍は洪水被害に遭う。これにより、エジプトから十字軍が撤退する、という一方的な条件で講和せざるを得なくなり、何も得られず何も変えることができないまま、第5次は収束してしまう。

第6次は、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒが、教皇の戴冠を受けるためローマに行ったとき、教皇に十字軍の編成を誓ったことに発する。
言うだけで全く動こうとしないフリードリヒは、2回も破門されながら、最終的には軍を率いて彼の地に向かう。
オソレをなしたイスラム側もフリートドリヒも、講和による解決を図ることとし、交渉を続けるうちに親近感さえ感じるようになった両者の間で講和が成立。キリスト教側にとって、好条件の講和だった。
しかし、異教徒との交渉を行うことさえ不信の輩(やから)と断ずる教皇は、この成果を認めなかった。

その後、フランス王によって第7次、次いで第8次の十字軍が編成されるが、何の成果も挙げられないどころか次々に、それまでに彼の地に確保していた拠点を失って行く。

その後、十字軍自体に成立し活躍していた各騎士団の状況なども語られ、全編が完結する。

第4次十字軍は、キリスト教徒がキリスト教徒を攻めた、としてキリスト教世界では極めて評判が悪い。
私が学校で習ったときも、そんな批評つきで教わった。
しかし、本書によって全体像を知ると、それが、キリスト教史観とも言うべき言説の影響を受けていたことが分かってくる。

また、現実的な和解ではなく「失地の徹底回復」に拘り続けた教皇により、却って全てを失ってしまった、という歴史の皮肉に、改めて考え込んでしまうのだ。

分量は多いが、3巻通じて多くの人に勧めたい名著である。

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2012年4月14日 (土)

天皇陵の謎

(矢澤高太郎著。文春新書。2011年10月第1刷。12月第3刷。お薦め度★★★★★)

知っている人も少なくないと思うが、天皇陵の多くは宮内庁の管轄となっていて、例え研究目的であっても、立ち入りは禁止されている。当然、発掘調査など認められることはない。

そのため、「○○天皇陵」とされている古墳で、現在では実在しなかったとされている天皇の名前がついていたり、別人が被葬されている可能性が大きかったり、また疑わしかったりしても、事実を確かめることが極めて困難となっている。

著者は元読売新聞の記者で、23年にわたり国内外の遺跡や文化遺産、古墳や陵墓の問題について取材を続けてきた人である。
そうした経験と人脈を活かし、現在までの考古学・歴史学の知見では、どの陵墓が被葬者と一致しているか、どれが疑わしいか、どれがほぼ間違いとされているかなどを順次明らかにして行く。

古代天皇陵40基の中、被葬者が確実に陵名の天皇であるとされるのは、僅かに数基だそうである。

勿論、これらは適当に指定されたものではなく、江戸時代に、当時の歴史学の知見により、官民挙げての調査と議論を経て決まっていったものだ。さらに、幕末の尊皇思想の高まりと、公武合体政策推進の流れの中、それ以前の指定が当時としては最新だった研究成果によって、変更されたり、追廃されていった。それがほぼ固定されたまま現在に至っているのである。

本書は、個々の天皇陵についての確実さを探求するだけでなく、なぜそのように決まって行ったのかという研究史、また現在ではどう考えられているのかについても触れる。また、学者の間で異なる意見がある場合は、その双方の主張を紹介している。

現場にも足を運び、それぞれの陵墓がどのようになっているか、形が変っていまっている場合は、本来どんな形だったかについても、限られた資料を基に推論して見せてくれる。
変形によって天智天皇陵の元の形を誤認識したのがそのまま残り、明治天皇陵も昭和天皇陵も天智天皇陵にならった形で築造したとされたが、誤認識していた形で築造されてしまったので、歴代天皇陵で他に例のない不可思議な形状となった、という話も飛び出す。

冒頭に記したように、古墳の多くが立ち入り禁止・発掘禁止になっていて、これが日本の古代史研究、さらには「日本人はざこから来たのか」という問題についての研究が思うように進めて来られないでいた大きな要因ともなっている。
戦前の皇国史観の中では仕方ないことだっただろうが、現在となっては、そんな問題は余りないはずだ。

むしろ、間違った天皇名のついた墳墓にお参りするのは、間違われた天皇に対して極めて失礼でもある。だから、何とか最新の知見を活かし、必要に応じて指定がえも可能となるように、研究目的に限ってでも、公開に踏み切るべきだ。
・・・と、著者もそんなスタンスで書き進めていたはずだが、終りの方になって、「現在の状況では、公開すべきでない」という結論に落ち着かせる。そこの処の論法は今一分かりにくい。

日本の古代史に関心のある人は勿論、天皇陵に限らず大きな築造物に関心のある人も含め、幅広い層にお奨めしたい好著である。

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2012年4月12日 (木)

さよなら!僕らのソニー

(立石泰則著。文春新書。2011年11月第1刷。お薦め度★★★★★)

液晶テレビで業界を牽引してきたシャープ、パナソニック、ソニーの3社が、何れも2011年3月期で大幅な赤字決算となる旨の発表があった。しかし、3社それぞれに赤字転落しなった背景や事情は異なっている。
それでも大きく二通りに分けることはできるのであって、シャープやパナソニックは、液晶テレビが「成功しすぎた」ことによる挫折であり、「言わば物作り大国日本」の代表格として、業界自体の受けた荒波を、代表して被(かぶ)ってしまったような処があり、回復へのシナリオも、「物作り」に依拠しつつ、別の得意分野の拡大を急ぐこととなるのだろう。

しかし、ソニーの事情は、これら2社とは大きく異なる。
新しい技術によって、新しいものを世の中に提案し続け、事業を拡大して行く・・・という、物作りの「本流」から外れてしまったのが根本的な原因であり、次にどのような戦略を打って回復しようというのか、全く見えない処がある。

こんなひどい状況になるはるか以前・・・リーマンショックや大震災などが発生するよりも遙か以前・・・に、既に市場において(家電量販店の店頭で)ソニー製品に大きな変調が発生していたことを、こうした分野に関心のある人であれば、ご記憶と思う。

どの製品も「ソニーらしさ」がなくなり、店頭売価は最も買いたたかれるものとなってしまい、たまに目新しそうなものが出てきても他社の二番煎じみたいなものであり、たまに高めの価格設定で高級ブランドへの取り組みを計ってもことごとく失敗・・・そんな状況が続いていた。

著者は、パナソニック(松下)とソニーを中心に、家電業界のウォッチャーとして永年数々の著書を上梓してきた人である。その論は、ときに好意的であったり、ときに建設的な批判であったりした。
そんな彼が、とうとうソニーへの決別を宣言し、その問題点を挙げて行く内容の本書を出すに至ったわけである。

大筋としては、ソフト事業にしか関心のないアメリカ人をトップに据え、殆ど何も実績を上げないまま居座らせるに任せてきていること。そして彼をトップとして招聘した、ネットワークにしか関心のない前のトップに、ソニーがこうなってしまった最大の要因を見い出す、というものだ。

一般紙誌はもちろん、経済紙誌では表面的なことしか分からない。経済紙誌だと、半ば応援団というか、「御用新聞」的な側面さえあるから、余計に何も見えなくなってしまいさえする。

そうしたしがらみのない著者が、永年ウォッチしてきた、彼自身大好きだった会社に対する告発の形となった本書を出すに至ったわけで、家電業界に関心のある人はもつろん、さほど関心にない人にも、「物作り大国日本」の行く末を考えてみるのに最適な書である。

もちろん、「物作り大国日本というのは既に幻想に過ぎず、ソニーの目指しているような方向こそ正しい」という考え方もある。私も、少しはそのように考えないでもない。2011年3月期決算の、3社の決算の惨状を目の当たりにすると、少しはそのように思わないでもない。
しかし、それでも、本書で著者が糾弾しているように、「物作りを忘れたメーカー」という存在が如何に危ういものであるかを考えると、やはり「物作りはベースとして確固として存在すべき」と思う。

幅広い層にオススメしたい好著。

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2012年3月14日 (水)

女神のタクト

(塩田武士著。講談社。2011年10月第1刷。お薦め度★★★★★)

30歳にして職を失い、同時に失恋の憂き目にも遭ったヒロインが、とある切っ掛けで神戸にあるオンボロオーケストラの事務局員として雇われ、そのオーケストラの立て直しという重責を担うこととなる。
一癖も二癖もありそうな事務局関係者を次第に巻き込み、尻込みする指揮者を復帰させ、遂に再建をアピールするコンサートの開催に漕ぎ着けるが・・・。

全編にわたって2つの曲が大きな役割を果たす。
ニムロッド=エルガー作曲 変奏曲「謎」の第9変奏。
そして、ラフマニノフ作曲 ピアノ協奏曲第3番である。

結構ディテールにリアリティがあると思いつつ、読後に巻末を見ると、取材協力者として、大阪フィルハーモニー交響楽団の名があった。小説を書き始める前は神戸新聞社勤務とのことで、何の担当だったかは記載されていないが、人脈が出来ていたのだろうか。

全国のオーケストラの殆どは、カネの問題で四苦八苦しているはずだ。演奏会のチケット代だけで賄えているオケなど殆どなく、CDやグッズで穴埋めできるレベルではなく、自ずから企業や自治体からの助成が必要だ。
大フィルが同じ1人の文化音痴の政治屋によって大阪府からの助成金も市からの助成金もカットされることになってしまい、暗澹たる気分でいたときに出会った本で、せめてもの楽しさを味あわせてくれる作品となった。

クラシック音楽を聴く人には絶対お勧めだし、余り聴かない人でも十分、しかも素直に楽しめる本だ。
以後、本欄の右に掲げている「イチ押し本」に追加し掲載することとした。

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2012年3月12日 (月)

PRAY FOR JAPAN 3.11 世界中が祈りはじめた日

(prayforjapan.jp編。講談社。2011年4月第1刷。お薦め度★★★★★)

大震災から1年が経過した。直後から、政府・東電・御用学者たちの発表の垂れ流し報道が続いて辟易する中、大きく心を揺さぶられたことの一つに、海外から届いた応援メッセージの数々があった。
それは現在に至るまで、時折だが報道され続けている。

そうした、国連を始めとする各国から寄せられたメッセージを中心として、被災地で出会った人たちの力強い発言なども交えて構成されたのが本書。

本書の印税は、全て復興支援のために使われると言う。

実際には、本のボリュームに対して若干高めであること、そして内容がもっと盛りだくさんだったらもっと良いのに・・・と思わないでもなかった。
だから、通常の本であればお薦め度はもっと低く付けざるを得ない処である。しかし復興支援ということだから、敢えて満点を付けた。また、右の欄のオススメ本にも、今後掲載することとした。

本を買うことによる復興支援もあるのだ。少しずつでいいから支援を続ける一助として行きたいと思う。

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